第八十話 男たちの討伐歌(ブルース)
一方その頃、異種交流会の討伐クエスト班はと言うと、"フルロジカル"の街から少し離れた森林地帯で、二手に分かれて討伐クエストに励んでいた。
討伐クエスト内容
ギガオロチ 二体討伐。
ギガオロチとは、四つ首の大蛇で、その大きさは最大五メートルを越える個体もいる魔物である。
本来危険な生物として人々からは恐れられているが、今回ばかりはギガオロチに同情してしまう様な光景が広がっていた。
それは、とある班の事…。
ギガオロチの捜索中、桜華様との"ぎくしゃく"した関係を引きずる桃馬が突如闇落ちし、ようやく遭遇したギガオロチに対して、魔力を込めた一閃を放ち、たった一撃でギガオロチの四つ首を跳ねた。
更に桃馬は、息絶えたギガオロチに対して、無心で刀を振り下ろしては返り血を浴びまくっていた。
桃馬「‥‥‥。」
シャル「えーっと、桃馬はギールとジェルドをもふって癒されたんじゃなかったのか?」
ギール「そ、そうだと思ったんだけど、また変なスイッチが入ったな。」
ディノ「ま、豆太は見ては駄目です!?」
教育的に良くないと思ったディノは、
慌てて豆太の目を手で隠した。
豆太「う、うん‥。」
京骨「‥失恋から生まれた負の力は恐ろしいな。」
失恋により我を失った桃馬の姿に、
班の仲間たちはドン引きした。
桃馬の瞳は曇り果て、"何とか"症候群並みの狂気を感じさせる程の恐ろしい光景であった。
桃馬「‥‥‥は‥は‥あはは‥。」
八つ当たりに満足したのか、それとも飽きたのか。
桃馬は、シャフ度の姿勢でギールたちを見ると、曇った瞳が蛇の様に鋭くなり、それはまるで"何か"に憑依されたかの様に見えた。
昔から蛇の生殺しは呪われると言われているが、桃馬が手にかけたギガオロチは、すでに息絶えている。そのため呪われる事はないはずだが、見る限り桃馬は憑依と言う呪いにかけられている。
シャル「うーん、これは恐らくギガオロチが息絶える前に、咄嗟に桃馬の弱い心に憑依したかもな。」
ディノ「えっと、確かギガオロチは凝視を使って相手の弱い心に忍び込めたような‥。」
豆太「えっと‥それはつまり。」
シャル「うむ、今の桃馬の軟弱な心には、ギガオロチの意志が宿っている事になるのだ。」
ギール「でも、変だな。桃馬の心にギガオロチの意志があるなら、わざわざ自分の体を切り刻むような真似はしないだろ。」
シャル「うーん、恐らくだが、ギガオロチの意志が桃馬の心の闇に触れられず、単に桃馬の心を暴走させているだけかもしれないのだ。」
ギール&ディノ「おー、なるほど。」
京骨「いやいや!?なに呑気に納得してるんだ!?桃馬がやばい表情でじりじり迫ってるぞ!?」
桃馬「‥‥あはは‥。」
ギール「‥はぁ、仕方のない桃馬だ。」
ギールはゾンビの様に迫る桃馬に歩み寄った。
トロい歩き方から見て、簡単に止められると思ったのだろう。しかし予想外にも、桃馬は勢いよく襲いかかってきた。
ギール「なっ!?」
不意を突かれたギールは一瞬で致命的な立ち位置に立たされた。桃馬は不適に笑みを浮かべながら、切り上げの構えに入っていた。
ギールは死の瞬間をその身で感じた。
するとその時、カリスマ溢れる大人びた姿に戻った魔王シャルが、瞬時に二人の間に入り込むと、桃馬の顔面にアイアンクローを決めながら地面に叩き込んだ。
シャル「いい加減にせよ桃馬!」
桃馬「ぐっ!?ごはっ!?」
ギール「っ、はぁはぁ‥。」
京骨「ギール!大丈夫か!?」
ディノ「兄さん大丈夫ですか!?」
豆太「はわわ!?大丈夫ですか!?」
