第三百七十七話 異世界皇女戦記英雄譚その5
圧倒的で狂気染みた微食会の攻勢に、ガルベル率いるジレンマ軍は、部隊の半数以上を失う程の劣勢に立たされていた。
これに対してジレンマ軍の大将、ガルベル・イザベルは、この劣勢を覆すため、卑劣にも人質を出しての交渉に乗り出した。
結果、思惑通り微食会の四人は、
怒り浸透するも手は出せない状態であった。
あとはこのまま、武器を剥がして交渉の席に着かせれば、戦況はこちらのものであった。
しかし、ここで小さなほころびが生じる。
人質を用いての戦略とボロボロの姿になっている若い女性たちの姿を見た、おそらく、お姫様だろうか、高貴な金髪美女が声をあげたのだ。
これに対して、いきり立っている賊徒が暴行を加え、更には、心配して声をあげる女性たちにも暴行を加え始めたのだ。
しかし、ガルベルの叱責によりすぐに収まるも、
ここで一人の賊徒が何者かに首を狙われ、大量の血を出しながら死んだのである。
ガルベルは、すぐに微食会の四人を疑うも、動いた様子は全くなく、更には、現状を適当に答えた本間と星野の一言に、ガルベルを始めとする賊徒らは動揺し始めた。
この光景に、
一人の銀髪ダークエルフが高らかに笑った。
?「ぷっ、あははっ。」
ガルベル「…っ、何がおかしい…クオン。」
クオン「あはは、そりゃあ、可笑しいさ。まさかお前が、キクリの事でここまで動揺するとはな?」
ガルベル「…何だと。」
クオン「まあ、お前とキクリは、盗賊団結成時からの腐れ縁の様だが、この程度で動揺するって事は…、所詮その程度の信頼ってわけだな。」
ガルベル「…言ってくれるじゃねぇか。」
クオンの言葉に誘われるかの様に、ガルベルは警戒する事なく近寄ると、クオンは予め外していた手錠を外し、付近の賊徒を華麗に蹴り飛ばすと、隠し持っていた短刀を取り出し斬りかかった。
ガルベル「ちっ!」
クオン「くっ、やはり届かないか。」
クオンの刃は惜しくも届かず、
ガルベルは、たまたま腰に付けた剣のお陰で防ぐ事ができた。
もしこれがなければ、クオンの刃は、
ガルベルの心臓に届いた事であろう。
ガルベル「惜しかったなクオン?もしかして、あいつを殺ったのもお前か?」
クオン「くっ…、さぁ…何の事かわからないな。」
白を切るクオンであるが、
実際に賊徒の一人を殺ったのはクオンであった。
その仕組みとは至ってシンプル。
ただ口の中に小さな針を一つ隠し、その針を吹き矢の様に飛ばしただけである。
本来ならガルベルに使いたいところだが、この見え透いた攻撃で倒せる男ではないため、ここは場を混乱させるために使ったのであった。
しかし、結局はガルベルの不意打ちに失敗したクオンは、あっという間に賊徒に囲まれてしまう。
ガルベル「さて、クオン。お前は小生意気にも最後まで俺に歯向かった。本来ならここで殺してやりてぇが、あの小僧らの前で恥辱を与えるのも一興だろう。」
クオン「…ふっ。やれるものならやってみろ。」
ガルベル「おっと、その前に武器を捨ててもらおうか?さもないと、エル姫を殺す。」
クオン「っ、好きにしろ。」
ガルベル「ふっ、その余裕どこまで持つか楽しみだ…野郎共やれ!」
賊徒「おぉ!」
ガルベルの号令により、
賊徒は一斉に丸腰のダークエルフに襲いかかった。
クオンは目を閉じ、陵辱を受ける覚悟をした。
おそらく数秒も経たぬ内に、強引に押し倒されては、恥辱にまみれた行為が始まるのであろう。
そう思っていた。
しかし、現実はそうではなかった。
予想していた数秒後になっても、
押し倒されるどころか、誰も触れようとしない。
しかも、穢らわしい血気盛んな男たちの声が、気づけば静まり返っていた。
クオンは思わず目を開けると、
そこには見たことのない男が立っていた。
星野「…ふぅ。うまく行った。いやはや、まんまと相手が、人質から視線を外れてくれて助かった。」
クオン「っ、お、お前は…誰だ?」
星野「あっ、えっと、私の事は、まあ後にして。取り敢えず、戦が終わるまで"ここ"に居てください。」
クオン「えっ、こ、ここって…?」
星野「ご、ご安心ください。ここって言っても、皆さんが居た位置から、少しこちらの陣営に転移させただけですから。」
クオン「転移…っ、た、確かにそうみたいだな。」
辺りを見渡して見ると、確かに先ほど居たところから位置が変わっており、更にはエル姫を始めとする若い女性たちが解放されていた。
当然、突然の転移に女性たちが動揺する中、星野は動揺を静めるため、やんわりと説明しながら女性たちの不安を和らげた。
その頃。
