第三百九十二話 異世界皇女戦記英雄譚その15
平和を望むルクステリアの人々は、哀れにも乱世の風に煽られ戦火を起こした某国軍に対して、ルクステリアの街から東にある"フルロジカル"の街にて迎え撃った。
エルンスト国の領地なれど、国レベルに栄えているルクステリアは、帝都グレイムに次ぐ異世界交流の要衝である。つまり、帝都グレイムが異世界交流の心臓部なら、ルクステリアの街は異世界交流の大動脈である。
幸い初戦の防衛は、その場しのぎの戦果ではあったものの、某国の戦意を大幅に挫かせる戦果を上げた。
平和の使者をくじ引きで決め、運悪く当たった吉田鷹幸を敵陣に送り込み、誤解されそうな嫌らしい展開から始まり、不意を突いた至近距離からの三尺玉の打ち上げ、そして八首の大蛇の出現、トドメの一尺玉以上の連発花火。
花火の轟音に続いて、八首の大蛇の威圧感に圧倒された某国軍は、一時国境まで撤退した。
一方で、大輪の火花によって焼け落ちた某国の陣に、ポツンと残された中二病全快の吉田鷹幸は、某国の将兵によって無理やり飲まされた"スピリタス"の酔いが回り、八首の大蛇、"紗曇"にもたれかかった。
紗曇は健気にも、酔った鷹幸が再び目をしまして暴れない様に、自らの体を使って鷹幸をグルグルにすると、そのままフルロジカルへ帰還した。
桃馬「ふぅ。な、何か、思っていたのとは違ったけど、うまく追い払えましたね。」
エルドリック「うーん、そうだな。てっきり、紗曇と共に暴れるかと思ったが、威嚇だけで済んだな。」
ランドルク「あははっ。おそらくだが、花火の音のお陰で、鷹幸の理性が半分くらい残っていたのかもな。」
憲明「そうかもですね。紗曇くんを出した時は、最後に先生をどう止めようかと考えましたよ。」
桃馬「だな。でもまあ、今はシャルたちと楽しそうに遊んでいる様子だし、先生が暴れても紗曇くんが止めただろうな。」
桃馬の視線の先には、多くの人たちが八首の大蛇と戯れている、何とも微笑ましい光景が広がっていた。
先の防衛戦で、窮地に陥った吉田先生を助けるべく、予告なしで三尺玉花火を打ち上げた"魔王"シャルは、咄嗟の行動から勝利を産み出した事で、多くの人たちから称賛されていた。
菓子屋の主人A「シャルちゃんの行動力には、いつも驚かされるよ。ほら、これでも食べてくれよ。」
シャル「うむ、ありがとうなのだ~♪」
菓子屋の主人B「うわっ、抜け駆けはずるぞ!なあシャルちゃん、後でうちの"うさまる"をたくさん食べさせてあげるからね。」
シャル「ぬわっ!?あの"うさまる"を馳走してくれるのか!?」
"うさまる"
シャルノワール店の名物。
ウサギを型をした白いお饅頭である。
菓子屋の主人B「もちろんだよ。」
菓子屋の主人A「っ、な、ならうちは、"くまっぺ"を馳走してやるよ。」
"くまっぺ"
シャルフェール店の名物。
可愛い熊の顔を型取った、もちもち食感と、中のカスタードクリームが癖になるスイーツである。
シャル「なぬっ!?くまっぺとな!?」
菓子屋の主人B「ふっ…、ならうちは全品食べ放題にしてあげるよ。」
菓子屋の主人A「そ、それなら、うちもだ!」
お得意様でもあり、実の娘の様にシャルを甘やかす、二人の菓子屋の主人。
すると二人主人の背後から、二人の奥さんだろうか。
フライパンを持った二人の女性が近寄ると、
二人の後頭部をカツンっと叩いた。
菓子屋の奥さんA「ごめんね、シャルちゃん。うちのバカが言い寄っちゃって。」
菓子屋の奥さんB「むさ苦しい親父たちは、私たちが回収するから、シャルちゃんはお友達と遊んできなさい。」
シャル「し、しかし…お菓子が。」
お菓子の奥さんA「大丈夫よ。お菓子の方は後でたくさん用意するから。」
シャル「おぉ~、それは楽しみなのだ。それより二人は大丈夫なのか?」
菓子屋の奥さんA「あぁ~。大丈夫大丈夫、いつもの事だから。」
菓子屋の奥さんB「そうそう。いつもの事。」
物騒な日々を日常と言う二人の奥さんは、シャルを崇拝する旦那の首根っこを掴むと、引きずりなからその場を後にした。
ここで小話。
どうして二人の主人がシャルを可愛がるのか。
これは今から三ヶ月程前の事、異世界では帝都の変が鎮まり、一時の平穏が訪れていた頃のお話。
当時は、隣同士で小さなお店を構えながら、
工芸菓子専門の"ノワール"と、焼き菓子専門の"フェール"が、慎ましくそれなりの暮らしをしていました。
お互い商売仇とは思っておらず、
むしろ互いの味に惚れ込み合う中でした。
そんな二つのお店が飛躍的な成長を見せたのが、
お腹を空かせてグズリだしたシャルに、頭を抱えるギールたち、"フォルト家"の出会いでした。
この時ギールは、財布を部室に置き忘れており、
無一文の状態に困っていました。
そんな様子を見ていた二人の主人は、
不思議とお店お菓子をシャルたちの元へ届け、
