第三百七十八話 異世界皇女戦記英雄譚その6
野望と憤りがぶつかり合う決闘は、
最初の一太刀で決着かと思われた。
しかし、近藤が刀を抜いた一撃は、ガルベルの大剣に防がれ、刀と大剣が競り合う形から始まった。双方、一歩も引かない競り合いが始まる中、近藤の脳裏には二つの結末を思い描いていた。
近藤は懐に片手を伸ばすと、
バァン!っと、
突如、二人の間に銃声が響いた。
ガルベル「っ!?ぐ、ぐうっ!?」
今まで受けた痛みとは比べ物にならい程の激痛が、ガルベルを襲った。腹部からは大量の血が流れ、ガルベルは傷口を押さえながら膝を着いた。
ガルベルの目の前には、
左手に拳銃を構えた近藤の姿があった。
ガルベル「かはっ…はぁはぁ…。き、貴様…何を…した。」
近藤「本来、剣の戦いに銃を使うのはご法度だが、貴様の様な外道にそんなのは関係ないと思ってな…。」
ガルベル「うぐっ…、卑怯な。」
近藤「ふっ、散々卑劣な事をしてきたお前が、それを言うなよ…。」
バァン!
と言う結末もあった…。
しかし近藤は、己の力でガルベルを討つ事が大義だと思っていた。そのため、懐に伸ばした左手を取り出すと、ガルベルから距離を取り八相の構えを見せた。
ガルベル「何の真似だ…。」
近藤「お前のような奴に、拳銃を使うのは勿体ないと思ってな。」
ガルベル「っ、けんじゅう?」
近藤「ふっ、銃を知らないのなら余計に勿体ない。やっぱり、この技でお前を討つ。」
ガルベル「ほう、そんな見え透いた構えで、一撃で決めるとでも?」
近藤「ふっ、その通りだ。」
ガルベル「ふっ、くくく、あはは、良いだろう。ならば俺も全力でいくぞ!」
近藤の揺るがない自信に、ガルベルの闘争本能に再び火が着いた。ガルベルは、脚に力を込めると目にも止まらぬ速さで突撃をした。
対して近藤は、ガルベルが動いた同時に、
魔力を込めた渾身の一太刀を振り下ろした。
近藤「っ。…"龍奥邁進"!」
渾身の一太刀は、赤黒い斬撃波を生み、
斬撃波が一点に集まると赤黒い龍が現れ、ガルベルを飲み込んだ。
ガルベル「ぐっ!こしゃくなぁぁ!」
しかしガルベルは、痛々しい傷を受けてもなお、怯むことなく突っ込んだ。しかし、吸血鬼の力が上乗せされた龍奥邁進は、ガルベルの腕、脚を切り刻み、近藤の元に着いた時には、首だけになっていた。
もし、近藤が吸血鬼になっていなければ、今頃は上半身と下半身が分かれていたことであろう。
近藤「……ふぅ。あぶなかっ…た。」
鬼仏の反動と魔力切れの反動から、近藤に漂っていた魔力が消え去ると、そのまま後方へ倒れ込んだ。
本間「おっと、あぶねぇ。」
渡邉「だ、大丈夫か尚弥!?」
近藤「わ、わりぃ…、一気に反動が来たみたいだ。」
渡邉「気にするな。あとは俺たちに任せてゆっくり休め。」
近藤「あ、あぁ…。」
本間「それにしても、ガルベルだっけ?あのおっさんもかなりやり手だったな。」
渡邉「あぁ、思わず助けに入ろうと思ったくらいだ。」
近藤「ははっ。俺も"龍奥邁進"を放ってもなお、怯まず突撃してきた時は、やばいと思ったよ。」
本間「なんだ?あんな状態でもそう思うのか?」
近藤「ま、まあ、本能には逆らえないってことだな。」
渡邉「まあ、何はともあれ、無事でよかった。よし本間、このまま畳み掛けるぞ。」
本間「おうよ。」
ジレンマ軍総大将、ガルベル・イザベルは、
姿形も残すことなく戦場に散った。
これに渡邉と本間は、
ジレンマ軍を完膚無きまで叩き潰すため、動けない近藤をその場に置き去りにするや、ジレンマ軍の軍師にして魔道士のキクリ・エニシスを討つため進攻を始めた。
一方で、ガルベルが討たれた瞬間を目撃していたキクリを始めとする賊徒たちは、信じられない展開に愕然としていた。
キクリ「が、ガルベルが…や、やられた…。嘘…だろ。」
戦友の死に思わず膝を着くキクリに続き、
本陣にいる賊徒たちの戦意は一気に削られた。
賊徒「ひっ!?も、もうダメだ…、に、逃げるぞ!?」
賊徒「だ、団長を討った相手に、俺たちが勝てるわけねぇよ!?」
賊徒らに襲いかかる死の恐怖に、一人、また一人と、
戦場から逃亡する者が増えていった。
しかし、ジレンマ軍の皆殺しを決定している微食会からしてみれば、逃亡など許されることではない。
そのため、彼らが逃げた先には、いつの間にか戦場から姿を消していた、高野槇斗と大西雷音が冷酷な表情で待ち受けていた。
