第三百七十一話 冥界士相譚その19
八月九日。
呪霊三女の一角、
貞美率いる怨霊らの反乱から一日が経過した。
県を跨いでのこの反乱は、
貞美の早期討伐が功を奏し、完全に鎮圧された。
その後も多少の警戒体制は敷かれたものの、
日本政府はこの現状をいち早く世間に伝えるべく報道陣への働きを呼び掛けた。
そのため朝のニュースは、
この事件で持ち切りとなり、どこを回しても特番が組まれる程の注目度であった。
一方、妖楼郭の医務室にて、
生と死の境界を彷徨っていた平沼は、
愛するユメの妖気を授かり更なる救命処置の末、
奇跡的な復活を遂げた。
しかし、奇跡の復活を遂げた平沼であったが、
平沼の魂の一部となったユメに、夜な夜な襲われ朝から再び死にかけていた。
更に一方、再び傷ついてしまった温泉街では、
朝から復旧作業が始まり多くの人たちが参加していた。
桃馬「よっと、それにしても昨日の怨霊たちは、ここまでしてでも、自分らの苦しみを知って欲しかったのかな。」
憲明「まあ、そうだろうな。怨霊らが抱える気持ちは、その"当事者"か、同じ想いを抱えた同胞にしか分からないからな。例え言葉で苦しみを打ち明けたとしても、気持ちを知らぬ者からしてみれば、所詮は客観的に捉えられるだけで、真に共感を得るには難しいだろうな。」
桃馬「…だから、行動で示す訳か。」
憲明「よっと、まあ言葉で分からないのなら、行動で示すって事に俺は否定しないけど、流石にこれは共感できないな。」
桃馬「そりゃそうだ。むしろこれは八つ当たりだな。」
憲明「まあ、怨霊らの気持ちはどうあれ。個々が抱えている"感覚"と"気持ち"を、"何も知らない他人"が読み取るってのは本当に難しいものだと思うよ。例えば、"人を笑う"にしたって、捉え方一つで"侮辱"や"喜び"の意味を持つし、加えて"声のト音"や"その場の空気"、互いの気分次第で大きく意味が変わっていくからな。」
桃馬「確かに、そう考えると人の苦しみを知るのは難しいな。真に汲み取れなければ、逆にその人を追い詰めてしまい、最悪暴走させてしまうもんな。」
憲明「まあ、その人の気持ちをしっかり汲み取れるのなら別に構わないけど、生半可な気持ちでその人の"傷"と"闇"に触れるのはやめた方がいいよな。」
己の怨念を晴らすためとは言え、
無慈悲に、そして無差別に厄災をもたらす怨霊らは、
もはや許すべき存在ではない。
しかし、桃馬と憲明は考えた。
"怨念"とは、怨霊だけでなく、生きし者たちが個々に抱えている、"苦しみ"と言う名の"闇"であると。
怨霊だから悪いのではない。
怨念に囚われた存在が悪なのだと。
苦しみによる悲しみ。
苦しみによる焦り。
苦しみによる寂しさ。
これなる自我のある者には、まだ救いはある。
だがしかし、
苦しみによる憎悪。
苦しみによる妬み。
苦しみによる殺意。
これなる自我を忘れて怨念に囚われ厄災を招く存在は、
怨霊に問わず、生きし者らにも言える大罪である。
桃馬「さてと、盆まで過ごす予定だったけど、この調子だと明日には帰りそうな気がするな。」
憲明「そうだな。一応その判断は直人次第だけど、まあ直人の事だ。先に俺たちを帰して、自分は一区切り着くまで帰らないって言い出すかもな。」
桃馬「…直人ならあり得るな。」
憲明「でもまあ、例え帰されそうになったとしても、問題は帰りのバスが有るか心配だな。」
桃馬「心配?うーん、まあ、確かに今は警戒態勢が敷かれているとは言え、流石に帰れないことはないだろ?」
憲明「と思うだろ?でもな、"ツイスター"や"ビッグドッグ"の書き込みを見ると、想像以上に混乱している見たいだぞ。…ほらよ。」
うっかりスマホを部屋に忘れてしまい、
反乱の情報を朝のニュースレベルでしか知らない桃馬に対して、朝からSNSの情報を集めていた憲明は、帰りの一件で危惧する内容を見せた。
そこには、怨霊の出現により一部の道路や鉄道などで、
