Story7 「嫌われたくない」
またも遍いた天音
その先は異国の地
自分のことを知らない人がいっぱいいる中でようやく目当ての少女を見つけた天音
彼女も心に何かを秘めているようで─
天音は
遍いたのだ
夢の序章は
とある少女の心の中だった
それはひどく痛々しい世界で、
人並みの幸せを感じるのに、
何かに苦悩しているような、そんな雰囲気で、
そんな暗い世界で、天音は見ているだけしかできなかったので、心を痛めるばかりだったが、
それとは関係なしに、暗闇の中にいる少女は、心の中をその口から言葉として発する
夢の中で知らない少女の心の言葉を垣間見た
「…心なんてなければいいのに…」
天音にはそう聞こえた、確かにそう聞こえて、天音はその瞳を大きく見開いた
そして、そうつぶやく少女は
ひどく苦しそうに
胸を抑えていた
「心なんてあるから…っ…こんなに苦しくなるのよ!なんで心なんてあるの…
苦しいだけ…苦しいだけよ…
…ひどいわ!
無くなってしまえばいいわ!
何も感じないほうが、痛くないのに!
嗚呼…痛い!…痛いの…
うぅ…っ…うぅ」
そんな少女は、泣き声とともに
天音の視界から崩れて消えていった
天音は、そんな少女に…自分と似通った何かを感じた。もしかしたら、この少女なら、自分の心のもやもやについて何か新しい考え方をくれるのかもしれないと思って少女を追おうとしたが、
そういえば自分は見てることしかできないと悟り、また胸を痛めていると
足元の暗闇が急に彼の足を引き込んでゆく
彼の視界がぐにゃりと歪んで天音は
暗闇に落ちた
******
もう一度瞬きしたときには
また、知らない街
(…ここは、…?)
西洋にありそうな、きれいな洋風な建物。白い壁の建物が多かった。
西洋でも、地中海のような雰囲気で、太陽が燦々と煌めく。
天音は立っているだけでひどい暑さと疲労感を感じた。
現代風な感じがするが、田舎だからなのか、ビルがない。
ひと昔前くらいだろうか…
(…また…夢を見たのか…)
天音は自分が遍いているという自覚がまだ無いので、澄鏡の時と、似ているという点から、“また”という表現を使ったのかもしれない。
そして天音は、前回の経験から、暗闇の中で出会った少女を探すことにした。
あと、夢の序章であの少女に会えば答えのようなものが出ると思ったから
(確か…)
少女の特徴を思い出す。
白い生地の、赤い花柄のプリーツワンピースを見事に着こなした、セミロングのストレートの銀色の髪を持つ少女であった。瞳の色は、見えなかったので、わからなかった。
今その格好をしているかはわからないが、銀髪なんてそうそういないはずである。
そう思い、天音は知らぬ土地ではあったが、夢ということは知っていたので、その少女を探すことにした。
大きな道は、赤や灰色のレンガが敷き詰められており、他の道は、小さな砂利で小道として成立していた。
家と家の間隔は狭いため、小道は本当に細かった。
大きな道を通る人を見渡して、銀髪の少女がいないことを確認した天音は、とうとうその細い小道に足を踏み入れた。
(…うっ…やっぱり狭い…)
他の人とと比べても、少し細い天音が狭いと感じるレベルの小道をなんとか進む。
長く感じられた小道を出ると、1列隣の大きな道へ出た。
なるほど、こうなっているのか、と、天音は大通りに出ては少女を探し、いないと確認すると、小道からまた、隣の大通りへ出るということを繰り返した。
なんだか、とてもふわふわした気持ちになっていた。
自分の事を知らない人たちしかいない世界にいるという事実が、天音の心を緩ませる。
自分の過去を知らない人達を見ていると、自分が自分以外になったような、そんな気分だった。
だから大通りに出て、大勢の人がいる中、一人立ち止まって人々を見渡すなんてことができたのだろう。
なんだか、夢の中なら何にでもなれるというのは、あながち間違っていないのかもしれないなと、天音の場合では、なのだが、天音はそう思った。
軽快な足取りで、彼は少女を探す。
緩んだ心は、警戒心をも緩ませるようである。
大通りに出て、見渡しているときに、彼の後ろの方から聞こえる多くの小さな悲鳴に、彼は気づかなかったのだから。
後ろがやけにザワザワしているというのに、彼は人々を見渡していた。
浮かれていたのかもしれないが、
「…え…?」
気づけば、自分の首に誰かの腕が回されていた。
軽く持ち上げられてしまう。
「…ぅあ…」
情けない声が小さく出た。
次の瞬間天音の緩んだ瞳は、底しれない恐怖の色を灯すことになった。
「…っあ…っ…」
声が出ない
