第三百七十三話 異世界皇女戦記英雄譚その1
八月十五日。
現実世界日本国では、終戦と重なるお盆の日である。
呪霊三女の一角、貞美率いる怨霊の乱から数日が経ち、被災した各地では急速な復興を遂げた。
しかし、安堵の声は少なく、誰もが度重なる不安定な情勢に不安に駆られていた。その頃、異世界では、現実世界と平行するかの如く、帝都の変以降より恐れられていた群雄割拠の狼煙が上がり始めていた。
亜種族らの大侵攻をきっかけに起きた帝都の変。
帝都"グレイム"を始めとする各地の国々が疲弊し国力の低下を招いた。
これに野心を抱く国々が、この機に乗じて、帝都グレイムに取って変わろうと、次々と蜂起した。
更には、賊による反乱が多発し、小国を乗っ取ってはやりたい放題の外道国家を建国していた。
未だに乱の灯火は消えず、
安寧なる理想郷は遥か遠くであった。
この度重なる異常事態に、
日本政府は早急な対応と決断に追われていた。
異世界の群雄割拠を終わらせるため参戦するか。
帝都及び帝都側の国々に支援だけして傍観するか。
アメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ諸国の力を借りて終息させるか。
異世界との交流を断行し、
異世界へ繋がる亜空間ゲートを閉じるか。
どちらを取っても、
遺恨が残る結果を招く事は間違いない。
日本が帝都側に参戦すれば、
世間は戦争に加担したとして非難するだろう。
なら、支援だけの傍観であれば、
自らは手を汚さず、安全に立場は守られる。
しかし、それでも帝都が負けた場合、異世界との関係は完全に崩れ、異世界を崇拝する者たちによる暴挙が起きるだろう。
それなら、諸外国の力を借りるならどうだ。
そうとなれば十中八九、異世界の権益に触れ始め、新たな争いが生まれるだろう。今の現実世界が平和でいられるのは、異世界の主導権を中立国の日本であるからこそだ。
そのため、
異世界との交流断行は、もってのほかである。
ここで異世界との繋がりを切れば、
異世界を崇拝する日本国民だけではなく、世界各地で異世界を崇拝する人々が一斉に暴徒化し、取り返しのつかない内乱が起きるだろう。
最悪の場合は、再び資源問題が始まり、その反動による大きな戦争が起きる可能性だってある。
どちらを取っても重いデメリットしかなく、時間が経てば経つほど手遅れになる現状に、首相である中田栄角は思いきった決断に踏み切った。
それは帝都の変と同様に、
義勇志士として帝都を支援する案であった。
これには当然、野党を始め一部の与党から苦言の声が上がった。これに対して中田栄角は、これを越える良案を求めるが結局良案はでなかった。
中田「苦言をおっしゃる方々の気持ちは私もよーく分かる。正直私が提示した案は、傍から見ても国民を戦地へ送り、一方の政府は己の手を汚すことなく傍観しているだけだと思うだろう。」
野党議員「そ、それが分かっているのなら、何故良案であると言うのですか!?」
中田「私は、今起きているこの事態を全世界の人々に向けられた試練だと考えている。繰り返すようだが、もしここで帝都グレイムが滅びれば、次は間違いなく、我々の世界で資源をめぐる戦争が始まる。その規模は何千万、何億にもなる犠牲の山だ。」
中田首相からの現実的な想定に、
非難の声は瞬く間に静まり返った。
中田「しかし私は、平和のために多くの人々を犠牲にしてまで勝ち取りたくはない。そのため義勇志士には、覚悟のある者だけで充分。当然、私も義勇志士となり、大切な"友"のために最善を尽くすつもりだ。」
静寂な国会に己の想いを訴えると、
懐から短刀を取り出し刃を天井へ掲げた。
中田「…犠牲なくして平和なし。この素晴らしき時代に栄光あれ!」
掲げた刃を勢いよく台に突き立てると、
中田首相は、賛同する与党議員と共に国会を後にした。
