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ジャスティンさんの事件簿②

 妻のオリスティアはロニウスが生まれたときから「娘が欲しかった、娘とお揃いの服を着たい」とこれまた夢見がちなことを言っていた。その頃は子育て期でもあり、まだ私たちは若いのだからいずれ女の子も生まれてくるだろうと軽く考えていた。

 実際その翌年に次男のラルスが生まれると目が回るほど忙しくなったためか、妻からは女の子の話はあまり聞かなくなっていた。


 その後何年か経って、水害の被害にあった村の子供を養女にしたいと妻に言われたことがあった。

 女の子であれば養女でもいいのかと私は驚いたものだ。


 その水害の村の住人はほとんど死んでしまい、助かったかに見えた者も汚れた水を飲んだせいで次々と倒れ、結局その母子二人しか生き残らなかった。

 母親は村で針子の内職をして生計を立てていたが、水害で家がなくなり貯えもないとのことだった。それで妻がその娘を育てたいと言い出したのだ。しかしやはり自分の子供というものは家やお金がなくとも手放すことはできないらしく、弱りきった様子の母親に丁重に断られていたようだった。

 私としては息子が2人いるわけだし、無理に養女など取らなくてもいいと当時は思っていたので、これであきらめてくれるかとほっとしたのも事実である。


 私は兄弟が多くて嫌な思いをたくさんしてきた。

 なにしろ9人兄弟の8番目の子で三男だから、長男のスペアとしても用がなく末っ子でもないから可愛がられもしない。成長すれば家を出て行かなければいけない存在だというのを自覚できる年齢になると、地味にストレスを感じたものだ。

 だから子供をたくさん作ることにはどうしても抵抗があった。3人でも多いと思っていたくらいなのだ。



 ところが次男のラルスがあっさり死んでしまってからの、長男のロニウスの奇妙な病気。

 明るかった妻もさすがに精神的に参ってしまったようだった。


 そんなときに「神殿から養女をもらってくる」という妻の言葉を聞いて、私はこんな時に何の冗談だろうと思った。

 聞くと、彼女はロニウスの病気について神殿に相談に行った際「自分が女の子が欲しいと神に祈っていたからこんなことになったのか」という内容のことを言ったらしい。そのとき司祭はそれを強く否定し、妻を落ち着かせてくれたということだった。


 その司祭から先日、早馬で手紙が届いたというのだ。

 早馬というのは馬と乗り手がいい配達人のことで、馬車なら2日かかる距離が半日で届く。おそらく裏道や獣道を駆使しているのだろう。ただその分料金が高い。

 神殿がなぜわざわざ早馬を使うのかと首をひねったが、内容は「もし養女をご希望であれば早急に引き取っていただきたい女の孤児がいる」とのことであった。


 手紙によると、その孤児は記憶をなくしており、詳細はわからないが身分の高い貴族の娘であることが推測される。何らかの事件に巻き込まれて誘拐された経緯があり、都および都への街道から離れた地域で過ごす必要があるのだという。

 さらに、神殿の方から引き取りをお願いするため寄付金等は必要ないと添えてあった。


 妻は地方とはいえ大きな領地のお嬢様として育っているから、養女がほしいというのを愛玩用の小動物を飼う感覚で言っている可能性がある。


 しかし身分の高い貴族の娘か……。さぞかし高慢でワガママお嬢さまなんだろうなあ。クローディアより強烈なのだったらどうしたらいいんだ。

 簡易な離れでも作ってそこに放り込んでおこうか。


 手紙にはさらに、その娘は自分の身の回りのことは自分でできるだの読書が好きで物静かだのと書いてあったが、そんなものを信じるのは私の妻くらいのものである。


 ……これはまた監視をつけないといけないのが増えるな。


 私はカダスを呼んだ。この男はもともとこの地方を管轄する役人の長をしていたのだが、領地が分割されて私がこの地方の領主になってからは私の右腕として働いてくれているのだ。


「監視に回せる人員はいるか?」

「今は1人ぐらいですかね。領主様があんなお暇を出さなければ、もうちょっとどうにかなったと思いますけど」


 ふてぶてしい態度でカダスが言う。


 ロニウスの病気にクローディアが絡んでいるというのはジルヴィオの連絡である程度はわかっていた。


 ジルヴィオは書類上は領主の夫でありながら屋敷に住むことを許されず、従業員用の寮で寝起きしていた。食事も屋敷に呼ばれなければ食べさせてもらえないような境遇である。

 いや正確には従業員用の寮で食事を取ることはできるのだが、そうすると従業員の分が足らなくなると言われたそうだ。

 なんとも疑わしい話である。そんなにカツカツの状態で料理を作るものだろうか。私はこれを知った時、我が親友はどこまで人がいいのかと頭を抱えたものだ。

 小心者のジルヴィオは従業員に恨まれるのが怖いので、このお屋敷で食べさせてもらおうなどと考えるのをやめたらしい。それ自体は賢明な判断ではあるが。


 そんなわけで彼は毎月食べ物の援助を頼む手紙を実家に送り、その手紙に私への連絡文を入れるのだ。ジルヴィオの父親はその連絡文を私に回す。

 だいたいは酒場で使いの者が父親に一杯おごるとかなんとかのやり取りのあと、使いの者のポケットに連絡文を入れるという感じである。クローディアは腐ってもお嬢さま育ちのためこうしたやり方には疎い。


