第四百四話 異世界皇女戦記英雄譚その27
難所である自然要塞を越え、最頂部である胸壁に乗り込み襲撃して来た影の傭兵団ポイズンルーンは、九州支部の警界官を始め、各国の衛兵の奮闘により辛くも影の傭兵団を胸壁から追い出した。
その際、影の傭兵団の若頭であるヨキ・ロマンシングは、幼なじみであるアリシア・ダグリネスの手によって、生々しい暴行を加えられた後、気絶したまま磔にされていた。
少々やり過ぎとも思える仕打ちに、二人の関係が一層気になる志道たちに対して、アリシアは包み隠さず過去の話を打ち明けた。
すると、その直後。
気絶しているヨキ・ロマンシングの懐から春桜学園二年六組、ジレン・ロマネシスの生徒手帳が落ちて来たのであった。
誰もが予想していなかった事に、志道たちは目を見開きながら驚愕した。
返答次第では、即刻ヨキを斬らなければならない。
そのため志道たちは、ヨキから色々と話を聞くため、磔台からヨキを下ろした。
志道「さて、どうしようか。」
アリシア「そんなの簡単よ。ほら、起きなさい!このクズ!」
幼馴染のヨキに対して、現状かなりの嫌悪感を抱いているアリシアは、気絶しているヨキの胸ぐらを掴むなり、罵声を浴びせながらビンタを交わした。
志道「っ、ま、待て待てアリシア!?」
アリシア「は、離して志道!?これは私とヨキの問題なのよ〜!」
パシン!パシン!と、普通に起こすには強過ぎる叩き方に、危険を感じた志道が背後から止めに入ると、続いて両サイドからジャンヌとアンジェリカが止めに入った。
志道「だ、だからビンタは待てって!?このまま叩き続けたら死んでしまうだろが!?」
ジャンヌ「そ、そうよアリシア!?す、少しは落ち着きなさいよ!?」
アリシア「くっ、これが落ち着いていられるものですか!」
アンジェリカ「っ!?お、落ち着けって言っているだろう!?アリシアの煮えたぎる気持ちはよく分かるけど、今は真実を知るのが先だぞ!?」
一対三にも関わらず、アリシアの抵抗は凄まじく、体をよじらせては煮えたぎる怒りを露わにしていた。
アリシア「むぅ〜。」
志道「な、ならこうしよう。返答次第では、ヨキのトドメを譲ってやるから、それでいいだろ?」
アリシア「……それならいいわ。」
取り敢えずトドメを譲る事で、アリシアの怒りを抑え込んだ志道たちは、無意識に大きなため息をついた。
志道「ごくり。(清楚系って、怒らせると本当に怖いけど……、あのゴミを見る様なアリシアの罵声…、し、新鮮で悪くないかも……。)」
間近で感じるアリシアの裏の一面に、何故か新鮮と感じてしまう志道は、一度だけでも罵声を浴びたいと思ってしまっていた。
ジャンヌ「…うーん、さて、どうしようかな。起きる前に所持品検査でもする?」
アンジェリカ「おぉ、それはいいな。もしかしたら、他にも出て来るかもしれないしな。」
志道「今の内に、非武装にしつつ、動かぬ証拠でも物色するか。」
ジャンヌ&アンジェリカ「おぉ〜。」
アリシア「……。」
ジャンヌの提案に、アンジェリカと志道が賛同すると、直ぐに気絶してヨキの体をまさぐり始めた。
この光景を傍から見ては、一方的なカツアゲの現場である。
しかし、このカツアゲ染みた所持品検査が思わぬ結果を招く事に……。
志道「っ、イヤホン……?」
ジャンヌ「あれ?こっちは、ジレンの手帳が出てきたよ?」
アンジェリカ「ん?お、おい、この恋愛成就のお守りって、ジレンが大切にしていた謎の恋愛成就のお守りじゃないか!?」
アリシア「っ、ど、どう言う事なの?っ、や、やっぱり、ジレンを殺して所持品を奪ったのね。」
確信的な状況に、アリシアはレイピアに手をかけた。
アンジェリカ「ば、ばか!?早まるなアリシア!?」
ジャンヌ「そ、そうよ!?もしかしたら、このヨキって人が、ジレンかもしれないでしょ!?」
アリシア「そ、そんな事はありえないわ!だ、だって、それならどうして今まで黙っていたのよ!」
ジャンヌ「そ、それは……。」
志道「言いたくても言えなかったんだろうよ。」
アリシア「えっ……。」
志道「もし、この人が俺たちが知るジレンなら、絶対に正体を明かそうとしないだろうな。」
アリシア「っ、どうして……どうして隠すのよ。」
志道「それは、…たぶん、俺のせいだ。」
アリシア「志道の……せい?」
ジャンヌ「ん?どういう事??」
アンジェリカ「どうして志道のせいになるんだ?」
志道に取ってこれは仮説でしかないが、それでも思い当たる節がある志道は、表情を曇らせながら話を続けた。
志道「……要因は簡単な事さ。俺とアリシアが付き合っているからだよ。」
アリシア「……えっ?」
ジャンヌ「ん?それだけ?」
アンジェリカ「……っ、そうか、そう言う事か。」
