第四百八話 異世界皇女戦記英雄譚その31
警界庁特殊隠密捜査官であるヨキ・ロマンシングの帰還以降、新たなジレンマ軍による奇襲は起きなかったが、東部戦線の攻防は依然として繰り広げられていた。
両陣営から魔法による攻撃が飛び交う中、中立国サルベール連合軍は、影の傭兵団"ポイズンルーン"の奇襲により撃てなかった四基のアームストロング砲をジレンマ軍の陣営に向けて放った。
しかし、手動による位置調整が上手く行かず、五基あった砲塔の内、一基だけがジレンマ軍の右翼の陣営近くに着弾しただけであった。
結果、威力は強いが肝心の命中率が著しく酷いものであった。
本来なら連続で砲撃しながら位置調整をしたい所だが、威力の強いアームストロング砲は、異世界の謎の力によって一発しか撃てないため、戦況を一気に打開させるには、かなり物足りない所であった。
そのため、今日も日が沈むまで続いたジレンマ軍との攻防は、両陣営に肝を冷やす様な展開をもたらしただけで終わった。
時刻は二十時。
外道国家ジレンマ軍、東側方面攻略軍の本陣では、各部隊の将官を集めて作戦会議が開かれていた。
当初の予定では、西側へ渡った外道国家ジレンマの三賊長の一人、盗賊団団長"ガルベル・イザベル"率いる西側方面攻略軍が、手薄と思われる西側からサルベールを強襲する事で、東側に駐屯しているサルベール軍の戦力を分散させようとしていた。
しかし、西側方面攻略軍の進行が遅れているのであろうか、一向に対峙しているサルベール軍の抵抗は弱まらず、むしろ抵抗の激しさが増している様にも見えていた。
中年将官「ふむぅ、そろそろ西側へ向かった攻略軍が西部戦線を突破してサルベール本国の攻略に乗り出しているはずだが……、敵の抵抗は弱まるどころか、むしろ激しさを増しておるな。」
若い将官「はっはっ、所詮は無駄な足掻きだとわかっていても、俺たちに降伏したらどうなるか……、恐らく相手も理解しているんだろうよ。」
若い将官「まあ、確かにな。話によれば自然要塞に籠っている連中の中には、俺たちの侵攻から逃れた難民らが、サルベール軍の一員として防衛に参加している様だ。」
若い将官「という事は、例えサルベールの本国が落ちたとしても、決死の抵抗は続けると言う事か。」
若い将官「可能性はあるな。だが、そもそもジェシカ・サルベールが、あの要塞で指揮を取っている可能性だってある。もし、ここで俺たちが要塞を落とせば、聖女様はやりたい放題だ。」
若い将官「おぉ、それは良いな!」
眼前の自然要塞の中に、ハイエルフにして、中立国サルベールの聖女と呼ばれた"ジェシカ・サルベール"が指揮を取っている姿を想像した若い将官たちは、自然要塞の攻略に俄然とやる気を出していた。
若い将官「な、なぁ?もし先に、ガルベル様率いる攻略軍が要塞を落としたら、俺たちにも高貴な聖女様を施してくれると思うか?」
若い将官「さぁ、どうだろうな。"ローデン"を乗っ取った際は、直ぐに王妃と姫様を好きにできたが、流石に聖女となると順番が回って来るのは、完落ちした時かもな。」
若い将官「ちっ、快楽に狂った後かよ。つまんねぇな。」
若い将官らは、戦の心配よりも戦後の楽しみを心配していた。
軍の将官としては、かなり"たるんだ"精神ではあるが、そもそもジレンマ軍の本質は欲望に準じた者たちの集まりである。
中でも浮き足立ち易い若い将官たちは、ここまでの苦戦知らずの連戦連勝を繰り広げていた事から、都合の良い解釈しか出来なくなっていた。
