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私の名は

なんと聖女様は100年間ずっと聖女様をやっているわけではなく、代替わりしていたということだ。

 火傷をしてすぐに替わらなかったところを見ると、交代のタイミングが決まっているのか替わりの人ができてから交代するのかのどちらかだろう。


 まあよくある設定ではある。

 人間がそんなに長くしかも若い時の姿のまま生き続けるなんてありえないんだから。逆になぜ今までそんなことが信じられてきたのか不思議になるくらいだ。


 しかしずっと同じ人間が聖女様として存在しているということが、その所属団体の権威につながってくるのであれば組織としては無理をしてでもそう見せ続けることが必要になるのだろう。

 水の大神殿の象徴であり王族よりも偉いと思われているのだ。その利用価値は天井知らずである。


 問題はどうやって同じ聖女様を用意するかだ。


 背格好がよく似た別の人間を整形する、という古典的手法だと1~2年の間だけなら誤魔化すことができても、100年間ずっとそれをやるのはどこかでボロが出るんじゃないか。

 歩き方が違うとか、替わった人間が言うことを聞かなくなるとかで。


 もしくは姿を変える魔法を使うとか? そんな風に人の目を欺ける便利な魔法があるのなら、そもそも「完璧に治せ」なんて言うはずがない。「火傷のない聖女様」にその都度変身したら解決する話なのだ。

 というわけでこれはないな。


 私の予想はクローン人間だ。

 それなら「オリジナル聖女様」とのつながりもあるし、所属団体の人間に対しても正統性が主張できる。オリジナルと全く同じなら誰の目から見てもおかしいところはないはずだし。


 とは言っても前の世界のようなクローン技術がこの世界にあるわけがない。しかし何らかの魔法を使ってクローンのような複製体を作ることができるとしたら可能性はある。

 科学技術を異世界でカバーできる要素が魔法しかないので、どうしても魔法頼りになってしまうけど。


 そして問題はもう一つあった。


「……新しい聖女様と交代したら、前の聖女様はどこへ行かれるのでしょうね?」


 ふと気が付いたら私は思ったことを口に出していた。

 私をさらった聖女様は現役の聖女様ではないはずだ。おそらく都にいなくても問題のない、古い方の聖女様であるはず。


 それを聞いた司祭のおじさんはとても悲しそうな顔をしてうつむいた。

 私はしまったと思った。

 そんなの当たり前のことじゃないか。悪の組織にとって聖女様は1人いればいいんだから。


「先の……聖女様は、おそらく、生きてはいないでしょう」


 つぶやくような司祭のおじさんの声を聞きながら、私は反省しつつもおじさんがはっきり断定したことに驚いていた。

 だいたいさっきの話といい、最近転がり込んできたような孤児に言うことじゃないよね。


 この人は「リリア」の何かを知っていて、それは決して自分の敵に回らないという確信を持つほどのものなのか。

 いったい何を知っている?



 私の疑いに満ちた眼差しを感じているのかいないのか、司祭のおじさんはレモンのような匂いのするお湯を飲みながら一息ついている。

 これはハーブを入れたお湯で、この神殿では食後にいつも出してくれるものだ。元の世界で飲んだことのあるフレッシュハーブティーと比べると少し薄いけど、食後に飲むと口がさっぱりするから私は好き。


 ちなみにこの世界に来てから 私はお茶というものを全然飲んでいない。もしかしてこの世界にはお茶がないのだろうか。ええい、東インド会社はまだか!


