第三百六十四話 冥界士相譚その12
シャルと犬神による怒涛の攻勢は、
一見、手応えのあるものに見えたが、
現状は、貞美の掌で踊らされていたに過ぎなかった。
本来の姿を表した貞美は、
膨大な怨念と殺気を纏った妖気を放ち、シャルと犬神の足を止めさせると、手始めに犬神に対して精神的苦痛を与えた。
この世の苦しみとも言える"念"を受けた犬神は、
"今まで感じた事の無い苦しみ"に精神が壊れそうになるまで追い詰められた。
しかし、貞美の精神的攻撃は止まず、
シャルに対しても同様の苦しみを与えようとする。
まさに絶体絶命と言える中、
突如、光輝く鎖が現れ貞美の手を拘束した。
同時に辺りは急に暗くなると、太鼓、笛、鈴の音が響き、貞美の足元から青白い五芒星が浮き上がった。
シャル「こ、これは…な、何なのだ。」
貞美「ふふっ。今度は陰陽師か。…この程度の術で今の私を倒せると思うとは実に滑稽なこと。術ごと呑み込んでやろうぞ。」
貞美は血塗られた包丁を取り出すと、
浮き上がった五芒星に突き立てる。
しかし、突き立てた五芒星から、
更に光輝く鎖が飛び出し貞美を拘束した。
貞美「なっ!これは…罠!?」
単純でそれ程強くない術ではあるが、
光輝く鎖は、的確に妖気の回路を塞ぎ、
貞美の力を弱体化させた。
上手い具合に罠にかかった貞美に、
そこへ若い男性の声が響く。
?「やっぱり、そう来ると思いましたよ。」
貞美「くっ、私を踊らせるとは…いい度胸ね。」
?「未熟な強い者ほど、"己の力に酔いしれ、慢心しがち"、ただ私はそれを利用しただけです。」
貞美「…へぇ、私の恩恵をダシにしたわけね。」
?「ダシもなにも…犬神の忠告を無視した結果だろ?」
貞美「……本当、いい度胸ね。」
若い声に翻弄されイラつく貞美。
一方シャルは、桃馬たちの声ではない聞き覚えのある声に、とあるクラスメートの人物が浮き上がる。
シャル「こ、この声…。た、確かどこかで…、っ、まさか、孔真か?」
孔真「よく分かったなシャルさん?ここに着いてから二人の姿には驚いたが、狐様のお陰で何とか整理はついているよ。」
シャル「狐様…?っ、稲荷は無事なのか!?」
孔真「もちろん無事だ。むしろその伝説級の怨霊を滅そうとやっけになってるくらいだ。」
シャル「そ、そうか。それはよかったのだ。」
稲荷の安否が上々であると知ったシャルは、
少しながら安堵した。
しかし、目の前で拘束されている貞美は、
光の鎖を外そうとやっけになっていた。
貞美「…ぐっ、何故だ。何故私の妖気に取り込まれない!?」
孔真「ふっ、簡単な話だ。お前より強い力が干渉してるからな。」
貞美「な、なに…わ、私より強いだと?」
孔真「あぁ、今のお前らに取って、最も危険視しないといけない存在にな。」
貞美「…危険視だと、」
孔真「あぁ、"あいつ"の不運も相当だろうしな。ここで発散してもらおう。岬やるぞ。」
?「本当にいいんだな?温泉街が吹き飛んでも知らねぇぞ。」
孔真「安心しろ。そのための対策結界だ。狐様のお力もあるから多分大丈夫だろう。」
?「多分って、後で俺のせいにするなよ?」
孔真「…ふっ、いくぞ。しっかり合わせろよ。」
平安風の黒色の和服を纏った孔真は、
横笛を懐から取り出すと吹き始める。
それに続いて、太鼓と鈴の音が響くと、
暗い空間に蒼白い松明が灯され、孔真を始め多くの陰陽師たちが姿を現した。
シャルと犬神は結界の外へ出され、
本格的な陰陽師の戦いが始まった。
ここで、初回キャラ紹介。
新発田孔真と共にしている岬と言う男。
名を柏崎岬。
春桜学園、臨界制の二年二組。
大から小、ピンからキリまで、一度不運や不幸の歯車が動けば、どこで続くか分からない無限連鎖に見舞われてしまう、学園一不運と不幸に愛された男である。
しかし、恋愛運だけは別格で、
臨界制生徒会長にして、帝都グレイムを支える家柄の令嬢である"シルフィーナ・コードルト"の彼氏である。
ちなみに、シルフィーナは、
クールで美しく、絵に描いた様なスタイルに、
腰まで伸びた金髪ポニーテールの美女である。しかも、文武両道のため、臨界制の生徒から慕われている存在である。
そのため、恋愛運の代償として、
学園にいる際は、日々監視の目が敷かれ、
何かあれば学園流の"死刑"が用意されている。
それだけならまだしも、
足をつまずけば、高確率で川や階段などへ転落。
揉め事の巻き添え案件多数。更には、スマホの紛失、破損が、一ヶ月の内に三回もあった過去がある。
岬の運の無さは、幼い時からの生まれつきで、幼い時には欠かせない"くじ運"も皆無に等しく、カードやお菓子(おまけ付き)を買っても"レア"すら当たらない鬼畜仕様である。
そのため、幼い時からもどかしいストレスを溜め込んだ結果。髪の色は既に真っ白である。
一応、今の時代だからこそ使える救済もあるわけだが、それは追い追い。
話を戻し、
孔真率いる陰陽師たちが奏でる"音"は、
まるで意識でもあるかの様に共鳴し、次々と貞美の回りに色鮮やかな蝶が舞ったり、蒼い線が川の様に曲線を描きながら通ったり、そこへ錦鯉が跳ねたりと幻想的な空間が作られた。
更に岬は、自ら出現させた五芒星から錫杖取り出すと、共鳴する音に合わせて舞い始める。
岬「一心錫杖の舞い"鳳鳴"。」
貞美「くっ、無駄な封印でもする気か…そんなのすぐにんんっ!?」
貞美の"お決まりな台詞"に、煩わしく思った岬は、錫杖を"カツン"と地面に叩きくと、陰陽術で貞美の口を塞いだ。
声も出せない、動けない、力も使えない。
完全に袋叩き状態に、貞美は為す術なく、
この先起こる運命をただ待つのであった。
十分後。
変化なく共鳴と舞いは続く。
更に十分後。
特に何することもなく舞いは続く。
ここで共鳴がループしている事に気づく。
更に更に十分後。
相当この共鳴が好きなのだろう。
まだループしていた。
最初は我慢できていた貞美であったが、
徐々に屈辱的な感覚を覚え始めると、
心の底から殺意が込み上げて来るのであった。