ジャスティンさんの事件簿④
私の祖父は都で騎士として功績を挙げ、なんとかいう伯爵の推薦で永代の騎士爵をもらったのだという。それがウチが貴族になった理由だと。
祖父が騎士をしていた頃、都には大貴族と呼ばれる人たちがいて祖父はよくその警護にあたっていたそうだ。
『大貴族の中には、変わった瞳をもつ人たちがいるんだよ。それは古代……すごく昔の時代の貴族がそうだったらしいんだが、瞳の中に金色の光の粒が見えるんだ。今では大貴族の中でも特別に古い血を伝えるようにしてきた貴族の、さらにごく一部の人にしか出ない。きれいで珍しいけどじろじろ見てはいけないよ。そういう人たちは、とても魔力が強いらしいからね。知らないうちに魔法にかかってしまうんだよ』
子供の頃の、子守歌代わりに聞いた話だ。すっかり忘れていた。言われてみればリリアの瞳は少し変わっていたじゃないか。たぶんあれがそうなんだろう。
じゃあ身分の高い貴族というのは間違いないんだな。
ぼーっと考え事をしていると、調べ物をしていたカダスが声をかけてきた。
「呪いというのは、魔法の中でもあまり……難度の高いものではないようです。えーとこの文献によると、呪いの魔法を習得した魔法使いであれば、解呪して返ってきた呪いを消滅させられるとのことですね。そしてこの呪いの魔法は上位の魔法使いに対してはかからないということらしいですが、上位というのが何のことなのかは不明です」
「そうか。よくわからんな」
いやなんとなくはわかってきた、というのが正しいか。つまりマリーは呪いの魔法を完全には習得していなくて、しかも魔法使いとしてはマリーよりリリアのほうが上ってことだろう。
そして何が上なのかは専門分野なんだろうな。魔力とか、使う魔法の相性とかか?
逆に言えば「なんとなく以上のことはどうやってもわからない」ということだ。私にとっては魔法自体が未知の領域なのだから、あまりここにこだわっても話が進まないのは明白である。
ロニウスはもうすっかり元通りの姿に戻っている。あとは彼が目を覚ましてくれれば、今回の事件は終わりだ。終わりにしたい。
リリアはあれからロニウスの世話をしたり、屋敷の敷地のそばにある果樹園で作業したりと妻と一緒にのんきに生活している。別にすごい魔法使いの気配などはしていない。だが私はそれでいいと思っている。
おかげで妻もずいぶん明るくなった。それだけでもあの娘には感謝しているのだ。
「……さて、処刑の段取りでも決めておこうか」
マリーが死んだら呪いに変化はあるのか。この確認が重要になる。
右手が変色した兵士は近くに控えさせておくとして、あの黒トカゲも持っていかなくてはいけない。処刑前に破損させないように周知しておこう。
妻は同席を嫌がるかもしれないから、そのときは黒トカゲの見張りでもしてもらおうかな。いや興味を持って触ってしまう可能性もあるからダメか。
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結論を言うとだ。
マリーの死と同時に黒トカゲは霧のように消えていった。
兵士の呪われた右手は、実際に触れてしまった指先のみに黒い部分が残ったが、他は普通の色に戻った。痺れなどの症状もなくなったとのことだ。
ちなみにロニウスが目覚めたのも処刑の後ぐらいの時間だったというから、やはり関係があるのだろう。
カダスの話では、元部下の従業員の中にも呪いによると思われる症状で退職していった者が何人かいたが、その全員の症状が軽快または消失したらしい。
あんな何でもないような顔をして働いていたのに、その裏で同僚を呪いまくっていたとか恐ろしすぎるぞ。女って怖いな。
……ゆゆしき事態である。
ロニウスはリリアに自分のことを「お兄さま」と呼ばせていた。
なんて奴だ。羨ましすぎるだろ。私には弟しかいなかったから、可愛い女の子にお兄さまなんて言われたことはないんだ!
