第三百六十一話 冥界士相譚その9
呪霊三女の一角である貞美の暴走により、
優雅な温泉郷は、怨念ひしめく怨霊たちの巣窟と化した。
貞美の怨念に導かれた怨霊たちは、
無差別に温泉街を襲い、晴らせぬ恨みを晴らそうと、
あちこち暴れまわった。
いつぞやの草津事件とは違い、
此度は予期せぬ事態な事もあり、
その被害は甚大であった。
しかし、この暴動は"ここ"だけてはなく、
群馬県を中心に信潟県、長野県、福島県、栃木県、埼玉県の五県で、怨霊らの暴動が一斉に蜂起した。
これに対して警界庁は、早急な対応に追われ、
各地の警察機構及び、陰陽師、退魔士などの組織に緊急要請を呼び掛けた。
同刻、日本政府は、
緊急暴動宣言を発令。
報道等で日本各地で不安と動揺が広がる中、
東京首相官邸では、首相"中田栄角"を中心に、
怨霊討伐及び、国民の避難指示を始めていた。
栄角「…そうか。此度の騒動は呪霊三女の一人、怨霊の貞美によるものか。」
界人「はい、冥界死神支部と妖楼郭から得た情報によりますと、草津へ送った先行部隊は壊滅。更に、その先行部隊をまとめていた"棺"なる者が、怨霊側と内通。既に"息子達"が拘束しています。」
栄角「ふむ、冥界死神支部にも不忠者が居たわけか。やはり世に生を得た者は、種族関係なく善と悪の二つに一つだな。」
界人「…しかし、悪霊、怨霊、呪霊は別です。奴らは、己の未練と因縁をばらまいては、個々が抱く念を関係のない人へ当たり散らし、己の晴らせぬ鬱憤を晴らそうとする者ばかりです。」
栄角「…哀れな話だな。とは言うても、"彼ら"の気持ちが分からない事はないな。社会に馴染めず、ハブられ、天運にも見放され、不運に愛された人生は、確かに未練しか残らないからな。」
界人「総理、どうか心を鬼にしてください。奴らに同情は不要です。現に私の同僚や後輩、仲間たち…いや、罪無き国民が容赦なく奴らの怪異に殺されているのですよ。」
警界庁長官にして、両津直人と稲荷たちの父である両津界人は、怨霊らに対して深い怨みを抱いていた。
十年前、異種族との共存共栄時代を迎えるために、
得てしまった"不"の理。
魍魎亡者は、
魔力を餌さとして力をつけ、己の苦しみを他人に味合わせては殺すと言う非情に走り出し、従来の間接的な呪詛、即ち"怪異"から、直接的な犯行が増えていった。
しかし、犯行のスタイルは、
相変わらず日下に出ることはなく。
当時の犯行の手口は、
決まって一戸建ての建物や廃墟などに住み着き、
入って来た人間を襲うものであった。
更に、噂を聞き付けた輩が集まれば、怨霊たちは容赦なく襲い。また、事件として発覚すれば、当然警察が立ち入り、そして再び襲い始めると言った、"ホイホイ"スタイルであった。
しかし、"ホイホイ"スタイルに嵌まったからと言って、確実に死ぬと言うことではない。
この十年で、怨霊などの怪異事件で、
三百名近くの警察機構が殉職しているが、
そのほとんどは、警界庁が発足して間もない頃の者たちで、今では怪異による対策条項が固められているため、殉職者は激減している。
実際、界人も発足時からの者ではあるが、
何度も苦難を切り抜けている。
そのため、仲間が倒れていく姿を何度も見ているため、
界人の口調が徐々に重く感情的になり、栄角に対して無意識に圧をかけていた。
これにはさすがに、
界人の兄にして佐渡桃馬の父である佐渡景勝は、
界人の肩に手を置き止めにはいる。
景勝「界人、その辺にしておけ。」
界人「っ、くっ。失礼しました。」
景勝の制止に納得がいかない界人は、
置かれた手を払うと、一言だけ言い残して去ろうとする。
景勝「界人、どこに行くきだ?」
界人「…長官として、先陣を切って現場へ向かいます。」
栄角「それは許さんぞ界人よ。」
界人「っ、何故ですか…。今こうして話している間にも、私の子供たちが最前線で戦っているのですよ。」
栄角「分かっている。だがここで、界人が離れては誰が指揮を取るのだ。」
