第三百九十八話 異世界皇女戦記英雄譚その21
外道に落ちたドル公国を滅ぼし、虐げられていた多くの人々を解放したルクステリアの一軍は、早急に荒んだドル公国の安定を図った。
一方その頃。ドル公国の宮殿では、カオスギルドの有力者を集めて次なる作戦会議が開かれていた。
このまま、中立国サルベールへ向かうには、ドル公国によって滅ぼされたディーデン公国を通らなければならなかった。
当然、ディーデン公国の宮殿及び各砦には、ドル公国の残党と外道国家ジレンマ軍が駐屯していると、容易に予想が出来た。
そのためカオスギルドは、水路と陸路からの二方面作戦を考えた。
幸い、先の戦で部隊の大半を失ったドル公国の先鋒部隊は、降伏をして"運良く許された"ドル公国の将兵らによって充分に補充され、二手に分かれても支障はなかった。
これにより、水路からは、カオスギルドの"ギルド長"を始め、元魔王幹部、ランドルク、元ルクステリア騎士団長、エルドリック、など、戦に長けた者たちが受け持った。
一方の陸路は、覚醒した魔王シャルを筆頭に、ドル公国の先鋒部隊を始め、カオスギルドの陸路部隊、そして志願して来たドル公国の人々によって編成された。
一軍の割り的には、水路を三割、陸路を七割と言ったところだ。
そしてこの作戦の決行は、翌日に持ち越されるのであった。
一方その頃、決起初日から騒がしい一夜明けた帝都グレイムでは、下らない親子喧嘩によって、リングデルト軍の敵陣深くまで飛ばされた両津界人が、敵陣の情報と離間した将兵たちを連れて、奇跡の帰還を果たしていた。
帰還後、早速反撃作戦の会議が開かれていた。
その会議には、帝都グレイムの皇帝"シルバー・グレイム"を始め、日本国内閣総理大臣、中田栄角が参列した。
白髪で高貴な白い髭を生やしたシルバーは、屈強な鎧を装い、中田栄角と対面する様に座っていた。
中田「ふぅ、全く界人と金守さんには、困ったものだ。」
界人「っ、面目ありません。しかし今回の件は、安易に直人の口車に乗せられ、ルンルン気分で戦場に来た親父が悪いです。」
景勝「お、おい界人、ここで"おっとう"の事で愚痴るなよ。恥ずかしいだろう……。」
界人「っ、ふん。全部、親父が悪いんだ。」
中田「全く、界人は変わらないな。」
シルバー「こほん、界人殿?今は内輪揉めをしている場合では無いぞ。早速だが、リングデルトの陣はどうであった。」
界人「っ、は、はい。リングデルトの陣は、大軍を率いれているにも関わらず後方から最前線まで、綺麗に統率が取れています。加えて士気も高く、この帝都を討ち滅ぼす意気込みが、強く感じられます。」
シルバー「…そうか。なら、下手に我が兵を出して反撃に転じるのは無謀の様だな。」
界人「はい、例え上手く城から別働隊を出したとして、茂みから奇襲するくらいの速攻性が無い限り、陣を崩すのは難しいでしょう。」
シルバー「では、やはり持久戦か。」
界人「それも一つの手です。しかしそれでは、混乱した乱世を長引かせるだけです。おそらく、リングデルト、マダル、アーデントの三国は、自国の国力をすり減らし、国民を虐げてでも、戦を継続させるでしょう。そうなれば、例え乱世が終わったとしても、腐敗と遺恨だけが残り、更なる厄災が生まれます。」
シルバー「っ、確かに、そうであるな。」
帝都グレイムは、異世界の地"カルガナ"だけではなく、今や現実世界と魔界にも影響を与えるほどの超重要都市であり、異世界の地"カルガナ"と関わる全世界のパワーバランスを調整する一つの柱でもあった。
そんな大国に対して、直接牙を向けた三国は、生半可な覚悟で侵攻して来てはいないと察せられる。
例え、一時の欲に駆られた衝動であっても、全世界のパワーバランスを乱す様な愚行は、決して許される事ではない。
