第三百九十五話 異世界皇女戦記英雄譚その18
月明りが照らす真夜中の異世界。
天を見上げれば、月の光に負けじと無数の星々が群れとなって輝いていた。
普段と変わらない平和な夜空に、現在地上で起きている血生臭い群雄割拠など、夢の様に思える程であった。
しかし、現実は残酷であった。
異世界に広がるは、欲望に囚われた者たちによる戦火。
奪い、奪われ、返り討ちと、戦火を起こす者たちは、己の本懐を遂げるか、誰かによって目を覚ませてもらうか。
そうでなければ、この下らぬ戦に命尽きるまで、彼らの侵攻は止まることはないだろう。
旧エルバ国とルクステリア国境付近。
月の光が照らす地上には、筋肉ムキムキの如何にもチート系の老人が、ルクステリアへ侵攻して来たドル公国軍に大制裁を加えていた。
ギリシャ神話に出てきそうな筋肉ムキムキの老人こと、"佐渡金守"は、ドル公国軍の総大将を始め、先頭にいる兵士たちから順に容赦なく、げんこつ、ビンタ、掴みからの投げ飛ばしなど、死ぬ程痛いが死なない程度の制裁を加えた。
ちなみに、ドル公国軍全体的の制裁時間は、約三十分。
本気を出せば五分足らずで壊滅させられる所だが、それでは死人を出してしまうため、やむ終えなかった。
全体的な制裁を加えた金守は、次に個人制裁を始め、総大将を始めとした将官クラスの者に対して、熱い愛(憎悪)を込めた高速お尻ペンペンの刑に処した。
愛(憎悪)を込めたお尻ペンペンは、一発目から泡を吹いて失神する程の威力にも関わらず、金守は手を止めることなく容赦なく叩きまくった。
腫れるケツの血潮(?)
地上を鼻血や口を切った程度の少量血で染めた金守は、ドル公国軍のプライドと戦意を悉くへし折り、更には、ドル公国軍の兵士たちを整列させ、将官のお仕置きが終わるまで、その場に数時間も正座させたのであった。
時刻は八月十六日、午前零時五十分。
ようやく、将官クラスのお仕置きが終わると、金守は有無を言わさず、将官クラスの者たちを先頭に整列させ、その場に正座させた。
金守「さて、今回は終戦記念日も重なって、お主らの命までは取らなかったが…、どうじゃ、目は覚めたか?」
エボンド「ふぁ…ふぁふ…。」
金守の問いに、両頬とケツが腫れ、色々と凄いことになっているドル公国軍総大将の"エボンド"は、圧倒的な強者の前で情けない声を発した。
金守「うむうむ、んで、ガビッド、お主はどうじゃ?本当なら再びパーセル湖に沈めてやりたいところだが…。」
ガビッド「っ、んんっ!?しょ、しょふぇはおひゅるひくらふぁひっ!?(通訳、それはお許しください。)」
金守「しっかり喋らんか!」
ガビッド「ふぶっ!?(理不尽!?)」
明らかに上手く話せないと分かっていながらも、金守は、必死で許しを乞うガビッドに対して容赦なく腫れた頬にビンタを見舞った。
相当、過去にしでかしたガビッドの悪事に、強い因縁があるのだろう。
金守「さて、お主らに一つ質問しよう。今、わしが暮らしている世界の時計では、既に零時を過ぎて一時になろうとしている。ちなみに、この意味が分かる者はいるか。」
現実世界と異世界との交流が、十年も経っている現在。
現実世界の影響を大きく受けている異世界では、多くの文化や記念日を参考にして、祭や式典などを設けて盛り上げられている。
例として、ルクステリアの街で開かれるはずであった、未来を繋ぐお祭り"フューチャー・コネクト・フェスティバル"が、その一つである。
しかし、自国の者が他国の記念日や文化を全て知らない様に、ドル公国もまた、日本文化を詳しく知っているわけではなかった。
そのため、昨日の十五日が、終戦記念日にしてお盆の最終日であることに、仲には知っている者は居るであろうが、認知度はかなり低いものであった。
仮に知っていたとしても、目の前に居る世にも恐ろしい筋肉爺の前で、大層な口上を述べるなど、並外れた勇気が無いと無理である。
しかし、今のドル公国の兵士たちにその勇気はない。
