第三百五十五話 冥界士相譚その3
時刻は十五時半を回った頃。
経理部にて同僚である"四平"たちから恋愛の煽りを受けた平沼は、色々と悪霊の疑いをかけられている"ユメ"を連れ出し、二人だけの時間を過ごしていた。
その一方で、
度重なる展開に混乱が生じている妖楼郭では、
五十人は越える、大鎌を携えた物々しい覇気を纏わす死神たちが集結していた。
正直、時代が時代なら、
カルト的武装集団と言われてもおかしくない光景である。
当然宿泊客たちは、
驚いた様子で死神たちに視線を向けて注目する。
しかし、注目とは言っても、
その大半は迷惑的な視線その物であった。
物々しい死神たちが、出入り口に大勢スタンバっているせいで、気軽に外へ出られないどころか、戻ろうとしている宿泊客たちが戻れない状況であった。
これに対して刹丸は、
今の現状、色々あって人手が不足している事から自ら出迎えるも、早速煮え滾る思いを圧し殺していた。
旧友にして、
今や全死神をまとめ上げる"冥界死神支部"の統括。
"鎌足"と交わした"営業妨害"及び"執行妨害"をするなと言うと約束は、一時間も経たずに死神側から見事に破られた。
しかも死神側は、全く詫びる様子もなく、
当然な態度で刹丸に捜査状を提示した。
?「刹丸‥、閻魔大王様からの捜査状だ。協力してもらうぞ。」
刹丸「‥ふっ、嫌だと言えばどうなる?」
刹丸も限界なのだろうか、
堂々と非協力的な態度をチラつかせた。
すると、この刹丸の態度が気に入らなかったのか。
場を弁えない血気盛んな若い死神たちが、
一斉に大鎌に手をかけて脅しをかける。
死神「貴様!閻魔大王様からの命に背く気か!」
死神「鬼人の分際でいい気になりやがって、今ここで魂を刈り取ってやろうか!」
何とも安い脅し文句に、
刹丸は煮え滾った思いを微量ながら表情に表し、
大妖怪としての威厳と殺気を向ける。
刹丸「黙れ小僧共‥。閻魔大王様の名を借りて口走るんじゃねぇよ‥殺すぞ‥。」
鋭い眼光と恐ろしい低い声。
そして気絶しそうになる程の殺気を向けた事により、
若い死神たちは一同に怯む。
刹丸「おいおい‥?さっきまでの威勢はどうした‥。鬼人がなんだって?」
死神「‥‥い、いや‥その。」
刹丸の拷問とも言える圧の前に、
大見栄を張っていた若い死神は、冷や汗をかきまくっているだけで、返す言葉はなかった。
するとここで、
黒い着物を装い、捜査状を提示したリーダー格の死神が、見兼ねて止めに入る。
?「‥はぁ、お前らは"しゃしゃり"出るな。この方に意見を述べるのなら大妖楼に、昇れるくらいの力を持て。さもなければ、死ぬぞ?」
死神「っ、だ、大妖楼‥。わ、わかりました。申し訳ございません。」
若い死神たちには、刹丸が大妖怪である事が分からなかったのか、刹丸の正体が大妖怪の鬼人と分かると、立場を弁えた。
刹丸「ふっ、相変わらず気性が荒い奴しかいない様だな‥、棺よ?」
棺「‥ふっ、何を今更。悪霊や怨霊を取り締まる専門部署は昔からこんな感じだ。」
刹丸「その返答だと変える気は無さそうだな。それに鎌足の命令も届いてなさそうだ。」
棺「統括の命令?あぁ、それなら迷惑をかけるなと言われているが、何か問題でもあったか?」
まさかの自覚なしと言う事に、、
刹丸は呆れて額に手を当てた。
刹丸「お前らには迷惑と言う空気を知らないのか‥。取りあえず、出入り口に立たれては迷惑だ。全員中に入るか、外に出るか選べ‥。」
刹丸からの提示に、
棺は早々に、出入り口に立っている死神たちを呼び寄せ、邪魔にならないフロントの端へと追いやった。
それでも目立つ事には代わりはないが、
ようやく出入り口が解放されたことにより、
宿泊客たちの出入りが活発となった。
その後死神たちは、
別室にて捜査本部を設置するも、
刹丸による厳しい条件と監視のもと、死神のアイデンティティーである大鎌を没収。妖楼郭内での所持を固く禁じるのであった。
これには当然、大半の死神らは猛反発。
その辺の悪霊とかを取り締まるならまだしも、