当然、逃亡者であっても、命乞いをしようとも、容赦なく脳天を撃ち抜かれるや、駒切れにされて吊るされるは、見るに耐えない凄惨な仕置きが行われた。
まさに、因果応報である。
結局、ジレンマ軍の本陣は、
高野と大西の二人によって惨たらしく壊滅。
最後に残すは、膝を着いて受け入れがたい現実から目を背けるキクリだけであった。
キクリ「……。」
大西「…お前がキクリか?」
ここまで来る途中、何人もの賊徒らが死に際に"キクリ"と叫んでいたため、大西と高野は、目の前にいる一際普通の賊徒とは違う男が、キクリであると断定していた。
大西はキクリの後頭部にマグナムを突き立て、
高野は、あらゆる位置から糸を張り巡らせた。
キクリ「……なぜ…負けたんだ…。」
大西「…あぁ?」
キクリ「…私の策は…常に完璧だった…。でも、どうして…、どうして、ここに来て悉く的が外れるんだ…。」
大西「…ふっ、なんだそんな事か。」
高野「それは単に"俺たち"の考え方が、分からなかっただけだろ?」
キクリ「くっ…君たち異世界人の考えは本当に分からないな。この世界の者たちと比べて"情に厚くて、欲深くない"。」
大西「ははっ、それは偏見だな。欲深いのは、こっちの世界も同じことだ。」
高野「そうそう。でもまあ、この世界に出入りしているのが、真面目で我慢しやすい日本人がほとんどだからな。そう思われても仕方がないか。」
キクリ「……そうか。君たちの国では、欲に対して我慢するのだな。」
大西「ん?まあ確かに我慢はするよ。何せ、メリハリの無い行為は愚かなことだからな。」
キクリ「…愚か…か。なら君たちは、今この時を楽しめているのか?」
大西「…そうだな。今と言うよりは、この世界との共存共栄時代が始まったその日から、俺は楽しめているよ。」
高野「俺も同じく。強いて言えば日本みたいに、戦争が起こらなければ良いんだけどな。」
キクリ「……そうか。」
キクリは二人の話を聞いて、
自分が生きている世界の文化と、
二人が生きている世界の文化に対して、
大きな差を感じた。
戦が広く耐えないこの世界とは異なり、この二人が過ごした国は、戦など無い平和な世界なのだと。
そう思うとキクリの心は、
羨ましいさと、悔しさが生じた。
ここで"キクリ"と"ガルベル"についてのお話。
キクリは、元貴族出身の身で、
幼い時から魔法に長けていた秀才であった。
しかし数年前に、領地を巡る争いに敗れ、
一族皆殺しと言う悲惨な過去を経験した。
キクリは燃え盛る屋敷から、命からがら逃げ延びると、
素性を隠しながら各地を転々とする過酷な日々が始まった。
当然、日が経てば経つほど、
屋敷から何とか持ち出した金品は無くなり、
しまいには、ゴロツキに絡まれては持ち合わせの金を奪われる事もあった。
働き場もなく、ただ失うだけの生活に、
精神的にも肉体的にも限界を迎えていた。
そんなある時、
何度も絡んでくるゴロツキに対して報復しようと、ゴロツキが蔓延る酒場に乗り込んだ。キクリの片手には、ナイフ…ではなく、魔道士の杖が握られており、店ごと吹き飛ばす魔法を放った。
跡形も無くなった店を前にしても、憤りの気分が晴れることはなく、キクリはそのまま帰ろうとする。しかしそこへ、後の盟友となるガルベルと出会い、行きつけの店を壊された報復を受けた。
報復後ガルベルは、キクリから色々と話を聞き出すと、自分も某国の脱走兵だと告げた。
腹を割り、心を開いた二人は、この機を境に意気投合し合い、後に盗賊団を結成することになった。
しかし、盗賊団の勢力拡大に共なり、
規律や理性、考え方が徐々に代わり始め、
自由を主体とする暴走が露となった。
特にキクリは、利益について貪欲となり、
ガルベルでも不安視する程であった。
そのため、
ガルベルが動揺したのも、そのためである。
そして、話しは戻し、
キクリの話が終わったと思った大西は、
後頭部に突き付けたマグナムのハンマーを"カチッ"と下ろした。
大西「…最後に言い残すことはあるか。」
キクリ「……ふっ、君たちの生き様を地獄から見届けさせてもらうよ。」
大西「いや、見んなし。」
バァン!
ジレンマ軍本陣から響く銃声。
大西が放った弾丸は、
キクリの頭部を貫通させた。
これにより、
リブル公国に攻め込んだジレンマ軍は全滅。
残るは、戦闘狂と化したエニカ率いる部隊に、
ただただ蹂躙される亜種族軍だけであった。