金守「ふむっ、誰も知らぬのか…。十年経っても浸透が薄いとは、困ったものだな。」
誰も声を上げない中、金守はエボンドの前で蹲踞をすると、ある意味強い顔を近づけると、目を合わせながら答えを発した。
金守「正解はな。祖先を祀り、愚かな戦争で犠牲になった人々を祀る日が終わった…と言うことじゃ。」
エボンド「っ、ふぁ、ふぁひ…。」
金守「その様子じゃと、まだピンと来ぬ様じゃな。よかろう、ならば率直に言おう。…今日から平和を乱す輩に正義の鉄槌を下すって意味じゃよ。」
エボンド「っ。」
心の底から恐怖を掻き立てる金守の言葉に、エボンドは視線を逸らそうとしたいが、金縛りの様な感覚に襲われ、生気を感じられない金守の漆黒の瞳を見ながら体を震わせた。
金守「さて、ここで選んでもらおうか。貴様らが知る情報を全て吐いて罪滅ぼしの先陣を務めるか。それとも、ここで死ぬか。」
エボンド「っ…ふぅ…ふぅ…。」
金守「お前さんの選択一つで、この場に居る全将兵の運命が決まるぞ。」
心の底まで追い詰めたエボンドに、更なる命の重みまで上乗せた金守は、右手の指を"ボキボキ"と鳴らしながら答えを待った。
するとその時、微かにルクステリアの方角から花火の様な爆発音と共に、けたたましい声が響き渡って来た。
金守「…おやおや、どうやら、わしより厄介な連中が来た様じゃな。さて、ドル公国軍の総大将よ。いよいよ、猶予はなくなったぞ。無惨に鉄槌をくだされるか。それでも、泥を被ってでも生き残る修羅の道を進むか。さぁ、選べ…。」
エボンド「っ…ぅぅ。」
決断を出せない程まで追い詰められたエボンドに、金守は敢えてエボンドにしか聞こえない声で語りかけた。
金守「…五…。」
エボンド「っ!ひょっふぉまへっ!?」
最後のチャンスに、それでも渋るエボンドに対して、金守はわざとカウントダウンを始めた。
金守「四…三…。」
当然、答えにならない答えは全面無視である。
金守が聞きたいのは、提案に乗るか、乗らないかであった。
エボンド「ふっ、ふぉいっ!?きいへるのか!?」
金守「二…一…。」
エボンド「っ!?わ、わかっひゃ!お、おぬひゅの言うふぉうりにひゅる!」
金守「ふっ、じゃあ…、貴様らが知る話を全て聞かせてもらおうか。」
言質を取った金守は、早速エボンドから外道国家ジレンマについての情報と、並びにパーセル五湖国、東の情勢、南のジークフリーデン国を含めた近隣諸国の情報を聞き出した。
どうやら、外道国家ジレンマと"反帝都"との同盟関係は無く、むしろ互いに交戦している程であった。現に、海を渡ったジレンマ軍によって、反帝都側の一国が攻め滅ぼされ、東西を結ぶ動脈、中立国家サルベール侵攻への足掛かりとなっていた。
外道国家ジレンマの狙いは、帝都グレイムを落とす事よりも、利害が一致する国々と同盟を結び、狙った獲物(国、里など)を確実に手中に収めて、徐々に勢力を増やすことであった。
そうすることで、欲望に囚われた者たちは、更なる欲を求めて自然と勢力を伸ばし、ゆくゆくは帝都より大きな連合国を作り上げ、帝都グレイムを裏で操る国として君臨する闇の国家を作ろうとしていた。
現にその結果、東の半分と南のほとんどは、外道国家ジレンマの息のかかった国家、あるいは占領地である。
更に、パーセル湖より北東の位置にあるパーセル五湖国の一国、ペソル公国が反帝都側に組していたことが判明。
しかしこれは、既に日本国と帝都グレイムの調べで明らかであった。なぜならペソル公国は、元より北方の隣国マダル王国と同盟関係を結んでおり、戦に参加しない代わりに、補給物資を支援していたそうだ。
金守「なるほどな。今の話で大体の勢力が把握できた。今は反帝都よりも、この外道国家ジレンマと言う国が厄介じゃな。」
エボンド「…わ、私が知る話は以上です。」
金守「ふぉっふぉっ、ならば早速…いや、ここは彼らが来るまで待つとしようかの。」