いかん、取り乱してしまった。
今日、ロニウスはリリアを連れて釣りにいくらしい。
リリアが行きたいって言ったらしい。
ほほう、やるじゃないか我が息子よ。釣竿を一緒に持ったり、偶然手を触ったり、抱きついたりするんだな。
まあ楽しんでくるがいいさ。嫌われるんじゃないぞ。別に羨ましくはないぞ。
トイビーヤ地方には海に面している部分があるのだが、そこは断崖絶壁で、景色はいいが釣りには向かない。表向きにはそうなっている。
しかし実はそうではない。
崖を降りる秘密の道があるのだ。地元民しか知らなかったのを、領主になった時から私が目をつけて大いに利用している。
実は、ここで取れる魚は海流の関係か大きな魚が多く、身は締まっているし脂も乗っていて美味いのだ。有効利用しない手はない。
ただ、それは地元住民と一部の人間しか知らないことだ。
下手にいい魚が取れるなんて知られたら、中央から税金がかけられるからな。貧乏な領地だと思われていたほうが何かと都合がいいのである。
それから海水から塩を作るようにしたのだが、これが地味に大きい。
他領から塩を買わなくていいというのは大きいのだ。せっかく海があるのだからと領民の使う分くらいをこっそり生産している。もちろん領民が勝手にやっている(ことになっている)のだから何にも問題はない。
前と比べて領民の生活は少しは豊かになってきていると思うのだが、どうだろうな。今度調査でもしてみるか。
そしてジルヴィオから連絡文がきた。
※ジルヴィオからの連絡文※
「これが最後の連絡になると思う。何かいろいろヤバい。俺が嗅ぎまわっているのがバレたのかもしれん。お前んとこのあの従業員の父親な、名前コロコロ変えてるから調べづらかったんだけど、今はビーゴっていう名前で、週に1回休日の夜に酒場に行く習慣がある。最近のお気に入りはキツネの看板の酒場らしい。ゲンかつぎか何かで店を変えることがあるから気を付けろ。あとあの女は、今ものすごく機嫌が悪い。自分の娘にすら当たり散らしている。俺も凄いのを食らったぜ。もうこんなところには居られない、俺は逃げるぞ。じゃあな」
なぜか死の匂いがする文章だな。
いつもとは違う切羽詰ったものを感じて、私は親友の末路を案じた。というか私には案じるしかできない。
マリーの父親は休日の夜は酒場か。ということは明日だ。
「しかし今はその……計画が失敗になったわけなので、酒場には行きづらいのではないかと」
カダスはマリーの父親は屋敷から出ないだろうと言う。
「いや、行くだろうな」
「なぜです?」
「あれはマリーのことを娘だと思っていないし、失敗したのはマリーのせいで自分のせいじゃないと思っている。それにゲンかつぎをする奴ほど習慣は変えられないものさ。変えているのは店だけだろう?」
私はジルヴィオの連絡文をヒラヒラとカダスの前で振って見せた。
「……なるほど」
嫌そうな顔でカダスがうなずく。こいつもかなりの善人だなあ。悪党の考えがわからないようだ。
ビーゴとやらがマリーを娘だと思っていたのなら、公開処刑に顔ぐらい出すだろうよ。おびき寄せて捕まえられればと思っていたが、薄情な男で感心させられたものだ。
「明日の夜に酒場に何人か張り込ませられるか。下見も念入りにしてほしい。できれば奴らの屋敷の出入り口にも人を付けたいが、それはまあ難しいだろうな」
「手配しましょう」
「頼んだよ」
ビーゴは捕まえたりなどしない。必ず殺してクローディアの目に付く場所に捨てる。私はそう決めている。生かしておいてもこちらの害にしかならないのだ。
これで本当の一件落着になってくれればいいと願っている。
もしそうならなかった場合は……次はお前の番になるぞ、クローディア。
午後になって、ロニウスとリリアが釣りもそこそこに戻ってきた。
なんと樽に詰められて海に流されていたジルヴィオを拾ったらしい。
すごいなジル。生き延びたんだな。
仕方がない、とりあえず匿ってやるとするか。