ギール「お、俺は大丈夫だ‥。けど、少なからず桃馬は無事じゃないな。」
叩きつけられた桃馬は、そのまま大人しくなり、
体からはギガオロチの憑依の"意志"だろうか、それとも闇落ちによる魔力だろうか、どんよりとした黒いオーラが放出された。
シャル「全く‥手がかかる男だな。」
ギール「すまないシャル、助かったよ。」
シャル「全く油断しないでよね?あと、この借りは高いわよ?」
ギール「わ、わかってる。帰りに好きなケーキを食わせてやるから。」
シャル「よろしい♪さてと、桃馬は死んでないかな?」
ギール「えっ?加減したんじゃ‥。」
シャル「まさか~♪あんな状態で加減はできないわよ♪」
ディノ「‥えっと‥じーー。」
豆太「あ、あはは‥じーー。」
京骨「じーー。」
ギール「‥‥じーー。」
四人の視線が一斉に桃馬の方へ向くも、
桃馬はピクリとも動く気配がなかった。
それもそのはず、今の桃馬は頭蓋骨損傷の上、
冗談抜きの半殺しになっていたのだ。
嫌な予感を感じたギールは、シャルに対してありったけの回復魔法を頼み込んだ。実際、少しやり過ぎたと思っていたシャルは、拒否すること無く桃馬の治療に力を注いだ。そのため、シャルの大人びた姿は再び小さい姿へと戻ってしまった。
シャル「全く人の心と体とは、酷く脆くて困ったものなのだ。」
桃馬「うぐっ、すまない。反省します…。」
シャル「‥それより余はお主の回復ペースが気になるのだ。普通頭部を損傷したらすぐには立てないと思うぞ?」
ギール「確かに、いくらシャルの回復魔法でも、一時的なダメージは残るだろうしな。」
ディノ「もしかしたら、自己再生能力が強いのかもしれませんね。」
京骨「あっ、そう言えば、桃馬って怪我をしても直ぐ治ったよな?」
桃馬「ま、まあ、風邪はともかく、外傷は普通の人より治りは早かったかもな。」
桃馬は、カチ割られた後頭部を撫でながら、
怪我した時の過去を振り返った。
するとその時、少し遠くから悲鳴が聞こえた。
吉田「ジェルド、憲明、逃げろ!!」
ジェルド「っ、わかりました!エルゼしっかり掴まっていろよ!?絶対に目は開けるな!」
エルゼ「う。うん!」
憲明「あはは!やべぇ!あれは洒落にならない!」
ジェルド「憲明も急げ!あれは確実に死ぬぞ!?」
時を戻すこと数分前。
ギガオロチを難無く討伐した吉田たちが、
桃馬たち二班の元へ合流しようとした時の事である。
吉田「よーし、三人ともよく頑張ったな。あとは、ギガオロチを運びつつ二班と合流するぞ。」
憲明「運ぶって、この大きさの蛇をどうやって運ぶのですか?」
吉田「ん?そりゃもちろん、男三人で運ぶんだよ。」
憲明「いやいや、こんなのきついですよ。まさか、食べる訳じゃないんですから、せめて皮を剥いで、その皮をギルドに提出すれば良いじゃないですか。」
吉田「えっ、食べないのか…。かなりうまいのに。」
憲明「…食べる気だったのですね。」
見た目はかなりのグロテスクであるが、実際、ギガオロチの肉は、異世界の人々から高級食材として用いられ、更に一部の部位では、精力剤として重宝されている。
吉田「もちろんだ。ギガオロチの肉は、その辺のスーパーで売られている安物の肉とは違いスバ抜けて旨いからな。」
ジェルド「確かに、ギガオロチの肉は旨いな。」
エルゼ「うんうん。」
憲明「まあ、その辺は俺も思いますけど…。本当にこれ、三人だけで持てるのですか?」
吉田「うーんまあ、最悪引きずるか…。とまあ、幸い皮は硬いから何とかなるだろう。」
憲明「適当だな…。」
吉田が先陣切ってギガオロチを担ぐと、憲明とジェルドは、吉田を中央にして均等に分かれて担いだ。