事故に伴う交通麻痺が発生していた。
当然、交通のインフラ設備もボロボロとなっており、夏の暑い日には不運とも言うべき事態であった。
しかもこの事態が、全て怨霊によるものであれば、まだ"仕方がない"と感じるところであるが、実際インフラ設備の破壊は、自己防衛に拍車がかかり暴走した、一部の国民によるものであった。
インフラ設備の破壊の例として、
100tと書かれたハンマーを持った一団が、
ひたすら怨霊に向けて上下に振り下ろし、
鋪装を破壊しながら退治していた件。
※実際のハンマーの重さは15キロほどである。
また、上級魔法の乱用。
魔改造されたダイナマイトなど。
構造物を破壊するには、
十分な条件は揃っていた。
桃馬「…これはもはや、事件なのか、事変なのか、よく分からないな。」
憲明「これは"内乱"レベルだよな。朝のニュースでも言ってたけど、今回の死傷者が少なかったのは、俺たちの"自衛意識が向上しているから"って言ってたしな。まあ俺としては、自衛意識が向上しているのは良い事だと思うけど、実際その反面、色々と問題になりそうなんだよな。」
桃馬「問題…?」
憲明「あぁ、ちょっと待ってな。えっと、あ、これだ。」
桃馬「ん?…っ、こ、これは…。」
憲明が見せたSNSの内容に、
桃馬も嫌な予感を感じた。
その内容とは、
先の戦いで恐怖の象徴であった怨霊に勝利を収めた事により、世間は怨霊への恐怖心が薄れ、この機に乗じて"怨霊共を皆滅するべし"と唱える声が増えていた。
まさに、"臭いものには蓋をする"かの様に、
"平和を乱す怨霊は全て滅する"と言った、不吉な怨霊狩りが既に始まっていたのだ。
桃馬「これは酷いな。怨霊に取っては因果応報とは良く言ったものだけど、これだと内乱よりもたちの悪い"魔女狩り"だな。」
憲明「魔女狩りか、確かにそうだな。今やその気になれば誰でも怨霊を倒せる事が出来る上に、大義名分で絶対的な悪を倒せるから物騒なものだ。」
桃馬「うーん、大義か。それだと結局、不の念をばら蒔いてるだけに思えるけどな。」
憲明「まあ、それは捉え方次第だろうな。現に怨霊による被害も増えているし、無抵抗だと一方的に呪い殺されるしな。まあ中には、怨霊たちも好きで怨霊になった訳じゃないと思うし、中には亜種族みたいに話が通じる怨霊も居るかもしれないよな。」
桃馬「…亜種族か。確かにリヴァル"兄さん"とアイシュ"姉さん"が良い例だもんな。」
憲明「そうそう。絶対的な悪もしかり、絶対的な善もしかり、一から十まで考え方が一緒な訳ないさ。当然、その一、二割くらい考え方が異なる"変り者"がいるだろうし、要はその変り者をどう見極められるかが、問題なんだけどな。」
桃馬「そうだな。ちょっとでも悪い印象を持つと、その"もの"の全てが悪いと捉えてしまうからな。」
この先の平穏な日々が心配される情勢に、
桃馬と憲明が深く考え込んでいると、
元気の良い二人の美女が駆けつけて来た。
桜華「桃馬~、手伝いに来たよ~♪」
桃馬「ん?あっ、桜華か。妖楼郭の手伝いは終わったの…かっ!?」
憲明「っ!?…~~//。」
桜華の声に誘われ桃馬と憲明が振り向くと、そこにはピチピチのブルマに白い半袖を装った桜華とリフィルが目に飛び込んできた。
本来なら喜んで迎え入れたい桃馬と憲明であるが、
二人の姿を見た瞬間、早速目のやり場に困り始めた。
異世界レベルのスタイルを持ち合わせている桜華とリフィルに、ブルマを主軸とした服装は、かなりの破壊力があった。
しかも、公衆の面前で堂々と駆け寄ってきてるため、桃馬と憲明は思わずそっぽを向いてしまった。
サイズが合わないのか。
白い半袖から胸の形がくっきりと象徴され、
ピチピチのブルマには、お尻のラインと形が引き立ち、更には太ももから"ふくらはぎ"までの美脚をしっかり引き立たせていた。
この時代にブルマとは、少々古い感じがするが、
