第三百五十四話 不穏風雲
時刻は午後の某刻。
呪霊三女の一角、
"貞美"の所在を突き止めた冥界死神支部は、
この機を退かすまいと、妖楼郭の大旦那である"刹丸"に対して、捜査協力の一報を入れていた。
刹丸「ほう、それは急な話ですね?これから死神の団体様とは、残念ですがお部屋の方は満席ですよ?」
?「バカを抜かせ、我々の目的は旅行ではない。本命は呪霊三女の一角、"貞美"の確保だ。お主のところに潜伏している情報が入っているのだ。無論、捜査に協力してもらうぞ。」
刹丸「‥この繁忙期の時に捜査とは。本来なら断りたいところ…、だが、閻魔様からの勅命ならば従わないとな。」
?「‥ふぅ、お前は相変わらずだな。」
刹丸「‥ふっ、当然だ。こう言う時に派遣されて来る死神共は、大抵偉そうな態度を取っている奴等が多いからな。できるならお断りしたいところだ。」
?「うぐっ、ま、まあそう言うな。こっちもヘコヘコしてては、悪霊や怨霊を取り締まれないからな。」
刹丸「‥抜かせ、最近は返り討ちにされるケースが多いだろうが。まあ、取り敢えず捜査には協力する。だが、私のお客に対して無礼な真似は許さぬ‥。部下たちにしっかり伝えておけ‥、"鎌足"統括殿?」
鎌足「っ、わ、わかった。だが、俺からも一つ言わせてくれ、この捜査は閻魔様の勅命である事は忘れるな。下手な行動は執行妨害になりかねないからな。」
刹丸「ふっ、それは互い様だ。そちらも営業妨害には、くれぐれも気を付けることだ‥。」
大妖怪としての威厳を露にしたまま、
毅然とした態度で警告すると、
刹丸はそのまま電話を切った。
ここで小話
実は、冥界の死神たちが大嫌いな刹丸。
以前、冥界の死神団体客をもてなした際に、
当時の死神たちの客層が悪く、従業員にいちゃもんを付けるは、セクハラはするは、他のお客に迷惑をかけるなど、度重なる迷惑行為を多発させたため。ついには、妖楼郭と死神たちが、一戦交えるほどの一悶着を起こした事があった。
当然、妖楼郭側の圧勝で終わり、
後日、責任を感じた閻魔大王様からの仲裁により、
この一件は、幕は閉じることになった。
しかし、ここまでこけにされた刹丸は、
腹いせとして冥界支部の死神に対して、二名以上の団体客のお断りと、ブラックリストを掲示。
これにより、
例え相手が閻魔大王直下の組織であっても、
徹底嫌悪の姿勢を見せ続けていた。
そして、話は戻し、
刹丸「さて‥、支神様に続いて、呪霊三女とは‥、今年の客層は頗る豊富(報不)だな。」
一癖、二癖とキリがない展開であるが、
意外にも刹丸は、落ち着いた様子で窓の外を見る。
実際に刹丸は、"ユメ"と名乗る幽霊が、
この妖楼郭に入った時点で、悪霊や怨霊の類いであると気づいていた。
刹丸の力なら相手が呪霊三女でも、滅する事は出来るだろうが、今は大勢の宿泊客たちがいる。ここで下手に騒ぎを起こせば、確実に混乱する事は目に見えていた。
まさに"知らぬが仏"が一番。
支神に呪霊三女。
今日は本当に、客層が激しいものである。
それより疑問に思うのが、
どうしてユメと名乗る幽霊が、
こんな所に来たのか。
はっきり言って、呪霊三女の一角なら、
自殺行為とも思えてしまう行動である。
余程バレないと言う自信があるのか、
それとも、シンプルに攻め落としに来たのか‥。
あるいは、ユメさんの意思で平沼に会いに来たのか‥。
はたまた、色々あって記憶をなくしているのか‥。
考えれば何通りもある可能性に、
自身の警戒レベルを上げると、
二人の鬼神の名を呼んだ。
刹丸「‥リヴァル、アイシュ。」
リヴァル&アイシュ「はっ。お呼びですか。」
刹丸の呼び声に、
待っていたかと言わんばかりの速さで、
リヴァルとアイシュが暗闇から現れた。
刹丸「うむ。忙しい所を呼びつけてすまない。実は二人に、頼みたい事があるんだ。」
リヴァル「ん?俺たちにですか?」
アイシュ「それは早朝に現れた幽霊の一件ですか?」
刹丸「あぁ、そうだ。しかも、その情報をどこで掴んだのか、冥界の方から大量の死神が向かっている様で、これから手が離せなくなるんだ。そこで二人には、ユメの監視を頼みたい。」
リヴァル「し、しかし、それでは兄さんたちに危害が‥。」
アイシュ「はぁ、それなら手遅れだ。」
リヴァル「はっ?て、手遅れ?」
刹丸「その様子だとリヴァルは知らなそうだな。」
アイシュ「‥はぁ、私が言えた身ではないが、お前の監視は一体どうなっているんだ。」
リヴァル「な、何の話だよ?まさかこのタイミングで、直人が稲荷姉さんに捕まった訳じゃないだろうし…。」
アイシュ「まさにそれだ。しかも、直人だけではない。桃馬くんを始め、数人と白備や昴までも捕まっているんだ。」
リヴァル「えっ!?な、なな、なんで白備と昴まで!?て、転移術の妖気反応はなかったのに‥。」
刹丸「リヴァルは稲荷の事を甘く見すぎだぞ?どうせ稲荷の事だ、術式を何通りにも重ねて複雑にしては、監視の目を掻い潜るからな。」
リヴァル「そ、そんな‥。」
アイシュ「‥私も気づいた時には、止められない領域に来ていましたので‥。弟たちの性欲を信じることにしました。」
リヴァル「それって、見捨ててないか!?」
流石のアイシュでも、
性欲を暴走させた稲荷を止める事は、
完全に不可能であった。
直人の精を大量に搾取し、
あと稲荷に残された行為と言えば、
大量の妖気を集めるだけであった。
そうなると当然、稲荷にとってアイシュとリヴァルは、
直人との赤子を身籠る為に必要となる妖気を豊富に持っているため、格好のターゲットである。
もしあの時アイシュが、
あの場で直人たちを助け出そうとしていたら、おそらく十中八九、稲荷に捕まり直人だけでなく、桃馬や弟たちにトドメを差していた可能性があった。
刹丸「あはは、まあ稲荷は暴走すると手がつけられないが、意外と加減はする奴だ。ここまで来たらそう心配することはないさ。」
アイシュ「‥た、確かに、瀕死まで追い込んでも、殺しはしないと思いますけど。」
リヴァル「う、うーん。稲荷姉さんなら簡単に吸い殺せそうだけど、その前に回復させては吸い取るプレイに走りそうだな。」
刹丸「確かにやりそうな話だな。それより今の稲荷を敵に回すのは得策じゃない。ある意味、若様たちを一時避難させていると考えた方が良いかもな。」
本来なら由々しき事だが、
今の刹丸に取って稲荷の性欲暴走など、
むしろ、安心する程の案件であった。