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第三百六十九話 冥界士相譚その17

本来関係者以外入る事がない通路にて、

緊急のため多くの部屋が医務室として解放されていた。しかし、医務室と言っても療養部屋であるため、診察してくれる医務室は、昴が教えてくれた通り"左手奥"の末端にあった。



狭い廊下を歩き、人混みを掻き分けながらたどり着いたヴィーレとギールは、そのまま医務室へ入ると、そこには重苦しい空気を漂わしながら平沼を見守る千夜たちがいった。


千夜「あっ、ギールさん。」


ヴィーレ「お、おいおい、一体どうしたんだ?」


ギール「も、もしかしてタイミングが悪かったでしょうか?」


千夜「い、いえ、大丈夫ですよ。そ、それより、何かご用ですか?」


ギール「はい、それなんですけど…。」


ヴィーレ「ちょっと前に温泉街を回っていたら道端で倒れている人を見つけてな。すぐに診て欲しいんだ。」


千夜「っ、そ、それは大変です。えっと、どうしようかな、今主治医は出払っているし…。」


刹丸「ふむぅ、取り敢えず瘴気(しょうき)濃度と妖気濃度の検査をした方がいいな。」


千夜「そうですね。その程度ならすぐにでも出来ますね。」


刹丸「よし、そうしたらヴィーレ様?そのまま負傷した方を担いだ状態で、この椅子に座ってもらえますか?」


ヴィーレ「お、おう。」


ヴィーレは、刹丸の指示に従い、

診察室でありそうな丸椅子に腰を下ろした。


するとその拍子に、ヴィーレの背中に隠れた女性の顔が現れると、見覚えのある女性の顔に刹丸と千夜は驚愕した。


刹丸「っ、こ、この方は…。」


千夜「っ!?ゆ、"ユメ"さん!?」


ヴィーレ「うわっ!?な、何だよいきなり?」


ギール「お、お知り合いですか?」



これも強い(えにし)の結び付きなのだろう。


"ユメ"と言う女性は、直ぐ隣で生死を彷徨(さまよ)っている平沼の恋人である。


先の事件では、

呪霊三女の一人、"貞美"の器として利用され、

愛する平沼に対して瀕死の重症を与えてしまい、更には貞美に取り込まれると言う悲劇を迎えていた。



そのため、千夜の口から出た"ユメ"のワードに、

同僚の平塚、平野、平間、平賀も目の色を変え、

アイシュとリヴァルは、刀に手を置いて警戒した。


当然、会った事もなければ、その様な事情すらも知らないヴィーレとギールは、千夜たちの反応に驚いた。



千夜「え、えぇ、まあ……ぅぅ、大旦那様。」


刹丸「…大丈夫だ。そう心配するな、おそらく、今のユメさんは、魂魄剥離(こんぱくはくり)による分離の可能性がある。」


千夜「魂魄剥離?」


ヴィーレ「お、おい、一体何話してるんだよ!?」


ギール「え、えっと、見たところ身内の問題っぽい話だね。」


刹丸「申し訳ない、話が一方的過ぎますよね。」


たまたまとは言え、

事情を知らない二人に対して、

刹丸は事の次第を簡単に説明をした。


ちなみに、魂魄剥離とは、

妖怪用語で"魂の一部が欠ける"と言う意味で、

大半の欠けた魂は、微量の妖気しか持たず、余命幾ばくもない霊体として出現する。



しかし、例えユメの姿でも、

中身は貞美の可能性があるため、

油断は出来ない状態ではある。


そのため、

これが貞美の最後の足掻きによるものか。


あるいは、

稲荷がわざとユメの魂だけを剥いだのか。


それとも、

ただの偶然なのか。


真相は不明である。



ヴィーレ「…なるほどな。あたしたちは、知らない内に危険な幽霊を運んできてしまったわけか。」


ギール「で、でも、もしユメさんの中身が"貞美"の魂のままなら、当に俺たちは殺されているよな。」


刹丸「う、うむ。正直考えるだけでも恐ろしい話ですが、ギール様の言う通り"ユメ"の魂が、もし貞美の物であったのなら、いち早くお二人の魂を喰らい再起を図っていたでしょうね。」



