第七十三話 春の大戦乱祭(13) 泣いた鬼仏
リタイヤエリアにて、生徒たちが小さなお祭り騒ぎをしている中、とある治療室では、先の戦いで少し重い負傷を負った直人が、学園最強として名高い"本多忠成"と共に治療室にいた。
直人「いっつつ‥はぁ、ついてない。」
忠成「そう言うな、俺まで悲しくなるだろ?」
直人「そうですけど‥、楓さんの乱入は想定外でしたから…、不完全燃焼ですよ‥。」
忠成「あはは、そもそもあんな無茶な戦をしたわけだ?むしろよく耐えたもんだぞ。さてと、俺は戻るから大人しく寝ていろよ?」
直人「…は、はい、ありがとうございます。(何で忠成先輩は軽傷なんだよ…。)」
肋骨を数本折られている直人に対して、
直人よりも重い一撃を受けたはずの忠成は、打撲だけの軽傷であった。
そんな忠成が治療室を去ると、直人は完全にひとりぼっちになってしまった。白いカーテンに囲まれ、静かで薄暗い空間は、まさに空虚であった。
直人「‥‥すぅ‥はぁ‥なんか‥暇だな‥いってて、少し動くだけでも痛むな‥‥。」
寝たきりの直人は、とにかく暇であった。
そのため起きて動こうにも、折れた肋骨が響くため寝返りすらも難しかった。
気晴らしに誰かと話そうにも、
当然、誰も居ないし誰も運ばれてこない‥。
恐らくほとんどは、
軽い治癒魔法で完治してるのだろう。
羨ましい限りだ‥。
こんな時ギャルゲーやエロゲーとかなら、タイミングよく彼女が来ては、優しく看病してくれたり、耐えきれない欲望を爆発したり、突然他の生徒が入って来ると、二人仲良く布団に隠れて添い寝したりなど。
進展イベントが発生するはずなのだが‥。
架空の様なこの世界でも、所詮は現実は現実‥、
そう甘くはない様である。
直人「あぁ‥今頃皆は楽しくリタイヤトークをしてるのだろうな。グスン‥。」
結局何もできない直人は、
大人しく寝ていることにした。
出きることなら、豆太を呼んで"もふもふ"タイムに、勤しみたい所であったが‥。
その頃、豆太はと言うと‥。
けもみみ同好会の甘い声に騙され捕縛され、半ば強引にメイド服を着せられ"もみくちゃ"にされていた。
豆太「はぁはぁ、も、もういいですよね?そろそろ直人さんのところに、ひゃうん!?」
二年男子「はぁはぁ、もう少し良いではないか~♪」
二年男子「そうそう、お菓子もあるからゆっくりしていきなよ~♪」
二年男子「はぁはぁ、男の娘ショタ‥才能あるね!」
けもみみ同好会の暴走は恐ろしいもので、
少し"もふ"らせてくれたら、直人が居る治療室を教えてくれるなどと、口約を破るき満々な台詞を吐いていた。
豆太「うぅ、ひっく‥もうゆるひてください。」
瞳には涙を浮かべ、愛くるしい表情と弱々しい仕草が、けもみみ同好会の男たちの心を搔き立たせた。
二年男子「そんな顔されたら‥辛抱たまらん!」
二年男子「口止めさせておけば‥問題ない!」
理性が爆発した男たちが、一斉に豆太へ襲いかかると、そこへ"ぬるっ"とした液体が、男たちに飛びかかった。
二年男子「な、なんだこれは!?」
二年男子「つ、冷たっ!?う、うごけねぇ!?」
けもみみ同好会の男子たちが混乱する中、
豆太の前に、"スライム"のディノが現れた。
豆太「うぅ‥ふぇ、ディノお兄ちゃん?」
ディノ「お前ら‥よくも俺の弟を!」
いつもの優しい口調とは比べ、
憎悪に満ちた声とオーラを漂わしていた。
二年男子「ひっ!?ディノ!?」
二年男子「ディノ!?こ、これは違うんだ!話を聞いてくれ!」
二年男子「そうそう!お、俺たちは歓迎をだな‥。」
ディノ「黙れ!豆太を寄って集って卑猥なことを…。返答次第では殺す。」
二年男子「ひっ!す、すみません!俺たちが悪かった!許してくれ!」
二年男子「すまんディノ!?や、やり過ぎたことは認めるから!」
ディノ「謝るのは俺じゃない‥豆太だ。」
鬼の様な眼光で同級生を睨むと、
全員恐怖からか、豆太に許しを乞う。
豆太「あう‥えっと‥。」
ディノ「どうする豆太‥。俺は罰を与えたいが?」
豆太「う、うぅん‥そんなことしたら孤立しちゃうよ。」
ディノ「っ、豆太は優しいな‥でも、こいつらは豆太の優しさを侮辱したんだよ?それでもやり返さないのか?」
豆太「‥僕としては兄さん‥いや、直人さんに報告するだけでいいよ。」
豆太の提案は善意ではあったが、
直人への報告は、けもみみ同好会としては、
死より恐ろしい地獄の判決であった。
当然、けもみみ同好会らは、
減刑を求めるべく直人への報告を阻止しようとした。
二年男子「そ、それだけはお許しください!」
二年男子「洒落にもなりませんよ!?」
ディノ「なら死ぬか?」
二年男子「ひっ!あっ‥うぐぅ。」
死より恐ろしい運命と、本当の死‥。
正直、比べるまでもないであろうが、
果たして彼らに取ってどちらが楽かは、当事者にしか分からない感覚である。
二年男子「うぐ‥一時のがまんだ‥受けよう。」
二年男子「し、死にたくない‥鬼仏になった両津は、マジで手に終えなくなる。」
豆太「す、すみません‥罪を償ってください。」
