第三百八十九話 特別記念話 天下覇道編 16
未だ多くの選手たちが健在の中、そろそろ決着を着けようと、徐々に試合の激しさが増していく第一回戦第六試合。
その一方、試合どころか私情に走り主人である佐渡桃馬を押し倒したジェルドはと言うと、とうとう悲劇が起きた。
試合開始早々、桃馬に跨がり公開セクハラを楽しんでいたジェルドであったが、試合の激しさが増した事により、高田海洋と柏崎岬の激闘に捲き込まれてしまった。
海洋の張り手をもろに受けて飛ばされた岬は、桃馬の体に下半身を擦り付け、桃馬の焦る反応を楽しんでいたジェルドを捲き込んだ。
更にここで、岬が生まれ持つ不幸属性が発動。
ジェルドを捲き込んだ後、たまたまジェルドとキスをしてしまうハプニングを起こした。
岬&ジェルド「っっ~~!!!?」
事故とは言え、寝取られに近い展開に、
会場は大いに荒れた。
桃馬とジェルドのカップリングは、春桜学園の名物であるため、この展開に同学年の男子たちを筆頭に大ブーイングを起こし、女子からは歓喜と悲鳴の声が木霊した。
ジェルド「おぇぇ~っ!な、何しやがる岬!!」
岬「うえ~っ!そ、それはこっちの台詞だジェルド!何ぶつかった際に抱きついてんだ!?」
ジェルド「っ、そ、それは反射的…にだな。」
岬「反射的だ~??んっ…っ!!!?」
ジェルド「ん?どうした…後ろに誰かいるのか…わぅっ!!?」
観客席に視線を向けた岬が、かなり慌てた表情で動揺していると、ジェルドも釣られて後ろを振り向いた。
するとそこには、冷徹な眼差しと、軽蔑した表情で見下ろす、岬の恋人にして春桜学園臨界制生徒会長シルフィーナ・コードルトと、一応ジェルドの恋人である長岡小頼がいた。
シルフィーナの腰まで伸びた美しい金髪ポニーテールが、謎の力で逆立ち無言の重圧を放ち。更に小頼は、笑みを浮かべては"何やってるのかな~"と、肌で感じる様な圧を放っていた。
岬「し、しし、シルフィー…え、えっと~。」
ジェルド「ごくり…。(こ、小頼は、俺にキレてる訳じゃないよな…。)」
小頼の矛先が自分てないと思うジェルドは、
岬から距離を取り、少し立ち位置を代えてみた。
しかし、小頼の顔が追尾していたため、
ジェルドは大人しく元の位置に戻った。
無言の圧から十数秒後。二人の背後から岬を張り飛ばした海洋と、ジェルドの行き過ぎた行為にキレた桃馬がジリジリと迫ってくる。
桃馬「ジェ~ル~ド~。てめぇ~、良くも好き放題辱しめてくれたな~。」
ジェルド「わふっ!?あ、いや…、ま、待て桃馬!?あ、あれは、ち、違うんだ。」
桃馬「へぇ~、何が違うんだ~??どう考えてもあれは間違いもないだろ~??」
ジェルド「え、えっと…、その…(や、やばい…焦って意味分かんないこと言ってしまった…。間違いで済む事じゃないよ。)」
桃馬「さて、覚悟は決めてもらおうかジェルド…。」
桃馬の瞳には怒りが込められており、目を合わせるだけでも背筋が凍る程であった。しかも桃馬は、指の関節をボキボキと鳴らしながら迫って来ているため、これ以上の言い訳は、更なる怒りを買うことになるだろう。
ジェルド「わ、わぅ…。(や、やばい…こうなったら、ショタになるか、犬の姿になって甘えるしか、助かる道はない。)」
桃馬「あ、そうだ。ショタの姿になったら助かるなんて思うなよ…。」
ジェルド「わうっ!?」
心を読まれたジェルドは、
耳と尻尾を直立させ分かりやすい反応を見せた。
