第三百七十話 冥界士相譚その18
ここは一体どこなのだろうか。
辺りは薄暗いだけで何もない。
それに記憶が曖昧なこの感覚。
おそらく、ここは"夢"なのだろう。
とは言っても、
夢にしてはお粗末すぎる酷い空間だ。
まだ競艇場の一つでもあれば良いものの、これなら愛するユメに貫かれる夢の方がまだマシだ。
あれ、そう言えばあれって夢…だったか?
うーん、まあいいや。
考えるだけでも面倒だ。
取り敢えず、覚めるのを待つか。
青年は、その場で大の字で寝そべると、
大人しく夢の終わりを待った。
するとそこへ、
聞き覚えのある女性の声が耳元に響いた。
?「平沼様?こんな所で寝ている暇はありませんよ?」
平沼「…ん?なんだ"ユメ"か?俺は今、その眠りから覚めるのを待っているんだよ?」
さすが気だるげ属性の平沼。
夢と分かっていながらも、突然現れたユメに驚くことも無く平然と返答した。
ユメ「それもそうですけど、それではこの空間から抜けられませんよ。」
平沼「ん?…空間?ここは夢だろ?」
ユメ「…ここは夢ではありません。生と死の境界の狭間ですよ。」
平沼「…生と死の境界…。ん…?じゃあ、ユメに貫かれたあれは現実だったのか。」
衝撃的な話であるが、
平沼は疑いなく冷静にユメの言葉を信じた。
しかしユメは、
そんな平沼に対して悲しい表情で謝り始める。
ユメ「…平沼様…ごめんなさい。」
平沼「えっ?どうしてユメが謝るんだ?」
ユメ「…どうしてって…私は平沼様にあんな酷い事をした挙げ句、命まで…。」
平沼「…あぁ、そんなことか。」
ユメ「そ、そんな事って……、どうして簡単に流せるのですか!?私は、平沼様を殺めてしまったのですよ…、罵倒したり、怒ったりしないのですか?」
平沼「…罵倒も怒るも何も、危害を加えたのは"貞美"だろ?ユメに罪はないよ。」
ユメ「…そ、それは…うぅ。」
平沼「だから、そんな悲しい顔はしないでよ?正直やっと、俺に罰が下されたのだと思っているんだよ?」
ユメ「罰…?」
平沼「…ユメを守れず、のうのうと五十年近く生きてしまった罰だよ。」
ユメ「そ、そんな…、平沼様は悪くありません。元あと言えば、貞美の呪いにかかった怨霊に目をつけられた私が悪いのですから。」
平沼「っ、そ、そんなことない…って、こんなこと言ってたらキリがないな。」
ユメ「ぅぅ、そ、そうですね。」
何もない薄暗い空間で、押してる様で引いてる様な押し問答に、平沼はキリのない話を区切ると、一つの疑問が脳裏をよぎった。
平沼「…そう言えば、ここが生と死の境界ならユメはどうしてここにいるんだ?」
ユメ「えっと、それはですね。私を取り込んだ貞美が倒され消滅した際に、たまたま起きた魂魄剥離で、弱った私の魂が解放されたんですよ。」
平沼「…魂魄剥離って、じゃあ、ユメも…。」
ユメ「はい、持ってあと数分だと思います。それに、これも深い縁なのでしょうか。平沼様の隣に居させてもらっています。」
平沼「…っ、そうか。ユメが隣に居てくれてるんだな。」
現世では、ユメと共に添い遂げられている事を知った平沼は、すぐに背を向けると今にも溢れそうな涙を隠した。
するとユメは、
そんな平沼を見透かしたかの様に、
後ろから抱きついた。
平沼「…っ、ゆ、ユメ。」
ユメ「平沼様…。私は平沼様と再会できて本当に嬉しかったです。」
平沼「っ…ぅ…ぅん。俺も…嬉しかった…。」
震える平沼の声に、
ユメは慰めるかの様に強く抱き締めた。
ユメ「…だから平沼様…どうかお願いです。平沼様は死なないでください。」
平沼「…っ、嫌だ…。俺はユメと一緒に逝く。」
ユメ「…それはだめです。このまま平沼様が死んでしまったら、私は最愛の人を殺してしまった遺恨を持ちながら消滅してしまいます。」
平沼「そ、そんな…、俺は…ユメと一緒なら消滅くらい何ともないぞ?」
ユメ「…クスッ、本当に平沼様はお優しいですね。」
平沼「考え直してくれたかい?」
ユメ「いいえ。それにもう時間がありません。このまま有無を言わさず、私の妖気を与えて平沼様を救います。」
平沼「なっ、ば、馬鹿なことを言うなユメ!?そんなことしたら、また一人になってしまうじゃないか!?」
ユメ「…平沼様は一人ではありませんよ。それに、私の妖気で平沼様が生きてくださるのなら本望です。」
