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ジャスティンさんの事件簿③

 いやー、娘というのはカワイイものだな。びっくりしたぞ。

 クローディアんとこの娘なんかとは全然違うじゃないか。


 オリスティアが「お母さま」って呼ばれているのがちょっと羨ましくなったので、「お父さま」って呼ばせてみたんだけど。

 頬を少し赤くして「お父さま」だって! 控え目に恥ずかしがってるのが、またいい。


 あれは嫁にはやらんぞ。そういえば、ロニウスの嫁になるんだったか。それならいいか。これで名実共に私たちは親子になるわけだ。素晴らしいことじゃないか。


 ……従業員の視線が刺さるようなのだが、私はどこかおかしいだろうか?



「……マリーは昨晩遅くまで部屋の近くの廊下にいて、今朝も早くから廊下で何かを待っているようです」


 早朝に濃い目のハーブ湯を飲みながら、監視員Aの報告を聞く。この監視員Aは監視専門の人間で、当たり前だが従業員が兼ねてやっている監視よりも優秀である。

 普通の人間であれば見られていることに気付かないほど身を隠すのがうまい。

 そして監視対象を見逃すことはない。

 ここでは主に深夜や早朝など、普通の従業員が寝なくてはいけない時間に活動している。


 どうしてこんな人材がいるのかというと、貧民街の地区を潰す時に住人に盛大に恩を売っておいて育てたのだ。

 カダスが。

 あいつは人を育てるのが上手くて助かる。

 何と言っても相手はあのクローディアだ。用心するに越したことはない。

 

「おそらく、昨日来た養女の……え~」


 監視員Aは言葉を詰まらせる。まだ名前を覚えていなかったらしい。


「リリアだ」

「リリア様がロニウス様の部屋に行くのを待っているのかも、です」


 それは判断の分かれるところだな。

 リリアはあのロニウスの姿を見てどう思うだろうか。あまり考えたくない。会わせないようにするべきか、それとも会わせてしまってからダメだったらダメだったで……いや、うーん……。


「マリーが動いたら……知らせてくれ」

「わかりました」


 苦渋の決断である。いつかはわかってしまうことなのだ。

 リリアとロニウスは会わせる。そしてその結果は成り行きに任せるしかない。


 彼女は昨日の印象では年齢のわりに落ち着いて見えた。ロニウスを見ても見苦しいことにはならないと思いたい。


 それにしても自分で風呂を入れたと聞いて驚いたな。本当に自分のことは自分でするつもりらしい。

 身分の高い貴族の娘だというのに変わっている。実は食事もわざと質素なものにしていたのだが、別に文句を言うこともなく普通に完食していた。意外とたくましいところがあるのかもしれない。


「旦那様、マリーが動いたのですが」

「よし、行くぞ」

「それが、そのすぐ後に、奥様がマリーに突撃して……」


 なんだってー!

 イスから立ち上がりかけて倒れるかと思った。

 我が愛しの妻は何をやってるんだ。危ないじゃないか。マリーが何をしてくるかわからないんだぞ!