 そんなことを考えていると、司祭のおじさんはじっと私を見つめて、思い切ったように口を開く。


「お話の中にもあったように、私は治癒魔法の他にもう一つ魔法を持っています。「真名の魔法」と言って、相手の本当の名前がわかるというものです。それから特技なども見えますね。ですから偽名を使ったり、盗みや殺人をした者がわかるので、ここでは重宝していますよ」

「それは……とても便利ですね」


 私は心から羨ましいと思った。本当に羨ましすぎる。

 嘘が分かる特技とかもだけど、危ない人間を避けて生きていけるなんてもはやチートじゃないか。私もそういう魔法がほしかった。

 

 ねだって貰えるものなら転がって泣き叫ぶくらい羨ましいわ。


「実は初めてお会いした時、あなたのお名前も見えていたのです」

「え?」


 いきなり何なんだ。わざわざそう言うってことは、私の名前はリリアではないってこと?

 そういえば最初に会った時の司祭のおじさんは少し態度がおかしかったような気がする。

 先日名前を書いたときにあった違和感はそれだったのかもしれない。変な名前だったらどうしよう。

 いや問題はそこじゃなくて。

 ……異世界から来ました、とわかるような内容が見えていたら。

 私はわけもなく焦った。


「あ、あの、私の名前って、なん」

「あなたの名前は、ヴィエナリリア・マーストゥン・フィヴライエです」

「……?」


 人は想定外のことをいきなり言われると、頭の回路が固まるらしい。

 私も3秒くらいこのおじさんが何を言っているのか分からなくなってしまった。


 何その長い名前。他人に覚えてもらおうという気持ちが感じられないのですけど。

 ……あれ?


「リリア、じゃない?」


 ヴィエナリリアって言った。

 ヴィエナ、リリア。

 ヴィエナって何だ。どっかで聞いたぞ、どこだっけ。


「あなたは、ヴィエナレーリィ様と血縁関係にある方だと、私は考えています」


 司祭のおじさんは噛んで含めるように私に言う。


 ちょ、ちょ待てよ。

 ヴィエナリリアと、ヴィエナレーリィ。「ヴィエナ」が共通している。


 共通の名前を付けるってどういう意味? 戦国時代の日本なら親子とかの関係がわかりやすかった。でもここは異世界だし、意味が違うこともあり得るわけで。


 なんかめまいがしてきたわ。実際に今、目が回っているのかもしれない。

 聖女様と血縁って……顔がちょっと似てると思ったのは私の気のせいじゃなかったってこと?


「聖女様には子供がいた……?」

「それはありえませんね」


 司祭のおじさんが即答する。

 なんでやねん。

 顔が似てるんなら親子でも、……あ。


「フィヴライエ、か……」


 そうだった。聖女様はティファーナ王女とフィヴライエ伯爵との子供。

 そしてフィヴライエ家は反逆罪によってもう無くなっているはずなのに、この体の名前にはフィヴライエの名が付いている。それは家が取り潰しにあう前にヴィエナリリアが生まれているということではないか。


 つまりフィヴライエの姓を持っているこのヴィエナリリアとヴィエナレーリィは、姉妹か従姉妹……?


「え、でもそれって、100年前のことじゃない?」


 思わず素で声を出してしまったくらい、私は動揺していた。

 だって、おかしいぞ。おかしいぞおかしいぞ。


 聖女様が聖女様になったのも、フィヴライエ家が潰されたのも、100年前のことだったはず。


 まさか、どう見ても若くてピチピチなこの体が!

 もう100歳越えだったなんて!

 おばーちゃんじゃないか!


 人は見かけによらない……なんてレベルじゃねーわ。

 誰か嘘だと言って。


 で、でも、でも……そういえば。

 ……もしかして、一番初めに目が覚めたあの変な部屋で、この体は100年くらい眠っていたなんていうことが……あるのだろうか。いわゆるコールドスリープのような。いや別にあの部屋は寒くなかったけど?


「ええ、でも、あなたの魔法があれば、身体の時間を止めることは不可能ではないでしょう」


 大混乱な私の脳内に、司祭のおじさんの言葉が響く。


「あなたは……「時間魔法」を持っていますから」


 私に向かってそう言った時の、司祭のおじさんの目は笑ってなかった。


改稿しました。

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