彼は、自分の頬に、なにか冷たくて、硬質なものがピタリとつけられているのに気付き、横目で確認すると、鋭利なナイフが、太陽の光を反射させていた。
そして、人々の悲鳴が本格的なものになる。
「…きゃああ!!誰か!誰か!あの少年が捕まってしまったわ!」
「…おい!警察はまだか!?」
「…何があったんだ…?」
「…ママァ…お腹空いた〜」
「目を合わせちゃいけないよ!!」
「…殺されちゃう…あの子が殺されちゃう…」
泣き声に、悲鳴、ひどく騒々しい大通りの事態と、人々の視線が自分に向けられていたというのに、なんだか天音には他人事のように見えて、ぼーっとしてしまった。
恐怖を通り越して、他人事であるかのように、人々の様子を冷静に眺めた。
すると、首に回された腕が、物凄い力で自分の首を締めようとしてきた。
ギュッ
「…んっ…っ…が…っ…」
ようやく命の危険を感じた天音は、回されている腕を両手で掴み、離そうとするが、びくともしない。
どうやら、殺すのではなく、抵抗させないよう、気絶させる気のようだ。
「…ふっ…ぅ……」
死んでしまう、彼は走馬灯が見えるようだった。
(…もう、…)
死んでしまうと、瞳を閉じた。
夢の中であることを忘れていた
すると
うすれてゆく意識の中、遠くの方で、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「…音…っ…天音っ!!!」
誰かが呼んでいる。
誰だろうか
自分の名前を呼んでいる。
こんな時に自分の名前を叫んでいる
この名前を呼ばれる限り、どこまで行っても自分は天音で、
どうあがいたって、呼ばれた人の心に触れることになる。
誰かが呼んでいる
泣きそうな声で呼んでいる
どうして悲痛な感情を自分に向けるのだろう
誰かが呼んでいる
僕の死戦を哀れんで
呼ぶ声には、聞き覚えがあった
誰かが呼んでいる
僕のことを救おうという意思を感じた
もしあなたが僕が居なくなることを哀れんでくれるのなら、
誰かが呼んでいる
生きてほしいと訴えている
まさか自分にそんなことを思ってくれる人がいるとは思っていなかったから
瞳を自分から閉じてしまうことは
やめにしようと思ったよ
もしあなたが僕が居なくなることを哀れんでくれるのなら
僕は
(…呼吸を…もう少しだけ続けてみようかな…)
ゆっくりと生きを吸う
「…天音!!」
合図だ
その声と同時に天音は、瞳を強く開く。
その瞳は、すべてを燃え尽くすと言わんばかりの生命力に満ちていた
冷たいブルーの瞳が、命の炎を燃やしていた
生命力は、
生きようと願う力は、
生存本能は
心か、体か、
いいや
「…関係ないっ…!!」
天音はそう自分に言い聞かせるように叫んだ
上ずった声で
詰まる喉を無視して叫んだ
「うっ…ぅぅ…ぉ…ぉおお」
唸るように、心の奥底が生を望んでいる
天音の手は、天音のものではないような物凄い力で、回された手に掴みかかる
男は、気絶すると思っていた相手が、唐突に力一杯腕に掴みかかって来たため、怯んだ。
(…澄鏡…どうか、力を貸して)
「…ふっ…」
相手が怯んだ隙に、天音は浮いた体を、思いっきり前方に持ち上げ、その反動を活かして後ろにいる、腕の持ち主へ、大きな一撃を食らわせた。
「…なっ…!?」
その拍子に、腕が離れた、
天音は放り出されて、体を地面に打ち付けられる
しかし、天音が顔を上げると、相手はこちらに、
太陽の光に反射するナイフを
振り上げていた
「………っ…!!」
逆光でよく見えないため、迂闊に動けば危ないが、動かなかったらナイフで刺される
(…どうしたら)
その瞳に映るのは、自分を簡単に消すことができる道具
その瞳は、それを映して、動かなくなってしまう
すると
「…天音!!!」
その声が聞こえた刹那、目の前の男がぐらつく
「…なっ…」
男の腹には、見事な足蹴りが入っていた
その足の主は、
「…天音!!」
ワインレッドの瞳を輝かさせ
天音の方を見て、
蹴りを入れた足を地面に着地させながら天音に言う
「…あなたが、天音でしょ!!」
「…え…?」
天音は困惑した
しかし、声で分かっていた、目の前にいる少女が、天音の探していた銀髪の持ち主であることを。
その少女は暗闇の中と同じ格好をしていたが、あのときとは全く違う、希望や、明るさをその瞳に灯していた。
後ろに輝く太陽と、同じくらいキラキラと煌めいていた。
「…ねぇ!天音でしょ?」
少女は好奇心旺盛な瞳で座り込んでいる天音の顔を覗き込む。
天音は相変わらず困惑しつつ
「…そうですけど、どうして僕のことを知っているんですか…?」
すると少女は言う
「…あなたが哀しそうにこちらを見つめる夢を見たの…
それだけ
それだけよ
でもなぜか、確信してしまったの!
