魔法使いの業
――召喚魔法とは
空間、時間を越えて物や魔物を召喚する魔法のこと。
非常に難しく、消費される魔力量も多大である。
その特性から、魔法陣を用いる方法が多くとられる。魔力量を補うために通常は単独では行わず、5人以上の魔法使いで行うこととされる。
戦時においては非常に役に立つ魔法であった。しかしその消費魔力量の多さのために命を落とす魔法使いも少なくなかったと言われている。
条件さえそろえば人間を召喚することも可能であるがあまり推奨されていない。理由は後に詳述する。
召喚される側が召喚を拒否することはほぼ不可能である。――
異世界に行く方法なんて私は知らないけど、大抵のファンタジーでは「異世界にいる人に召喚される」ことが多いんじゃないかと思っている。異論は受け付ける。
そうでなければ「異世界に渡った人には世界の壁を越える能力があった」とか「神様などの人間よりも上の存在によって移動させられた」パターンが考えられる。
そういう場合はその能力の前兆だったり神様との接触がまずあるはずだ。
ここが異世界だとわかってから、私がこの世界に来た理由はこの召喚魔法によるものではないかとずっと考えていた。
でなければ私がこの世界に来てから短時間のうちにさらわれるというタイミングの説明がつかない。そしてその召喚には、あの聖女様に似た女の人が少なからず関わっているのではないか。
だからあの人は私を「リリアさま」と呼んだのだ。
そして彼女はこの体の中にいるのが本物の「リリアさま」だと思っている。
彼女は召喚魔法をどこかで失敗しているに違いない。
その結果本物の「リリアさま」の代わりに私が入っているのではないか。
何で私なのかが全然わからないけど。歳も姿も名前も全然ちがうのに、どうして私だったんだろう。ちょうどタイミングよく私が死んだからかな? もうそれぐらいしか考え付かない。
……いやちょっと待って。
そもそもその前に「リリアさま」の魂は、何らかの理由があって体と離れてしまっているということじゃないの。
しかし一度崖から落ちた私から見れば、この体は簡単には死なないわけでどうやったらそんな状態になるのだろうか。
それに魂が抜けたら普通はその肉体は死んでしまうのではないか。
自動回復をするこの体は魂がなくても生きていられるのだろうか?
仮にそうだとしても本来の「リリアさま」の魂はどこへ行ってしまったのか?
もし召喚魔法が原因ではなかったとしたら私がここに来た理由が本当に分からない。蘇生か何かの治癒魔法だったらこんなことにはなっていないはずだし……。
そういえば昔読んだ漫画に、遺族がどうしてもと頼むので死人を生き返らせたら生きていた頃とは全くの別人になってしまって、遺族が(死んだ状態に)戻してくれってまた頼みにくるような話があった。
それが今の私だったとしたら、なんかちょっとイヤだな……。
それにこの体の自動回復も謎が多い。
治癒魔法じゃないらしいのと「治している」というよりは「ケガをする前の状態に戻っている」という感じ。
元に戻るボタンを押しているような。
PCみたいにどこかに体のデータが保存されているのかしら。
これ仮にずっと繰り返していたらどうなるんだろう。
どんどん若くなるとか? まさかね……。
結局、昨日の夜やっていた「魔力を出す練習」はうまくいかなかった。一晩でどうにかなるなんて考えてはいけないのかもしれない。うまくいきそうな気がしたから余計に落ち込んだわ。
いきなり新しく魔法を覚えるってのはさすがに無理というのはわかってる。
でもこの体に自動的に起こる現象を意図的に出してみることくらいはできるんじゃないかと軽く思っていた。見込みが甘かったと言わざるを得ない。
しかしそうなると自分自身では暴漢対策がとれないという、非常によろしくない状態になってしまう。
毒のスプレーでも持ち歩くしかないのか。そんなものはないけど、あったとしてもうっかり自分にかかって死にそうになるオチが見えるわ。
本を開いたまま深いため息をついていたらアメリアさんが私を呼びに来た。
「リリア、ちょっと早いけど司祭さまの部屋へ行くわよ」
「はい……」
この人、昨晩あんな態度を取っていたのに、今日は普通にいつもの仕事モードで接してきたからちょっとわからない人だ。私はバリバリに警戒している。
それに面会は午後からだと聞いていたのに、お昼前に来いとはこれいかに。
アメリアさんの後ろに引っ付いて、行ったことのない神殿の奥まで歩いていく。迷路のような廊下で何度も角を右へ左へと曲がるものだから、私はすぐに帰り道が分からなくなった。
美術館などの「順路→」っていうアレを作ってください。マジで。
暗い廊下を抜けて日の当たる広い場所に出ると、ひときわ大きな白い両開きの扉が見える。
悪の親玉の住処にふさわしい豪華さだ。
アメリアさんが扉のノッカーを叩く。中から司祭のおじさんの声で「どうぞ」と返答があり、扉を開いた先では司祭のおじさんが執務机でなにやら書きものをしていた。
「アメリア、君は戻っていい」
「ですが……」
「この子が戻る時はまた呼ぶ」
顔も上げずに、ぶっきらぼうな感じで司祭のおじさんは言う。
アメリアさんは少し不満そうな表情をしながら私の背中を押して部屋の中に入れた。すぐにパタンと音を立てて扉が閉まる。
なんだろうこの空気。ちょっと何か怖いような? 司祭のおじさんは怒っているのだろうか。ええ……どうして……。
「ああ、そこのイスに座ってください。お昼を食べながら話しましょう」