エボンド「か、彼ら?」
金守「なんじゃ聞こえぬのか?ほら、ルクステリアの方角から…あっ、いや、あそこはフルロジカルの方か。まあ、どちらにせよ。あの怒りを込めた咆哮が聞こえぬとはつくづく愚かな奴じゃ。」
エボンド「…怒り…ま、まさか。」
金守「さて…、スゥ~、一般兵士諸君!今からありったけの松明に火をつけて、太鼓とドラを鳴らせ!」
勇ましい金守の第一声に、ずっと正座させられ、早くこの地獄から解放されたいと願っていた一般兵士たちが、次々と立とうとする。
しかし、長時間の正座で足が痺れてしまい、多くの兵士たちは何とも言えない感覚に悶絶しながらその場に倒れ込んだ。
金守「こら、何をしておる!さっさとせんば、全員ここで死ぬぞ。」
恐怖を煽る様な金守の第二声に、兵士たちは慌てて松明に火をつけて頭上より高く掲げた。音楽隊もなりふり構わず雑音を鳴らした。
これにより、フルロジカルより出陣した先陣は、奴らを見つけたと言わんばかりの勢いで、ドル公国軍へ向けて激走した。
そして三十分後。
殺伐とした閧の声が鮮明に響き渡り、バンバンと夜空へ向けて打ち上げる花火が、迫って来ると金守は少し前に出た。
金守「さて、どう止めてやろうかの。」
怒りに身を任せて、かなり暴走しているルクステリアの先陣に、金守は両手の関節を鳴らしながら"どう止めてやるろうか"と、今更考え始めた。
徐々に松明を持った先陣部隊が現れると、そのまま怒涛の勢いで迫って来た。
もはや、言葉では止まらないと判断した金守は、拳に力を込めると、そのまま勢い良く地面に叩き込んだ。
すると地面は、ルクステリアの先陣に向けて、地割れと共に大きくうねり出し、大きな爆音と共に百人近くの人たちが上空へと打ち上げられた。
想定外な攻撃に思わず足を止めたルクステリアの先陣は、正面にいる見た事のある筋肉ムキムキの老人に注目した。
金守「止まれ!ルクステリアの人々よ!」
男性「っ、か、金守のじいさんか!?」
男性「な、何でこんな所に居るんだ!?」
金守「慌てるでない。今ちょうど、ここにいるドル公国郡の兵たちを摂関した所だ。昨日のフルロジカルへ侵攻した件も既に聞いているぞ。」
男性「な、なら話は早いな。それなら、そいつらの身柄を渡してください!直ぐに首を跳ねてやりますよ!」
男性「そうだ!しかもそいつらは、外道国家ジレンマと結託した賊軍ですよ!」
一件、ドル公国軍を庇っている様に見える金守に、多くの男たちが殺伐とした空気の中で皆殺しを望んだ。
金守「…お主たちの気持ちはよーく分かる。わしも"フューチャー・コネクト・フェスティバル"を楽しみにしていた一人じゃ。」
男性「そ、それなら即刻そいつらを血祭りに…。」
金守「まあ、少しは冷静になれ。まあ確かに、外道を成敗する事にわしは何ら否定はしない。むしろ滅ぼすべきだと思っておる。じゃが、この群雄割拠の状況、少しは頭を使わないと肝心なところでバテてしまうぞ。」
男性「っ、で、では、何をしようと言うのですか。」
金守「こやつらに先陣切って戦ってもらうんじゃよ。目には目を、歯には歯を、外道には外道を…な。」
男性「ま、まさか、そんなのドル国の連中がなっとするわけ無いですよ!」
男性「そ、そうだ!そんな事をしても隙を見て逃げ出すか、寝返るかの二択ですよ!」
金守「案ずるな。こやつらの監視はわしがやる。もし逃げたり、下手な真似をしたら、わしは容赦なくこやつらを殺す。ただ一つ、もしこの戦いで生き残った者がいたのなら、どうかその者を許してやってほしい。」
男性「っ、な、なるほど…、命を懸けた償いと言うわけですね。」
男性「さ、さすが、金守のじいさんだ。」
金守「ふっ、話が分かったのなら、早速この面子でエルバ公国を奪還するぞ!!」
金守の大号令にルクステリアの先陣は、高らかに雄叫びを上げた。
その後、金守率いる一隊は、有言通りドル公国軍を先陣に立たせて、怒涛の勢いでエルバ公国へと向かうのであった。