ギール「ごくり、執着心が…異常ですね。」


ヴィーレ「だがこれで.この"ユメ"って子の魂が、貞美の(もの)じゃない可能性が高まったわけだ。」


刹丸「一応、そうなりますね。」



知らぬ間とは言え、身を呈しての検証が功を奏し、小さな安全性を確認することができた。


しかし、現場にて"ユメ"の急変を目にしていたリヴァルとアイシュは、警戒を解くことなく厳しい提案をした。



アイシュ「大旦那様、今すぐこの者を滅しましょう。」


刹丸「なに?」


リヴァル「そうです。先の貞美を見る限り、言葉巧みに相手を油断させ、隙を見せた所で急変する様な危険な存在です。」


刹丸「確かに、まだ本性を見せていないだけの可能性は十分にある。だが、この巡り合わせは何かの(えん)だと思うぞ。」


アイシュ「っ、縁…ですか。」


リヴァル「し、しかし、貞美は人の優しさを漬け込む鬼畜ですよ?」


刹丸「…どのみち、ユメの妖気は持ってあと五分…、俺たちの監視付きで"沼"の隣で寝かせてやれば……。」


せめてものの情けだろうか、

刹丸が穏便に二人を説得していると、

生死の境を彷徨う"沼"に異常が出始めた。


体の妖気が抜け始めると急激に痩せ細り、

急速に悪化し始めたのだ。


平塚「っ!おい、沼!?しっかりしろ!?」


刹丸「っ、どうした!?」


平塚「…は、早く主治医を呼び戻してください!?妖気が抜け始めて、や、痩せてきています!」


刹丸「ま、まずい、急いで妖気を注いで進行を送らせろ!」


平塚「は、はい!」


千夜「お姉様、お兄様も手伝ってください!」


リヴァル「お、おう、わかった!」


アイシュ「っ、えぇ、わかったわ。」


平沼の死への大進行を抑えるべく、

千夜を筆頭に妖気による応急処置が始まった。


ヴィーレ「お、おいおい、大丈夫なのかよ!?」


刹丸「…ヴィーレ様、ギール様。申し訳ないですが、事は急を要する事態になったため、ユメをここに置いて一時医務室の外へお願いします。」


ヴィーレ「お、おう。」


ギール「…わ、わかりました。」


妖気を持たぬヴィーレとギールは、

一瞬、何か力になろうと考えるも下手に動けば取り返しのつかない事態を招く事を考え、ここは大人しく引き下がろう考えた。



しかし、ヴィーレがユメを下ろそうとした時

瀕死の平沼から力のない声で何かを言い出した。


平沼「……メ……ユ………メ……。」


平塚「っ、沼どうした!?何だって!?」


千夜「み、みんな静かに、沼が何か言いかけてるわ。」


騒がしい状態では聞き取れない声の大きさに、

千夜は急いで静かにするように呼び掛けた。


平沼「……ユ…………い……………か…。」


平塚「ユ……い…か?」


平沼「…ユ…メ……。」


平野「ユメ…い…か。」


平賀「っ、わかった!"ユメいるか"だ!」


千夜「っ、ヴィーレさん!ユメさんをこっちに!」


ヴィーレ「お、おう、な、何かわからないが待ってろ。」


訳もわからず振り回される続けるヴィーレは、

千夜に頼まれるがまま、瀕死の平沼の隣にユメを置いた。



平塚「ほら、沼!?ユメさんが来てくれたぞ!?」


平沼「……ユ…メ……?」


ユメ気配を感じ取ったのか、

閉じきった目をゆっくりと開いた。


その瞳に光どころか生気は無く、見守る一同は目に涙を浮かべ、まもなく命が尽きる状態を覚悟した。



しかし、そんな状態な平沼でも、

ありったけの力を振り絞ったのだろう、

痩せた腕をゆっくりと動かし、愛するユメの手に触れたのだ。



平沼「……ユ…メ。」


感覚も微量の程度でしかわからない平沼は、

最後にか細い声でユメの名を呼ぶと、静かに目を閉じた。


平塚「おい、おいっ!沼っ!!おい!」


平塚は平沼の肩を掴んで揺さぶり起こそうとするも、平沼の目は開くことはなかった。


平間「…塚、もうやめろ。」


平塚「うるさい…、まだ消滅はしてない。まだ…まだ。」


千夜「うぅ、ひっく…。」


平野「……沼。」


平沼の命は完全に消えた。

医務室には、惜しむ悲観の声が響いた。



ギール「ヴィーレ姉…。」


ヴィーレ「あぁ…、残念だが今はここを出よう。」


ギールとヴィーレは、

悲しみの空気が広がる空間に耐え兼ね、

謹みを込めて一礼すると、その場を後にした。



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