桃馬「やっぱり考えていたか。」
ジェルド「ご、ごご、ごめん桃馬!?こ、今回は調子に乗り過ぎた。も、もうこんな事はしないから許してくれ~!?」
桃馬「問答無用!」
ジェルド「わうぅ~~っ!!?」
あまり異世界との交流で得た力に依存したくない桃馬でも、今回ばかりは駄犬ジェルドのお仕置きのために、大量の魔弾を打ち込んだ。
一方、その近くでは…。
柏崎岬を張り飛ばした高田海洋が、
恋人に凝視されながら硬直する岬に接近していた。
海洋「岬よ~?臨界制の生徒会長様に睨まれてるが大丈夫か?」
岬「これが大丈夫に見えるか。」
海洋「見えんな。」
岬「…うぐっ。」
海洋「…ふぅ。シルフィーナ生徒会長。」
シルフィーナ「ん?何でしょうか。」
海洋「申し訳ないのですが、事故とは言え、痴話喧嘩の方はこの試合の後にしてもらいたい。どのみち試合場に居ては手も足も出せないでしょうから、岬を秒で片付けてそちらへ届けます。」
岬「っ、か、海洋!?」
助言と思った海洋の言葉であったが、蓋を開けてみれば、しばいた後に"虎の居る檻へ放り込む"様な内容に慌てて声を上げた。
シルフィーナ「…岬は、黙ってなさい。」
岬「ひっ…は、はい。」
海洋「…では、約束通り秒で終わらせます。」
岬「はぁっ!?何言って…へぶっ!?」
両腕を上げた海洋は、
岬の振り向き様に勢い良く岬の両頬を叩いた。
そのダメージは岬の視界を歪め、
その場に倒れ込んだ。
これにより、ジェルド・シグルード、柏崎岬、
二名のリタイヤが確定した。
ここでようやくメインの二人がリタイヤすると、長引いた均衡が崩れ始め、更なるリタイヤの兆しが見え始めた。
次なる兆しは、戦いに破れて動揺する犬神の姿を堪能しながら、迫り来る選手たちを容赦なく返り討ちにしていた豆太であった。
何とも腕っぷしが強くなった豆太であるが、
豆太の身を案じて妖刀を貸し出した直人は、まさかシャルの魔力が妖刀に込められているとは知るはずもなく、豆太の異変に疑問を感じていた。
直人「…やっぱり、何かがおかしいな。」
リール「ん、何がおかしいの?」
直人「っ、あ、ごめん。声に出てたか。」
エルン「もしかして、豆太くんの事ですか?」
直人「ま、まあな。豆太が大きな怪我をしない様に妖刀を貸したんだけど、うーん、何か別の力が入ってる様な気がしてな。」
エルン「別の力…、っ、そうか。今の直人は妖刀を手放しているから、妖気と魔力を感じないのか。」
直人「魔力…、そうか、ちなみに誰の魔力か分かるか?」
エルン「うむ、探ってみよう。」
リール「わ、私もやる~。」
妖刀を手放した事で、一般の人間レベルになっている直人は、二人の嫁に頼んで豆太に纏った魔力が誰の物なのかを調べてもらった。
リール「う~ん、ん?んん?」
エルン「…ふむ…ふむ、なるほど。」
二人は魔族とは言え、人の姿をしたリールよりも、サキュバスであるエルンの方が、魔力センサーは強かった。
直人「な、何か分かったか?」
エルン「…直人の妖刀に、シャル様の魔力が込められています。」
直人「なっ!?シャルの魔力だと!?」
リール「ふぇ!?そ、そんな事出きるの!?」
直人「う、うーん、妖気を込められるなら魔力もいけるだろうな。でも、いつの間に魔力を…、っ、まさか晴斗の奴…シャルに声をかけられて渡したな。」
エルン「その可能性が高いでしょうね。」
リール「で、でも、妖気と魔力を合わせたら、豆太くんの体は持つの!?」