司祭のおじさんは一仕事終わったように顔を上げると、私に大きなテーブルを示した。
急におじさんの雰囲気が柔らかくなったような感じがする。何だったんだろう。
大きな部屋の中ほどに白いクロスをかけたテーブルがあり、料理がすでに並んでいた。湯気が少し出ていてその料理が用意されたばかりなのがわかる。
おお、美味しそう。
でも偉い人と話しながら食事するのって、難しそうでイヤだわ。元の世界で営業職でもしてたら慣れたものなんだろうけど、私は内勤だったからあんまりそういう機会はなかったのだ。
こっちが上座? 下座? と私は悩みながら席につく。司祭のおじさんも同じタイミングで向かい側の席に座った。
「改めまして、この神殿の司祭をしているエリック・ダスマスです」
「は、はい。リリア……と申します。よろしく、お願いします」
いきなりちゃんと名乗られたものだから私は緊張してキョドってしまった。
ずいぶん丁寧な対応をするんだな。
昨日のアメリアさんの話では孤児の扱いはもっと酷いものらしいから、こういうのもやっぱり普通ではないんだろう。
しかし何で私には普通ではないことが多いんだろうか。この機会に聞いてみようかな。
「アメリアから聞いていますよ。魔法関係の本を多く読んでいるそうですね」
「えっ、は、はい」
うお、そういえば監視されているんだった。そりゃ読んだ本の内容は報告するよね、そりゃそうよね。
「ところで……あなたは、今は魔法使いがほとんどいない理由を知っていますか?」
司祭のおじさんからいきなり質問だ。何かの試験かしら。そういえば魔術関係の本に魔法使いが希少だと書いてあったような……。
「えーと、習得に時間がかかるから、ですか?」
私は読んだ本の内容を頭の中で手繰り寄せながら無難な理由を答える。司祭のおじさんは満足そうにうなずいた。
「そう、それも理由の一つですね。私は5歳で治癒魔法の素質があるとわかってから、まともに使えるようになるまで6、7年かかっています。これでもずいぶん早い方なんですよ」
何気なく言っているけど6~7年は確かに長い。ゲームみたいにはいかないってことね。
あ、これってもしかしてお前には魔法は無理だあきらめろって言われているのかしら。それとも自慢されているのかしら。
ネガティブモードに入りそう。
「……しかし、本当の理由は他にあるのです」
司祭のおじさんの声が少し低くなったような気がした。
「例えば、あなたが習得したい魔法があったとして、それが10年ほどかかるものだったとします」
「はい」
「ところが、あなたは寿命では、あと5年しか生きられないようです。あなたはどうしますか?」
「……え?」
私は司祭のおじさんの質問の意味が分からず瞬きをした。寿命ならどうしようもないのでは。
「あきらめます」
私の答えを聞いた司祭のおじさんが苦笑いをする。
「まあ普通はそうですね。しかし、昔の魔法使いたちは、寿命を延ばす方向に動いたのです」
私は首をかしげた。わけが分からない。
寿命なのに延ばせるっておかしくないか。薬効のあるお酒の宣伝じゃないんだから。
「そんなことができるんですか」
「できますよ。他人の命を奪えば」
突然、話題が物騒な内容に変化したような気がして、私は固まった。
司祭のおじさんは何事もなかったかのように料理を口に運びながら話を続けた。
「そういう魔法が蔓延した時代があったのです。他人から何でもかんでも奪おうとする魔法が流行った時代がね。あまりに酷いありさまだったため、当時の王様が魔法の研究を禁じたこともあったそうです。そういう理由もあって、魔法使いは大きく数を減らすことになりました」
「そうなんですか」
何と返事をしていいかわからず、私は無難な相槌を打った。
「そうです。それから、魔力は長い時間を生きることで増えていきます。これも他人の命を奪う原因になりました。魔法の中には、一定量以上の魔力を要求するものがありますから」
それはつまり、MPが足りなくて使えなかった魔法が長く生きてMPが増えたら使えるようになったということか。
この世界では長く生きている魔法使いのほうが、たくさん魔法が使えるってこと?
1つの魔法を習得するのにかなり時間がかかるみたいだし、若くてカッコイイ魔法使いが最強のナントカになるみたいなことはなさそう……。
たぶんできる魔法使いはお爺ちゃんやお婆ちゃんばっかりなんだわ。夢のない世界に来てしまった。
「リリアさん、魔法使いの中には、そういう人間もいるということを覚えておいてください」
「は、はい」
いかん、フードを被ったお爺さんとお婆さんが大きな壷をぐるぐるかき回しているのを想像していたら、上の空になっていた。
あわてて返事をした時、司祭のおじさんがじっと私を見ていたことに気が付いた。
何だろう? 何か顔についている?
司祭のおじさんと目が合うと、おじさんは目を細めて一瞬だけ優しそうに微笑んだ。
「ああ……、やはりあなたは似ていますね。ヴィエナレーリィ様に」
「え?」
私の周りの空気が固まった、ような感じがした。
「やはり」ってなんだろう。あの聖女様の肖像画とちょっと似ているかもとは思ったけど、この人は私の……リリアの何を知っているのだろうか。
もしかしたら、この人から私の聞きたいことを教えてもらえるかもしれない?
「……長い話になりますが、私の話を聞いてもらってもいいでしょうか」
司祭のおじさんはそう前置きして、私の同意を待たずに長い話を始めた。
この世界の男どもってのは、あれか。隙あらば自分語りしないといけないのか。