直人の裏の顔を知らないとは言え、
流石の豆太でも、許せる限度は越えていた。
そのため、地獄の判決を下された男たちは、
ただ、絶望に沈んでいった。
ディノ「ま、豆太、大丈夫だったか?怪我とかしてないか?」
可愛い弟を心配するあまり、
体の隅々まで調べる程の過保護っぷりである。
豆太「ディノお兄ちゃん…、僕は大丈夫だよ?」
ディノ「本当か?うーん、そのようだな‥ふぅ、良かった。」
豆太「あぅ…ありがとう、ディノお兄ちゃん‥。」
大丈夫とは言ったものの、
実際ディノにしがみつくと、
か細い声を漏らして怯えていた。
ディノ「‥よしよし、とりあえず直人の所に行こうか。」
豆太「う、うん。」
ディノ「さてと、おい、そこのお前。直人さんはどこにいる?」
二年男子「は、はい!?お、おそらく、ち、治療室に居るかと…。」
ディノが、絶望に浸る男子から直人の居場所を聞き出すと、颯爽に豆太を抱きかかえて直人の元へ急いだ。
二年男子「‥もはやこれまでか。」
二年男子「今日中には‥処刑されるかもな。」
二年男子「うぅ、同好会も終わりか。」
その後、けもみみ同好会の男子たちは、
ディノの粘液に拘束されたまま、恐ろしい罰を待つのであった。
その一方で、その恐ろしい罰を下すはずの直人はと言うと、空虚な治療室にて一人寂しく時間が過ぎるのを待っていた。
そんな直人の元に向かうディノと豆太であるが、
その道中で豆太から、気になっている事が告げらる。
豆太「ディノお兄ちゃん‥、どうやって僕の居場所がわかったの?」
ディノ「ま、まあ、近くを通ったら豆太の声が聞こえてね。いや良かったよ‥、本当にギリギリだったかね。」
豆太「う、うん‥でも、部屋には鍵をかけられてたのにどうやって入れたの?」
ディノ「あぁ、それなら簡単だよ。単純にスライムの姿になって扉の隙間から入ったんだよ。」
豆太「す、隙間から!?そ、それはディノお兄ちゃんにしかできないやり方ですね。」
ディノ「あはは、スライムとしての特権だよ。」
豆太「あう。僕も役に立つ特権が欲しいです。」
個々の個性に憧れを抱く豆太であるが、
自分自信が持つ個性に全く自覚がなかった。
"へにゅっ"とした表情がすごく可愛く、
並みの男でさえも、その可愛さに心を揺れ動かされてしまう程の破壊力を持っている。
そのためディノは、
少々複雑な思いを抱きながら、
豆太の頭を撫で始めた。
こんな可愛い子が、こんなにも可愛い仕草をされては、先程の男たちが豆太を襲いたくなる気持ちになるのは無理もない。
だが豆太は、兄さんとシャル様、
そして、私に取っても大切な弟だ。
誰にも襲わせたくはない。
あー、でも直人さんは‥別かな。
でも、できるなら‥うぅ。
ディノの脳内は、既に豆太の事で一色であった。
不純な思いを圧し殺し、取り敢えず当たり障りのない事を口走る。
ディノ「豆太は本当に可愛いですね♪それだから、あの様な変態たちに襲われちゃうのですよ?」
豆太「えっ?、そ、そうでしょうか??」
ディノ「そうですよ♪」
豆太に対して笑みを浮かべるディノの瞳には、
先程まで光らせていた鬼の眼光は既になく、
いつもの優しい瞳に戻っていた。
その後二人は、
直人が運ばれている空虚な治療室に到着するも、
なぜか入り口付近からは嫌なオーラが漂っていた。
ディノ「えっと、ここだよね。」
豆太「‥な、何でしょうか。本能的に入ってはいけない気がします。」
ディノ「‥ごくり、そ、そうだな。で、でも、このまま去るのもよくない気がするな。こほん、な、直人さんいますか?」
本能的に二つの選択がある中で、
ディノは、敢えて恐る恐る扉をノックをした。
すると、中から"ど、どうぞ‥"と、苦しそうな声が聞こえて来ると、ディノと豆太は、そのまま治療室へと入った。
ディノ「えっと‥直人さん?どちらですか?」
直人「ん?その声はディノか。俺はここだ‥たぶん、俺しかいないから‥いってて。静かにしなくていいよ。」
ディノ「っ、こ、こんな空虚で薄暗い所に一人だけって、流石に冗談ですよね?」
直人「残念だけど本当だよ。それより、ディノが来てくれて嬉しいよ。」
豆太「若様~、僕もいますよ~。」
直人「ん?そこに豆太もいるのか。これはちょうど良いな、二人ともすまないが、少しだけ話し相手になってくれないか?」
豆太「は、はい!」
ディノ「あっ、豆太!?」
直人の呼び掛けに、豆太は喜びの余り、
もふもふの尻尾を左右に振りながら勢いよく、
白いカーテン越しからダイブをしてしまう。
直人「ちょっ、今はごふっ!?」
当然、この展開を予知していなかった直人は、何する事もできずに、そのまま小柄な豆太の体が覆い被さった。
その際に、治療中の肋骨に、
ダメージが入り治りたての肋骨が二本折れてしまった。
これに直人は白目を向き、
涙を流しながら泡を吹いて気絶した。
豆太「はわわ!?若様!?」
ディノ「ま、豆太!?何をしてるんだ!?」
豆太「ご、ごめんなさい!」
その後直人は、春の大戦乱祭が終わるまで、
目が覚めなかったと言う。