第四百十四話 異世界皇女戦記英雄譚その37
ディーデン公国の奪還に成功したルクステリア軍は、ドル公国を奪還した時と同様に、しばらくディーデン公国に留まり国内の安定化を図っていた。
その中でも、魔道父として魔王"シャル"の名声を広めているディノからの"神託"改め、"魔降"を授かったギールとシャルは、せっせと救護活動に勤しんでいた。
ディーデン公国の被害は、ドル公国と比べて少ないものの、それでも非道な行為に及んでいた事に変わりはなかった。
この現状にシャルとギールは、身勝手な欲望に駆られ、平然と非道な行為に手を染める愚かな者たちに対して、強い憤りを感じていた。
その後、二人が救護活動を再開しようとしたその時。
二人の背後より、一人の少女が声を掛けて来た。
着物姿の少女「もし、そこのお二方……。」
ギール「ん?」
シャル「むっ?」
気品のある声に釣られた二人が、無意識に後ろを振り返って見ると、そこには平安貴族風の高貴な着物を装った少女が立っていた。
ギール「え、えっと、お二方って、もしかして俺たちの事か?(うわぁ、なんか凄い子に声を掛けられたぞ!?)」
この世界では見かけない服装に、ギールは心の中で驚きながらも着物姿の少女に語り掛けた。
着物姿の少女「クスッ、如何にも…。実はお二方に、折り入ってお願いしたい事があるのですが、聞いて頂けませんでしょうか。」
ギール「っ、お、お願い?も、もしかして、それは緊急の要請とかですか!?」
気品のある口調に圧倒されたギールは、無意識に丁寧語で話し始める。
着物姿の少女「い、いえいえ、そう大したお願いではないのですが…。」
ギール「えっ、違うのですか?」
着物姿の少女「えっと、実はその…、お恥ずかしい事なのですが、連れの者と"はぐれ"てしまいまして…、どうか一緒に探しては頂けないでしょうか?」
ギール「っ、"はぐれ"たって、それはそれで大変な事じゃないですか!?」
着物姿の少女「えっ、そうなのですか?」
ギール「当たり前ですよ!?ディーデン公国を奪還したとは言え、まだ国内情勢は不安定なのですから…。」
何とも礼儀正しく振る舞う着物姿の少女であるが、あまりにも緩い危機感にギールは注意を促し始めた。
一方、先程から黙り込んでいるシャルは、着物姿の少女をじっと見つめていた。
シャル「……。(こやつ、一体何者だ……。こんなに奇妙な気配を感じるのに……、声を掛けられるまで気づかなかった……。嫌な予感はするが、取り敢えず様子を見ながら動向を探ってみるか……。)」
着物姿の少女から漂う奇妙な気配。
悠長に話をしているギールには、何も感じていない様子であるが、魔王の姿になっているシャルには、着物姿の少女から漂う奇妙な気配を察知していた。
特にシャルは、着物姿の少女を見るまで気づかなかった事に対して、強い警戒心を持っていた。
シャル「ふむぅ、お主の話を聞かせてもらったが、どうやら迷子になっているのは間違いない様だな。」
ギール「っ、こ、こらシャル?その言い方は流石に…。」
ドストレートなシャルの指摘に、ギールが慌てて注意をしようとすると、シャルは続けて話を進める。
シャル「じゃが、一つ気になる事がある。どうして連れと"はぐれ"たのだ?」
着物姿の少女「っ、えっと、それは…、うぅ、実は…、ここへ着いてから…、溢れる好奇心を抑えきれず…、あちらこちらへ走り回っておりました……。」
ギールに注意を受けた手前、更なる注意を警戒してるのか。着物姿の少女は、モジモジさせながら答えた。
するとギールは、少女の両肩を掴むなり、真剣な眼差しを向けながら再び注意を促し始める。
ギール「っ、こ、こらこら!?そんな危険な事をしていたのか!?」
着物姿の少女「っ!?」
この時ギールは、目の前の少女を妹の"シール"と重ねていた。
過去にギールは、妹のシールを事故で亡くし、"ゴーストリッチー"として蘇るまで、トラウマ級の苦しみを背負っていた。
そのため、少女の軽率な行動に対してギールは、無意識に黙っていられなかったのであった。
すると着物姿の少女は、少し反省した様な表情でギールを見つめると、次第に頬を緩ませ始める。
着物姿の少女「…ふふっ、あはは♪」
ギール「っ、わ、笑い事じゃないぞ!?」
着物姿の少女「クスッ、これは失礼……、実に面白い事を言う方だなって思いましてね。」
シャル「うむ、お主の言う通り、ギールは時々面白い事を言うのだ。」
ギール「っ、お、俺は真面目な話をして……。」
シャル「分かっておる。どうせ"この子"とシールを重ねていたのであろう?」
ギール「そ、それは……。」
シャル「ふっ、やはりな。相変わらずギールのシスコン愛には困ったものだ。」
ギール「ぐ、ぐぬぬ……。」
過去にシールを失った事で、過度なトラウマになっているギールは、背の低い少女を見る度にシールと重ねてしまう癖があった。
特に、危険な行為を目撃したり、聞いてしまった時には、トラウマ級の記憶が鮮明に思い出してしまい、咄嗟に体が反応してしまう程であった。
着物姿の少女「クスッ、気に入りましたわ……。」
ギール「えっ?な、何が気に入ったって?」
着物姿の少女「ふふっ、本当は貴女方を"殺し"て私の下僕にしたかったけど……、気が変わったわ。」
シャル「っ!」
ギール「えっ、こ、殺す?」