 私は監視員Aと2人で静かに階段を駆け上がり、階段と廊下の間のところで立ち止まって、部屋のドアを開けたまま話をしている妻とマリーの声に聞き耳を立てた。


『あなたは魔法が使えるのですね?』

『……小さいころ、隣に住んでいた、おばあさんに教わりました。私には魔力と呪いの素質があるって……。水害でそのおばあさんが死んだあと、魔法の石と教本を……』


 なんと……マリーは魔法使いだったのか……。

 あの呪いはマリー自身の仕業だったのか。


 人を呪う魔法で何が成せるのかを私は知らない。

 他人と違う能力を持ちながら、生活のために侍女の仕事をせざるを得なかったのは、本人にとってはつらいことだったのかもしれない。


 しかし、だからといって私の息子をあんな姿にしたことについては絶対に許されるものではない。

 私は監視員Aに指示を出して常駐の兵士を呼び寄せておいた。


 マリーを確保した後にロニウスの部屋に入ると、二つに割れた黒いトカゲが床においてあった。

 リリアが言うにはこれが呪いの源でロニウスの口から出てきたという。

呪いなどというものを初めて見たが奇妙なシロモノだ。

 だいたいなぜトカゲなのだろう。これは別途調査が必要だな。


 予想通りというか何というか、リリアはあまり動じていなかった。

 あんなものが口から出てきたら普通のお嬢さんは驚くと思うんだが、驚くどころか気味悪がっている素振りもない。


 それどころかロニウスをベッドに上げてくれと言ってきた。


 この娘はあれかな、感情の幅が薄いのか。それとも物事をあるがままに受け入れられる人間なのか。

 もしかしたら領主に向いているかもしれないな。


 ベッドに寝かせたロニウスの顔は人間らしいものに変化していた。呪いが出て行ったから治ってきているのだろう。本当に良かった……。



 とはいえ、これでおしまいとはならないのが現実である。

 若い頃に魔法を少しかじっていたという領民の男にこの黒いトカゲを見させたところ、彼はまず呪いがこんなにはっきりした形をとっていることに驚いていた。


「これは沼トカゲの恨みを利用していると思います。血縁のある人が水場で何かしたとかありませんか」


 残念ながら私には心当たりがない。ロニウスも身体が弱かったからこの屋敷の敷地から出たことがないはずだ。となれば残るは妻か、死んだラルスということになるが……。


 妻は典型的な貴族の女性であり、みだりに水場に近付いてトカゲをいじめたりするとは考えにくい。

 しかしラルスは元気の塊みたいな腕白小僧だったからな。どこまで遊びに行っていたのか、妻も完全には把握していないだろう。


 呪いの詳細な内容は担当の尋問官に確認させるようにしてから、マリーに関係のある水場ということで、水害のあった村が一部沈んだまま沼になったという場所に行ってみることにした。

 とりあえず昼食後、いちおう用心のために村人風の服に着替えてから、ちょうど時間の空いていたカダスと共に馬でひとっ走りである。


 着いてみるとその沼の近くには小さな祠が建てられていて、隣町に住んでいるという老婆が野菜を供えていた。


「私はこの村に妹が住んでいたんだよ。でもあの水害で死んじまってさ。あれからずっと、こうして毎日お供え物をしてるのさ」


 なんとも頭の下がる話である。治水には今後とも熱心に取り組んでいきます、と私は心の中で誓った。


「あの水害の後、ここには大きな蛇が住み着くようになったんだって。私は見たことがないけどね。みんなは沼のヌシって呼んでるよ。そういえば……聞いたことがあるかい、ちょっと前に貴族の若いのが沼のヌシに噛まれたって」

「え?」


 いきなり話が飛んだので、私はこの老婆は何を言い出すのかと身構えた。老婆はそんな私の様子に気付かないまま、話を続ける。


「その子はよくここに来て、沼トカゲを切り殺していたらしい。それを見た人が言うには、剣は値打ち物だったんだってさ。そんなものを振り回すのは貴族の子ぐらいだからね。貴族様にお小言なんて言えないし、放っておいたみたいだよ。だけどある日、いつもと同じようにやってきたその子に、沼のヌシが怒って噛み付いたんだってさ。悪いことしちゃあダメなんだよ」


 私は全身が凍りついたように感じた。こんなところに来る貴族の子供。それはたぶんラルスだ。ラルスは何度か飾り棚の小剣を持ち出していたことがあった。


「……噛み付かれると、どうなるんですか?」

「ん~、ヌシには毒があるらしい。他にも噛まれた人がいたけど、その人は……どうだったかね、なんか熱が出て苦しんだとか聞いたけどね」

「そうですか……おばあさんも蛇に気をつけてくださいね」

「私は大丈夫さあ。毎日ここでお祈りしてるんだもの。お兄さんこそ気をつけなよ」


 思いがけず死んだ息子の悪行とその死因を聞かされて、私は来たときとは違ってトボトボと帰る羽目になった。


「ここが原因だったんですね」

「カダスお前、ラルスのことを知っていたのか?」


 あまり驚いた様子のないカダスに、私は彼が何か知っていたのではないかと感じていた。


「ラルス坊ちゃまの評判が悪いことは知っていました。とにかく暴力的だと」

「……そうだったのか」

「その噂を耳にしたのはラルス坊ちゃまが亡くなられる少し前でしたね。お伝えしようかとは思いましたが、様子を見ている間に亡くられたので、お伝えするのはやめておきました」

