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第三百六十三話 冥界士相譚その11

呪霊三女の一角、

貞美討伐の狼煙(のろし)が上がった。



金髪狐お姉さんこと"両津稲荷"は、

貞美を中心に漂う妖気を(まばた)きする間に払うと、すぐに強力な妖気封印結界を施した。


怨霊「うあっぁ…ぁっ…カカカ…。」


魍魎「ァァッ…ぐぎっぁあっ…ぁぁ、」


貞美「……ぁぁ…結…界…か。」



貞美以外の怨霊らは、

辺りをキョロキョロとしながら動揺し始める。


しかし、貞美に至っては、

予想通りと言わんばかりの"無"であった。


するとそこへ、

魔王としてカリスマ溢れる姿に戻ったシャルと、

青年くらいの姿まで成長した、黒髪けも耳イケメンの犬神が、怒涛(どとう)の勢いで貞美に迫る。


シャル「邪魔だ亡者共!怪我したくなければ道を開けろ!」


犬神「未練足らしてねぇで、さっさと冥土に行きやがれ!」


怨霊「ぐげぇあぁぁっ!?」


魍魎「ぐがぁあっ!」


貞美の元へ向かうシャルと犬神は、

特段、固有の武器を持っている訳でもなく、

魔法と体術(拳と蹴り)だけで、付近の怨霊と魍魎(もうりょう)を滅していた。


この勇ましい光景に、

建物の屋根から見ていた稲荷は、

二人の強引な勇姿に驚いていた。



稲荷「あらあら、二人とも張り切ってるわね♪これなら何とか計画に"必要"な妖気は保てるかしら。」


現状の見立てなら、

明日の朝にも直人の子供を身籠れる計算である。


本来の計画なら今夜にでも身籠ろうとしていた稲荷であったが、転移術の連続使用に続いて、怨念を纏った妖気を払うだけでも、自身の二割程度の妖気を消費した。


更には結界を張っても、じわじわと怨念を纏った妖気に犯され、稲荷の体力と妖気を(むしば)んでいた。



貞美「…カカカ…足りぬ…怨念が…足りぬ…。ぁぁ。」



シャル「ふっ、妖気が使えなければ、ただの案山子(かかし)の様だな。ならばこれでも喰らえ!」



作戦開始から数秒で貞美の目の前まで来たシャルは、

手加減なしの渾身の黒炎(こくえん)を見舞った。


貞美「っ!ギエェェヤアァァッ!」


防御の構えをする分けてもなく、

シャルの黒炎を直に受けた貞美は、

悲痛なうめき声を上げた。


更に黒炎は、

付近の怨霊、魍魎らを捲き込み一瞬で消滅した。


しかし、シャルたちの攻撃はこれで終わらず、

燃える貞美の(ふところ)に犬神が飛び込んだ。


犬神「秘技(ひぎ)"黒士一閃(こくしいっせん)"!」


貞美「がはっ!」


犬神の秘技は、燃える貞美の"みぞおち"を貫き、

半壊した建物に向けて吹き飛ばした。


犬神「…ふぅ。」


シャル「ポチよ、手応えはどうであった?」


犬神「…いえ、みぞおちを貫きましたが、まるで空箱を貫いた様な感じでした。おそらく、わざと受けたのかもしれません。」


シャル「ふむぅ。敢えてその身で受けたか。まあ、そうであろうな、そうでなければ、我の黒炎を無抵抗で受けたりしないだろうからな。」


犬神「もしかしたら、本気ではないのかもしれませんね。もしそうなら、本気にさせる前に滅するまで攻撃を仕掛けた方が良いかもしれないですね。」


シャル「うむ、下手に覚醒されても困るからな。早いところケリを…っ!?」


犬神「っ!?」


貞美が手を抜いている今が好機と見た二人であったが、突如として身の毛のよだつ様な殺気が、一気に辺りを覆った。


流石の稲荷でも危機感を感じる妖気に、

稲荷は声を張り上げながら二人の退避を呼び掛ける。


稲荷「二人とも早くそこから離れなさい!」


シャル「う、うむ。わかっておる…。だが…。」


犬神「くっ…う、動けない…、あ、足が強張って…くっ。」


稲荷「っ、まさか金縛り…。(まずいわね…、貞美の怨念の力が、二人の力を遥かに凌駕(りょうが)している。この数分の内にここまで強化するなんて、さすが…呪霊三女ね。)」



普通の人なら魂を抜かれる程の妖気に、

稲荷の警戒度は最高値まで到達した。


幸い半壊した建物から貞美の姿は見えず、

二人を救うなら今が好機である。


稲荷は、計画に大切な妖気を渋々使い、

転移術で動けない二人を妖楼郭へ返そうとする。



だがしかし、稲荷の妖気は既に、

貞美の手の内に収まる程まで差がついていた。


そのため、術はかき消され、

犬神とシャル共々、黒く禍々しい妖気に拘束された。



稲荷「くっ、こ、この…離しなさい!?(まずいわね…。この黒い妖気…、私の大切な妖気を吸っている…、このままだと、直人との子供を身籠れなくなる所か、妖気に取り込まれてしまう。)」



