第三百七十五話 異世界皇女戦記英雄譚その3
亜種族の大攻勢から発展した帝都の変。
これにより帝都"グレイム"を始めとする周辺諸国の力が衰退してしまい異世界全土に混乱を招いた。
これを機に各国の野心家たちは、
異世界の実権を"我が物にせん"と一斉に蜂起。
中でも、山賊、盗賊、海賊らが結束した"レインブル"団となる賊集は、"蜂起した国家"と"亜種族"の間で利害同盟を結ぶと、破竹の勢いで付近の中、小国を次々と攻略し、外道国家"ジレンマ"を建国した。
当然国家方針は、人道を外れ、
まさに外道と言わざる負えない程のものであった。
逆らう者、小さな事でも反抗する者は、
老若男女問わず容赦なく処刑された。
基本、降伏した国民は奴隷とされ、
老人は当たり前の様に虐げられ、
更に子供までも、賊と亜種族に虐げられていた。
特に若い女性は、容赦のない陵辱を強要され、
また若い男性は、強制的に軍に加わるか、過酷な労働を強いられていた。
そんな勢力を拡大する"ジレンマ"国が、
次に目を付けたのがリブル公国であった。
序盤は一方的な侵攻に乗り出すも、リブル公国に属している十神柱の怒りを買い、ジレンマ軍に取っては思わぬ禍を招いた。
色々な裏工作も虚しく、ジレンマ軍の半数以上をたった十人の若者らの手によって、一時間も経たぬ内に壊滅したのであった。
この様な惨敗なら総撤退をするのが習わしであるが、このジレンマ軍に至っては、惨たらしく散った同胞らを前にしても総撤退の姿勢は見せなかった。
ジレンマ軍本陣。
?「…ふむぅ、噂には聞いていたが、相手も中々やるではないか。」
見た目は"千人将"、あるいは"団長"だろうか、
左目辺りに切傷をつけた屈強な男が、惨たらしく散った同胞を前にして冷静に戦局を分析した。
更にその隣には、恐らく軍師か魔道士だろうか、
メガネを掛けたクールで知的な青年の姿もあった。
?「えぇ、まさに"伝説の十神柱"に及ぶ程の強さ。私の策と術式が全く通用しないですね。」
?「ふっ、キクリが全く主導権を握れないのは珍しいな。まあ、相手が"伝説様"なら仕方がないか。」
キクリ「流石に真っ向からの勝負は完敗です。しかし、裏を突いた戦法なら…。」
?「裏?何だ、出し惜しみでもしてたのか?」
キクリ「いえ、出し惜しみと言うわけではありません。ただ、"彼ら"を使えば我々が得る利益が減ると思ったまでの事です。」
?「彼ら?あぁ、なるほどな。もうこの際、リブル公国の姫と女共だけ得られればそれで良い。早速、亜種族共を側面から攻めさせろ。」
キクリ「はっ、では…。」
団長と思えし男の命令に、
キクリは杖を構えて詠唱を唱えた。
すると、十神柱らがいる位置から後方側面辺りに亜空間が開かれると、そこから大量の亜種族らが雪崩れ込んできた。
しかも亜空間が開いた位置は、ちょうどリブル軍の要である"エニカ"姫と鬼神"ルイ"の二人が率いる部隊の側面であった。
これに対して丘にいる十神柱らは、焦って動揺しているのか。後方に視線を向けては、一人の男に言い寄っている様であった。
誰が見ても不意を突いた見事な奇襲に、
ジレンマ軍は更なる一手を打つ。
?「ふっ、いくら個々の能力が優れていても所詮は"わっぱ"だな。動揺のあまり判断が鈍っているぞ。」
キクリ「その様ですね、では次に、彼らの足止めのために、昨日攻め落とした国の捕虜を人質として使いましょうか。」
?「ほう、他国の捕虜を人質か…。ふっ、なるほど、異界の者なら躊躇うかもな。よし、あの小生意気なダークエルフと気高い姫様、あとは、数人の女を前に出せ。」
キクリ「はっ、誰か。急いで捕虜をここへ。」
賊士「お、おう。ダークエルフと姫、えっと、数人の女はどんな女にします?」
?「昨夜、慰み者にした女が良い。二人の心を折るのにもちょうど良いからな。」
賊士「…へっ、ガルベル団長様も鬼畜だな。分かりやした、ちょっと待ってくだせぇ。」