 連絡文をもらった私は「父親からの荷物」を装って食料などの援助をジルヴィオに送るのである。

 吐き気のする話だが、彼は呼ばれた時にいつでもあの女の相手をしなければいけないので、失踪することもできずにこうして最低限の生活を送っているのだ。

 こちらとしてもこの現状をどうにかしたいとは思っている。しかしおそらくあの女は私に対する人質でも取った気分になっているのだろう。



※ジルヴィオからの連絡文※

「なんか最近あの女の周りに変なオッサンがウロウロしている。盗賊でもしていたんじゃないかってくらいのツラつきの悪さと、金目の物と見ればすぐ手を出す手癖の悪さだ。お前の屋敷にいる従業員の娘は自分の娘だと言っていたぞ。黒髪の娘に気をつけろ。あとどうも3番目の娘は俺の子じゃないような気がしていたんだが、あのオッサンの子だと思うわ。あの女は娘しかできないのを俺のせいだと思っていたみたいだからな。ためしに他の男と作ってみたんだろう。あいつならやりかねん。何しろ産んだあとに「ジャスティンとの子なら男だったかも」みたいなこと言っていたからな。怖いぜぇー。あと俺、最近なぜか馬小屋で生活することになってしまった。そんなわけで前よりも食料増やしてください。よろしく」



 何度読んでも頭が痛くなる文章である。

 これによってマリーには密かに監視が付けられていた。動きを見るため、渋るオリスティアを都の社交界へ連れ出したところこれが大当たりだった。マリーはイザベラにすぐに連絡をとり、私たちのいない我が家にイザベラはやってきたのだ。もちろん裏口から入るように助言したのもマリーであった。

 しかしここで捕らえたとしても「イザベラ様のロニウス様へのお気持ちに心を打たれて」などの言い訳でごまかされてしまうだろう。まだ決定的ではなかった。


 マリーの狙いはこの家の評判を落とすこと、もしくはこの家の従業員を減らすことだろう。クローディア……いや、その手先の父親からはおそらくそう言われているはずだ。


 私は先手を打ってカダスに根回しをさせていた。

 屋敷の従業員の大半はカダスの元部下である。そしていわゆる「お屋敷勤め」が長い者たちだ。この地方ではここほどのお屋敷勤めの職場は他にはない。


 しかもこの地方の住民はかつてクローディアに煮え湯を飲まされた経験があり、アーヴァカントで働くことは考えられないそうだ。つまり辞めても他に行く場所はない。都の貴族のもとで働くというのなら可能性はなくもないが、風土も習慣も違う土地でその家のやり方を一から教えてもらうというのも精神的にキツいはずだ。


 そこである程度信頼の置ける従業員には一時金を渡して長い休暇を取ってもらうことにした。

 マリーを泳がせて決定的な証拠が手に入った後で復帰してもらおうというのである。もちろんそのまま辞めることも可能だが、話を持ちかけた従業員は全員戻ってくると即答してくれた。


 最も信頼の置ける者たちは少人数で屋敷に残り、できる限りの業務を回す。その中で死角を作らないようにマリーを監視する者を配置しているのだ。

 そこへもう一人監視するとなると、なかなか難しいという話だった。


「マリーにその娘の世話をさせれば、監視の手間が省けるか?」

「……ある意味、妙案ではありますな」


 カダスの含みのある返答に、私は顔を上げた。


「どういう意味だ?」

「そうですね……そうすればマリーは尻尾を出すかもしれません」

「ほう、まだ出していないとでも言うのか」

「そうです。誰がどうやってロニウス坊ちゃんに呪いをかけたかはわかっていない。だがマリーは何かを知っている。そしてマリーは……」


 カダスは私の目を責めるように見る。


「……今の待遇に満足していません。領主の養女になれる少女に、何かをする可能性はあります」

「なるほど、囮にするということか」


 私は顎に手をやって思案する。子供を危険にさらすような罠を張るなど、良識が問われるところだ。しかし私には手段を選んではいられないのである。


「わかった。その線で行こう」

「あなたは本当に、領主に向いていると思いますよ」


 カダスはため息をついて肩をすくめた。こいつはこういう仕草がよく似合う、生まれながらの苦労人である。

 私はニヤリと笑ってカダスの肩を叩いた。


「私もそう思っているよ。もっと褒めてくれ」

「褒めていませんからね。この人でなし」

「何とでも言うがいい」


私は家族を、いや妻を守るためならば何でもするのだ。たとえクローディアであろうと妻を害するのであれば容赦はしない。


……なんてカッコつけたようなことを、あの時は思っていたんだが。


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