そのため反帝都側の国々は、幾万の犠牲を払ってでも帝都を制圧し、無限に広がる実権を得るために、命を懸けて戦い続ける事だろう。
もはやこれでは、防衛側において安心安全な持久戦であっても、未来を見据えれば、全く得策ではない戦法であった。
シルバー「しかし、それではどうするのだ。我らは反撃する手立てもないのだぞ?」
界人「いえ、手立てならあります。」
シルバー「っ、それはどんな手立てだ?」
界人「それは、昨夜までリングデルトの軍に居た、私の友人に聞くと良いでしょう、リーマス頼む。」
リーマス「はっ。」
界人の呼びかけに、背後に座っていた一人の青年が立ち上がった。
シルバー「ほぅ、その者が昨晩降って来たリーマス殿か。」
リーマス「はっ、お初にお目にかかります陛下。此度はリングデルトの将として、陛下に刃を向けてしまった事、心からお詫び申し上げます。」
降将の身で在りながら、昨晩の内に寝返ったばかりのリーマスの姿に、帝都側の将官たちは一斉に身構えた。
するとシルバーは、"スっ"と右手を上げて将官たちを収めた。
シルバー「リーマス殿、詫び等はよい。それより、良く我らの元へ来てくれた。貴殿もリングデルトの将として、今回の戦に色々と思う所が合った事であろう。貴殿の思いは深く同情するぞ。」
リーマス「っ、はっ、ははっ。」
斬られる覚悟で謝罪をし、見事に皇帝シルバーからの直々に許しを得たリーマスは、思わず深々と頭を下げた。
この様子にシルバーは、一つ疑問に感じていた。
なぜ界人は、昨晩降伏して来たばかりのリーマスをわざわざこの席に立たせたのか、普通に考えて見れば、この重要な作戦会議の場において、降伏して来たばかりの将を招くなど、本来は有り得ない話だ。
例え、作戦の参考人として連れて込まれたとしても、日本国側の席から姿を見せるなど、帝都側の者たちからは、誰一人として予想がつかない事であった。
恐らくこの場に連れて来られたリーマスは、相当な覚悟で立っている。まず、周囲から冷めた視線を向けられる事は必然、下手をしたら殺さてもおかしくない状態である。
シルバー「……(分からぬ、なぜこんなリスクを犯してまで、謝罪を述べる必要があるのだ……。日本の流儀となれば話は別だが、このリーマスは日本国の者では無いのに、何故……、いや、界人殿の事だ、何かあるに違いない。)」
リーマスが頭を下げてから数秒の沈黙に、シルバーはリーマスの姿を観察した。
動揺を感じさせない謝罪の口上。
許しを得てからの深々と下げたお辞儀。
これにシルバーは、一つの答えを導き出した。
シルバー「っ、なるほど、そう言う事か。」
リーマス「えっ?」
界人「ん?」
シルバー「ふっ、なるほど、リングデルトの全将兵らが、本当にこの戦を望んでいる訳では無いと言うわけか。」
界人「っ、(さすがシルバー皇帝陛下だ。リーマスの誠意だけで察したか。)」
界人に取ってリーマスは、次なる作戦で必要不可欠な人物であり、作戦会議の場に加えたかった男だ。
しかし、例え日本国側が許しても、帝都側は許そうとしないだろう。
そのため界人は、リーマスを秘書として同行させ、直々の皇帝の許しを得る事で、帝都側の将官たちを納得させようとした。
更にリーマスは、後方の補給部隊を管理していた将であったため、前線で戦っている将と比べて脅威が弱い事から、シルバーの許し一つで作戦会議に加えられると考えていた。
界人「さすが、シルバー陛下。ご察しの通り、どんな大層な一軍であっても、中には好戦的ではない、侵攻に不満を持つ将兵が居るのです。」
シルバー「ふむぅ、だがしかし、戦を望んでいない者が居たとして、これからどう反撃すると言うのだ?今でも攻めて来る敵に対して返り討ちにしているが、当然その中にも戦いを望んでいない者たちが混ざっている可能性だってある、見分けるのは極めて難しいぞ。」
