第三百五十七話 冥界士相譚その5
突如豹変した"ユメ"を襲った赤黒い閃光。
凄まじい衝撃波と共に爆音を響かせ、
辺りに赤黒い妖気が覆った。
窮地に立たされていた若い二人の鬼人は、
大妖怪に匹敵する程の妖気に驚愕する。
アイシュ「っ、今度はなんだ!?」
リヴァル「ぅぅっ‥、こ、この妖気は‥まさか、大旦那様‥。」
赤黒い妖気が徐々に消え去ると、
そこには二本の血塗られた包丁で、大剣を持った"刹丸"の斬撃を防ぐユメの姿があった。
リヴァル&アイシュ「っ!大旦那様!?」
ユメ「クスッ、やはり来ましたか‥。どうやら、私の正体を分かっていながら、泳がしていたみたいね?」
刹丸「ふっ、職業上、お客をもてなすのは当然の事。それに、例えあなたの様な外道でも、問題を起こそうとしない限りは"お客"ですからね。」
ユメ「ふふっ。"私"かお客‥ね‥。商売人としては素晴らしい心がけだけど‥、嘘はよくないわよ?」
刹丸「嘘ではないさ。己の過ちを更正する努力があるのなら、私は誠意を持って受け入れよう。だが、あなたの様に更正するどころか、逆に問題を繰り返して私欲を肥やす者は許しませんが。」
ユメ「ふふっ。それってつまり‥。私はあなたの掌で踊っていたと言いたいのかしら?」
刹丸「捉え方は個々それぞれですが‥、そもそも、過ちを犯した者に、百の信頼は皆無に決まってるではないですか?」
ユメ「ふふっ、言ってくれるわね‥。」
一瞬の動揺、焦り、恐怖などの弱味を見せれば、命取りに繋がる程の重い緊張が走る。
そのため刹丸とユメの会話は、
ある程度の力を持つリヴァルとアイシュでも、思わず身をすくむませる程の物であった。
刹丸「リヴァル、アイシュ。よくこの者を足止めをしてくれた。ここは俺たちに任せて、二人は"沼"と共にすぐに妖楼郭へ戻れ。」
アイシュ「し、しかし‥。」
刹丸「いいから行くんだ。弟たちを悲しませることになるぞ。」
アイシュ「っ。」
刹丸の率直な警鐘に、
アイシュは自分の弱さを痛感した。
特にアイシュは両津家の中でも、
一番プライドが高い真面目な性格なため、例え自分を犠牲にしてでも、強い相手に食らい付く精神があった。
そのため、色々と気を使った刹丸の制止でも、
アイシュに取って見れば、"無理だから退け"、"勝てないから退け"などの悲観的な言葉に聞こえてしまい、その場でうつむき悲しそうな表情をしてしまう。
すると隣で見ているリヴァルは、
アイシュの手を握り声をかけた。
リヴァル「アイシュ、ここは大旦那様を信じよう。俺たちじゃ足手まといだ。」
アイシュ「‥。」
リヴァル「アイシュ!」
アイシュ「っ、あ、あぁ。」
責任感の強い者の性に縛られたアイシュであったが、リヴァルの一喝により我に返り、瀕死の平沼を抱えてその場から離脱した。
ユメ「ふふっ‥、有望な鬼人ですね。」
刹丸「当然だ。あの二人は鬼人としての素質がある。そんな二人をあなたの様な怨霊に阻まれてたまりますか。」
ユメ「ふふっ、それは素敵な自己犠牲ね‥。ふふっ、確か今の女の子は‥アイシュちゃんだったかしら‥、あの子の目はとても綺麗だった‥それにか弱い意志‥。あぁ、ほしい‥‥あの子の全てがほしい‥。」
刹丸「なるほど‥、噂通りの変態ですね。孤独の寂しさを紛らわせるとは言え、無差別に呪い殺しては魂を喰らい、気に入った魂は己に留めて拘束する。何とも哀れな‥。」
両手で顔を押さえて私欲を露す"ユメ"に、
刹丸は救いようがない思いで大剣を構えた。