現実世界にも影響を与える異世界の動乱に、
日本政府は、苦肉の策とも言える"義勇志士"案を通した。
しかし、結局の所は日本政府が主体として動くわけではなく、異世界文化を保とうと思う者たちは、自主的に立ち上がれと言う、戦争放棄国家としては色々と疑問が飛び交う様な案である。
この国会のやり取りは、国会中継として放送されており、瞬く間に拡散された。
これには当然、世論にも賛否の声が上がった。
この案は、各自の判断に委ねられているが、
明らかに戦争の参戦を提示していた。
しかし既に異世界では、帝都グレイムに駐屯している日本防衛陸軍(特殊自衛隊)との戦闘が始まっており、更には数日前から、この異世界の危機を察していた人々各地で参戦。これにより帝都側の被害は大きく抑えられていた。
中田「景勝。帝都の守備はどうだ?」
景勝「はい、万事抜かりはございません。帝都で待機している界人と"覚"からは、依然として大きな報告はありません。」
中田「よし、それなら早速、帝都グレイムへ戻るぞ。これが、私の政治家として、人としての最後の仕事だ…、無限に広がる明るい未来のため、平和を乱す塵虫共を一人残らず掃討するぞ。」
景勝「はっ、身を呈してのご決断、誠に感服致します。この私も息子たちの未来のために一心を注ぎます。」
中田「バカを言え、景勝が命を捨てるには早すぎる。よいか?以前にも界人と覚にも言ったが、お前たちには、この先の未来を良い方向へ導き、それを見届ける義務がある。それ故、この戦で死んではならない。」
景勝「もちろん、一心は注ぎますが、むやみに命を散らすような事は致しません。」
中田「ふぅ、景勝もそうだが、界人と言い覚と言い、口では自重しているが結局無茶をするよな?」
景勝「あはは、それは気のせいでは?」
中田「はぁ、自覚がないとは益々心配だ。いいか?雪穂さんを始め、蒼紫と桃馬を悲しませるなよ?特に、雪穂さんの場合は手がつけられないかもしれないからな。」
景勝「…うーん、確かにそうかもしれないですね。」
自分の死をきっかけに、最愛の嫁が闇落ちしてしまう展開が容易に想像できた。異世界出身で、しかも元女騎士であった雪穂(旧名イグリア・セツリング)の事だ。闇落ちは雪穂自身でも抱えている警報級の案件であろう。
そんな想像を脳裏に浮かべていると、
帝都に滞在している界人から一本の連絡が入った。
その内容とは国会中継の情報を得た人々が、こぞって帝都グレイムへ駆けつけて来たそうだ。
更には帝都だけでなく、各帝都側の国々にて同様の"義勇志士"が駆けつけた事により、早々に反転攻勢が始まったと言う。
特に、冒険者に取って始めりの街"ルクステリア"を中心に、統治している"エルンスト公国"と隣国"リブル公国"で、情け容赦のない徹底的な賊軍への報復と、各地で占領された国々の解放に戦線が活発に動いていた。
景勝「ふぅ、どうやら国会で議題に上げなくても、この結果は変わらなかったかもしれないですね。」
中田「あはは、そんな事は想定の範囲内だろ?だからこそ、この義勇志士案を通して、この戦に大義名分を与えたんじゃないか。」
景勝「っ、そ、そんな狙いがあったのですか!?」
中田「あ、あれ?言ってなかったか?」
景勝「え、ええ、初耳です。」
中田「…っ、ま、まあ、あれだ。一日でも早く帝都の危機を救って、帝都グレイムの名の元に戦を終らせようさ。」
景勝「…しれっと責任を擦り付けてる気がしますが、ま、まあ、そうですね。この機に亜種族までも参戦されると厄介ですし、ここは早めの平定を目指さないと厳しいですね。」
中田「ふっ、となるとまずは、帝都周辺の平定からだ。行くぞ景勝。」
景勝「はっ。」
こうして、帝都の変から続く、全世界の命運を賭けた大いなる戦が再び幕を開けた。
後にこれを"異界群雄世界大戦"
略して"異界大戦"と呼んだ。