Story1「天音とは」
コバルトブルーの髪色は色素の薄い感じがする。
同じ寒色の紺の瞳は深い海。光をともすと明るい青へと移り変わる。若干吊り目ではあるが眉は少し下がっている。長いまつげのせいでその瞳が光を灯すことはあまりない。
光を灯すとしたらどんなときだろうか。
涙を流すときにはきっと、涙が反射してきらきらと煌めくだろうか。
白い肌は、髪色とあいまって少し彼に暗いイメージを感じさせる。
「…はぁ。」
昼食の後、眠い午後の授業、窓の外を眺めながら憂鬱そうに頬杖をつくのは巫天音。普通の高校生である。
(どうしてこの世に数学なんてあるんだろう…)
彼は根っからの文系である。
(使わないだろ、絶対)
先生、という人間は学習内容は教えてくれるものの、使いどころは教えてくれない。
(ベクトル…日常的に使うやついたら引くだろ…)
それでも生徒である限り授業を受けるので、天音は黒板をノートにとり教科書の大問を解く。
「…ここで、内積を使……おーい、榊ー。生きてるかー。」
後ろの方の席にいる榊という生徒が寝ていた。
クラス中の視線はそこに行く。
和やかに微笑ましく見たり、冷たい視線、笑い声、ヒソヒソ話…様々なものが容赦なく榊に浴びせられる。
天音は見ていた。
榊ではない。周りの生徒をだ。どんな反応が正解なのか、寝ているとはいえ、気になってしまう。
(…板書するか…次の問も解くか…)
天音はそれ以外の反応をとり、教科書に集中する。
*****
帰り道、一人で帰る。いつも一人だ。友達はいる。しかし彼はあえて一緒に帰らない、そのくせ周りの視線を気にする。
自分は変ではないか、少しでも視線を感じると、不安になるのだ。しかし、誰かと帰ると自分の言葉が誰かに影響を与えていないか不安で、うまく話せなくなり、それも不自然ではないかと不安になり…といった具合にエンドレスになる。
(今の人、なんで見たんだろう…目つきが良くなかったのか…バッグから何か出てる…?…出てないな…前髪が変…?髪型?)
彼は自意識過剰で被害妄想が強い。それが彼を変えてしまった性格の原因の一つかもしれない。
(昔あの子にあんなこと言っちゃったから、その子がどこかで悪口を言ってたり…?)
とにかく彼は心配で心配で仕方がない。
それはどこから来るのだろうか…。
「…はぁ。」
またため息だ。
彼は今【巫】と書いてある表札の付く大きな和風な造りの家の前に立っている。
彼の家は、古くは呪術的なことを担っていた。魔物退治や占い、イタコのようなことまでやっていたと言われる。それ故、辞めてもなお、過去に買った恨みがもし、その代の当主が呪術的な力がなく、霊的な何かが見えなかったとしても、それらから祟られたり、不吉なことが起こる。しかし、逆に、先祖の墓や亡くなった人の供養を丁寧に扱っていたために、守護されることもある。
また、まれにそういう力を持った子が生まれることもある。
天音にはそういった力は今まで発現せず、見えたこともないので、無縁なことではあるが…。
天音は、幼いときに両親をなくした。
生まれた直後に母を。小さい頃に、父を亡くした。
上に兄弟が二人いる。どちらも、優しい性格ではある。
よって、天音たちの両親の代わりとなるのが、祖父母であった。
やはり、あまり血が繋がってない人とはいくつになっても慣れないものである。
(…入るか…。)
敷居をまたいだ。
なるべく会話は聞き役に徹する。あまり話したくないのもあるし、粗相をしたら出て行かされるのではと思ってしまうから。祖父母は厳しくもないし、むしろ優しいくらいなのだが、結局天音にとっては他人に近いもので、「住まわせてもらっている」という感覚だった。
なるべく早く夕飯を食べ終え、風呂に入り、おやすみなさいと一礼し、部屋に入る。
そこからはその日の授業の復習や、テスト勉強、本を読んだり、スマホをいじったりしていつも通りの時間にベッドに入り眠る。
今日も昨日とほとんど変わらない日を終わろうとしていた。
目を
閉じる
今日のことを思い出してしまう。そして、もっと前の過ちや、嫌なことも。目を閉じた暗い視界にはそれらは鮮明に映るものだ。彼は、毎晩罪悪感や嫌悪感に苛まれる。毎晩懺悔のようなことをしていた。
だから、夜が嫌いだ。
自分のことも、もちろん嫌いなわけで、夢はもっぱら嫌な記憶を再生しているような内容で、目が覚めると思い出し憂鬱になり、するとすぐに夢の内容を忘れ、その日の夜にまた夢を見る。それの繰り返し、それでも寝なければ授業に集中できないのでやむなく眠るが、また夢を見るのが怖い。
そして今日も
夢を
見た
だが、いつもとは違った
*****
泣き声、蚊のような小さな声で嘆く声、震える肩、濡れる瞳。
膝を抱え座る同じくらいの年の少年が、泣いていた。なんだか少年の悲しみが伝わっているような感じがした。
(話しかけなきゃ)
何故か彼はそう思った。そして、彼には少年の気持ちがわかる気がした。
その少年以外には何もなかった。暗闇だけである。
その少年のもとに向かおうと歩く。しかし、何故か少年への距離は全く変わらず。手は届かなかった。
するとそのまま天音の足元がぐにゃりと沈み、天音は闇の中に飲み込まれた。
(えっ…ええええ…!)