ユメ「ふひっ‥。私と‥本気で殺り合いたいみたいね‥‥。いいわ‥‥、あなたをころひて‥アイシュちゃんを喰らうわ!」
私欲に酔しれ高揚するユメは、
涎を垂らしながら顔を上げる。
すると、光を失くした瞳から不気味な赤黒い光が灯され、全身"ゴキゴキ"と鈍い音を鳴らしながら、曲がってはならない方へと次々と曲げる。
これだけでも気持ちが悪いものだが、
更に背中から今まで拘束してきた魂たちの禍々しい腕が何十本も生え始め、その手には血塗られた包丁が握られていた。
刹丸「俺を殺すか。ふっ。ナメるなよ‥この変態が!!」
遂にキレた刹丸は、
大剣に膨大な妖気を流し込むと、目にも止まらぬ早さでユメに斬りかかり、壮絶な一騎討ちが始まった。
一方その頃、妖楼郭では、
瀕死の平沼が運ばれた事と、
温泉街での騒ぎの一件で色々と大騒ぎになっていた。
この騒ぎに便乗し、"貞美"の気配を察知した死神たちは、総出で騒ぎの現場へと急行。
そして本来、緊急時に対応するはずの白備と昴が不在の中、代わりに千夜と晴斗を中心に、宿泊客と観光客たちの避難に追われていた。
千夜「もう~、こんな時に白備兄さんと昴兄さんはどこに行ったのよ~!」
晴斗「ま、まぁまぁ、落ち着いて千夜ちゃん?きっと、二人の事だから現場に行ってると思うよ?」
※白備と昴は、稲荷の子作り計画に捲き込まれ、秘密の部屋に投獄中。
千夜「む、むぅ~。それなら一言くらい声をかけてほしいわ!晴斗様に迷惑をかけちゃうじゃないですか!」
晴斗「あ、あはは‥。俺はそんなに気にしてないけど‥。(別の意味では、すごく気になるところだけど。)」
騒ぎの一報が届いてから、嫌な予感が的中したと感じる晴斗は、外の状況がどうなっているのか気になって仕方がなかった。
千夜「晴斗様が大丈夫でも、私が納得しません!稲荷お姉様でも出てきてもらえればいいのに‥。」
稲荷「やっほ~♪呼んだ~♪」
千夜「にゃうっ!?」
晴斗「い、稲荷さん!?」
突如、転移術により顔を出した稲荷は、
大変な思いをしている千夜とは真逆に、
呑気で楽しそうな表情をしていた。
稲荷「みんな忙しそうだけど、どうしたの?」
千夜「こ、こんな緊急時に何をしてるのですか!?」
晴斗「相変わらずブレませんね?」
稲荷「クスッ♪当然よ♪今の私はとても気分がいいからね♪」
千夜「何呑気な事を言ってるのですか!?遊んでいる暇があるなら手伝ってください!」
二人の温度に差がある中、
ここで晴斗が仲介に入る。
晴斗「まあまあ、千夜ちゃん落ち着いて?それより稲荷さん、白備と昴がどこにいるか分かりますか?」
稲荷「えぇ♪知ってるわよっと♪」
千夜「にゃうっ!?」
晴斗「うわっ!?」
晴斗の質問に何を隠すわけでもなく、
稲荷は、秘密の部屋に繋がる転移ゲートを開き、
蕩けた白備と昴を取り出した。
白備「ふにゅ~。」
昴「うぅ‥。」
服を乱してぐったりとする二人のイケメン。
これに晴斗は、再び嫌な予感を感じた。
晴斗「えっと‥、稲荷さん‥これは?」
稲荷「クスッ♪サボっていたからお仕置きおね~♪」
晴斗「お、お仕置きですか。」
あながち間違えではないが、
蕩けた二人にとっては、何とも皮肉な言い訳である。
千夜「‥兄さんたちがサボりですか。昴兄さんならあり得るとして、白備兄さんがサボりなんて‥。」
晴斗「た、確かに、白備がサボるのは珍しいな。」
稲荷「クスッ♪そう詮索しないの♪ほら、二人とも起きなさい?」
