第四百十二話 異世界皇女戦記英雄譚その35
ギールとディノが路地裏へ行った事で、現状一人で子供たちの相手を受け持つ事になった魔王シャルは、わざわざ集まって来てくれた子供たちに対して、魔法を見せて大いに喜ばせたり、現実世界で学んだ道徳を教え込んでいた。
一方その頃。
神父ではなく、魔導父として子供たちから慕われているディノを路地裏へと連れ込んだギールは、色々と気になる話を聞き出していた。
どうやらディノは、シャルの名声を再び復活させ、平和を司る素晴らしき魔王として、その名を全世界に広めたいと言う、従者ならではの強い願いがあった。
これを知ったギールは、どうしてディノが、ここまでシャルの崇拝に拘っていたのか、ようやく理解した。
ギールとしても、今のシャルが"平和を司る魔王"として、全世界から崇拝されるのは、然程悪い事ではないと思っていた。
しかし、それに対して不安に感じる事もあった。
一つは、現状面についての不安である。
もしここで、純粋で何事にも浸透しやすい子供たちの崇拝が強まれば、間違いなく荷車にでも隠れて、"こっそり"戦場へついて来てしまう可能性が十分にあった。
二つは、その後の不安である。
シャルの名声が全世界に広まる事は良い事だ。しかし、中には古き時代の魔王を討ち取り、その名を挙げようとする不届き者たちが、こぞって現れる可能性がある。
などなど、シャルに対するギールの不安は、まさに過保護並であった。
そしてギールとディノが、ようやく路地裏から出ると、目の前には更に増えた子供たちと、十数名の大人たちでごった返していた。
ギール「な、何かさっきより増えてないか?」
ディノ「〜っ!さ、流石シャル様です!この数分の間にここまでの人々を惹き付けるとは、まさに魔王としてのカリスマ性が発揮されていますね!」
ギール「か、カリスマ性か……。俺としては、別の方に惹き付けられてる気がするが……。」
魔王シャルのカリスマ性は、確かに幼女の時よりも強く発揮されてはいる。しかし、今のシャルの姿は、露出の低い服を着ているとは言え、スタイル抜群な上に美人なお姉さんである。
そのためギールは、子供を含む半数近く人々が、魔王シャルのカリスマ性に惹かれたよりも、シャルのスタイルに惹かれて集まって来たのではないかと目を光らせていた。
ギール「ジーー。(この中にシャルの体目当てで近寄ったクズは何人いる事やら……、ちょっとでも変な事したら直ぐに止めに入らないとな……。あっ、いや、それよりは、シャルが変な事を言っていないか心配だ。)」
ディノ「えっ、えっと兄さん?何だか顔が怖いですよ?」
ギール「…っ、こほん、す、すまん。そ、それより、シャルが講義みたいな事をしてるけど、変な事を言っていないか心配だな。」
ディノ「そ、それなら大丈夫ですよ。以前のシャル様ならともかく、今のシャル様は、相手の気持ちをしっかり"尊重"してあげられますからね。」
ギール「そ、尊重か。(俺に対しては、あんなにわがまま娘なのに……、何で人前だと聖女みたいな表情で接しているんだよ……。)」
子供たちの前で見せるシャルの姿は、まさに聖女に引けを取らない姿であった。
そのためギールは、少し子供たちに嫉妬した。
本来なら喜ぶべき光景ではあるが、普段の私生活において絶対に見せないであろうシャルの姿に、ギールは心の中で"モヤモヤ"とさせていた。
その一方でディノは、立派になられてゆくシャルの姿に思わず涙を流し始めていた。
ディノ「うぅ、シャル様も本当に成長なされましたね。」
ギール「っ、お、おいおい、涙まで流して感動する所か?」
ディノ「っ、感動しますよ!あの"わがまま"で世間知らずであったシャル様が、ここまで成長なさったのですよ!従者として本当に嬉しい限りです……。」
ギール「お、おう……。た、確かにそうだな。(しれっとシャルの悪口を言ったけど、やっぱりディノのも思っていたのか……。)」
ディノの本心とも言えるシャルへの思いに、ギールは驚いた。
確かに、シャルが日に日に成長しているのは事実。
四ヶ月前に出会った頃のシャルは、本当に"わがまま"な世間知らずで、その上、自己中心的で小生意気な小娘であった。
しかし、そんなシャルでも、今では聖女の様に優しく人々と接し、子供層を中心に絶大な人気を集めていた。
シャル「さてと、余の話はひとまず終わろうかの……、そろそろ戦場へ赴く支度をしなければならないからな。」
男の子「っ、姉ちゃん……、本当に行っちゃうの?」
女の子「シャル様〜、行っちゃ嫌だよ〜!」
講義を終えたシャルが、その場を去ろうと立ち上がると、その場に居る子供たちは、名残惜しそうに引き留めようとする。
シャル「……よいかお主たち。これは平和を勝ち取るための戦いなのだ。これ以上、皆の様に嘆き苦しむ人々を増やさないためにも、一刻も早くこの愚かな戦いを終わらせなければならぬのだ。」
男の子「姉ちゃん……。」
