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Story2 「忘却の中に隠れていたもの」

遍いた先で事件に巻き込まれかけた天音

そんな彼が目を醒ましたらそこは澄鏡すきょうという名前の少し裕福な家に暮らす同じくらいの歳の青年だった

彼はどうやら何かを抱えている様子で…

そんな彼の話を聞いて天音は花を咲かせる

天音はどうするのか─

「…っ!」

 青の瞳が開いた。

 瞬きの度に凛と音がしそうな揺れ方をする髪と同じ色のコバルトブルーのまつげ。

 天音は状況を理解しようと思考するが、混乱したままであった。

 ぱちぱちと瞳を開いたり閉じたりして、寝ている体勢のままチラリと周りを見てみた。

 ここは和風な作りの部屋で、畳の上に敷かれた布団の上で寝ていた。上等な品だとすぐにわかるほどフカフカの布団にもう少し寝ていたい気持ちが迫ってくる。しかし、どこかもわからない家で寝ることができるほど天音の神経は太くなかった。

 ゆっくりと上半身を起こす。

(そういえば、なんで寝ていたんだろう…)

 ふと、そう思い、彼は思い出した。

(ガラの悪い奴らが来て、それから…それから…)

 その先が思い出せない…。

 天音が、額に手をやって記憶を呼び起こそうとしていると、突然部屋の扉が開いた。

「…っ!」

 天音は誰かが入ってくるとは思っていなかったのか、とても驚いた様子でそちらを見た。

 するとそこにいたのは、白か、銀か、はたまた青か、それらのどれかなのか、全部なのか、見惚れてしまうくらいの綺麗な髪は耳のあたりで綺麗に切り揃えられており、前後で髪を分けるように耳にかけていた。前髪は中心から緩く別れており、後ろ髪は少し束感がある清潔な印象の髪型の持ち主で、その髪と同じ色の睫毛は障子から漏れる光を反射してキラキラと輝いていた。そして、その糸に隠された瞳は天音の瞳よりも明るい色の、ブルーそのものであった、夏にぴったりな。その目つきは自信有りげな勝ち気な彼の性格が現れていた。背は少し高くスラッとしていて色白なので、少し病弱なイメージを受けるが元気そうな瞳がそれを許さなかった。時代相応の洋服を着こなしていた。

 天音はそんな青年を少し、眩しそうに見つめ、

「…状況を説明していただけますか」

 と他人ではあるのだが他人行儀に言葉を放った。

 

 その少年は、微笑んだ。

 

*****

 彼の名前は北条ほうじょう澄鏡すきょう。彼は現在高校生らしい、今で言うと、であるが。どうやら天音はタイムスリップのような感じに、過去に来てしまったのだ。天音が、自国史を授業で習ったときに教科書で見ていたものそのものが今天音がいる世界にあり、今の年号を聞いても、天音はその年号を授業で聞いていた。そして、幸いなことに日本という国のように戦争がある時代というわけではなかった。しかし、いわゆるローマのコロッセオのようなものが流行っていて、興味がある人や、コロッセオに出る人が多く存在し、道行く人は大体が護身術を極めたり、最低限の戦闘能力を持っているらしい。そういう習い事が流行っているらしい。ちなみに、奴隷というものは存在せず、コロッセオに出る人は皆自ら志願した剣闘士などであるとか。澄鏡も習い事で習ったことがあるらしく、それで彼が天音を救ってくれたようだ。彼も護身術を心得ており、たまたま街を歩いていたら天音を見つけたのだとか、変な格好をしているから興味が湧いた、と彼は言った。

 天音はその言葉に苦笑いをしつつ、コロッセオなどという世界観に圧倒されていた。

「…救っていただいて、どうも有難う御座いました。」

 天音はうまく追いつかない心と、失神の影響によってぼうっとする頭ではあったが、お礼くらいはしないと、と思いそう言った。

「どういたしまして」 

 嬉しそうににこやかに返事を返す澄鏡は少し掴みどころのなさそうな男だった。

 そして、澄鏡はとある記憶がないと語った。ある時期の話をすると、人が変わったように関心をなくし、虚無の色を灯した瞳で遠くを見つめると周りの人から言われているのだそうだ。彼は今もその記憶を思い出せないそうだ。