貴方がきっとここに来るって!!」
そう話す彼女の眩しさに、天音は目を見開き、
そんな彼女の純粋無垢な瞳に、
尊いくらいの羨ましさを感じた
「…僕も、僕も貴女が泣いているのを見た
僕は、貴女の心を垣間見てしまったから、
あなたを探してました」
そう、事情を話す天音に、
少女の瞳は少しだけぐらりと歪んだように見えたのは,気のせいだろうか。
「…うん、そうだね、
ねぇ、そしたら天音はわかるでしょ…?
私達がこれから何をすべきなのか」
悪い提案をするように、少々いたずらっぽくウインクしてみせた彼女に、その言葉の意図を汲み取る。
天音にはわかった
澄鏡の時と同じように天音たちはお互いの心を打ち明けるのだ
そうしてお互いに心の傷を
軽くしていく
「…はい、わかります
そうだと思って、僕はあなたを探していたから」
そう天音が言うと
少女は
「…じゃあ、ここじゃなんだから、
うちこない?」
天音を人質に取った男が警察に連れて行かれているのを見て、天音は頷いた
少女は嬉しそうに、笑ってみせた
悩みを抱える人がよく笑うのは何故だろうか。
その笑みの意味はどこにあるのか
苦しさを隠そうとしているのか、だとしたら誰に?友達や家族に隠している?
もしかしたら、自分自身を騙しているのかもしれない。
大丈夫と言い聞かせるように騙しているのかもしれない
*****
その少女の名はペチュニア・アスチルベという。
アスチルベでは名前が長いので、アステと呼ばれているらしい
ワインレッドの瞳が印象的な溌剌とした感じの少女だ。
アステの家は門が大きく立派で、それだけで裕福な家なのだとわかる。
「…大きい…」
ポロッと口からそんな言葉をこぼした天音に、アステは困ったように笑いながら
「そんなことないわ、こういう家の人なんてゴマンといるわ」
そう言って門を開いた
門から家までの道は長く、その道のりにきらびやかで華やかな季節の花々や、木々が植えられていたり、粘土を焼いたような焼物の飾りが置いてあったり、とにかく飽きることはなかった。
そして、長い道を抜けると、目の前に純白の壁を持つとても立派な家がこちらを見下ろしていた。
「…ここよ、入って」
天音があまりにも唖然としていたので、少し気まずそうに、天音を家の中へ案内した。
室内は思ったよりもシンプルでものが少なく、まずはとても広い玄関、そして、リビングへ行くまでの長い長い廊下、廊下の横には、高い階段がそびえ立っていた。
「…こっちよ」
アステは、階段の方を目で合図して先を歩く。
天音は相変わらずあたりを見渡しながら歩く。
「…そんなに変かしら…」
ふと、アステが不安そうに言う
先程までの溌剌とした雰囲気が一転、家に入ってから少々彼女の自信や、元気はおぼろげになっている気がした。
突然そう言われた天音はしばらく瞳をぱちぱちを音がなりそうなくらい瞬き、考えた上で言葉を放つ
「…広くて、…凄いと思って…」
素直にそう言った。
するとアステは、何とも言えぬ表情をし、そのまま黙って2階に上がる。
天音は少し不安になった。
「…ここよ、入って」
そう言って、きれいなブラウンの木の扉を開くと、彼女の部屋の中だった。
しかし、天音が予想していたものとは違った。
溌剌としている彼女なら、ぬいぐるみとか、飾りとか、何かきらびやかなものが沢山詰まっているかと思いきや、そうではなかった。
何もなかった
ベッドだけがそこにあって,窓があって、クローゼットがあるだけで、
机も、何もなかった
「…え」
思わず困惑の感情が漏れる
「…そうよね、天音も、こういうのとは、違う想像してた?」
眉を少し下げ、天音の顔を伺いながらアステは言う
「…」
天音は黙ったまま頭を立てに振る
するとアステはやっぱりね、といいたげに、控えめに息を吐いた
