第三百六十五話 冥界士相譚その13
陰陽師による共鳴と舞いは同じ動作を繰り返し、
なんと三十分近く経っても終わらなかった。
これに対して、同じ光景を見せられている貞美は、その焦れったさから、ある意味の屈辱を味合わされていた。
貞美(な、長すぎる…こ、これは私に対して恐怖を与えようとしているのか…。もしそうなら小賢しい真似を…、呪霊三女である私をこけにして……絶対に殺してやる…。)
意図が分からない陰陽師共の行動に殺意を抱く中、
無意識に拘束された手足に力が入ると、とある事に気づく。
貞美(ん?鎖が緩い…。これなら、力を一点に集中させたら破壊できるかもな。)
これも陰陽師らの慢心による物なのか、
一瞬の隙を掴んだ貞美は、渾身の妖力を拘束された手足に込めた。
すると予想通り、光の鎖は弾け飛ぶと、
貞美は有無も言わずに襲いかかった。
だがしかし、貞美は肝心な事を忘れていた。
この空間は既に、陰陽師のテリトリーである事に。
そのため、
空間の四方八方から光の刃が貞美を襲った。
貞美「…っ!?かはっ!?」
いくつもの光の刃が貞美を貫き、
禍々しい妖気が徐々に浄化していく。
対して孔真たちは、
何食わぬ顔で共鳴と舞いを繰り返していた。
貞美「くっ…私の動きは…お前たちの…手の内って…事か。」
岬「ふっ、そう言うことだ。本来なら既に滅してやるところだが、今回はお膳立てだ。少しだけ寿命が伸びたことに感謝するんだな。」
貞美「な、なんで…すって…。」
岬「まあ、今に分かる。さて…そろそろ終わらそうか。」
岬は、力強く錫杖を三回地面に叩くと、貞美の真下に、再び青白く光る五芒星が現れる。
一回目より光が強く、真っ暗闇の中で直視した際には、失明してしまうほどの強さであった。
貞美「こ、これは…。」
岬「ここ最近溜め込んだ俺の不運の結晶だよ。」
貞美「っ、不運の…結晶だと。」
岬「あぁ。俺は自ら受けた不運を糧にして恩恵を得ることができる。と言っても、ほとんどが割に合わないけどな。」
貞美「不運を…糧に…恩恵だと…くっ…。」
不運を糧に力得ると言う救済能力に、
一見は、怨念を糧にして力を得る怨霊たちとあまり変わらない様に見えるが、貞美自身の中では大きく意味が違っていた。
貞美「己…何が不幸だ…。結局、救いがあるではないか…。その程度で私と対等に話せると思っているのか!」
岬「…いいえ、貴女の意見は世の理を的確に突いている。確かにこの世の中は無情だ。みんなが"持つ者"であれば、これほど平和なことはない。だが実際は、"持つ者"と"持たぬ者"が存在する不平等な世の中だ。」
貞美「……そこまで、わかっているのなら…何故、前を向ける。これが不運に愛された結晶なら…お前も苦しい思いをしているだろう…。」
岬「…確かに苦しいと思ったこともある。正直、この世の中になっていなければ、間違いなく俺も貴女みたいになっていただろう。幼い時から運に見放され、つまらない人生を送っていたからな。」
貞美「……ふっ。ならお前は、本当に幸せだな。例え不運に見舞われても光が見えるのだからな。それに比べて私たち怨霊は、光もなく、孤独と深い未練と因縁に縛られ苦しんでいるぞ。」
岬「…光もなく私念に囚われるか。」
貞美「…ふっ、所詮お前の不運とやらは…、勝ち組の領域に居て些細なことなんだよ。」
岬「…些細か。 」
同じ不運や不幸でも"人の感覚"によって、
その価値観は全く異なる物である。
そのため、貞美の話を聞いた岬は、
"光のある不運"と"光のない不運"について考えさせられた。
人は自分に取って良くない事が起きれば、大小問わず"不運"としてまとめしまうケースが多い。
一言で不運と言っても"先に進める不運"と、
"解決できる不運"と言った"光ある不運"。
そして、"先にも進めぬ不運"と、
"何をしても解決できず更に傷を深めるだけ"と言った、"光のない不運"に分けられる。
こうして分けることで、どれが幸せな不運なのかは、
一目瞭然である。
貞美「…我ら苦しむ存在は、同じ思いをした者にしか理解は得られない…。知らぬ者に話せば、理解を得られず、ただただ傷を深めるだけで終わってしまう…。これでも勝ち組と呼べると思うか。」
岬「…確かに言えないな。」
貞美「ははっ、そうだろう。だから…。」
岬「だからと言って、己の私念を関係のない人たちに当たり散らすのは間違っている。」
貞美「っ、な、なに…。」
岬「…貴女には感謝します。不運の感覚について、改めて考える機会を与えてくれて…。」
貞美「くっ、その様な中身のない言葉をほざくなぁぁぁっ!」
ありったけの妖気を放出させた貞美は、
半ば強引に光の刃を体内へ取り込むと、血塗られた包丁を取り出し斬りかかった。
しかし……。
岬「哀れだな。…鳳鳴獄炎卒!」
貞美「っ!ぎぇやぁぁぁっ!!?」
溜め込んだ不運を全て糧にして放った陰陽術は、
五芒星を通して蒼白い炎を激しく立ち上がらせ、
結界内に轟音と共に眩しい光が照らされた。
しかもその威力は、
岬が最初に心配していた通り、
結界が破れ、蒼白い炎と共に貞美が打ち上げられた。
するとその先には、
金色のオーラを纏い、目を赤く光らせては、
クールな表情で宙に浮く稲荷の姿があった。
稲荷「哀れな怨霊よ。己の事を理解してほしかったら…、私の計画を踏みにじり台無しにしてくれた怒りを知りなさい!"殺生金剛波"!!」
もはや、身籠り計画に必要な妖気を失い、
渾身の秘技を撃つ事しかできなくなった稲荷は、五芒星の上位術である六芒星を出すと、紫と金色のオーラを纏った衝撃波を放った。
貞美は、反撃するどころか防御の構えも見せずに、怒りと悲しみの念が籠った衝撃波をその身に付け消滅した。
そもそも、この時の貞美は、
岬の"鳳鳴獄炎卒"で気を失っていたため、
稲荷の私念を込めた衝撃波は、まさにオーバーキルであった。