「まあ、あの頃にそんな話を聞かされても、信じられなかったかもしれないな」


 ラルスには、身体の弱いロニウスより期待していたところがあったのかもしれない。

 もちろんロニウスに期待していなかったわけではない。


 ただ、私の育ったセイカサウス家の男はみんな体が丈夫で、6歳上の長男に至っては、祖父の体格を受け継いだという筋肉隆々のほぼ化け物であったから、「か弱い男」というものがこの世に存在していると思ったことがなかったのだ。

 だから正直言ってロニウスにどう接していいのか、どう声をかけたらいいのかがわからなかった。

 男親なんてそんなものだ。


 その点ラルスは体が丈夫で気も強くて、何と言ってもあのイザベラに勝てるというのが心理的に大きかった。

 いつだったか、廊下で偶然出会ったイザベラがラルスに絡んできたとき、ラルスはイザベラを壁に叩きつけて退かせたらしい。「俺は兄さんみたいに優しくないから」とイザベラに言っていたと従業員から聞いて、これは期待できると私は大いに喜んだものだ。

 だからきっとこの話を聞いても否定する気持ちの方が大きくなってしまっていたに違いない。


「でしょうね。しかしラルス坊ちゃまも寂しかったのかもしれませんよ。剣の才能があると言われても、強くなりすぎて遠慮なく打ち合える相手がいない。強い魔物は内陸の森にしか出ませんし……ああ、それで沼トカゲですか」

「なんだ?」

「沼トカゲはいちおう魔物ですよ。小さいし、人は襲わないですけどね。だからラルス坊ちゃまはいいことだと思ってやっていたのかもしれません。農民は、沼トカゲは水場の環境を良くしてくれるから殺したりはしないんです」

「なるほど」


 カダスと一緒に行ってよかった。これが1人だったら親の監督責任だと、どん底の気分にならなくてはいけないところだった。

 しかし「強くなりすぎて相手がいなかったラルス」に噛み付くことができる大蛇とは何者なんだ。そちらの方が問題なのではないか。



 この調査をまとめるかどうか迷いながら帰宅すると、マリー担当の尋問官があわてて報告に来た。


「見ていただきたいものがあるのですが」


 そう言って尋問官が後ろに控えていた兵士を前につれてくる。


「この者は、誤ってあの黒トカゲに触れてしまったのです。これをご覧ください」


 兵士の右手は手首から先が黒く染まっていた。


「最初は指先だけでした。それが午前中にはここまで広がって」

「黒くなっただけか?」

「痺れたように動かしにくいといいますか、感覚が鈍いです」


 ああ、呪いって何なんだ。もうわからん。リリアの言っていた通り、あのトカゲは触らないでおいて正解だった。

 だがそうなると疑問がひとつ生まれてしまうわけだが……。


「尋問官、マリーの地下牢に行くぞ」




 全く忙しい。目が回るようだ。

 地下牢へ行くと、ヒステリックな女の声が石壁に反響してキンキン響いていた。


「全部あの子が悪いのよ! あの子さえいなければ上手くいっていたのに!」


 マリーの声である。侍女として働いていた時には聞いたことのないひどい声だ。これが素なのだとしたら女の偽装能力ってのはすごいものだな。

 マリーは叫んでも足りないのか、手錠のかけられた両手をバンバンと壁に叩きつけていた。


「あたしの呪いが効かない人間なんて、人間じゃないわよ! あのクソガキ、あんたたちの前じゃあ何も知りませんみたいな顔してるんでしょうけど、何が化けてるかわからないわよ、あれは魔物か何かだわ!」