「…どういうことですか…」
天音はアステの溜息についてそう聞いた
******
ここからは、アステの話
彼女はこの裕福な家に生まれた。
周りから求められるのは、決まって上品さ、元気さ、女性らしさ、愛嬌のある態度、頭の良さ、…数えたら、切りがなかった。
生まれる前から決まっていた
自分がどんな人間になって、どんな人生を送るか、
それは、誰かに強要されているわけではない
しかし、物心ついたときから、周りの人たちが皆、自分にそれらの期待を抱いていることに気づいてしまった。
気づいてしまってからは、地獄の日々
今まで楽しさを感じていた物事に、意味を見いだせなくなった
楽しくなくなってしまった
これも、誰かが望んでいたことだとしたら、自分が心からやりたいことであっても、そうは思えなくなってしまう
楽しいと感じていたのに、とたんに誰かがしいたレールの上に自分は今まで乗せられていたのではないかと考えてしまうようになった
学問は、楽しくてやっていたのに、絵を書くことは、自分の心を豊かにするため、音楽を楽しんでいたのに、それは教養の一つになってしまう
違う
違うのだと
周りの期待に応えるためにやっているように感じてしまって、全てに意味を見いだせなくなった
意味の無い行いをすることが、一番の拷問だ
誰かが敷いたレールを走るために、自分は生きているのだと錯覚してしまう
もちろん、母や父は、何も言わなかった、優しい両親だ
だからこそ怖くなる
誰も信じれなくなる
向けられる笑顔を真に受けることなど到底できなくなってしまった
周りの友人の話す内容も、疑うようになった
自分の考え方を、周りの人のいいように変えられてしまうことを恐れた
嗚呼、人が信じられない
心が、苦しい
そう思うようになってから、しばらくして彼女は
自分に嘘をつくようになった
笑顔を振りまき、大丈夫だと、自分に言い聞かせるようになった
そっちのほうが、痛くないから
笑顔で自分が傷つくのを防ごうと
必死になってみんなが求める自分を演じた
そっちのほうがほら、傷つかないから
痛くないから
そうするようになった
まるで自分は誰かの操り人形
そんな心の内を誰に言うこともできず
一人で毎晩泣いていた
そんなある日、自分に対してとある言葉を投げ掛けてくれる女の子に出会った
『ねぇ…大丈夫?』
その子は、学校の廊下を歩いていた自分に、急に話しかけるものだから、自分は驚いて、しばらく固まったままその子の顔を見ていた
どういうことかと思った
これでどういうことだと問いたら、わからないのか、と言われるのが怖くてしばらく考え続けていた
するとその子が
『…無理して笑わなくていいんだよ』
そう言って優しい微笑みで自分の心を包み込んでくれたから
その時初めて、素直に人前で泣くことができた
どうして自分が泣いてしまったのかはわからなかった
でもその涙が止まることはなくて、
その子はしばらくの間ずっと自分のそばにいてくれた
泣きながら、今までの心の内を打ち明けた
するとその子は、励ましたり、労ったりするでもなく
ただただ自分の涙を拭いてくれた
それがただただ嬉しくて
触れた優しさがとても嬉しくて
少しだけ前を向くことができた
それがアステが生まれ変わったはじめの一歩
まるで澄鏡に出会った天音みたいな話だった
それからアステは、偽物でもいい、と
触れた優しさを喜んだ
いろんな人にされた親切に心が温かくなっていった
しかし、アステはある時恐ろしくなったのだ
「…怖くなった…?」
天音がそう問うと
アステは頷く
「私ね、怖くなっちゃったの、人の期待に応えながら、人の優しさに触れていくうちに…」
そうアステは天音と目を合わせずに言った
そのワインレッドの瞳には、陰りと霞があった
瞳は光を捉えなくなる
「…天音もそうなんでしょ?