見た目は幼女、心は…一応大人のシャルに与えました。
すると、シャルは大喜びで頬張ると、
"最高に上手いのだ~"、と可愛げに言いました。
それからと言うもの、異世界での活動後には、決まってシャルは二つのお店に行くようになり、しばらくギールの財布を痛め付けました。
シャルの胃袋を掴んだ二つのお店は、シャルを喜ばせるために、お互い競い合う様に商品を増やしては研究し、気づけば、たった二ヶ月で小さなお店から有名店まで上り詰め、今では良きライバル同士となりました。
そして、お店の名前も。
シャルの名前を取り、
シャルノワール。
シャルフェール。
と、可愛い魔王を崇拝する気持ちを込めて、
改名したのでありました。
ちなみに、シャルが一人の時、あるいは同伴が豆太である時は、必ず好きなお菓子を渡すそうです。
しかし、ディノとギールのどちらかが同伴だと、お金を出そうとするため、ダダで上げたくても上げられない事が多く、そのため二人の主人は、おまけと称して渡す作戦を使っているそうです。
話は戻し、
多くの人たちがシャル様コールを響かせる中、
その一方で、紗曇と戯れる異種交流会たちはと言うと…。
桜華「ふへぇ~♪紗曇くんひんやり~♪」
リフィル「この肌触りは夏に最適ですね~♪」
ルシア「あぁん♪こら~、尻尾の辺りを刺激しないの~。ひゃぁん♪」
時奈「ふむふむ、(ルシアの弱点は尻尾の付け根か。大半のサキュバスは、尻尾の先端と聞くがルシアの場合は逆なのだな。)」
小頼「ごくり…ふ、ふふ。(そろそろ触手ネタに飽きてきた頃に、こんなプレイとは…、なるほど…、触手を蛇に変えて…、蛇に噛まれた美女たちは、感度数千倍の体に改造され……ぐへへ。そして蛇の生殺しの様に、感度爆上がりの美女たちを…ふひぃ~、これは売れるかも。)」
巻き付く蛇肌を堪能している美女たちの姿に、
小頼は、変態的な思考で創作意欲を燃やしていた。
しかし、実際の紗曇は、小頼が思う程の変態的な思考は持ち合わせていなかった。
豆太「紗曇くん良く頑張ったね♪」
紗曇「しゅるるっ。(豆太~!ごわがっだよぉぉ~っ。)」
豆太「あわわっ!?よ、よしよーし、紗曇くんは頑張ったよ~?」
見かけによらず心がピュアな紗曇は、主人である鷹幸の次に信頼している豆太に慰めてもらっていた。
紗曇「しゅるるっ。(まめだぁぁ~。)」
豆太「うぐぐぅ!?しゃ、しゃだんぐん…ぐ、ぐるじぃ~。」
優しすぎる豆太の抱擁に心を打たれた紗曇は、嬉しさのあまり豆太のか弱い体を力強く締め付けてしまう。
紗曇自身、強く締め付けているつもりはないのだが、実際は、洒落にもならない程の強さで、器用に豆太だけを締め付けていた。
予期せぬ生命のピンチに、豆太は助けを求めようとするも、紗曇の"ひんやり"とした"ぶっとい"体に口元を塞がれ、とうとう声が出せない状態になってしまった。
一見、大蛇が小狸を捕食しようとしている光景だが、周囲の視線は仲の良いじゃれ合いだと認識してしまい、誰も助けようとしなかった。
徐々に酸欠気味になるに連れ、豆太の瞳も徐々に白目を向き始め、気を失う寸前まで追い詰められた。
するとそこへ、愛する恋人が人前で喘ぐ姿を凝視していた一人の緑髪の男子が、徐々に弱まる豆太の妖気を察知した。
京骨「…っ、(誰かの妖気が弱まってる…。しかも、近い…。)」
さすが、大妖怪"がしゃどくろ"の末裔。
妖気の変化には敏感であった。
湯沢京骨は、人前でも構わず喘ぐルシアから視線を逸らすと、徐々に妖気が弱まる誰かの元へ向かった。
京骨「…(裏まで回ったけど、一体誰が弱わってるんだ。)」
弱まる妖気は感じるも、妖気の元が特定出来ない京骨は、辺りをキョロキョロと見渡した。
すると、違和感を感じさせる蜷局の様な所から、狸の尻尾がはみ出していた。
京骨「…尻尾。っ、あれは、豆太くんのか!?」
一目であの尻尾が、豆太のものだと分かると、
京骨は慌てて駆け寄った。
京骨「お、おお、お、おい、こら紗曇!?豆太になにしてんだ!?」
紗曇「…!?(な、な、何でしょうか!?)」
豆太「うぶぶっ…ブクブク。」
京骨の声に驚いた紗曇は、
思わず豆太の締め付けを強めた。
京骨「と、取り敢えず豆太を解放しろ!豆太を絞め殺すきか!?」
紗曇「…しゅるっ!!?(ふぇ、はわわ!?ま、豆太!?)」
京骨の必死な警告に、
紗曇は慌てて完全にキマッた豆太を解放した。
豆太は泡を吹き出しており、
そのまま倒れ込んだ。
京骨「っ、ま、豆太!?」
紗曇「しゅるるっ(ま、豆太ごめんよ!?大丈夫かい!?)」
豆太「ブクブク…。」
さすがに、笑い事ではない状況に、じゃれ合いかと思っていた周囲も慌てて豆太の救護に入った。
その後、
酸欠で落ちた豆太は、無事意識を取り戻すも、
誤って豆太を落としてしまった紗曇は、魔王の姿に戻ったシャルにこっぴどく叱られたそうな。