 澄鏡はそこまで話して、自分語りをやめた。

「…そうなんですね」

 天音はなんと言ったらいいかわからず黙り込んでうつむいてしまう。

(どうしようか…なんと言ったらいいか傷つかないかな…どういう気持ちなんだろうか…というかそもそも初対面の人間にそこまで話すのかな…)

 そんなことをいつものように考えてしまう。相変わらずだめな自分、慰めの言葉一つ言えないのだから。

 今日の榊のときもそうだった、どんな目線を送れば自分は相手の失礼にならないだろうか、相手が寝ていても、周りの人から何か思われてしまうかもしれない。彼は、誰かを傷つけることも、誰かに嫌われることも怖くて、人の目が苦手なのだ。その瞳がすべてを物語る限り、選別するような瞳が苦手だった。

 すると澄鏡が少し間を開けて急にクスクスと笑い代した。

 天音は澄鏡の身に悪魔が取り付いたとかそういう感じの何かが起こってしまったのではないかと驚き、深海の瞳を大きく開き澄鏡を見た。

 すると、澄鏡と目が合い、澄鏡は天音を見ながら

「…ふふっ…あぁ…っ、ごめんね。」

 手をひらひらと振り、違う違うと笑いながら言った。

「…ただ…君の瞳がとても…」

 そう言いながら澄鏡は天音の深海に濡れた瞳を覗き込む。

「…とても、似ているな、と思ってね。」

 天音は首をかしげた。澄鏡の瞳は光無く、どこか遠くを悲しそうに見つめていた。

 そして澄鏡は不敵な笑みを浮かべながら続ける。

「君、怖いんだろ。」

 

「人を傷つけるのが」

 

 天音の瞳が零れんばかりに見開かれた。

 

(嗚呼、どうしてばれたんだろう、こんな後ろめたい気持ち、捨てなきゃいけないのに

 この人は一体…?)

 ふと、そう思った。 

「君は、人に嫌われたくない、人を傷つけたくないんだろ、そして嫌われないために生きていることがバレて嫌われてしまうことも嫌なんだろ?」

(…なんで、なんで心に土足で踏み込むの)

 澄鏡は続ける。

「僕さ、君とまだ会って間もないし、君のことほとんど知らないし、君も僕のこと知らないけどさ、なんで…君を助けたんだろうね…なんで君にここまで話してしまったんだろうね…」

 唐突な問いかけ、しかし天音には澄鏡が天音に聞いているとは思えなかった、どちらかというと澄鏡は澄鏡自身に問うているような…

 そう、彼は、天音を口実に自分の心の内を吐露しているようだった。

「…え?それは…僕が…変な格好をしているからでしょう?後者の質問は…答えようがないけれど…」

 そう言っていたから…そうだと思った。 天音は戸惑う。

「…ううん。違うよ…。」

 澄鏡はさっきより深い悲しみを纏った瞳で天音を見つめた。

(っ…)

 天音は息が詰まった。

(どうして…どうしてそんなに哀しい目をするんだろう。…そんな目で僕を見ないで)

 天音は人の目を気にしすぎた。訳あってそういうふうに生きてこなければと自分を縛っていたから。

 だから…天音にはわかるのだ…。

(嗚呼、ほんとに悲しい人の瞳。)

 空虚で 何も無い

(この人はさっきまでどうやってこれほどの悲しみを隠せていたんだろうか。)

 天音にはわかった。その瞳が深い悲しみを孕んでいることを。

 大抵の“哀しい”という感情を凌駕した瞳がそこにある。

(何がこの人をそこまで哀しくさせた…?)

 天音は、あって間もない人間、澄鏡という男の哀しみに酷く感情移入してしまっていた。

 なぜならソレが

(僕に似ている…その瞳は…)

 天音に似すぎたのだ。

 

 何も、天音は自分をとても悲観的に見ているわけではない、ただ、天音は澄鏡と自分とのぴったり重なってしまう部分を感じ取ってしまったのだ。

「…何が、あったんですか…わすれていたことと何か関係があるんじゃないんですか?」

 気づけば言葉にしていた。

(余りズカズカ踏み込むものではないと理解してるのに…どうしてもこれじゃあ…放っておけないな…)