景勝「そうだ界人…、お前の怨霊に対する怨みは相当な物だとは分かっている。だが、いくらお前でも、呪霊三女の一人である貞美を相手に勝てると思うか?」
界人「…黙れ景勝。妖楼郭には、桃馬や桜華ちゃんも居るんだぞ。お前はここで黙って見学でもする気か?」
景勝「…俺だって心配に決まっているだろ。だがな、二人の力量は怨霊に屈する程柔じゃねぇよ。」
※桃馬と直人は、
稲荷に精気を吸われ虫の息である。
界人「…くっ。だが、俺は父親として。」
稲荷「もう~、叔父様の言う通りよお父様?」
界人「っ!い、稲荷!?」
完全に聞く耳を持とうとしない界人の元に、
突如見覚えのある転移ゲートが出現すると、
そこから巫女服を姿の稲荷が現れた。
栄角「おやおや、稲荷様か。お久しぶりですね?」
景勝「これはこれは、また大人っぽくなったな?」
稲荷「クスッ、ありがとう叔父様♪栄角くんも元気そうね~♪。」
栄角と景勝より何倍も生きている稲荷は、
何一つ畏まることなく返事を返した。
一方で界人は、稲荷が来たことにより、
迎えに来てくれたのだと思い込んでは、
無駄な頼み事を始める。
界人「っ、ちょうどよかった稲荷!早速俺を妖楼郭へ連れて行ってくれないか!?」
稲荷「いやよお父様。さっきも言ったでしょ?叔父様の言う通りって。」
界人「っ!景勝の言う通りって、まさか、迎えに来たんじゃなくて、止めに来たのか!?」
稲荷「もちろんよ。今の貞美は刹丸すらも上回る力よ?しかも、怨念の権化と化してるから、普通の人が貞美に触れようものなら、呪い死ぬわよ?」
界人「っ!じゃあ…父さんは何も出来ないのか…、また子供たちに危険な事を任せるのか。」
稲荷の真面目な忠告に、己の無力差を悟った界人は、
再び危険な事を"子"に託してしまうのだと、
うつむきながら罪悪感に浸った。
すると稲荷は、
界人の肩に手を置くと優しく微笑んだ。
稲荷「クスッ、本当にお父様は直人とそっくりね♪」
界人「っ、お、親子だからな…。に、似るのは仕方ないだろ。」
稲荷「ふふっ♪それもそうね♪」
界人「…本当に任せていいのか?」
稲荷「もちろんよ♪私の家族に手を出す者は、例え神様であっても許さないからね♪」
界人「そ、そうか…。優しい娘を持って父さんは嬉しいよ。でも、無理はしないでくれ。稲荷たちを失ったら…俺は。」
稲荷「クスッ大丈夫よ♪もう、本当に過保護ね♪」
若干、無限ループに入っている歳の離れた親子のやり取りに、景勝と栄角は、少し安堵した表情で見つめていた。
栄角「さすが、稲荷様だな。」
景勝「ふぅ。全く稲荷ちゃんが来なかったらどうなっていたことやら…。」
景勝は、呆れながら片目を手で覆うと、
目を赤く光らせ"何か"を見透し始める。
栄角「ふーん、やはりそのままヘリで向かっておったろうな。」
景勝「…でしょうね。はぁ…死相のオーラが消えましたね。」
栄角「はっはっ、それは上々だ。」
景勝「…安心するのはまだ早いですよ?ここからが勝負です。少しでも弱気を見せれば、同じ思想を掲げる者たちが、各地で決起するでしょう。」
栄角「ふっ、弱気は見せんよ。まあ、リスクある世の中になってしまったが、それでも無限の可能性が広がるこの世界を、悪党共などに壊させはしないさね。」
景勝「そのお言葉、臨時国会でも期待していますよ、」
栄角「はっはっ!よし、景勝。閣僚及び全議員を集めよ。この暴動を大義名分で制圧するぞ。」
景勝「はっ。」
その後、中田栄角は臨時国会を開き、
一部の議員から反発の声が上がるも賛成多数により、怨霊討伐に大義名分を得る。
ちなみに、反対の意を唱えた者は、
現状も知らぬ、ただの武力制圧に反対するお花畑さんであったため、中田栄角は、その者たちが口だけの講釈者でないことを確かめるべく、手始めに埼玉県の暴動地へ送ることを決定。
これに警界庁長官の両津界人は、
埼玉県を除く暴動を制圧するべく、
警界庁本部にて指揮を取るのであった。
ちなみに、埼玉県の制圧は、
武力制圧に反対する議員を先頭に立たせ、
話し合いで終わらせる手はずである。
そのため武力行使は、防衛時のみとし、
国民の避難が最優先となった。