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ジャスティンさんの事件簿①

 私はジャスティン・セイカサウス・トイビーヤという。

 仕事は、トイビーヤの領主をしている。

 私には可愛い妻と息子たちがいてちょっと前まで人生が非常に充実していたのだが、ここ最近は不幸続きでね。

 どうしてこうなったのかと思っていたんだ。よく考えると、結婚相手を探していた頃のことが関係あるのかもしれない。




 私は地方の下級貴族の三男で、15歳はなれた姉を頭に9人もの兄弟がいた。ちなみに私は末っ子ではない。私の下には弟が1人いるのだ。


 そんなわけで結婚するなら入り婿とかそんなところが狙い目だと思っていた。

 アーヴァカントの領主には女の子しかできなかったらしく大々的にお婿さん募集中だと聞いて、こうしていそいそとやってきたわけである。


「あら、あなた、顔はいいわね。頭は残念そうだけど」


 開口一番にこんなことを言ってくる女性は守備範囲外であった。私はこの瞬間、すでに頭の中でお断りの文言を考えていた。


「この領地はわたくしが継ぐの。姉にはその能力が無いのですから。能力というのはまことに非情なものですのよ」


 彼女はずいぶんな自信家だ。まあそうでないと初対面の相手に頭が残念そうなどという言葉は出てこないだろう。


「あなたはわたくしの側にいればいいのですわ、これほど楽なことはないでしょう。領主としての仕事は全てわたくしが行います」


 それにしても、彼女はどうしてもう結婚するかのような言いぶりなんだろうなあ。

 理解できないなあ。


「いやぁ申し訳ありません。私にはもったいないくらいの才気あふれるお嬢さまでいらっしゃるので、とてもお相手はできそうにありません」


 私は適当なお断りの言葉を領主夫妻に言い置いて、逃げるようにお屋敷を後にしたのだった。


 ……が、しばらく馬を歩かせて、森の先の少し開けた場所に来たとき、私はオリスティアと出会ったのである。

 出会ったというより、うっかり馬でひきかけてしまったという感じだった。


「キャー!」


 絹を引き裂く女の悲鳴。むっ、暴漢はどこだ! と思ったら、悲鳴を出したと思われる女性が自分の馬の近くで転がっていた。

 

 急いで馬を降りて助け起こし、どこかにケガは無いかと声をかけようとした瞬間、その女性は目を開けるなり私の服の胸の辺りをつかんで揺さぶった。


「ウサギがいたのですわ!」

「……は?」

「とても可愛らしかったのです」

「そうですか」


 その女性はかなり夢見がちな感じのお嬢さまで、ホワーっとした雰囲気を持っていた。同じ女でもさっきのツンケンしたのとはえらい違いだ。しかしお付き合いするならこういう女性の方が楽しいかもしれない。


「あなたはいつもこの辺りにいらっしゃるのですか?」

「晴れた日はここが一番素敵なのよ。ここから見える草原はキラキラしてるの……」


 彼女は自分の金髪をキラキラさせながら言った。実はその眩しい笑顔に、私はすでに陥落していたのだ。


 私は彼女と別れた帰り道、彼女に求婚しようと決意していた。しがない地方貴族の三男坊ではあるが、どこかの貴族の下っ端でもいいから仕事を得て一人立ちできるようにしなくてはいけないと真剣に考えたものだ。


 彼女は夢見がちな少女である。ならばきっと白馬の王子さまというやつに憧れがあるに違いない。

 私は作戦を立てた。


「ジル、あの白馬を貸してくれないか」

「白馬? いやあれ厳密には白馬じゃないぞ」

「いいんだよ。ぱっと見た感じそれらしければ」


 翌日、私は親友のジルヴィオに白馬っぽい馬を借りて、一張羅を着て彼女がいるだろう草原へと赴く。

 彼女は自分で言っていた通り昨日と同じ場所に座り込んでいた。


「またお会いしましたね、お嬢さん」

「まあ! あなた王子様みたいね、素敵!」


 彼女がそこにいると知っていて行くのだからまたお会いしたも何もないのだが、彼女はころっと騙されてくれた。しかも私の狙い通り王子様だと言う。ちょろいな。実際には貴族かどうかも怪しい家の三男だ。


