第三百八十五話 異世界皇女戦記英雄譚その13
帝都グレイムでの本国決戦が刻々と迫るにつれて、
"一部を除く"帝都の将兵と、現実世界から集まった義勇志士らに緊張が走っていた。
そんな情況下の中で佐渡金守と両津界人は、
人騒がせにも高台を破壊する程の親子喧嘩が始まった。
これにより界人は、金守の重い拳を受けては敵陣深くまで飛ばされ、金守からのきつい躾を受けるピンチを迎えた。
しかしそんな時、金守の携帯に孫嫁であるエルンから、病人である直人の脱走を聞かされる。
この報に血相を変えた金守は、界人を敵陣深くに残してルクステリアへと飛び立って行った。
そして視点は、一旦現実世界へと移し、両津家から脱走をした両津直人についておさらいしよう。
地味に長い草津旅行から帰った直人は、その日の八月十二日の夜に突然倒れてしまい、そのまま救急車で運ばれると言う事態になっていた。この時点で直人の体温は、四十度を越える高熱が出ており、当然、意識は朦朧としていた。
病院の医師からは、妖怪と魔族なら一度はかかる、
妖魔病であると診断された。
ちなみに妖魔病は、人間で言う麻疹の様な病で、例え妖魔落ちした人間が、麻疹にかかった事があっても、妖魔病にかからないと言う事ではない。ちなみに、一度発症すれば、麻疹と同様に免疫が付くため、再び妖魔病を発症する事は極めて低いとされている。
しかし、免疫がついたからと言って、
再び妖魔病を発症しないわけではない。
特にサキュバス族に取っては"あるある"な話だが、妖魔病を発症した者に対して、精気や妖気、魔力などの力を吸い取ってしまうと、およそ八割の確率で発症してしまうのだ。
恐らく直人は、草津に行った時点で妖魔病に感染してしまっていたのであろう。そのため、可愛い"弟"を襲いまくっていた稲荷も、ここに来て同様の妖魔病に苦しめられていた。
発症の当日。
稲荷「はぁはぁ…、な、直人~。直人はどこじゃ~。」
白備「姉上?兄さんなら今日帰ったでしょ?」
稲荷「はぅ~、はぁはぁ。白備…お願いじゃ…、わたひを直人の所へ連れて行って…。」
白備「だめです。兄さんも倒れてしまって大変なんですから。」
稲荷「そ、それなら…余計に会わないと…。はぁはぁ、はへえ~。」
白備「あ、姉上!?もう、言わんこっちゃない。大人しく寝ててください。」
どさくさに紛れて直人の元へ行こうとする稲荷であったが、結局病には勝てず、白備の厳しい監視下の元で、稲荷の行動はかなり制限されていた。
そして直人が病院に運ばれてから翌日の事。
当然直人の容態は、直ぐには良くなるはずもく、意識が朦朧とした状態の中、丸一日、病院の病室にて寝込んでいた。
しかも八月十三日は、ちょうど異世界の各地で動乱が目立つ様になり、ネットやメディア等でも大きく取り上げられていた。
そうとも知らない直人は、少し容態が落ち着いた翌日の十四日にて、ニュースとネットの情報から異世界の窮地を知る事になる。
異世界と言う楽園の危機に、直人は"こうしてはいられない"と思い"ふらふら"な状態で異世界へ赴こうとした。これに対して、母親である両津 杏佳を筆頭に、嫁のリールとエルンが全力で止めに入る。
しかし、簡単に引き下がろうとしない直人は、無理に我を通したため、やむ終えないと感じた母親に襟を掴まれては、そのままベッドへ投げ飛ばされた。
その後直人は、この監視下では到底病院を抜け出せないと悟り(諦め)、隙ができるまでは大人しくしている事を決めた。
大人しくしている間に、自分のスマホを見てみると、昨日辺りに三条晴斗を始め、燕奏太、高田海洋からメッセージが送られていた。
晴斗〔直人大丈夫か?エルンから聞いたけど、大変な目に遭ってる様だな。昨夜の今日で良くはないとは思うけど、無理して異世界に来るなよ?〕
直人「ふぅ…。(晴斗は優しいな。それに比べて…こいつらは…。)」
奏太〔よう直人w。リールから聞いたぞ。草津から帰って早々、妖魔病を発症したんだってなw。まあ、かなり辛いと思うけど安静にしていろよ。とまあ、それより今、異世界の方が大変な事になっててな、これから異世界の窮地を救うために、多くの学園の生徒たちが、こぞって学園に集まってるんだよね~。流石に直人は無理だろうから、良い知らせが来るように願っていてくれよ~w。〕
直人(奏太の野郎…。近々楓先輩の前で泣かしてやる…。あと、海洋は何を言ってるんだ…。)
海洋〔病には"ちゃんこ"が効くぞ。体力付けて土俵際でごっつぁんです。〕
直人(取り敢えず、飯を食えと言いたいようだけど、実際症状はインフル並みだから食欲ないんだよな。)
昨日の今日で、完全に出遅れている直人は、
ため息をつきながらスマホをテーブルに置いた。
直人(それにしても、学園か…。今回は先生たちに止められたりしないのかな。確か帝都の変の時は、生徒会が先生たちを説得して参戦できたけど、今度のは規模が違うしな…。てか、明日は終戦記念日…だったかな。こりゃあ、タイミングが悪いな。)
色々と気になる所はあるが、実際歩くだけでもやっとな状態に、直人は病室の天井を見ながら、その日も大人しくしていた。
そして、翌日の八月十五日。
直人は、重篤な峠を乗り越え、異世界へ行かないと言う約束の上、何とか退院を果たした。
家に着いた頃には、