私、夢の中に出てくる天音が、そんなふうに、私と同じ気持ちだったって知ったよ」
そうアステは言う
天音は瞳を大きく開いた
その瞳は幸福と恐怖が入り混じっていた
「…あなたの夢の中で…僕はなんて言っていたんですか…」
天音は恐る恐る問うた
するとアステは、少し悲しそうにこういった
「僕には大切なんだ
でも脆くて怖くて
消えてしまったらどうしよう
って
あと…
愛してほしい
嫌われたくない
そう言ってた…」
天音は瞳を大きく開いた
そして固まる
自分の心は必ずしも自分が一番に分かっているわけではないことを悟って
自分が感じている感情を、嘘をついて隠していたアステのように、
隠してしまってもう、見つけられなくなってしまったのかもしれない
天音は自然と涙を流した
それはとても冷たくて、悲痛な涙
咲く花々が
次々と枯れていってしまうような、
そんな涙
「…天音、私はね、怖くなっちゃったの
天音も怖いんでしょ
でも天音は、自分は幸せを壊すものは何もないのに怖がってるって思ってるんでしょ?」
天音は優しく穏やかなアステの声に、こくこくと、小さく肩を震わせながら頷く
アステは首を横に振って、優しい声で天音に囁く
「…私達の平穏と幸福を壊してしまうのは、紛れもなく、
私達なんだよ」
と
天音はこぼれる涙を止められないまま、眉を下げ、わからない、といった顔をする
どうしてそんな残酷なことを言うの、と
哀しい顔をする
「…私はね、思うの、私達が怖がっているのは
私達にとっての、幸福の破壊っていうのは、
嫌われることなんだって」
ワインレッドの瞳は、より一層暗くなった
コバルトブルーは、固まったまま
そのまま天音は口からこぼした
「…嗚呼…そう、…そうです…
僕は………僕が怖がって…いたのは」
花々は冷たく、雪でできていた
「…嫌われることが怖くって…
ずっと…取り繕ってて…
嗚呼…なんて愚かだったんだろう…
僕は僕が怖いんだ…
本当の…汚くて、…醜い自分が…
怖いんだ…バレたくない…っ…」
そう言って座り込んだまま俯いた
ポロポロ涙が零れて
その雫は床に落ちて
徒花を咲かせる
意味のない花だ
雪の花
溶けて消えてゆくのに
どうして咲かせる
そんな花を見つめて
天音はもっと虚しくなった
「…あぁ…せっかく…せっかく大切が…守りたい大切ができたのに…
僕がそれを壊せてしまう…
あぁ…今まで何をしていたんだろう…
どうしよう…
どうすればっ…
ああぁ…」
情けない声を上げて、崩れるように頭を下ろす
顔に手を当てて
一切の光を遮断する
何も見たくないし
何も
感じたくなかった
”心なんていらない”
その言葉の意味がやっとわかった気がしたんだ
今まで自分が取り繕っていた自分が、いつか壊れてしまって、汚くて、醜い自分がバレてしまうのが怖かった
天音にとっての後ろめたさは
嫌われないように生きていたということ
嫌われないように生きていたけれど
そんな生き方がバレてしまったら
嫌われてしまうような
そんな生き方だった
今まで作り上げてきた自分で
掴みとった幸福を壊してしまうかもしれない
だから
幸福の破壊の正体は
自分だった
正確に言えば
作り上げたハリボテの自分だった
「私は、それに気づいたよ
だから、今日は私の話はおしまいよ
もう気が済んでいるんだもの
だから天音の言葉を聞かせて
あなたはどう?
あなたの心を聞かせて」
アステは天音に聞く
天音は、もう気が済んだ、と言ったアステの言葉に驚きつつ、追い付けていない心を落ち着かせていった
読んでいただいてありがとうございました
今回は天音ピンチ回でした
でも天音も逞しくなりました
今回の舞台はギリシャなどの地中海をイメージしております
次回もお楽しみに♪