第三百六十二話 冥界士相譚その10
ぁぁ…、この世は無情だ。
天運尽き、神と見仏にも見放され、
幾万の苦しみと怨念を抱えた霊たちが彷徨っている。
強者に屈した弱者。
富みに敗れた貧困の者。
理不尽な行為で虐げられた者。
騙され全てを失った者。
事情は様々であるが、集結した怨霊、魍魎らは、貞美の怨念を吸収し、殺意に満ちた思いと共に、怨念を晴らそうと暴れまわる。
貞美「ぁぁ…、壊せ……全て…呪え…。皆…絶望し…我らの…地獄の思いを知れ…。」
怨霊「カカカ…アッ…ァァッ…。」
魍魎「…ぁぁっ。憎らし…。」
貞美の一声に、更に狂暴化する怨霊共を半壊した建物の屋根から、イケメン男子と化した犬神が見下ろしていた。
犬神「…禍々しいものだな。やはりここは、手っ取り早く貞美を取るに限るか。」
?「ふむふむ、此度の元凶はあそこにいる、如何にも危険なオーラを漂わしている奴の様だな。」
犬神「えぇ、恐らくは…ん?なっ!?シャル様!?」
突如耳に入った美女の声に、一瞬流した犬神であったが、ふと違和感を感じて横を向くと、そこには立派な二本の角を生やし、凛々しく大人びた姿のシャルがいた。
見たところ追って来たのだろうか、
浴衣は少しはだけており、胸の谷間や素足を大胆に出していた。
魔王らしいカリスマを漂わせているが、
普通の男なら魅了してしまう格好である。
シャル「しっ。静かにしろ。見つかってしまうだろう。」
犬神「す、すみません。えっと…どうしてここに?」
シャル「どうしてだと?…まあ、色々と言いたいことはあるが、ポチ一人で、こんな危険なところに行かせられるか。」
犬神「…っ、シャル様…うぅ。」
思わず平伏してしまう程の"魔王シャル"のカリスマ性に、犬神は心を打たれた。
シャル「それにあの肌を刺す様な禍々しい妖気…。遠くからでも嫌な予感はしていたが、こうして近くで感じると更に厄介だな。」
犬神「えぇ、私もここに来て予想以上の強さに驚きました。…でも、私とシャル様なら押さえ込めるのではないでしょうか?」
シャル「うむ、確かに、二人で真っ向から攻めれば、押さえ込めるかもしれないが、問題はあの禍々しい妖気をどうするかだ。」
犬神「…えぇ、あの妖気は憑依系の類いです。一歩でも間合いに入れば精神を蝕み、やがて呪われ洗脳されてしまいます。」
シャル「なるほど、やはりそういう類いか。」
犬神「はい、とても厄介な代物です。そうなると私かシャル様で、あの妖気を押さえ込まないといけないですね。」
シャル「うーん、問題はそこだな。今の我では、一人であの者を倒すのは厳しいかもしれん。ポチはどうだ?」
犬神「…正直私もギリギリって所でしょうか。何せ相手は、神すらも呪っては喰らう輩ですからね。」
シャル「それは本当に厄介な相手だな。うむぅ~、そうなるともう一人、有力者が欲しい所だな…。」
勝機ある作戦が完成するまで、あと一歩の所まで辿り着くも、最後のピースが揃わず隙を伺い始めた。
するとそこへ、
二人の背後に怪しい転移ゲートが開かれると、
柔かで良い香りを放つ何者かに、二人は抱き寄せられた。
犬神「わうっんん!?」
シャル「はうっんんっ!?」
妖気や気配すらも感じない中で、
突如、背後から抱きつかれ思わず声を上げるも、
すぐに口を塞がれてしまう。
当然二人は敵かと思い、
気配を感じない相手に動揺した。
?「しーっ♪二人ともお困りみたいね~♪お姉さんが手を貸してあげようか?」
シャル「ぷはっ…っ!…ん?お、お主は…、た、確か直人の姉の…稲荷と言ったか。」
塞いだ手を反射的に振りほどいたシャルは、
距離を取って戦闘の構えを見せるも、見覚えのある稲荷の姿に戦闘の構えを解いた。
稲荷「クスッ、正解♪シャルちゃん元の姿に戻ったのね♪とてもおいし…強そうね♪」
シャル「うぐっ、わ、我を見るなり美味しそうとは…、お、お主…、やはり、サキュバスの類いか。」
稲荷「コンコン♪サキュバスじゃないわよ~♪私は見ての通り…えっと…可愛い子に目がない、至って普通のけも耳お姉さんよ♪」
シャル「ど、どこが普通なのだ。…こ、こんな時に犬神の体をまさぐっておきながらよく言うではないか。」
犬神「…ふぅ…ふぅ…。」
青年姿の犬神を"ギュッ"と抱きしめては、
浴衣の中に手を入れ、犬神の敏感な部分を嫌らしく触っていた。当然、犬神から溢れ出る精気はもちろん、神力、妖気、魔力などの力をしっかり吸い取っていた。
あまり襲われることに耐性がない犬神は、
そのイケメン姿のまま、頬を赤らめては涙目になり、
抵抗すら出来ずに呑まれていた。
稲荷「あらあら、バレちゃった♪シャルちゃんの観察力は鋭いはね♪」
シャル「いや…、観察力と言うよりも、そっちが見せつけてるのだが。」
稲荷「クスッ♪大きくなると色々と機転が聞くようね。」
完全に稲荷ペースのやり取りに、
あのシャルでさえも釣られて苦労し始めていた。
シャル「と、とにかく、今はふざけている場合ではない。何とかしてあの元凶を叩かなくては、被害が増える一方だぞ。」
稲荷「わかっているわ♪だから"リスク"を冒してまで来たんだから。」
シャル「それなら普通に来て欲しいところですが…。」
稲荷の天然っぷりに、
とうとう、ツッコミを入れてしまう。
後に、シャルの苦手ランキングで、
不動の一位となるとは、今では知らないところである。
ちなみに稲荷は、こんな緊急時でも、
犬神とシャルを襲いたくて"ウズウズ"しており、
この件が解決したら、どう可愛がって上げようかと、
脳内で模索していた。
稲荷「クスッ。さてと、実際今の私なら、一人で何とかなると思うけど、もしかすり傷でもつけちゃったら、直人が暴走するかもしれないからね。ここは二人の力を貸してくれないかしら♪」
シャル「…うぐっ。わ、わかった。手を貸してやろう。(何と言う余裕なのだ。我より年下のはずなのに…、なぜこうも簡単に言いくるめられるのだ。)」
犬神「わふぅ~。」
気がつけば稲荷のペースで会話が進み、
そのまま、最年少の稲荷が主導権を握ることになった。
肝心の作戦については、
始めに稲荷が、貞美中心に漂っている妖気を払い、
更に妖気封印結界を施して貞美を弱体化させる。
シャル、犬神の二人は、結界を施したと同時に、
弱体化した貞美を倒すと言うシンプルな作戦となった。
やや漠然とした作戦であるが、
結局、一人で倒そうとしていた三人に、
これ以上の作戦は思い付かなかった。