女の子「うぅ。」
シャル「その様な顔をするでない。全てが終わればまた会いに来れる。それまでは我慢するのだ。」
男の子「…うぅ、分かったよ。」
女の子「シャル様がそう言うのであれば……。またシャル様に会える事を……信じて待ちます!」
約束にも思えるシャルの言葉に心を打たれた子供たちは、それ以上に引き留めようとはしなかった。
子供に取って我慢をする事は、辛いものである。
特に"別れ"ともなれば、例えまた会えるとしても耐え難いものである。
そのため、シャルを慕う子供たちの目には、大粒の涙を溜め込み、思わずすすり泣いてしまう子が多くいた。
そんな中でシャルは、少し離れた位置で様子を伺っているギールとディノを呼びつける。
シャル「ギール、ディノ?そろそろ、桃馬たちの所へ向かうぞ。」
ギール「っ、お、おう。」
ディノ「は、はい!シャル様!」
シャルの呼び掛けに応じたギールとディノが、駆け足でシャルの元へ駆け付ける中、一人の子供がギールとシャルを見るなり、"とんでもない"事を口にする。
女の子「…シャル様と狼のお兄さんって、付き合ってるのかな?」
女の子「っ!?シャル様、シャル様!」
ボソッと素朴な疑問を漏らした女の子の言葉を聞いた行動派の女の子は、その場を去ろうとするシャルを呼び止めた。
シャル「ん、どうしたのだ?」
女の子「あ、あの!シャル様と、そ、そちらの狼のお兄さんは、つ、つつ、付き合っているのでしょうか!?」
シャル「ふぇっ?」
ギール「えっ?」
ディノ「ん??」
唐突過ぎる質問に、三人は耳を疑いながら"キョトン"とした表情で、質問して来た女の子に視線を向けた。
更に周囲の子供たちは、質問した女の子の方を一瞬見るなり、直ぐに三人の方に視線を向けた。
シャル「え、えっと〜、すまぬ。もう一度言ってはくれないか?」
女の子「ふぇ、あ、はい、えっと、シャル様と狼のお兄さんは、つ、付き合っているのですか?」
ギール「なっ///」
ディノ「つ、付き合ってる?」
シャル「……ぷっ、あはは〜♪違うぞ〜。ギールは余の兄だぞ?ちなみに、魔導父のディノは、余の弟だ。」
女の子「ふぇ!?そ、そうなのですか!?」
男の子「……あぅ。」
予想外過ぎる質問に動揺を隠せないギールは置いといて、目の前にいる三人が、まさかの兄妹と言う関係を知った子供たちは、声を上げて驚いた。
その一方、シャルに恋心を抱いた男の子たちは、ギールとシャルの二人が、付き合っていない事に安心するよりも、逆にレベルの高い領域を知らされた事で、尽く"恋愛クラッシュ"を引き起こしてしまった。
シャル「ぬはは〜、余とギールが恋人の様に見えたとは、お主もやるな〜。」
女の子「あ、い、いえ、わ、私はその…、誰かが言った事に反応して言ったまでで……。」
シャル「ほう〜、まあこの際だ。誰が言ったかは詮索せぬが……、そうか〜、ギールと恋人か〜、うむうむ、別に悪い気はしないな〜。」
ギール「っ、は、はぁっ!?な、何を言ってやがるシャル!?」
シャル「ふっ、ぬはは♪冗談なのだ。そう本気になるでない。」
ギール「なっ///くっ、ほ、ほら、無駄話はここまでにして、早く桃馬たちのところに行くぞ。」
動揺のあまり混乱しているギールは、無意識にシャルの手を掴むなり、少々強引に連れ出そうとする。
シャル「っ、お、おいギール!?そ、そう強く引っ張るでない!?少し痛いではないか!?」
ギール「っ、す、すまん!?」
シャルの声で我に返ったギールは、直ぐにシャルの手を離した。
この光景を見せられた子供たちは、とある結論に達した。
シャル様と狼のお兄さんは、既に兄妹の垣根を超えた恋人であると……。
シャルに恋した男の子たちには、更なるダメージが入る結果となったが、子供でも分かる理想的なカップリングに、思わず憧れを持ちながら弱ったメンタルを強化し始めた。
一方、女の子たちも同様に、眩しい二人のカップリングに憧れ、中にはギールの様にかっこいい獣人族と結ばれたいと思う子も現れるのであった。
ディノ「……に、兄さんとシャル様が、こ、恋人……〜っ!」
唐突な展開から棒立ち状態であったディノは、今まで考えもしいなかった事に、思わず笑みを浮かべながら心の中で思いを叫んだ。
ディノ(な、何で今まで考えつかなかったんだ!?に、兄さんとシャル様が、こ、ここ、婚約すれば、あ、ある意味……、都合がいいじゃないか!?)
こうして、ディノの心の中で新たな方針が決まった。
これが、一人の魔王と一人狼による。
"夫婦カップル計画"の始まりである。
※大戦後。近親相姦系の兄妹展開に興味を持ち始めてしまったディノは、小頼商会から大量の兄妹系の同人誌を購入するの事になる。
その後。
しばらくドル公国に駐屯していたルクステリア軍は、中立国サルベールの救出に乗り出すため陸路、海路の二手に分かれてドル公国を出立。
手始めにドル公国の残党が蔓延るパーセル五湖国の一国"ディーデン公国"へ攻め入った。