シャル「くっ、力が抜けてしまう。まさか、ドレインタッチの類いか…。」



犬神「わふぅ…、こんなの…ありかよ。」



貞美が放つ妖気の範囲内であれば、

例え相手が神様でも容赦なく力を奪える能力に、

三人の焦りは隠せなかった。


そんな状態の中で、

とうとう半壊した建物から貞美が現れる。


怨念の力が強くなっているせいか、

先程まで原型を留めていなかった貞美の姿から一変。

本来の"貞美"としての姿に変わっていた。


白装束を装い、

地面に着く程まで伸びた黒い髪。

生気を感じられなかった瞳には、

冷酷と憎しみを宿していた。



貞美「ふ…ふふっ。あぁ…これよ…。これよ…。この絶望に満ちた…この怨念……。ぁぁ…感じる…人並みの運に恵まれず…天に見放され…地べたを這いつくばっても報われず命を落とした者たちが…各地で暴れている…ふふっ。」


自分を中心に復讐の灯火が、"あちらこちら"でつけられている事を感じた貞美は、両肩を抱くながら不敵に微笑んだ。



シャル「むぐっ、何と言う奴だ。」


犬神「くっ。お主の様に苦しむ者の気持ちは分からぬが、世界の摂理(せつり)に適合しなかった点については同情する…。だがそんな私念を、関係のない者に当たり散らす意味はあるのか!?」


貞美「…ふふっ。同情出来るのに、苦しんでいる人の気持ちが分からないなんて…、何て他人行儀で客観的な感想なのかしら。」


犬神「っ、な、何だと…。」


貞美「ふふっ。どうせあなたちは、"私たち"の様に"苦しみ"を抱えている者の気持ちを一生分からないでしょうね。」


犬神「で、では、その苦しみとは何なのだ。」


貞美「ふふっ、聞かなければ分からない…。確かにそうね。でも、こう言う境地に立った者の話を聞きたいのなら、それなりの覚悟を持った方がいいわよ。」


犬神「か、覚悟だと…。」


貞美「ふふっ。そうよ。」


貞美は不敵な笑みを浮かべながら、

動けない犬神の元へ向かう。



シャル「っ、ポチに何をするきだ!」


貞美「ふふっ。安心しなさい。私をここまで強くしてくれたあなたたちを、すぐに殺したりしないわ。」


犬神「っ、なら…早く殺したらどうだ。その油断と慢心が命取りになるぞ。」


貞美「ふふっ。忠告ありがとう。でも…殺すなら、私たちの苦しみを知ってからの方がいいわね。」


犬神の忠告を無視した貞美は、

真っ白な手で犬神の手に触れた。


犬神「な、何を…っ!!!!?!?」


犬神の脳裏に、何千、何万、幾万もの、

不運に愛され。人並みの運にも恵まれず。決して解決できぬ悩み抱え。未練と怨念を抱えて命を落とした者たちの思い。そして、現社会で苦しむ者たちの憎悪が一気に犬神に流し込まれた。


シャル「っ、ポチ!?」


犬神「ぁっ…かっ…うっ、おぇぇっ!」


精神的に大きなダメージを受けた犬神は、

思わず膝をついて嘔吐した。


貞美「ふふっ。先程の大層な余裕はどうしたの?」


犬神「はぁはぁ、はぁはぁ!?」


貞美「ふふっ。胸の辺りを押さえてどうしたの?もしかして動悸が出始めたのですか?…ふふっ、どうですか?苦しんでいる者たちの基本的な気持ちは?まだ、こんなものじゃないですよ?」


貞美は、すべての苦しむ者たちを代表するかの様に、

再び犬神の手を握ると更に念を送り込む。


犬神「があぁぁっ!?はぁはぁ、や、やめっ…うっ!?」


シャル「っ、や、やめろ!ポチが壊れてしまう!?」


貞美「ふふっ。陽気な者や現実理論主義者(げんじつりろんしゅぎしゃ)ほど、私たちの事を知ってもらう必要があるわ。何故なら大抵の者は、その人の境地に立って初めて気づくもの。でもね、それでは遅いのよ。例えるなら、いじめっ子が"いじめられている子"の気持ちが分からない様に、もし"いじめられている子"の気持ちが分かれば、そもそも"いじめ"なんて起きないわ。」


シャル「っ、そ、それは…、そうだが…。」


貞美「ふふっ。ならあなたにも教えてあげようかしら…。」


シャル「っ、よ、よせ…や、やめるのだ。」


貞美「ふふっ。あなたはどこまで耐えられるかしらね。」


シャル「ひっ!?」


怯えるシャルに貞美が手を握ろうとすると、

突如、光輝く鎖が貞美の腕を捕えた。


貞美「っ、これは…陰陽術…っ。」


突如出現した光輝く鎖が、

陰陽師の技だと感覚で察知すると、

一瞬で辺りが暗くなった。


すると同時に、

どこからか太鼓、笛、鈴の音が響き始めると、

貞美の足元に蒼白い五芒星が浮き上がるのであった。



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