 そう思ったから…。

「…嗚呼、そうだね。僕は、忘れていることを話題にされると、空虚を瞳に灯して、遠くを見つめるんだって…それってさ、今のこの瞳のことなのかな…」

 そう、澄鏡は言葉を放った。

 天音は悟った

(それは、忘れていることに対する悲しみじゃない…それより深い哀しみだ)

 何故か自然とそう思った。

 

「そしたらさ、この瞳の僕は、何が言いたいんだろう…あのね、天音…少しだけ…僕の話に付き合ってよ。」

 

 その瞳は…少し濡れていた。

 

「僕ね…少し前までは思い出せなかったんだ、本当だよ。…でも僕、君を助けたときに、思い出しちゃった…。

 なんで思い出したんだろう…トリガーはきっと、君のことを助けたからだなぁ…

 何かを守ることが…きっかけだったよ。

 僕ね…思い出したの。

 思い出せたとき、なんで忘れていたんだろうって考えちゃったよ。

 でも今わかったよ…

 たぶんね、忘れるほど、」

 その瞳は“空”そのものだった

 

「…苦しかったからだったんだよ

 

 天音…」

 彼の瞳は心の中の凍っていた感情を溶かし、それを流していた。

「…っ…あれ?…なんでだろう…っ…ふっ…っ、笑えて、きちゃうなぁ…っ…なんで…泣いてるんだろうねっ、まだ少ししか話してないし……泣いていいのは…僕なんかじゃあないのにっ…」

 彼は苦しそうで、何を思い出したのかうまく話せず泣いていた。話したことで少しずつ涙の色は暖かくなってどんどん溢れてくる。しかし、本音を話すと、自分の心の内を話すと涙で息が詰まるのだ。今まで積み重ねた年月分の哀しみを溶かしているから。

「…僕ね…僕、…守れなかった…守れなかったんだよ…

 あのね、ずぅーっと、前の話、僕が小さい頃、ある、ある友達を守れなくて…僕、その時人見知りで、周りの子と馴染めてなくて…怖くて怖くて、人の顔色ばかりうかがってて…」

 上ずった声を落ち着かせようと必死になりながら語る。

「でもその子は…僕の目をまっすぐ見て話してくれて、僕のことを光のある方に…いつも、いつも、連れてってくれた…その子は…ほんとに、僕にとって世界のすべてだったよ。その子さえいれば僕は…幸せで…孤独を感じることもないから…っ

 なのにっ…」

 初めて誰かを大切に思ったり、愛したり、好きになったりしたとき、距離の詰め方がわからなくて、人は相手に依存するような形になってしまうことが多い。

 澄鏡にとってその子は光そのものだったから、依存していたのかもしれない。 

 天音は思った

(あぁ…そうか、大事なものが…あったんだ…あぁ…でも

 きっと、…守れなかったんだ…世界のすべてのような人を…同じように…僕と同じように…)

 そして澄鏡はそう言った

「僕っ……守れなかった…守れなかったんだよ、でもっ…僕には…無理だったんだよ…僕はね、自分の命が…大事だったから…醜くとも生き残ってしまったんだ…でも、あまりにも酷じゃないかなぁ…幼い子どもが、命がけで何かを守れるの?…じゃあ僕はその時……

 

 死んじゃえばよかったのかなぁ…」

 “死”という言葉を使ったとき、澄鏡の瞳は更に悲しみに塗られていた。

「事故だったのに…僕が一番その子と一緒にいたからって、、その子のお母さん…泣きながらこっちを恨めしそうに見ていたんだ…っ…最後まで…」

 嗚呼、あまりにむごい

 そう思った。

(幼い子にそんなものを押し付けるのか、大人は…

 気持ちはわかるが、見てくれよ、…あのときの瞳が澄鏡を苦しめているんだ…そんな小さなことで人は…心を壊しかねないのに…)

「…僕にはもう…何も護る価値なんて…ないんだ…っ。」

 天音は、その言葉に心が震えていた 

 そんな澄鏡の話を聞く天音にできることといえば澄鏡の小さく震える背中を擦ることだけだった。

(…あぁまた、自分には何もできない…無力なんだ…)

 そう思いながら

 

(でも…)

 

 彼の背中を擦る天音の手も震えていた

 

 ほんの数分間の話だったのに

 彼の苦しみの波長を天音は知っていた。似たようなものを彼も持っているから。

 