祖父である金守が駆けつけており、
皮肉にも孫の隔離部屋を用意していた。
杏佳「それじゃあ直人?私は仕事に戻るから、お義父さんやエルンちゃんとリールちゃんの言う事を聞きなさいよ?」
直人「わ、分かってるよ。」
杏佳「…もし抜け駆けしたら…分かるよね?」
直人「し、しないっての!?」
金守「安心しなさい杏佳さん。わしがしっかり見てやりますから。それにエルンちゃんとリールちゃんも居ますし、変な真似はしないでしょう。」
杏佳「それならいいのですけど…。」
リール「大丈夫ですよお母様♪直人の事ならお任せください♪」
エルン「そうです。この部屋から少しでも出ようものなら、少々手荒ですが阻止してみせます。」
二人の手には、各自の愛刀が握られており、
リールは笑顔、エルンはクールな表情をしていた。
二人の様子を見ていた直人は、
心の底から絶え間ない恐怖を感じていた。
直人(やべぇよ、この二人…。今回ばかしは、本当に大人しくしてないと、マジで手足を切り落とされるかも。)
リール「…と……おと…直人!」
直人「っ、な、何だいリール?」
リール「もう~、何ボーッとしてるの?」
エルン「まさかですが、早速逃げ様としていませんか?」
直人「うぐっ…に、逃げるも何も…。この状態で逃げれるなんて思わないよ。(刀さえ持ってなければな…。)」
リール「あはは、そうだよね~♪流石に今の直人でも、ここから逃げるのは厳しいよね~♪」
エルン「うむ、お爺様にリール。そして私が入れば、まず抜け出す事は不可能ですからね。」
杏佳「…クスッ、私の娘たちは本当に頼もしくて可愛いわね♪」
リール「あぅ!?」
エルン「なっ!?」
リールとエルンを実の子の様に気に入っている杏佳は、完全なる失敗フラグを作る二人に心を打たれ、その可愛さから思わず二人を抱き締めた。
金守「直人や?良い子と巡り会えたな?」
直人「…うん。ちょっと、荷が重いけどね。」
金守「…なあ、直人や?もし、爺ちゃんとの約束を守れるなら、三人だけにしてやろうか?」
直人「っ、爺ちゃん…。」
金守「さっき"見ててやる"と言った手前、やっぱり二人に任せるなんて正直恥ずかしい所じゃが、ここは孫夫婦のためだ。大人しく安静にしてくれるなら、爺ちゃんはちょっと、異世界へ行ってくるよ。」
直人「……ん?」
金守「ん?」
直人「じ、爺ちゃん…。今なんて?」
金守「えっ?大人しく安静にしてくれるなら…。」
直人「いや、そのあと…。」
金守「異世界へ行ってくる…。」
直人「何で爺ちゃんが異世界に行くの?」
金守「えっ、いや、友人を助けにだな。」
直人「ジーー、俺より爺ちゃんを止めるべきだと思うけど…。」
金守「何を言うか。わしはこう見えて強いのだぞ?病に苦しむ直人と比べれば、まだ安心安全じゃぞ。」
直人「…はぁ、漫画でよくある"じいさん最強補正"か。」
金守「はっはっ、孫にはあまり見せたくはないな。」
直人「…わかったよ。でも無理はしないでよ。」
金守「おうよ。じゃが、お爺ちゃんとの約束も忘れないようにな。」
直人「…うん。」
普通ならエルンとリールに看病されるのは、
直人に取って凄く嬉しいことだ。
何せ戦闘以外、不器用で天然っぽい属性を持ち合わせている二人であるため、色々と可愛い一面を拝めるからだ。
少し前なら風邪を引けば、祖父の金守が真っ先に駆けつけてくれたが、今は二人の嫁に看病されたいと言う気持ちが大きかった。
これも成長の一つなのであろう。
祖父から少し離れていく感じが少し寂しく感じた。
それから数時間後の事。
直人は金守と交わした約束通り、
家で大人しくしていた。
しかしその間にも、世間では義勇志士案の可決と共に、正午に行われた終戦記念日で、安明天皇が発した衝撃的な聖断により、異世界へ赴く義勇志士たちが急速に増えて行った。
これに直人は、妖魔病のせいで、
義勇志士として立てないことを酷く落ち込んだ。
これが自分への憎悪として直人の心を動かしたのか。
買い物に出かけたリールと、夕御飯の支度をしているエルンの隙を見ては、未だに"ふらふら"な体を起こしては、こっそりと外へ抜け出した。
が、しかし、
その足取りはかなり遅く。
エルンが金守に電話した時には、
まだ学園まで半分の位置であった。
直人「はぁはぁ…。(やべぇ。すげぇ視界が歪む…。)」
真夏の炎天下と言う事もあり、病人である直人に取ってはかなり堪える道のりであった。
そのため、途中で意識が失ったのだろう。
突然目の前が真っ暗になると、
気づいた時には見覚えのある明るい天井が見えていた。
直人の両隣には、エルンとリールが、
直人の腕を掴みながら"スヤスヤ"と眠っていた。
直人の腕は二人の両胸に押し当てられ、
更には柔らかな太ももにまで挟まれていた。
それはまるで、絶対に逃がさないと言わんばかりの掴み様であった。
完全に指一つ動かせない直人は、暴発しそうな感情よりも、二人に迷惑をかけた事に胸が張り裂けそうな気持ちであった。
これは少し考え過ぎかもしれないが、急に部屋から姿を消して、挙げ句の果てには道中で倒れていたとか、どれ程心配させてしまった事だろうか。
直人は、静かに目を閉じて涙を流した。
そして翌日。
当然直人は、愛する二人にこっぴどく叱られるのであった。