界人「シルバー陛下の仰る通り、そこが難しいところです。しかし、この戦況下でリーマス率いる部隊が一斉に離間した事で、おそらくリングデルトの陣では、少なくとも反好戦派の中では、動揺が広がっている事でしょう。」
心理を突いた界人の見解に周囲は驚いた。
圧倒的に有利と思える軍に起きた突然の離間は、誰がどう見ても"どうして"と思う事であろう。
まして、離間した理由が分かれば、まだ納得するだろうが、理由も分からず物資を持って夜逃げしたリーマスたちに、リングデルトの陣は次なる離間を恐れて動揺する事は目に見えていた。
シルバー「ふむぅ、動揺か。」
栄角「しかし界人?それでは、単なる敵前逃亡とかで済まされるんじゃないのか?」
界人「えぇ、このまま何もしなければ、そう言う解釈で終わるでしょう。しかし、今は敵の輪を乱す好機です。このまま悪い噂を流しつつ、離間を促します。」
栄角「促すか……。だが、どうするんだ。こちらが使者を送ったとしても、きっと門前払いだぞ。」
界人「十中八九そうなるでしょうね。ですので、地上からではなく、空から降伏勧告と悪い噂を記したビラをバラ撒きます。現にリーマスの件もありますから、効果は大かと思われます。」
景勝「空…、まさか、ワイバーン部隊を飛ばすのか?」
界人「まさか、それでは対空攻撃に晒されて死人が出るじゃないか。」
景勝「じゃあ、どうやって。」
界人「そうだな。風魔法で直接飛ばすか。あるいは無人の気球を用いて…、いや、それだとリングデルトの陣に着く前に対空攻撃で落とされるな。」
景勝「風魔法と気球って、なんか界人らしいシンプルな考えだな。」
栄角「ふむぅ、それなら風魔法で送った方が安全だな。しかしそうなると、風魔法を自由自在にコントロール出来る者が必要になるな。シルバー陛下、今の時点で心当たりはありますか?」
シルバー「うむぅ、弱ったな。我が国にも風魔法を巧みに扱える者は居るが、ちょうど西側の防衛で出払っているな。」
栄角「な、なんと……。」
界人「ご心配には及びません。風魔法を扱える者について、私に心当たりがあります。」
シルバー「おぉ、それは心強いな。差し支え無ければ、教えて貰えぬか?」
界人「はい、賢者ヴェンセント姉妹、リタとリルです。」
シルバー「っ、おぉ、それは凄い。帝都の変に続いて今回もお力を貸して頂けるのか?」
界人「はい、リタ、リル。」
リタ&リル「はい〜♪」
界人の呼び掛けを合図に、陽気な女の子の声が響いた。
すると、机で囲まれた中央のスペースに黄緑色の風が吹き荒れ、そこから黒い魔導師の服を着た瑠璃色の短髪美女と長髪美女が現れた。
ここで小話。
短髪美女は、長女のリタ・ヴェンセント。
長髪美女が、次女のリル・ヴェンセントである。
ちなみに、気になるスタイルの方は、胸を除いて高レベルである。
両津界人とは六年前に同じギルドに所属しており、一年くらいの付き合いであったが、界人は二人の事を娘の様に可愛がっていた。
当時の二人は、平凡な魔導師であったが、とある日に界人が所属ギルドを抜けると、二人も後を追う様にギルドを抜けた。
その後、とある街でハニトラに引っかかっり、あり金を全て奪われて途方に暮れていた大賢者キトー・レーマスと出会い。
知らずに助けてくれたお礼として、大賢者の最初で最後の弟子となった。
その後、二人は立派な賢者となり。
大賢者キトーは、二人の娘を実の孫の様に可愛がり、二人に群れる男たちを監視しては、脅したりして孫に群がる虫たちを追い払っている。
特に、帝都グレイムの千人将"ハイド" と、第一軍将"スカル"を要注意人物として敵視している。