直人「分からない…。けど、俺も二人から…その…、時々魔力をもらうだろ?、だから、たぶん大きな問題はないとは思う。それに、あの姿になっているのも妖気と魔力による一時的なものだろうしな。」
リール「そ、それなら安心だね~。」
直人「けど一つ気になるのが、妖刀に込められた魔力と妖気の量だ。今段階で見ると、おそらく中毒を起こしている…かも。」
リール「ふぇ!?全然大丈夫じゃないじゃん!?」
エルン「そ、それなら一刻も早く豆太くんを妖刀から引き剥がさないと…。」
直人「…そうしたいが、向こうに行く手段がないよ。それに、豆太の様子を見るに魔力と妖気の消費量はかなり激しいはず、どちらかが切れるまで待つしかない。」
エルン「そ、そんな…。もし、妖気が先に切れてしまったらどうなるのだ。」
リール「そ、そうだよ!?あの妖刀は直人の命なんでしょ!?」
直人「そ、そう心配はするな二人とも。妖刀を手放す際に、生命維持ができる程の妖気は体内に確保しているから。」
エルン「そ、そうか…。」
リール「ふえ~、焦ったよ~。」
直人の生死に関わる様な事はないと分かった二人は、
安堵のあまり、そっと胸を撫で下ろした。
そもそも、豆太のためとは言え、自分の魂とも言える妖刀を何も考えずに貸す程、直人は天然ではなかった。
そして視点は、豆太と犬神様の方へ戻し。
犬神様と豆太のやり取りは、ジェルドと桃馬の様に押し倒す様な事は一切なく、ただ闇落ちした豆太が、動揺する犬神様の表情を楽しむ程度であった。
豆太「犬神様~、その弱々しい目を開けて、もっと激弱な表情を見せてくださいよ~。」
犬神「…っ、も、もう良いだろ…。離せよ…。」
拘束陣によって全身動けない犬神に、
豆太は遠慮なく愚行を働いていた。
対して犬神は、メンタルがボロボロになりながらも豆太の要求を無視していると、豆太は犬神の耳元で、自分に取って有利な条件を出し始める。
豆太「…ふっ、じゃあ、やめる代わりに条件があります。」
犬神「条件だと…。」
豆太「はい、まず一つ目は、ここで敗けを認めてエルゼから手を引くこと…、二つ目は、もう"僕"の事を下で見ないこと…、三つ目は、そうですね。」
犬神「ま、まだ、あるのかよ。」
豆太「はい、もちろんです。だって、犬神様は"僕"の……あれ?」
犬神「…な、なんだよ…ん?っ!?」
豆太を喜ばせないため、目を閉じて会話をしていた犬神は、徐々に豆太の口調と勢いが弱まっていくのを感じると、恐る恐る片目を開いた。
するとそこには、普段の小さくて弱々しい豆太が立っていた。
豆太「は、はわわ!?ぼ、僕は、い、いいっ、一体何を!?」
おそらく妖刀に込められた、
魔力か、妖気が切れたのだろう。
豆太は記憶を残したまま、我に返った様だ。
豆太の脳内は、夢の様な記憶から一変、恥ずかしい黒歴史レベルの記憶が脳内を占拠してしまい、豆太は思わずその場から逃げ帰ってしまった。
もし豆太が、魔力か、妖気による中毒を起こさずに試合をしていれば、確実に決勝まで駒を進めていたであろう。
豆太は犬神との対決に勝利するも、
勝負に負けてしまったのであった。
残念であるが、
ここで豆太は戦意喪失のためリタイヤである。
これにより、大きな災難を越えられた犬神であったが、結局、強力な拘束陣から抜け出す事ができず、その後は、藤井尚真と新発田孔真の激闘に捲き込まれてしまい、敢えなくリタイヤすることになった。