ここまでの話と志道の話を聞いて、アンジェリカだけは、何となく志道の言いたい事を察した。
志道の仮説はこうだ。
もし、志道とアリシアが付き合っていなかったら、おそらく正体を明かしていたかもしれない。
だが、アリシアとヨキは、過去に感動の再会から、直ぐに後味の悪い喧嘩別れをしている。
更にヨキからして見れば、アリシアに会いたくても会えない気まずい状態である。
それでも会いたいヨキは、何らかの手段を使って正体を偽って春桜学園に入学した。
しかしヨキは、アリシアと何を話せば良いか分からず、正体がバレる事を恐れるあまり、陰ながら当たり障りなく接していた。
そして気が付けば親友の志道とアリシアが友好関係を築き始め、この機にヨキは、本格的に陰ながら支える事を決意した。
志道の仮説を聞いた三姫は、未だに気絶しているヨキを見つめた。
志道「まあ、都合の良い解釈かもしれないけど……、もし、このヨキが俺たちの知るジレンなら…、正体を明かさない所か、本当の気持ちすら偽って、俺とアリシアの背中を押そうとすると思う。」
アリシア「…っ、た、例えそうだとしても、わ、私はヨキを許したりしませんよ。」
志道「ま、まあ、アリシアからして見れば、モヤモヤが増えるだけの話かもしれないけど、と、取り敢えずヨキの話を聞かないと……。」
志道の話を聞いたアリシアは、既にレイピアから手を離してはいるものの、その代わりに握り拳を作っていた。
ヨキ「んんっ……。」
志道「おっ、目が覚めたか?」
アリシア「っ!」
ヨキ「……うぅ、し、し……どう?」
志道「っ!や、やっぱり、お前はジレンなのか!?」
ヨキ「…な、何を言って、俺はジレンだけど……っ、いてて……。」
アリシアに殴られ過ぎて記憶が飛んでいるのだろうか。ヨキは志道の姿を見るなり、あっさり自分がジレンであると認めた。
志道「っ、ま、全くお前って奴は……。」
ヨキ「そ、それより何で志道がここに……、いってて、…何だか頬が痛むな…ん、…ん?…あれ、ここは……どこ……っ!?」
腫れた頬を抑えながら上半身を起こしたヨキは、辺りを見渡すなり襲撃の記憶を思い出した。
ヨキ「っ、し、志道……、す、すまん!」
アリシア「待ちなさい、この大馬鹿者。」
ヨキ「ぐへっ!?」
肝を潰す様な圧迫感に囚われたヨキは、直ぐに胸壁から飛び降りて逃げようとするが、アリシアに首根っこを掴まれるなり強引に引き戻された。
アリシア「さあ、あなたには色々と聞きたい事が山程あるわ。包み隠さず答えてもらうわよ。」
ヨキ「っ、くっ……、は、はい。」
もはや逃げる事も出来ず、更にはジレンの正体まで知られてしまったヨキは、観念したのか、その場に正座し始めた。
アリシア「さてヨキ、どうして名前を偽って学園に通っていたのですか?」
ヨキ「そ、それは……。」
アリシア「影の傭兵団としてのスパイですか?それとも、私を殺そうとでも?」
ヨキ「っ、そ、それは違う!俺はただ……えっと、そ、その……。」
アリシア「むぅ〜っ、焦れったいですね!私を殺そうとしてなかったら、どうして正体を隠していたのですか!」
ヨキ「い、言える訳ないだろ……。あんな酷い別れ方をしたんだ……。もしあの時、アリシアに正体を明かしていたら、間違いなく俺を殴っていただろ?」
アリシア「っ、あ、それは……、し、しないわよ。」
志道「おーい、アリシア?否定するなら、目線を逸らさずにハッキリ否定しような?」
アリシア「な、殴らないわよ〜♪」
志道「声が引きつっているぞ?」
アリシア「っ、も、もぉ〜、殴るに決まってるじゃない!大切なスカーフを台無しにしたまま忽然と姿を消しておいて、その六年後には、指名手配犯となって帰って来て……、それで最後は、正体を偽って学園に過ごしていた何て……、本当に勝手過ぎるわよ。」
志道「……アリシア。」
ヨキ「……。」
幼馴染のヨキに対して、複雑な思いが込み上げて来るアリシアは、その場に両膝をつくなり涙を流し始めた。
ジャンヌ「ね、ねぇ、ジレン?そもそも、どうしてアリシアちゃんの前から離れたの?」
アンジェリカ「そ、そうだ。それは私も気になっていた。まさか、スカーフが原因ではないよな?」
ヨキ「……。」
沈黙するヨキの様子からして、やはり大きな理由があるのだろう。
ヨキは、頑なに二人からの質問に答えようとしなかった。
強情にも真相を隠そうとするヨキに対して、そこへ親友である志道が、ヨキの両肩に手を置きながら頼み込んで見る。
志道「…ジレン、いや、ヨキ。アリシアのためにも全部話してくれないか。」
ヨキ「っ……うぅ、わ、わかった///。」
頑なに答えない姿勢を見せていたヨキであったが、志道の頼みとなった瞬間、恥ずかしそうに了承するのであった。