ここに来て桃馬と憲明は、スタイル抜群の二人を見たことにより、なぜ現代にブルマが消えたのか、なぜ異世界系の物語にブルマがチラチラと出てくるのか、何となく理解したのだった。
リフィル「憲明~♪見て見て~♪千夜ちゃんから体操着を借りたんだけどどうかな??」
憲明「い、いいんじゃないか?(そ、その姿で人前に出てくるなよ!?)」
桜華「桃馬もどう?凄く動きやすきんだよ?」
桃馬「お、おう、良いと思うよ。(や、やばい、見たら理性が終わる!?)」
理性の崩壊を恐れて、そっぽを向いた桃馬と憲明であったが、当然、そんな事情を知らぬ桜華とリフィルは、再び二人の前に立った。
これにはさすがに、二度目のそっぽは不味いと判断した桃馬と憲明は、目を逸らしながら感想を述べ始めた。
そうなると、桜華とリフィルからしてみれば面白くないわけで、更に距離を縮めて迫り始めた。
リフィル「むぅ、二人ともどうして目を逸らすの?もしかして、似合ってないとか?」
桜華「も、もしかして肌が多いのは嫌でしたか?」
桃馬&憲明「そ、そんなことはない!?」
桜華とリフィルが、
真っ先に肯定すべき服装に疑問を持ち始めると、
桃馬と憲明は、咄嗟に二人の方を向いて本音を漏らした。
リフィル「じゃ、じゃあ、どうしてそっけないの?」
桜華「そ、そうですよ、しっかり理由を言ってください。」
桃馬「うぐっ、そ、それは…。」
憲明「え、えっと…、うぅ……ろい…から。」
リフィル「えっ?ろい??」
憲明「そ、その…その姿が…え、エロいから…直視できないんだよ。」
リフィル「ふぇ?」
桃馬「そ、そう。だから、ひ、一目が気になって、その…ごめん。可愛いけど、そ、外では着ないで欲しいかな。」
桜華「え、えっと…、そうでしょうか?水着よりは良いと思いますけど?」
桃馬「そ、そりゃあ、水着よりは布の面積は広いけど、その…な、何か駄目なんだよ!?」
憲明「そ、そうそう。な、何て言うか、そ、"そそられる"と言うか…。」
リフィル「…クスッ、そそられる…ね~♪ふふっ、憲明のエッチ。」
憲明「~~っ!!!??」
おどおどする憲明の仕草に、
小悪魔的な感情をくすぐられたリフィルは、
思わず憲明の耳元に色っぽい声で囁くと、憲明はオーバーヒートを起こして倒れてしまった。
桃馬「っ!?の、憲明!?」
リフィル「あはは♪憲明は可愛いな~♪」
桜華「…クスッ。とても可愛いわね♪」
桃馬「ふ、二人とも純粋な男心を弄ぶな…よ。へっ?あ、えっ?お、桜華?」
倒れた憲明に駆け寄った桃馬は、
純粋な男心を弄んだ行為を注意するため、二人の方へ視線を向けた。
しかしそこには、先程まで桜色であった髪が、
一瞬の内に妖艶なパープル色に変わった桜華がいた。
見た目は桜華その者だが、
クールで気品のあるカリスマ性を漂わせていた。
そう、今の桜華は、いつもの桜華ではない。
桜華の体に眠る桜華の母、藤霞さんが出てきてしまったのだ。
しかも桃馬に取ってこの展開はピンチである。
あの獲物を捉えた瞳。間違いなくスイッチが入っている。桜華よりも義母との経験が多い桃馬は、その調教とも言えるプレイが身に染みて動けなくなっていた。
桜華様「クスッ。ブルマなんて本当に久しぶり~♪それより桃馬くんが、娘のブルマ姿に興奮するなんて本当に変態ね♪」
桃馬「あ、あわわ!?(は、恥ずかしすぎる!?だ、駄目だ。お、俺、恥ずかしすぎて死ぬ!?てか、三回は死んでる!?)」
リフィル「あ、桜華ちゃんが桜華様モードになった~♪」
桃馬「お、おいリフィル!?他人事だと思って笑うなよ!?は、早くふじ…じゃなくて、桜華を止めろ!?」
リフィル「やだよ~♪そっぽを向いた罰だよ~♪」
桜華様「ふふっ、そう言うこと♪復旧作業は少し休みましょうね~♪」
桃馬「っ、あ、ちょっ!?か、担がないでくださいよ~~!?」
こうして桃馬と憲明は、
スイッチが入ってしまった二人に連れられ、
再びトラウマ級の"しごき"を受けるのであった。