 天音には量れない哀しみだ。天音は彼ではないから。

 しかしその瞳は同じ哀しみを灯している。

(どうか、彼に…幸せを…花束のような幸せを。これじゃあ息が詰まって生きていけない。彼にはまだ…)

 

 天音の息も詰まっていた。

 天音はそれにしばらく気付けず、澄鏡のものだと思っていた。

 天音がそれに気付いたとき、彼は目を見張った。なぜならそこには、天音の流した涙が落ちたところには

 

 

 花が

 咲いていた

 

 氷でできた花は光をキラキラと反射させ、温かい色の花はこちらを微笑むようだ。

 様々な花が咲いていた。

 それは何を表しているのか分からない。

 

 しかし、枯れた心を癒やすには充分な暖かさがある。

 

 天音は驚いていたが、その花に勇気づけられたかのように、口元をきゅっと結んでから言葉を発した。

 

「…あなたはまだ、護れるじゃないですか…。

 僕のことを、護ってくれたこと、忘れちゃったんですか…あなたがいなければ、僕は死んでいたかもしれない…

 あなたが救ってくれた命なんです…

 大袈裟かもしれないけど、それに感謝してます。 

 僕は、そんなあなたの優しさに、こんな涙を流してしまった。

  あなたの苦しみが伝わってくるようで、あなたとはまだ出会ったばかりなのに、僕はあなたのことよく知りもしないで、あなたの気持ちを考えるとこうも涙が出てきてしまう…。

 だってその話はあまりにも、むごい。

 

 そんなことが

 あっていいものか…

 

 護るものを失ってまで生きるほど僕は器用じゃない、でもあなたはこんなに一生懸命生きている。せめて辛い記憶を消して。

 思い出させてごめんなさい。

 悲しい話だと泣いてごめんなさい。

 でも、僕はあなたにとって何かもわからないけど、もしまたそんな瞳を向ける人がいたら言ってください。

 僕は無力ですが、あなたの代わりにその人を

 

 殴るくらいなら容易いのです

 

 出会ったばかりですが、だからこそ、あなたを傷つける人を殴るくらい容易い。あなたの代わりに…。

 だってあなたに…護られたから。

 だからどうか、そんなに哀しい瞳をしないで。

 あなたにはさっきみたいな微笑みが似合いますから。

 涙を止めたい、それだけです。その悲しみは深すぎて、あなたを傷つけ続けるから…。」 

 天音は驚くほどスラスラと言葉が出てくる自分と、花の咲く涙が自分の瞳から流れているということに内心驚きつつも、言葉を紡いだ。

 澄鏡は最初の方は驚いてはいたものの、次第に天音の言葉に心を震わせていた。その瞳が咲かせる花に、少しずつ心が落ち着いてゆく…

 

 その瞳の哀しみが、少しでも溶けますように

 そう、彼は、両手を組み祈るように、澄鏡の手を優しく握った。

 

 背負わなければならなかったもの

 それがその人の形を変えてしまっても

 人の心の脆さは

 その人以外には

 分からない

 傷ついたから

 傷つけたくない

 痛みを知っているから

 傷つけたら罪悪感に苛まれる

 

 天音と澄鏡の共通点は罪悪感だ。

 

 抱えきれない罪悪感

 これ以上は傷つけることは許されないと

 心を縛った

 

 しかしそうさせた人は

 気づくはずはないんだと

 

 彼らはいつも諦めなければならない

 

 自分のせいだと自分を傷つけながら

 

 

 澄鏡が落ち着き、ようやく天音との会話ができるようになって、澄鏡は天音に礼をした。

「…ありがとう…なんだか久しぶりに涙を流したよ…」

 天音はぎこちなく微笑む

「…よかった。」

(僕は泣いていただけで何もできていないのに…)

 そう思いながら…

「…僕だって、まだ何かを護れたんだね…。」

 澄鏡の瞳の哀しみが和らいでいた。

 すると澄鏡が

 天音としっかり目を合わせ、

「…じゃあ今度は天音の番だよ

 君はずっと何かに苦しんでいるんだろう?」

 そう言った。



────────

あとがき

読んでいただいてありがとうございます

そうです澄鏡はイケメン枠です

北条という名字の溢れ出るイケメンな雰囲気で澄鏡の名字を北条と決めました

天音の咲かせる花は何を意味しているのかどうか考えてみてください

ありがとうございました

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