若い将官たちの士気が上がる分には、大変結構な状態てはあるが、逆に戦を知る幹部クラスは焦りを感じていた。
特に外道国家ジレンマの三賊長の一人、ドワーフ族の山賊団団長、ゼロール・ゲシャマは今の事態を重く受け止めていた。
ゼロールはドワーフ族ではあるが、ドワーフの中でも珍しい高身長の持ち主であり、トレンドマークの髭は腹部下まで伸ばしている豪傑である。
武器は身丈に合わせたハルバードを使い、たった一振りで三十人近くの敵を薙ぎ払う剛腕を持ち合わせていた。
ゼロール「ふぅ……。血の気の多い若者が居るのは良い事だが……、目先が見えん様で困るな。」
ゲファール「じゃが、ここまでの連戦連勝は、若い力があってこそだがな。」
ゼロールの隣には、眼帯で右目を隠し、ゼロールの右腕にして参謀を務めるゲファール・ガシムスがいた。
ゲファールは、ゼロールと同じドワーフ族だが、背の低い普通のおっさん感のある男であった。
ゼロール「ふむぅ、確かにそうだが……。過去の成功に酔いしれ、いつまでも浮き足立つのはどうかと思わないか?」
ゲファール「まあ、言いたい事は分かる。確かに今の若い者たちは、自分より弱い冒険者や行商人などを襲うばかりで、賊同士の抗争を知らない若者ばかりだ。それ故に、もしここで若者たちの素行を正そうとすれば、間違いなく俺たちの首を落としに来るぞ。」
ゼロール「ふっ、その程度の事を恐れて三賊長を名乗れるかよ。仮にもし、俺の首を取りに来るなら容赦なく叩き潰す……。ただ、それだけだ。」
ゲファール「ふっ、だな。」
下賎な想像に浸り思わず浮き足立つ若い将官に対して少々憤りを感じるゼロールは、通常の二倍近くある"ハルバード"を掴むと、渾身の一撃で長机を叩き割った。
突然の事に思わず黙り込む若い将官たちは、一斉にゼロールの方を向いた。
若い将官「ぜ、ゼロールさん?い、いきなりどうしたのですか?」
ゼロール「てめぇら、戦を舐めてるのか?」
若い将官「っ!?」
ゼロールの殺気が籠った覇気を向けられた若い将官たちは、あまりの恐怖に全員口を噤ませた。
しかし、席を立っているゼロールは、このまま終わらせようとはせず、気が抜けている若い将官に詰め寄り始めた。
ゼロール「おい、さっきまでの威勢はどうした?あぁ?このガキが……、戦を舐めてんのか?」
若い将官「い、言え、け、決してそんな……。」
ゼロール「だったら、今は無駄な妄想は止めて戦局をしっかり見る事だな。戦場での気の緩みは、己の身を滅ぼすどころか、軍や国すらも滅ぼしかねないからな。」
若い将官「は、はひっ。」
ゼロール「…よし。次に俺の前で気の緩んだ事を言ってみろ……、冗談抜きで殺すからな?……あと、これを聞いている貴様らも同じだ……覚悟しろよ。」
若い将官「は、はいっ!」
ドワーフ族と言う事もあり、人より長命であるぜロールは、約二百年前まで起きていた戦争と度重なる山賊同士の抗争を経験していた。
そのため、若い将官たちが見せた"小さな油断"が、如何に自分の命と仲間たちの命を危険に晒す事になるのか、よーく理解していた。
ゼロール「さて、気を取り直して会議を再開しようか。まずは西部戦線だが、数日前からガルベルとの連絡が途絶えている。最後の連絡は、目標のサルベールに向かう軍と西側諸国の攻略に乗り出す軍に分けて進軍したと言う、何とも馬鹿な連絡が入っている。」
ゼロール「しかもガルベルの野郎は、サルベール攻略の指揮を取らずに副団長のビルへイズ・キャンベルに指揮権を与え、己は"のうのう"と主力部隊を率いて西側諸国の攻略へと乗り出した。」