視界が真っ暗になった。
目が覚めると、そこは違う世界だった。何が違うのか、明確にわかる違いとしては時代が違った。
日本で言うと明治…いや、大正くらいだろうか。時代が少し古いのだ。天音が今いる場所はどこかの通りで、店が並んでいて、やはり、造りが少し古い。木造りが多く、瓦屋根の家がほとんどだ。道行く人たちは皆、着物や、洋服混じりで街灯も少し古いガス灯などであった。
「ここはどこだ?」
人がこちらをちらりと見ては通り過ぎる。
当たり前である、通り過ぎる人からしたら時代にそぐわないおかしな格好をした人が一人で道の真ん中に突っ立っているのだから。
無数の視線
話し声
一人で
知らない土地で
自分は圧倒的に
異質
(見ないで‥お願いします…見ないで‥!)
耐えられない。
とにかく彼は一目散に路地裏に入っていった。あまり人がいなかったのが幸いだった。
(ここはどこだ…?)
少しずつパニックに陥ってゆく。
路地裏は人が少なくて助かったが、あまり人がいないということは、悪いことをしても気づかれないということだ、天音が息を整えていると気づけば目の前にはゴロツキのようなガラの悪い男たちが立って天音の目の前の道を塞いでいた。路地裏は悪の巣窟であった。振り返るが、後ろへの道は行き止まりであった。
(…?どうすればいい…?そもそもなんでこんなところに…?なんで…どうして…)
どうして独りなんだろう
人間が最も恐れるもののうちの1つはきっと“わからない”ことであろう。
漠然とした恐怖だ。知らぬが仏とはいうが、とにかく何かわからないが怖いものであるとわかってしまっている場合はそんな言葉は通用しない。わからないは一種の恐怖である。
天音はわからないことが多すぎて、それでも目の前のことは命に関わることだとわかっていたのでとにかく怖かった。
(怖い…誰か…誰か…怖い…)
彼はぎゅっと音がしそうなほど目を瞑る。歯を食いしばり、拳を固く握る。
痛いのなら早く済んでしまえばいい、とにかく命だけでも助かれば、そう願った。
何人かの足音。ジリジリと近づいてきているのがわかる。相手の呼吸の音。自分の心臓の音がどんどん大きくなっていく。
(嗚呼、理不尽な怒りだ…誰か…)
次に聞こえたのは、鈍い音と悲鳴。
悲鳴の主は、目の前の男たちだった。
天音は痛みを感じないことに違和感を感じ、恐る恐る目を開く。その間にどんどん悲鳴の数が増えていく。
すると、頬に何かが当たった気がして、目を完全に開いたときに手のひらでそれを触って見てみた。
(…紅い……血…?)
それは男たちの物であったが、彼は極限状態だったようで、
ドサッ
ショックのあまり失神してしまった。
自分が助かっているというのに、周りを見る前に血を見てしまったからである。
「…ふぅっ……あれ?君まで倒れているの?…ちょっとちょっと…僕、君のこと助けたはずなんだけど…」
天音を救った正体がそう言い残したのは聞こえていた。
次に彼が目覚めるときには、知らない家の天井が視界いっぱいに広がっていた。
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あとがき、補足
この世界は完全にフィクションな世界です
日本、とか明治とか大正とかは想像しやすくするための材料として使わせて頂いてます
平行世界なので日本など他の国々に似ているところがあります
誤字脱字あるかもしれません
すみません
それでも読んで頂けていたら幸いです