平沼「っ、そ、そんなのエゴだよ!?や、やめ…いたたっ!?つ、強く絞めるなってうわっ!?」
気だるげ属性の割には、激しく抵抗する素振りを見せる平沼に、ユメは見かけによらぬ力でホールドすると、そのまま押し倒した。
ユメ「大人しくしてください平沼様。こうも暴れては、現世にいる私のコントロールに支障が出ますから!?」
平沼「だ、だからそんなのいいって!?これ以上ユメを一人にさせたく…はひっ!?」
体での抵抗が無理と感じた平沼は、
ダメと分かっていながら口での説得を試みる。
しかし、その抵抗も予想通り無駄であった。
ユメは、平沼の耳元に暖かな甘い吐息を吹き掛けると、更に甘噛みの二連コンボに出たのだ。
ユメ「クスッ、耳が弱いのは変わっていませんね?」
平沼「ひ、ひきょうら…んんっ…。」
ユメ「平沼様…とても可愛いです。私も叶うならずっとこうしていたいです。」
平沼「…はぁはぁ。(ま、まずい…、ユメのスイッチが入ってしまった。い、いやまて、むしろこれは逆にチャンスなのではないか?今こうして夢中になってくれれば、妖気を与えることも忘れて、このまま一緒に消滅できるのではないか!?)」
何か違う気がするが、
何とも言えない好都合な展開に、
平沼は、このままユメにもっとその気になってもらおうと、恥ずかしい気持ちを圧し殺して一芝居を打つことにした。
平沼「…はぁはぁ。ゆ、ユメ…み、耳は…や、やめて…はひっ!?」
ユメ「クスッ…はむはむ♪」
平沼「…うぅ、んんっ…んっ!?」
平沼としては、
耳だけで済むと思ったのだろうが、
少々読みが浅すぎた。
ユメは、弱々しい平沼の姿に興奮し、
とうとう下半身に手を伸ばし始めたのだ。
ユメとの再会は五十年ぶりだとは言え、
容姿はあの日から一切変わっていない。
そのため、平沼の方はともかく、
ユメの性欲は極限状態であった。
しかもただでさえ、
平沼と再会した時から我慢していたと言うのに、
ここに来て弱々しい平沼の姿を見せつけるのは、
ユメに取ってS的な感情に火をつける様なものである。
平沼「ゆ、ユメ…な、何してるんだよ!?」
ユメ「はぁはぁ、平沼様~♪わたひ、もう…がまんができまひぇん♪」
平沼「…っ、あ、えっ…うあぁぁぁっ!!?」
先程までの"しんみり"とした展開はどこへやら…。
その後は、何もない薄暗い空間の中で、
ユメによる濃厚な十八禁展開が始まる訳で…。
その一方、平沼の死に悲しむ、
妖楼郭の医務室ではどうなっているのか…。
少し時を戻すこと、生と死の境界の狭間にて、
ユメが平沼を押し倒した辺りから変化が起きていた。
息を引き取った平沼に、
ユメが寝返りを打ちながら抱きついたのだ。
すると、ユメの体は白く光だし、
その光は平沼に注がれるかの様に送り込まれていた。
当然、警戒していたアイシュとリヴァルは、
刀を抜こうとするも、瞬時に刹丸が止めに入った。
千夜「お、大旦那様…これは何でしょうか?」
刹丸「…何と優しい人なのだろうか。自らの魂を沼に注ぐとは…。」
平塚「自らの魂をですか?」
アイシュ「っ、それでは、貞美の謀略の可能性があるではないですか!?」
リヴァル「そ、そうです!も、もし、貞美の意識や妖気が入り込んだらまずいですよ!?」
刹丸「そう慌てるな。怨霊がこんな純粋な光を放つかよ。この方は、正真正銘のユメさんだ。それよりこちらも、妖気を注ぐ準備をした方がいい、もしかしたら生き返るかもしれない。」
リヴァル「し、しかし、それでは、沼さんを生き地獄に…。」
千夜「わかりました、すぐに妖気貯蔵室から妖気をお持ちします。」
リヴァル「千夜ちゃん!?」
千夜「お兄様、ユメさんのご行為を無駄にしてはなりません。」
リヴァル「……だが。」
アイシュ「…リヴァル、ここは大旦那様と千夜の言う通りにしよう。」
リヴァル「あ、アイシュ…。」
アイシュ「…私たちは目先の印象に囚われすぎている。今ここに居られるのは、ユメさんであって貞美ではない…。そうだな千夜?」
千夜「お姉様の言う通りです。お兄様のお気持ちもわかります。ですが、その場を見極めるのも大切ですよ。」
リヴァル「っ…ふぅ…千夜には敵わないな。」
アイシュ「あぁ、これではどっちが姉なのか分からないな。」
最愛の妹に諭され、囚われの猜疑心から解放されたアイシュとリヴァルは、千夜と共に行動へ移るのであった。