第四百話 異世界皇女戦記英雄譚その23
外道国家ジレンマ軍の激しい侵攻により、東西から攻撃を受けている中立国サルベールは、硬い絆で結ばれた連合国と義勇志士らの連携により、一歩も引かない防衛戦を繰り広げていた。
一時は絶体絶命だと思われた戦況ではあったが、外道国家ジレンマの侵略によって、命からがら逃げ延びた人々を加え、更に現実世界からは多くの義勇志士を始め、警界庁九州支部から約三千名の警界官が駆けつけていた。
そのため防衛に適した東部戦線では、現実世界より持ち込まれた旧式兵器を用いて対抗し、それでも依然と均衡状態を保っていた。
一方の西部戦線では、大きく変化が起きていた。
戦場では、けたたましい怒号と猿叫を響かせ、痛烈な悲鳴が木霊していた。
警界官「うおぉぉっ!チェストー!」
警界官「外道に落ちた相手に情けをかくっな!例え相手が人間であってん、外道に落つれば亜種族とないら変わらん!こいを許す者あらば、警界庁九州支部んの恥じゃ。」
警界官を先頭に外道国家ジレンマを駆逐する中、後方では夏休みと盆休みの予定を蔑ろにされ、怒りを爆発させた人々が押し寄せていた。
中立国サルベールは、異世界を愛する九州の人々に取って、順風満帆な異世界ライフを送るための超最重要拠点であった。
そもそも、九州地方にある異世界へ繋がるゲートは、七、八割近く中立国サルベールと繋がっている。
その規模は、九州、北海道を除く他県が三箇所程度に対して、九州の各県には、約二十箇所以上のゲートが存在している。
そのため、中立国サルベールに集まった義勇志士は、少なくても五万人を超え、そのほとんどが、防衛戦に不向きな西部戦線に配置していた。
西部戦線は、怒涛の勢いで前線を押し返し、西側から攻め立てる"西側方面攻略軍"に対して大打撃を与えていた。
更にこのタイミングで、西側方面攻略軍に、更なる追い打ちをかける不幸の知らせが、続々と舞い込んで来る。
一つ、後盾であったドル公国が、ルクステリア軍の大反抗によって壊滅。
二つ、ジークフリーデン国を攻め落とした後、大軍を率いてリブル公国へ向かった、外道国家ジレンマを建国した三賊長の一人、盗賊団団長"ガルベル・イザベル"が、リブル公国に仕えている十神柱の怒りを買った事により、手を結んだ亜種族諸共全滅。
三つ、リブル公国の大反抗により、瞬く間にジークフリーデン国を奪還されたと言う、何とも恐ろしい知らせであった。
西側方面攻略軍に取って、ドル公国の壊滅よりも、総大将の"ガルベル"が討死にした事に、絶望を感じていた。
リブル公国への進軍時には、ジークフリーデン国の姫君である"エル・ジークフリーデン"を始めとする人質、そして有力な将兵に続いて、亜種族部隊らが多く集結した完璧な軍であったはず。
それが一週間も経たずに全滅となれば、肝が冷える所か、潰れるくらいの衝撃である。
更に、ジークフリーデン国が奪い返された事により、このまま東の隣国まで奪還される恐れがあった。
もしここを奪い返される様な事があれば、本国との補給手段である港が完全に封鎖されるだけでなく、退路まで失う事になる。
そのため、中立国サルベールへ侵攻する"西側方面攻略軍"の本陣では、即戦線を離脱して港のある拠点まで退却するか、謀略作戦を用いての作戦に切り替え、戦闘を継続させるかで揉めていた。
ジレンマ将「今更退却したとしても、ガルベル様を破ったリブル公国軍と鉢合わせになる。そうなれば、我々は一環の終わりだ。」
ジレンマ将「左様、このまま蹂躙されるくらいなら、謀略を用いて中立国サルベールを攻略し、東の本国部隊と合流するのが得策である。」
ジレンマ将「何を言うか。貴様は、前線を見ていないのか!」
ジレンマ将「そうだ!今や前線は、"異世界"から来た援軍によって押し返されている。相手の士気も予想以上に高い、今更、中立国の同盟国に上手い話を持ちかけたとしても、絶対に応じる訳がないだろう!」
間とまない方針に加えて、戦況を知る将と知らない将の押し問答には、"ガルベル"の右腕にして盗賊団副団長であった司令官の"ビルへイズ・キャンベル"は、盟友の死でショックを受けており、片手で額を押さえながら黄昏ていた。
ジレンマ将「おい、こらビルへイズ!てめぇ、何一人で頭を抱えてんだ!」
ジレンマ将「そうだ!頭領が死んだ今、副団長でもあるお前の采配が頼りだ。直ぐに決断を出してもらおうじゃねぇか。」
司令官としては、余りにも情けない姿に、同じ盗賊団の団員が檄を飛ばした。
ビルへイズ「……るせぇよ。」
ジレンマ将「あぁ?」
ビルへイズ「うるせぇって言ってんだ…ゴミ共が…。」
ドスの効いた低い声と同時に額から手を離すと、復讐に満ちた殺伐とした目を見開き、ドス黒いオーラを放ち始めた。
稀に見ぬビルへイズの怒りの表情に、その場にいるジレンマ軍の将たちは、一斉に静まり返った。