微笑ましい笑みを見せながら、突如物騒な事を言い出す着物姿の少女に対して、ギールはすぐに言葉の意味を理解できなかった。
シャル「……ほぅ、ようやく尻尾を出しよったな。…貴様は一体何者だ?」
着物姿の少女「ふふっ、私の妖気を察するとは、流石は魔王ね?」
シャル「質問に答えろ……。然もなくば…、ここで獄炎の渦に呑み込んでくれようぞ。」
目の前にいる着物姿の少女が、危険な存在であると判断したシャルは、左手から青黒い獄炎をチラつかせながら、凍てつく表情で警告する。
するとここで、ようやく現状を理解し始めたギールが、慌ててシャルの左腕を掴んだ。
ギール「よ、よせシャル。今ここで騒ぎを起こすのはまずい……。混乱に乗じて周辺の人を襲い始めるかもしれないぞ。」
シャル「しかし、ギール……。」
ギール「シャル……。」
シャル「っ、わ、分かった。」
力が籠ったギールの瞳を見たシャルは、大人しく身を引いた。
着物姿の少女「ふふっ、おやおや、やらないのですか?」
ギール「…悪いけど、その挑発には乗らないよ。」
着物姿の少女「ふ〜ん、やっぱり君は……、今まで見て来た男と比べて、少し変わっている様だね〜?」
ギール「変わっている?」
着物姿の少女「えぇ、例えば…、そうだね〜。昨日声を掛けたおじさんには、今と同じ様な感じで声を掛けたんだけど、いきなりキモイ顔で襲って来たから、つい八つ裂きにしちゃったんだよね〜。」
シャル「っ、貴様……。ギールをそんな下等な人間と一緒にするでない!」
少女の言葉に反応したシャルは、周囲に人が居るにも関わらず大きな声を上げた。
ギール「っ、お、落ち着けシャル!?す、すみません皆さん!?えっと…、これはその〜、うちのシャルが酒を誤飲んしてしまって、少し感情的になってるだけですからご心配なく〜。」
周囲の人々がシャルに注目する中、ギールは必死に誤魔化そうとした。
シャル「っ、な、何を言うかギールよ!?余がいつ酒を飲んだと言うのだ…。」
ギール「はいはい、ちょっと頭を冷やしに行こうか〜。」
再びギールがシャルの左腕を掴むと、小声でシャルに語り掛ける。
ギール「……シャル、今すぐ逃げるから、あの子に拘束魔法を掛けてくれ。」
シャル「っ、わ、分かった…。」
ギールからの頼みを聞いたシャルは、着物姿の少女の足下に魔法陣を施すと、二人は逃げる様に走り始めた。
着物姿の少女「えっ、あ、こら、待なさっ!?(か、体が動けない……ってか、口も開けない!?)」
どさくさに紛れて逃げ出した二人に対して、着物姿の少女が追いかけ様とするが、シャルが無詠唱で施した、強力な魔法陣によって拘束されてしまった。
上手く危険な匂いを漂わせる着物姿の少女を撒いた二人は、人気のない路地裏へと駆け込んだ。
ギール「はぁはぁ、一体あの子は何だったんだ……。」
シャル「…分からぬ。だが、あやつが危険な存在である事は間違いないな。」
ギール「…シャルがそう思うって事は、結構やばいんじゃないか?」
シャル「あぁ、少なからずな…。特にあやつの気配は、この前の草津で対峙した"呪霊三女"とか言う、"貞美"の気配に似ておる。」
ギール「っ、呪霊三女だって!?な、何でそんなのがこの世界にいるんだよ!?」
シャル「分からぬ…。だが…、もしあの者が呪霊三女の一人なら、おそらく呪霊とやらも、この混乱に関わっている可能性があるな。」
ギール「っ、もしそうなら非常にまずいぞ!?早く桃馬たちと合流しないと……。」
あくまで推測ではあるが、もし推測が当たっていた場合。
この群雄割拠の中で、一、二を争う様な大問題であった。
いや、もはや大問題を超えて大厄災である。
そのためギールは、今すぐにでも桃馬たちと合流するため、再びシャルの左腕を掴むなり、慌てて路地裏から出ようとする。
しかし、そこへ。
例の着物姿の少女が立ちはだかった。
着物姿の少女「はぁはぁ、よくもやってくれたわね。」
ギール「っ、もう拘束魔法を解いたのか!?」
着物姿の少女「ふ、ふん、あの様な束縛術、私に掛かればどうと言う事はないわ。」
シャル「その割りには、かなりの力を消費した様だな?」
着物姿の少女「っ、ふ、ふん……、この私に向かってそんな小生意気な口を叩くなんて…、本当に面白いわね……。いいわ…、あなただけは絶対に許さない……、一生私の下僕として可愛がって上げるわ!」
思い通りにならないギールとシャルに対して、とうとうキレた着物姿の少女は、両目を真紅に光らせながら、禍々しいオーラを放ち始めた。
着物姿の少女が、一歩、また一歩と二人に近寄るに連れ、ただでさえ薄暗い路地裏が、更に漆黒の闇に包まれ青い炎が等間隔に灯り始めた。
するとそこへ、悪霊と思われる幽霊が現れ、あっという間に二人を取り囲んだ。
ギール「くっ、おいおい、マジかよ……。」
シャル「ふむぅ、これは少々多いかもな。」
着物姿の少女「クスス……、どうかしら?これでも小生意気な口が叩けるかしら?」
ギール「っ、お前……、もしかして、呪霊三女なのか?」
着物姿の少女「クスス……、ご明答〜。私の名前は、古都古……、呪霊三女の一人にして、悪霊の頂点……、生者の幸運を喰らい…、生き地獄の苦しみを与える者……。」
ギールの質問に、何も隠す事もなく認めた着物姿の少女は、懐から包丁を取り出しながら、名乗りを上げるのであった。