今回の的は、あの呪霊三女の"貞美"である可能性があるため、大鎌なしでは心細い物であった。
そのため、一人の血気盛んな若者が、
その場のノリで斬りかかるも、呆気なく刹丸に顔面を掴まれ、そのまま勢い良く床にメリ込ませられた。
情け容赦のない仕返しに、
一瞬にして士気が下がる若者衆は、
再び大人しくなった。
しかし、小うるさい若者を黙らせた刹丸だが、
実のところは、多少の武装は望ましいと思っていた。
だが、この輩並の若者に武器を持たせては、ただ調子に乗らせ、逆に厄災を招く事になるのは容易に想像がつくものであった。
それに今は、"ユメ"を客として迎え入れている。
当然、いつ本性を現すか分からないところであるが、
証拠や尻尾が掴めない以上、今はただ様子を見る他ない状態である。
と言うよりは、
平沼の事を思っての配慮である。
一方その頃、
運良く死神らの鉢合わせを避けれた平沼と"ユメ"は、お互い照れ臭そうに温泉街を歩いていた。
何とも"恋人らしい展開"に、
今の状況なら、お店に寄るとか、足を止めて風景を楽しむなど、恋人ならではの展開が期待される感じである。
しかし、現実とはこうも残酷な物のか、
二人の"デート"にその様な展開は皆無であった。
恥じらいを持つのは実に良い事だが、
何も変化のないデートは、あまりにも見ていられないものである。
そのため、二人を監視しているリヴァルとアイシュは、
何を見せられてるのか分からなくなり、拍子抜け状態であった。
リヴァル「な、なぁアイシュ?恋人同士のデートって、あんなにもつまらないものなのか?」
アイシュ「わ、私に聞くなばかもの!?‥だ、だが、あれは私でも分かる。あれは間違いなくデートではない。」
リヴァル「だ、だよな。うーん、もしかして二人とも緊張しているのかな?」
アイシュ「‥緊張か。まあ確かに、五十年ぶりの再会みたいだし‥、無理もないか。」
見ている側としては、かなりもどかしい光景であるが、
恋愛経験の無い二人取っては、これが正解なのか分からず、監視の任務から恋愛についての観察に変わっていた。
リヴァル「‥五十年か。前の俺たちからして見れば、どうと言う事はなかったけど、ここ最近は不思議と尊く思うよな。」
アイシュ「あぁ、確かにそうだな。この世界に来てから、今まで知らなかった事が立て続けに感じる。戦いと暗躍に明け暮れたあの痛烈な日々と比べたら全く違うな。」
リヴァル「‥だな。ん?お、おい、アイシュ!?二人が見つめ合い始めたぞ!?」
アイシュ「っ、ま、まさか、こんな人が居るところ所でキスをする気か!?」
リヴァルが視線を二人に戻すと、
そこには、ユメの両肩に手を置き見つめる平沼の姿があった。
恋の展開とは、
小さなきっかけで大きく進展するものである。
そのため、急な展開にリヴァルは、
まるで乙女の様な感じで両手で口元を隠した。
一方アイシュはと言うと、
この世界に来てから、意外にも恋愛ドラマにハマっており、何度見ても恋人同士の恋愛と言うものを理解できず、逆に見ていて恥ずかしくなる程である。
それなら見なければ良いのでは?、と言う話になるが、実際その恥ずかしさがアイシュの乙女心を刺激する事になり、つい見てしまうのである。
例えば、
思春期の男子がエロ本に手を出す時の感覚。
思春期の女子がメンズ雑誌(裸多め)に手を出す様な感覚である。
そのため、恋ドラ専用乙女スイッチが入ったアイシュは、赤面しながら取り乱していた。
ようやく起こるであろう、熱々な二人の展開に、
二人は思わず監視の目を逸らしてしまう。
数秒後には、
公共の場で堂々と熱々な展開を見せつけ、
観光客からの歓声が響くであろう。
しかし現実に響いたのは、
風雲急を告げる悲鳴であった。
アイシュとリヴァルが、
慌てて二人に視線を戻すと、
まさに天国から地獄。急転直下の光景が映る。
そこには、瞳に光を失くしたユメが、
平沼の胴体に自らの片腕を貫通させていたのだ。
一瞬ユメによる幽霊ジョークかと思いたい…。
しかし実際、平沼の足下には血が滴り落ち、
一瞬で水溜まりの様に広がっていくのであった。