ビルへイズ「……今から全同志たちに伝えろ。陣を払い総撤退だ。」
ジレンマ将「なっ、それでは東にいる本国の連中がっ……。」
ビルへイズの決断に異を唱えた一人の将は、ビルへイズの目にも止まらぬ剣技によって、その場で一刀両断にされた。
ほんの一瞬の事に、一体何が起きたのか分からないジレンマの将たちは、一刀両断された将の遺体を見るや、一斉に死の恐怖を掻き立たせた。
ビルへイズ「もう一度だけ言う。総撤退だ……。もし、退却中にリブル公国軍と鉢合わせしたら、容赦なくガルベルの仇を討つ。もはやサルベールなど、どうでもいいわ!」
怒りが収まらないビルへイズは、剣を勢い良く振り下ろし、長机に広げられた地図ごと真っ二つにした。
このビルへイズ態度に、さっき程まで威勢が良かった交戦派でも、この状況下で異を唱える強者は、誰一人として居なかった。
その後、ビルへイズの命令により、西側方面攻略軍は、一斉に港のある某国の拠点へ向けて総退却を始めた。
しかし退却中、国境から完全に越えるまで続いた激しい追撃もあり、前線で戦っていた将兵たちは、ほとんど討ち取られて行った。
そして国境を越えて待っていたのは、ビルへイズが予想した通り、リブル公国軍が待ち構えていた。
その頃、中立国サルベール東側の戦地では、とある実験が行われ様としていた。
九州男子学生「おぉ、こりゃあ凄いな!」
九州男子学生「九十五ミリ口径の大砲しか持ち出せんち思うたけんど、まさか、百八十ミリ口径の大砲も行くるとはな。」
佐賀県の警界官によって、組み立てられた五門の巨大な大砲は、勇ましく砲口を天へと向けられていた。
本来大砲の様な近代武器は、異世界への持ち込んだり、製造、組み立てをした時点で消滅する物である。
しかし、近代と言っても規格が古い物は許されているのか、持ち運んで組み立てたとしても、消滅はせずに残る場合がある。
例えば、中世の単発銃、マケット銃、火縄銃、口径の小さい大砲など、連射能力が無い物が上げられる。
しかし、これらの武器には、使用制限がある。
それは威力が強い物ほど、直ぐに壊れてしまう傾向があった。特に火薬を使った武器の壊れ方は、シンプルに爆発である。
耐久の例を挙げるとすれば、九十五ミリ口径の大砲は、大体五~十発まで、限界を迎える時は必ず白煙が発生するため、その時は使用を止めて解体するのである。
しかし、今回用意された百八十ミリ口径の大砲は、九十五ミリ口径の大砲と比べると倍近く大きいため、一発だけ撃てればマシな予想であった。
それに、今回初めて異世界で使用するため、果たしてどこまで使えるのか、気になる所である。
当然、一発目で大爆発をしてしまう可能性は充分にあるが、それでも意気揚々と作業をする警界官たちは、手際よく砲弾を装填すると、発射位置を人力で合わせた。
もはや、時代劇や映画とかでしか見た事がない代物に、多くの人たちは緊張しながら見守っていた。
ジャンヌ「ごくり、あ、あれが言わゆる"アームストロング砲"って奴ですね。テレビで見るよりも、す、凄く黒光りしていて逞しいですね。」
アンジェリカ「う、うむ、確かに。不動の如く佇んだあのフォルム。幕末の頃、唯一佐賀藩しか保有していなかった当時最強の大砲。上野戦争、戊辰戦争などに使われたまさに国崩し…、ごくり。」
志道「相変わらず、アンジェリカは博識だな?それに比べてジャンヌは、言い方が卑猥だぞ。」
ジャンヌ「えぇっ!?わ、私、そんな卑猥な事を言ってた!?」
本人に自覚は無い様だが、一国のエルフ族の姫君なら、もう少し言葉を選んでもらいたいところである。
一方のダークエルフの姫であるアンジェリカは、いつの間にか、維新風の軍服に着替えており、昂る心を踊らせていた。
正直、誰にだって、見た事がない迫力のある代物を見れば、自然と目を奪われてしまう物だ。
しかし、あまりにも迫力のある代物を目の当たりにして、一抹の不安を感じる者も中にはいる訳で、冷静に見ていたアリシアは、志道に不安を告げた。
アリシア「えっと、志道?皆さん、こんなにも近くで見ていますけど……、一応、一発目から爆発してしまう可能性はあるんだよね?」
志道「ま、まあ、心配になる気持ちは分かるけど、俺もこんなに大きな大砲を見るのは初めてだから、砲撃音とか、色々気になっちゃうんだよな。」
アリシア「き、危険に対する恐怖心よりも、気になる好奇心が勝ってしまうのですね。」
志道「ま、まあ、爆発したらしたで、何とかなるだろう……。」
二人が危険な可能性について話していると、五門ある内の一つに、発射命令が下される。
警界官「一番砲塔発射準備よーし。狙うは敵前方。放てぇぇっ!!」
一人の警界官の発射命令と共に、"ズドォーン"っと、轟音と共に放たれた砲弾は、密集している敵陣から大きく外れるも、ジレンマ軍が張ったマジックバリアーを貫通させ、砲弾は勢いが弱まる事なく、地表を抉り、空高くまで土が飛散したのであった。