「……何の話か知らないけど、元気そうで何よりだよ」


 鬼のような形相で叫ぶマリーにドン引きしながら声をかけると、私に気が付いたマリーはハッと息を呑んで鉄格子に取りすがってきた。


「旦那様、私はこれまでロニウス様や奥様のお世話を頑張ってまいりました。ほんの一時、父親に騙されてしまっただけなのです、今はもうこの通り目が覚めました。ですからどうか命だけは」

「聞きたいことがあるんだが」


 もはやどれが本当の顔なのか分からないほどの彼女の変わりぶりに、見張りの兵士も困惑している。

 こんなのにいちいち付き合っていられないので、私はもう聞きたいことだけを聞くことにした。


「お前の呪いというのは、恨みを持つ魔物を材料にしているということだが、それがあの黒いトカゲだな」

「……はい」

「あのトカゲが体から出て行ったとして、それでロニウスの呪いは解けるのか?」


 マリーはしばらく迷うように視線をさまよわせたが、やがて仕方なさそうに口を開いた。


「解けません」

「それはトカゲの外見のままということか?」

「……そうです」


 おかしい。私が見たロニウスはもう人間の顔に戻りつつあった。マリーが嘘をついている?

 いやこの女が自分に不利になる嘘をつくとは思えない。ひょっとしてマリーはあの治りかけのロニウスを見ていない……?


「か、解呪が……使えれば、戻るかもしれません」

「解呪?」

「呪いを解くのです」


 ほーん。今度はその解呪とやらで命乞いをするのかね。

 しかし声が震えているところをみると、それを使うには何か問題があるのだろう。


「使ったことがあるのか?」

「…………いいえ」


 それはおかしいな。先ほど自分の呪いがかからない人間はいないと豪語していたではないか。そう言えるほど沢山の人間を呪ってきたのなら、呪いを解く方法のひとつでもためしてみるのが普通だと思うがね。


「呪いを解くとどうなる? 呪われた人が元に戻ること以外に、何かあるのではないか?」

「…………」


 今度は返答がない。長い沈黙だ。


「ではこれは推測だが、それを使うと自分に呪いが返ってくるのではないかね」

「……知っていたんですか」


 マリーは落ちくぼんだ目をギョロギョロさせて、私を睨む。


「いや、推測だよ。だがそれなら使ったことがないというのも納得できる。お前には期待できないな。トカゲになるのは嫌なんだろう?」


 呪いの魔法というのはあまり便利のいいものではなさそうだ。

 解呪というのもあてになりそうにない。


「……まあ、お前を処刑したら呪いが解ける、っていう方に期待することにしよう。じゃあ、私はこれで」

「ま、待ってください、材料さえそろえば解呪はできます! 私だって死にたくない……!」


 鉄格子をガタガタ揺らして叫ぶマリーに背を向けて、私は兵士に「黙らせろ」という意味のサインを送る。

 あっという間に静かになった地下牢に私の靴の音が響いていた。



 本来は、トカゲが出て行っただけではロニウスの体は元に戻らない。

 しかし私が見たときにはもう人間の顔に戻っていた。トカゲが出てからほんのわずかの間にである。

 誤ってトカゲを触った兵士の手は午後になっても黒いまま。

 兵士の方はもともとトカゲが体内にいたわけではない。だからおかしいと思ったのだが……。


 じゃあロニウスはどうして元に戻っているんだ?


 マリーはさっき何と言っていた?


『あたしの呪いが効かない人間なんて』

『全部あの子が悪いのよ! あの子さえいなければ……』


 …………。

 これまでにいなかった人間となると……リリアのことか?

 ということは、リリアには呪いが効かないのか?

 その「呪いが効かない」というのは、他の人間……ロニウスにも分けられるのか?


 もしそれが本当ならすごいことだ。

 だからリリアは「何らかの事件に巻き込まれ誘拐されて」神殿にいたのだろうか。


 わからん。

 わからんことだらけだ。歳を取るとついていけないことが増えるな。


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