致命的な隙を見せてしまった挙げ句、まんまと人質を奪われてしまったガルベルらは、極限突破した渡邉、近藤、本間の手によって地獄を見せられていた。
賊徒「がはっ!」
賊徒「げはっ!」
賊徒「ひ、引け!ごはっ!」
本間「逃がすかよ。この外道共が。」
渡邉「この様な非道を働いておいて、生きて帰れると思うなよ。」
怒りに満ちた三人の大反撃は、再び戦場を血に染め、賊徒らの悲痛な悲鳴が木霊した。
人道を無下にする相手に、
人道を与える価値は無し。
本間と渡邉は、死なぬ程度に手足を切り刻み苦痛を与えながら攻め立てた。それに比べて、"吸血鬼"と化した近藤に斬られた者は運が良い。何せ、ほとんどが一刀両断である。
そして、その名の通り"鬼"と化しか近藤は、
ガルベルへの名を叫ぶと、逃亡などを許さぬ決着を着けようとする。
近藤「すぅ~はぁ~。ガルベル何処だ!!即刻その首を切り落として鳥の餌にしてやる!!貴様も男なら腹くくって出てこい!!」
ガルベル「ちっ。小僧が…。良いだろう…、相手になってやる。」
小僧ごときに戦況を振り回された挙げ句、敗北となれば、団長として、ジレンマ国の将として格好がつかない。
そのためガルベルは、
大剣を片手に近藤の挑発に乗った。
近藤「よう逃げずに来たな…。二人とも手ぇ出すなよ…。こいつは…、エニカやルイだけじゃなく…。俺の大切な"妹"にも手を出そうとした外道だ。邪魔をすれば…。」
渡邉「分かってる。ここは尚弥に任せるよ。」
本間「まあ、無理そうなら…、俺が代わるけどな。」
近藤「掘るぞ…本間。」
本間「あはは。こんな時でも下らない事が言えるとは流石だな。だが、無理はするなよ。近藤に何かあれば悲しむ人はいるからな。」
近藤「…ふっ、そうだな。家族はともかく"ラシュ"に泣かれては敵わないからな。」
渡邉「…エニカとルイも忘れるなよ?」
近藤「うぐっ、そ、そうだな。」
本間「あはは、重要人物を忘れてたな。」
近藤「…ふぅ。二人は残党でも始末していろ。俺は一分一秒でも、この男をこの世に生かしたくはない。」
渡邉「残念だけど、残党なら仁くんが焼き払っちまったよ。」
本間「そうそう、もっと苦痛を与えてやりたかったけど、取り敢えず俺たちは、このまま見届けさせてもらうよ。」
近藤「はぁ、手が早いこと。」
迫り来るガルベルに対して、近藤は鞘に戻した刀の柄に手を置き、ゆっくりと前に進む。
ガルベル「…小僧。なぜ滅び行く国を守る。」
近藤「…そんなの決まっている。この夢の様な時代を終わらせないためだ。」
ガルベル「夢の様な時代だと?」
近藤「あぁ、貴様らの様に奪うだけを生業にしてる奴らには、到底分からないだろうな。」
ガルベル「確かにわからないな。だが、なぜ新たな時代や秩序ではダメなんだ?俺が聞いた話では、お前たち異界の者は、この世界の女に目がないと聞く、ならば俺たちが掲げる理想の一つ、女性奉仕推進が…。」
近藤「だまれ!貴様らが掲げる糞みたいな理想論など聞きとうないわ!女性奉仕推進だと…つまり貴様は、この世界の女性たちは、みな性奴隷とでも言いたい様だな…、ふざけるなよ…、俺たちを性に飢えた獣見たいに言いやがって…、侮辱も良いところだ!」
ガルベル「っ。ならば、お前は興味ないと?」
近藤「そんな奴隷染みた理想など興味はない。俺は…、腹が減れば卓を囲んで飯を食らい、平和で楽しく過ごせればそれで良い。」
ガルベル「ふっ、綺麗事でつまらない生き方だな…。」
近藤「好きに言え…。どうせ、貴様とは分かり合えないからな。」
ガルベル「…残念だ。もし俺たちの仲間になれば、毎日楽しい日々を送れると言うもの。」
近藤「お前らの仲間…ふっ、くくく、あはは!」
ガルベルの絶対的にあり得ない発言に、
近藤は思わず笑ってしまった。
ガルベル「ふっ、どうした。気が変わったか?」
近藤「あははっ、はぁはぁ…まさか…。とっとと死にやがれ。」
曇りのない笑みから一変。
一瞬で鬼の形相に戻ると、すぐに鞘から刀を抜き斬りかかった。
ガルベル「くっ、やるな。」
近藤「…ちっ、やはりやり手か。」
雑兵相手なら一太刀で決着のところだが、このガルベルに至っては、見かけ通りのやり手であった。
ガルベル「剣技の重み、速さは一端の様だが、一騎討ちには合わないな。」
近藤「ふっ、察しがいいな?だが、一太刀防いだだけで勝ち誇るなよ。」
ガルベル「なに?」
この時、近藤の脳裏には、
二つの攻撃パターンがあった。
一つは、
目には目を、外道には外道と言った、
いつも通りの外道にはお似合いの仕置きプラン。
二つは、
正道を進み、己の力でねじ伏せるプラン。
果たして近藤は、どれを取るのか、