ガルベル「…さて、それじゃあ、相手が下手に動く前に足止めしてやるか。キクリ、向こうまで飛ばせるか?」
キクリ「少人数ならいくらでも。」
ガルベル「上出来だ。なら早速俺を向こうに飛ばせ、後捕虜の準備が出来たら随時、兵を送れ。」
キクリ「はっ。かしこまりました。」
大剣を片手に担いだガルベルは、余程の勝算があるのか、余裕に満ちた表情で単身十神柱の前に転移した。
その頃、丘にいる八人はと言うと、
奇襲を仕掛けてきた来客に対して危機感を持っていた。
星野「奇襲は予想していたけど亜種族はまずい。」
藤井「とりあえず、俺と茂、ゆうちゃん、せいっちゃんで対処しよう。仁くんたちは、そのまま本陣を叩いてくれ。」
近藤&渡邉&本間&星野「おう。」
星野「それじゃあ、早速送るぞ。」
ガルベルらから見た光景では、
如何にも動揺している様な光景であったが…。
実際、星野を中心に集まった八人は、この一大事に危機感を露にするも、攻守の編成は冷静に組んでいた。
そして星野が守備班を転移させようとした時、
聞き覚えのない野太い男の声が響いた。
?「おっと、その転移待ってもらおうか?」
星野「えっ?」
突然の呼び掛けに八人の男たちは、
思わず声の主の方へ視線を向ける。
するとそこには、左目辺りに勇ましい傷をつけた、どこぞの"千人将"、あるいは"賊の団長"とも思える風格をしたおっさんが立っていた。
本間「…えっ?誰?」
本間の反応も最もである。
突然声をかけられて振り返ってみれば、誰も知らない"屈強なおっさん"が、大剣を片手に堂々としているのだ。もはや疑問でしかないだろう。
そのため星野は、屈強なおっさんの言葉を空耳であったと自己処理をしてしまい、そのまま杖を魔法陣に突き立て、藤井、茂野、坪谷、番場の四人を後方の戦地へと送った。
しかし、四人が送られた場所は、
両軍のど真ん中であった。
藤井「っ!」
茂野「なっ!?」
坪谷「うえっ!?」
番場「なっ!?」
正面、五十メートル先には亜種族の大群。
後方には、エニカ、ルイ率いるリブル軍と、エニカとルイのために立ち上がった、春桜学園の生徒を含めた微食会準メンバーが迫っていた。
藤井「お、おいおい!?転移場所をもっと考えろって!?」
茂野「てか、あのおっさん誰だよ!?」
坪谷「うーん、敵の総大将とか?」
番場「おぉ、それはあり得るね。」
行き当たりばったりの展開に追い付けず、個々で状況整理をする四人の男たち。しかし、双方からの勢いは止まらず急速に迫ってくる。
このままでは、勢いに呑まれてあの世行きである。
亜種族「あっ?なんだあの四人は?」
亜種族「まさか俺たちを、たった四人で止める気か?」
亜種族「ふっ、たった四人でも構うものか。歯向かうなら尽く潰すだけだ!」
最初に四人の男たちの元に接近したのは、
幸か不幸か亜種族側であった。
番場「…ふぅ~。拳式四式"阿修羅"。」
攻撃の間合いに入った亜種族に対して番場は、拳に己の力を一点集中させた渾身の正拳突きを見舞った。その威力は凄まじく、龍の姿をした衝撃波が亜種族の先頭集団を飲み込んでは吹き飛ばした。
しかしこれは、ようやく出番が来た事に張り切るエニカに取って、出鼻を挫かれる展開となった。
エニカ「なっ!?」
ラグラ「ふっ、残念だったな姫様?やっぱり天たちが来ちまったみたいだな。」
ルイ「うん…、やっぱりみんな過保護過ぎる。」
エニカ「むぅ~、また先手を取られた…。私たちをそんなに戦場から引き離したいみたいね。でも、ここまで来たら退くわけないわ!!ルイ、ラグラ、みんな、このまま続くわよ。」
ルイ「うん、」
ラグラ「おうよ。」
全員「おぉぉっ!!」
微食会の十人による過保護過ぎる扱いに、今回も不服に思うエニカは、悔しい思いを噛み締めながら鬨の声を上げた。エニカの号令は、リブル軍と微食会全員の士気を高め、優位な状態から先手に怯んだ亜種族軍と交戦を始めるのであった。