裏で行っていた身籠り計画を悟られないため、
本来渡したくない妖気を二人に分けた。
白備「んんっ‥あ、あれ‥ここは。」
昴「うぅ~、も、もう‥搾らないで‥。」
稲荷「二人とも早く置きなさい?直人の命に関わる事件が起きてるわよ?」
白備&昴「っ!兄さんがどうしたの!?」
晴斗「す、すごい‥。(てか、直人の名前を出すだけで目覚めるなんて凄いな。)」
千夜「‥はぁ。このブラコン‥。」
重度なブラコンの二人に千夜が呆れると、
稲荷から真面目な話が伝えられる。
稲荷「クスッ、四人ともよく聞きなさい。起きたばかりの白備と昴には悪いけど、今この温泉街には呪霊三女の一角、"貞美"が暴れているわ。今は刹丸が足止めしてるけど、いつまで持つかわからないわ。」
白備「っ、さ、貞美ですって!?」
昴「ま、まじですか。」
稲荷「ちなみに、二人は会ってるわよ?えっと、ユメって言えばわかるかしら?」
白備「ユメ‥っ、まさか、平沼さんの!?」
昴「‥おいおい、平沼さんって怨霊と付き合ってたのかよ。」
稲荷「そんなわけないでしょ?ユメちゃんは元は人間よ?不運な事に、たまたま"貞美"の器にされてしまったみたいだけど‥。」
晴斗「で、では、ここに来たのは貞美の意思でしょうか?」
稲荷「その可能性は否定はできないけど、おそらくユメちゃんの意思と貞美の意思が一致したことで、ユメちゃんの意志が優先されたのかもね。そうでなければ、多くの人たちが死んでいるわ。」
晴斗「な、なるほど‥。(やっぱり、稲荷さんの観察力と洞察力はすごいな。俺なんか足元にも及ばない‥‥けど。)」
突然まともな意見を述べる稲荷に、
普段からこんな風に、まともで入れば良いのになと思う晴斗であった。
千夜「あ、あの稲荷お姉様!さっき、大旦那様が負けそうな事を言っていましたけど、一体どういうことですか!?」
稲荷「その言葉通りよ。実際の呪霊三女は、大妖怪と張り合う程の異物だからね。人の幸運を喰らい生き地獄に落とす悪霊の"古都古"ならまだしも、今回は無差別に殺す事を生き甲斐にする怨霊だからね~。」
千夜「そ、それは死神の皆さんが束になってもですか?」
稲荷「クスッ、それはもはや自ら死にに行く様なものね♪」
晴斗「っ!そ、それなら早く呼び止めないと!?」
稲荷「無駄よ。晴斗くんも分かるでしょ?あの類いの連中は、己の意見を第一に尊重し過ぎているために、ほとんど耳を傾けないって。」
晴斗「っ、そ、それは‥、何となく分かりますが‥。」
千夜「稲荷お姉様。それでは、解決策はないのですか!?」
稲荷「無い事はないわ。何せ、ここには有能な人たちが集まっているんだから♪」
晴斗「有能な‥。ま、まさか、シャルや犬神様たちの事ですか!?」
稲荷「正解♪しかも、"犬神くん"に仕える"支神様"も要るんだから、無様に負ける事はないわよ♪」
晴斗「‥ふ、不安しかない。けど、やるしかありませんね。」
確かに、
シャルと犬神の協力を得れば、
大きな力となるだろうが‥。
晴斗の脳裏に、
二つの心配事が過る。
まず一つは、
犬神に仕えている二匹の支神様について、
話は聞いているが、まだ一度も会っていないため、どこまで信用して良いか分からない点。
そして二つ目は、
シャルと犬神が、"貞美"を牽制できる程の力を持ち合わせているかである。
しかし心配事は、
考えるだけでもキリがないため、
晴斗は早速、有力者たちの元へと走り出すのであった。