しかし、息絶えて脱力したギガオロチの体は、案の定、三人の間に垂れ下がってしまい結局引きずるはめになった。
するとその道中、
ジェルドが妙な臭いを感じ取った。
ジェルド「‥‥クンクン。ん?」
エルゼ「お兄ちゃんどうしたの?」
ジェルド「この匂い‥、クンクン…っ、先生、今すぐここから離れましょう。」
吉田「ん?いきなりどうした‥っ、この気配は‥。」
吉田の背後で禍々しい気配と地鳴りを感じた。
憲明「どうしましたか?」
吉田「憲明、ジェルド、エルゼ少し下がっていろ。」
ジェルド「っ!来る。」
地鳴りが徐々に強くなると、奥の方で生い茂る木々が一本また一本と倒されると、ジェルドたちの前に、上級種、八首の巨大蛇"ヤマタノオロチ"が現れた。
吉田「や、ヤマタノオロチ‥だと‥。」
ジェルド「上級種が何でここに‥。」
憲明「あ、あわわ‥。」
エルゼ「‥‥わ、わふぅ。」
四人は、ギガオロチの倍はある、
その大きさの魔物に圧倒された。
ヤマタノオロチは、一本の首を前に出すと、
蛇特有の舌使いをしながら近寄って来た。
吉田「‥三人とも俺が合図したら全速力で逃げろ。」
憲明「わ、わかりました。」
ジェルド「は、はい、エルゼ早く背中に乗れ。」
エルゼ「は、はい。」
ヤマタノオロチは四人を品定めしているのか、首をゆっくり動かしながら様子を伺っていた。
吉田「ジェルド、憲明逃げろ!!」
そして、今に至る。
吉田先生は時間稼ぎのため、
ヤマタノオロチと交戦するも苦戦を強いられた。
吉田「ちっ、やっぱり頑丈だな。」
鋼鉄の様に硬い鱗に刃は通らず、しかも、八首の猛攻は激しく、吉田の軽装備では全く歯が立たなかった。
吉田「よっと、そろそろ頃合いだな。」
数十秒であるが、何とか時間を稼いだ吉田は
懐から煙玉を取り出すと地面に叩きつけた。
しかしここで、
煙が出てこないトラブル発生。
吉田「あ、あれ?」
煙玉はしっかり割れているのだが、イメージしていた煙に巻かれるといった作用が起きず、吉田は震えながら上を見上げた。
当然、目の前には剣幕を尖らせた八首がいるわけで、お決まりのパターンなら、このまま"パクり"と食われる展開である。
しかし、予想外な事に、
ヤマタノオロチは大きな尻尾で吉田をなぎ払った。
吉田はバットに打たれた野球ボールみたいに飛ばされた方向は、ちょうど桃馬たちがいる所であった。
かなり重い打撃をもらった吉田であったが、
ヤマタノオロチの尻尾攻撃を受けた一瞬、見覚えのある模様が見えた気がした。
そして、視点を桃馬たちに戻す。
京骨「なんか、騒がしくないか?」
ギール「どうせ、ジェルドの奴が、狂犬の尻尾でも踏んだんだろ?」
シャル「ぬはは!もしそうなら傑作なのだ♪」
ディノ「いやいや、笑ってる場合ですか!?」
豆太「エルゼちゃんが‥あわわ!?ど、どど、どうしましょう!」
桃馬「落ち着け豆太?少なからずジェルドが付いてるんだ。心配要らないよ。」
豆太「だ、だといいのですが‥。」
そうまわりが話していると、騒ぎの声が近くなると共に、茂みからジェルドたちが勢いよく飛び出して来た。
桃馬「えっ?ちょばっ、ぶふっ!?」
ジェルド「あっ!?」
咄嗟に出て来たジェルド腕が、
桃馬の顎を直撃し、そのまま桃馬は殴り倒された。
これで桃馬は確信した。
今日は今世紀最大の厄日であると。
更に更に、上空より黒い影がうっすらと見えた。
その影は徐々に桃馬目掛けて落ちてくる。
その正体はヤマタノオロチに、
なぎ払われた吉田であった。
そして見事クッションになった桃馬。
これがある意味トドメとなり完全に気を失った。