「あなたには運命を感じています。どうか私と結婚してください」

「はい!」


 私がひざまずいて告白すると、彼女から矢のような速さで返事が返ってきた。

 こちらが不安になるほどの純粋さ……というか能天気さだ。しかし憎めないほどの魅力を感じる。この夢見る少女を、私は一生面倒を見ていこう心にと誓ったものだ。


 しかし問題はここからであった。


 私は告白成功後すぐ、結婚の報告のために彼女のご両親を訪れたのだが、なぜかそこは先日縁談をお断りしたばかりのお屋敷であった。

 見間違いかと何度か目をこする私に、ここで合っていると彼女は言う。


 何と、この純真で美しい婚約者は私が速攻で逃げ出したツンケン女の姉だと言うではないか。


「クローディアは妹なのですが、私と違って都の別邸で育ちました。田舎の領地よりも良い教師がたくさんいたそうで、だから頭がいいのです」


 彼女はそう控え目な評価をする。私は彼女の意識を変えねばならぬと言葉を尽くした。


「いやあれは頭がいいんじゃありませんよ。とんでもない性悪です。どうしてあんなすさまじい性格になったんですか」

「性悪……言われてみればそんな気もしてきました。彼女はとにかくプライドが高いのです」


 プライドねえ。高いっていうか突き抜けてるよね。いろいろと。

 都で育ったのに都でお相手が見つからなかったところをみると、やっぱり皆わかってるんだろうな。


 案の定ご両親に挨拶したところで、呼ばれもしないのに突撃してきたクローディアにそれはそれは口汚く罵倒された。


「バカにしてるわ! 最初からオリスティアと出来ていたんでしょう! 私に対する嫌がらせね、最低だわ! 恥を知りなさいよ!」

「最低で恥を知るべきなのはあなたでしょう。淑女は出来ていたなどと言いませんよ。オリスティアさんとはこのお屋敷を出たあとで知り合ったのです。あなたは姉に対して、もう少し言葉を改めてはいかがですか」


 自分では冷静に返したつもりだった。まあ私も多少腹が立っていたのは確かである。このあとクローディアは発狂したかのような言動を取り、ひっくり返って司祭を呼ぶ事態となった。


 ご両親はただひたすら謝罪していた。


「あれは激しい子でねえ、すまなかった。都で育てていたときの家庭教師がちょっと独特の教え方をしていたようで、なぜか自分が間違っているとは思わない子になってしまったのだ」

「あの頃の家庭教師はどこかおかしい人だったのかもしれないと、今ではわたくしたちも思っていますのよ~」

「いつだったか昔に、軽く返事をして言質をとられて、家督はあの子に譲ることになってしまったのだが、君が良かったらその、領地の一部を継いでくれないか。あの子は私たちの手には負えないところがあってね」


 間違いなくご両親は育て方を間違えていた。なんという怪物を生み出してくれたのだろうか。


 クローディアは言われてはいけない言葉を言った私を恨んでいるのだろう。あれはそういう女だ。頭がいいというか執念深くて傷つけられたことを忘れられないのだ。

 私から見れば本当のことを言っただけで、勝手に傷ついて逆恨みしているとしか思えないのだが。


 まあしかし何年経っても未だに怒りが持続しているのは、もはや病気じゃないかな。つける薬はないだろうね。


 ちなみにクローディアの入り婿には親友のジルヴィオに白羽の矢が立った。ジルヴィオの親父さんがアーヴァカント元領主に借金があったのを、クローディアがチャラにするという条件で婿入りを強制されたという。

 要するに人身御供だな。なりふりかまわないクローディアの横暴ぶりに親友の行く末を案じた。というか私には案じるしかできない。


「おいジャス、お前あのお嬢さんと会ったことがあるんだろ? どんな女なんだ」

「ジル……。夢を見てはいけない。借金のカタに息子を婿にくれと言う女だぞ。これが男女逆だったらどう思う」

「借金のカタに娘を嫁にくれと……いやな予感しかしないな」

「まあそうだな。靴を舐める練習をしておいたほうがいいかもしれん」

「お、おおおお? そういう女なのか。俺ちょっと逃げたいかも」


 ちょっとで済むところがこいつのいいところだ。私なら逃げている。しかし身代わりになる兄弟がいる私と違って、こいつには妹しかいない。クローディアが嫌がらせで借金返済を急がせたら、その妹に負担を強いることになるだろうから、こいつは逃げられないのだ。

 まったく目の付けどころが嫌な女だ。


 ジルヴィオの妹はそう美人ではないがブスではない。一時期ジルヴィオに妹と付き合えと言われたことがあったが、何かこう……暗いんだよな。

 ジルヴィオの家に行ったら目の端に何かチラっと見えて目を向けると、物陰からジトッとした視線をくれているあいつの妹がいるんだ。

 用があるのかと思って近付くと逃げるし、ああいう女はわからん。だがジルヴィオにとっては大切な家族なのだろう。


 私はジルヴィオに親友としてできるだけの援助をすると約束をした。

 彼があの屋敷から叩き出されて路頭に迷ったりしたら、ウチで匿うくらいのことはするつもりである。


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