三賊長としての威厳を発揮し、更には勝手な行動を取っている同胞に対して強い憤りを露すゼロールの姿に、幹部以下の将官たちは押し潰されそうな圧に震えながら話を聞いていた。
ゼロール「おそらく、相手の抵抗が弱まらないのは、この馬鹿な行動のせいだろう。もはや、西側に渡った同胞の期待はできん。この場に居る若い将官らは、浮き足立った気持ちを直ぐでも正し、急いで西側へ渡った腑抜けた連中と連絡を取れ……、いいな?」
全若い将官「は、はっ!」
ゼロールの命を受けた若い将官たちは、真っ暗な夜にも関わらず、既に壊滅の状態に近い西側方面攻略軍と連絡を取るため、急いで作戦会議の席から駆け出した。
ゼロール「さて、次は今日行った奇襲作戦だが、皆も知っての通り失敗に終わった。影の傭兵団の若頭、ヨキ・ロマンシングは捕らわれ、数十名の同胞を失った訳だが……。」
ゼロールの次なる指摘に、周囲の視線は一斉に、影の傭兵団ポイズンルーンの頭目であるカーマン・ロマンシングに向けられた。
ヨキと同じ銀髪に黒いローブを身につけ、少し強面な顔をしていた。
カーマン「…何やら俺のせいにしている様な言い回しだが……、今回の作戦の変更はゼロール、貴様の判断だろう?」
ゼロール「ふっ、別に今回の責任をお前に押し付けようって訳じゃない。現に俺の作戦変更が災いして、お前の大切な同胞を奪ってしまったのだからな。」
カーマン「……回りくどい話はもう良い。本心を言ったらどうだ?」
ゼロール「……ふっ、相変わらず食えぬ男だ。では、聞こうか。実の息子が敵に捕らえられてると言うのに、やけにお主は落ち着いているな?」
カーマン「ふっ、何だ、そんな事か。例え、息子が敵に捕まろうが、殺されようが、俺は一向に構わない。そもそもヨキには、小さい頃から自分の命は自分の力で守れと教えているからな。」
ゼロール「ほう、それは厳しい教えだな?」
カーマン「当然だ。そもそも隠密の任務に私情などは不要。故に……。」
ゼロールから放たれる覇気に動じず、堂々と対話をするカーマンは、懐から一本のナイフを取り出し、誰もいない背後にナイフを投げ込んだ。
すると、"うっ!"っと、苦しげな声が外から聞こえると、ナイフを投げ込んだ野営の布がビリッと破れ、そこから剣を持った男が倒れ込んで来た。
カーマン「どうやら貴様は、俺の事を信じてない様だな。」
ゼロール「ふっ、俺は他を信じるのが苦手でな。 ここには欲望に準じる者しかいない。"信じる"と言う啓発な考え方は、己の身を滅ぼす最大の敵だからな。」
カーマン「なるほど、信頼なき組織か……。まあ、俺からして見ればどうでもいい話だ。話が終わったのなら席を外させてもらおうか。明日の作戦を練り直したいのでね。」
ゼロールの心情はある程度分かっているカーマンは、これ以上話しても何も得られないと感じ、早々に作戦会議の場から去って行った。
ゲファール「流石は、カーマンだ。全く隙を見せやしないな。」
ゼロール「ゲファール、カーマンを見張れ。隠密見たいに影でコソコソとする奴は、大抵何かを隠しているからな。」
ゲファール「分かった。それで下手な動きがあったらどうする?」
ゼロール「知れたこと……迷わず殺せ。あいつは何かしらを隠している。俺の本能が奴を危険視しているからな。」
ゲファール「ふっ、相変わらず強い直感だな。」
こうして、浮き足立っている若い将官への警告に続いて、裏切り者でも探しているかの様な作戦会議は、禍々しくも幕を閉じた。