実際、スカルはリタに恋焦がれ。
ハイドはリルに恋焦がれていた。
一方のリタとリルは、満更でも無い様子なのだが、二人を"おちょくる"のが好きなため、今は泳がしているのが現状である。
要するに、恋人未満の友達である。
そんな仲の良いお転婆姉妹だが、人前の礼儀は意外にもしっかりとしていた。
二人は皇帝の前で片膝を付き口上を述べた。
リタ「皇帝陛下、此度の参陣に遅れました事、我ら姉妹、心よりお詫び申し上げます。」
シルバー「っ、その様な詫びの口上は良い、どうか顔を上げておくれ。お二人は未来の大賢者だ、その様な方に再び助けて頂けるのは、我が帝国に取って光栄で嬉しい事だ。」
リル「お心使い痛み入ります。それでは早速…。」
リタ「ん、リル?(あれ、どうしたんだろう?)」
シルバーからの頼みに凛々しく顔を上げる姉妹。
すると、次女のリルは早々にシルバーに背を向けると、足早に界人の目の前まで迫ると俯きながら肩を震わせた。
界人「えっ?り、リル?どうした?」
リル「…っ///界人お父さ〜ん♪」
界人「なっ、うわっ!?」
リタ「っ!?リル!?」
シルバー「……えっ?」
涙目になりながらも、笑みを浮かべて界人に抱き付いたリルは、そのまま界人を椅子から押し倒した。
景勝「はぁ……。(界人の子供になる子たちは、みんな逸材だな。)」
栄角「ふぅ。(全く、界人も罪な男だ。)」
突然の事態にキョトンする一同。
しかし景勝と栄角は、界人と姉妹の関係を良く知っていたため、驚くと言うよりも恥ずかしい思いで一杯であった。
リル「お父さん♪お父さん♪ナデナデしてください♪」
界人「えっ、な、ナデナデって、えっと。」
刺さる視線と甘える娘に困惑していると、そこへ姉のリタが助けに入った。
リタ「こら〜、リル!皇帝陛下の前で何をしてるの!?甘えるのは会議が終わってからって約束したでしょ!?」
界人「お前たち、そんな約束してたのか。」
リタ「っ、こほん、ごめんなさい界人さん。実はリル、ここ最近お父さんシックになっちゃって、界人さんの写真を部屋中に張っては、擬態人形まで作ってナデナデしてもらっているんですよ。」
界人「おーい、おいおい、そう言う事は、ここで言わなくても良いと思うけどな〜?てか、そんな気持ち悪い事してるのか?」
リタ「はぁ、その気持ち悪い事をする様になったのは、界人さんのせいですよ?」
界人「えっ?俺のせい?」
リタ「そうですよ。帝都の変以降に、私とリルと約束した月二回の面会……、先月忘れてませんか?」
界人「月二の面会……っ!?」
リタ「はぁ、やっぱり忘れてたのね。私はともかく、我慢に耐性のないリルは厳しいわよ?」
界人「うぅ、すまん。色々と立て込んでて……。」
帝都の変以降、密かに結んだ約束を忘れていた界人に、景勝と栄角は、冷たい視線を送った。
景勝「娘の様に可愛がっていた癖に、そんな大切な約束を忘れてたのかよ。てか、先月忘れてるって事は、帝都の変が起きた六月は守っていたとして、翌月には破ってるじゃないか!?」
栄角「はぁ、界人よ。取り敢えず、会議を抜けて二人を落ち着かせて来なさい。」
界人「……はい。」
恋人ではなく、何故か子供を増やしてしまう界人は、当に成人しているリタとリルと共に、冷たい視線を向けられながら会議室を後にした。
すると、数秒後。
会議室から大爆笑が響いた。
それはそうであろう。
三十後半のおっさんが、不本意にも二十歳を超える姉妹にしがみつかれながら、会議室を後にするその姿は、まさに滑稽であった。
言い換えれば、ハニートラップに引っ掛かった、おっさんの様な光景である。
当然この笑い声は、界人の耳にも入っており、甘えて来る姉妹に対して、赤面しながら頭を撫でるのであった。