第三百四十四話 のらぬ救済
白備の強襲に失敗した桃馬は、
稲荷に呆気なく捕まり、現実味のある天国の様で地獄の様な、きついお仕置きを受けていた。
しかもこれが、
直人との"イチャラブ"展開をもたらすために、美味なダシにされているとは、当の桃馬は知るはずもなかった‥。
今の桃馬の現状を例えるなら、
出汁を取りきった、ふにゃふにゃの煮干しの様な現状である。
そんな桃馬が、
ある意味人質にされている中、
身内の窮地を唯一救える直人はと言うと、
獣化した豆太とヴィーレをもふりながら、リールとエルンの看病をしていた。
直人「よーしよし♪二人とも良い子だ♪」
リール「うぅ~、わ、私も遊びたいよ~。」
エルン「‥うくっ、どうしてこんな時に限って体が動かないんだ‥。」
楽しそうに獣と戯れる直人の姿に、
二人は羨ましそうに見ていた。
直人「まあ、仕方ないだろ?逆上せた事もあって、妖気中毒も起こしてるんだから。」
リール「‥あう~。まさか、あんなに妖気を吸収するなんて思ってなかったよ~。」
エルン「‥う、うむ。私も想定外であったぞ。」
直人「まあ、二人はあれだけの魔力を消費したんだ。よっと、まあ差し詰め、元に戻ろうとする反動が強く出たんだろうよ。」
リール「うぅ、じゃあ私は、昨夜調子に乗らなきゃ‥。」
直人「今でもピンピンしていたかもな。このおバカさん?」
リール「あぅ‥むぅ‥。」
不思議と勝ち誇った風を見せる直人は、
リールの頭をポンポンと叩いた。
エルン「‥リールは便乗したのが運の尽きだったな。それに引き換え私は、自業自得にも思えるな‥。」
直人「まあ、そう気にするなよ?実際エルンは、ルシアのセクハラのせいでサキュバス化しただけなんだから、今回の件はある意味事故だよ。」
エルン「うぅ、直人‥。」
直人「ほら、そんな悲しそうな顔するよ?らしくないぞ?」
直人は、今にも泣きそうな嫁に、
優しく頭を撫でた。
そんなほのぼのしい空間の中で、
部屋の外から扉をノックする音が聞こえる。
直人「ん?誰か来たみたいだな。はーい。」
直人は、何の警戒もなく扉を開けると、
そこには、気難しそうな表情をした白備が立っていた。
白備「に、兄さん‥。よ、よかった。お部屋に戻っていましたか‥。」
直人「どうした白備?まさか、また何かあったのか?」
白備「だ、大体はあってますね。」
直人「はぁ、色々とすまないな。初日から迷惑をかけてるみたいだな‥。」
白備「い、いえ、む、むしろ逆ですよ。」
直人「逆?‥うーん、どう考えても逆ではないと思うけど‥。」
白備「‥い、いえ、それがあるのですよ。」
白備の言う"逆"について思い当たる節はないが、迷惑をかけている節に関しては色々とあった。
特に直人は、自身の行方不明騒動や、
エルンの暴走などについて気にかけていた。
だがしかし、これに対して白備は、
姉である稲荷絡みの問題が多い事で、
かなり責任を感じながら、先程までに起こった桃馬に関する一件を直人に伝えた。
直人「っ、な、何!?桃馬が稲荷姉に捕まっただと!?」
白備「は、はい。姉さん曰く、桃馬さんが私を押し倒そうとした事で、捕まえたとか言っていましたけど‥。」
直人「っ!な、何だと!?桃馬の野郎‥。俺の可愛い弟に手を出そうとするとは‥、白備を"ジェルドやギール"見たいな犬とでも思ったか‥。」
一応、直人の怒りの矛先は、
稲荷が思っていたのと違う方へ向けられるも、
予定通り、怒りの炎は燃やされた。
白備「と、取りあえず姉さんからは、桃馬さんの解放条件として、姉さんの部屋に来るようにと言われています。」
直人「‥ほほぅ?稲荷姉の部屋にねぇ~。」
白備「に、兄さん?わ、私からこんな事を言うのはあれですけど、あまり怒らないでください。一応、姉さんの罠でもありますから。」
直人「罠?」
白備「は、はい、姉さんはこの機に、兄さんを怒らせて自らの体を捧げようとしてます。」
直人「っ、な、なるほど‥稲荷姉らしい企みだな。」
白備「い、一応私も行きますのでご安心を‥。」
稲荷の罠であると認識している白備は、
激昂寸前の直人を上手く宥めると、
桃馬の一件は、難無く解決するかと思った。
しかし直人の口からは、
意外な一言が放たれる。
直人「ふっ、よく考えれば俺が出る幕じゃないな。」
白備「えっ!?し、しかし、このままでは桃馬さんが、妖気製造機にされてしまいますよ!?」
直人「妖気製造機か。まあ、桃馬にとっては、むしろその方が幸せだろうと思うよ?」
白備「な、何故ですか?」
直人「‥ふっ、白備を押し倒そうとした罪は重いからな‥。それより俺にしばかれるか、妖気製造機になって精気を搾られるだけなら、妖気製造機になる方が楽だと思うからな‥。」
直人は知れた事の様に鼻で笑うと、
殺伐とした妖気と共に鬼の様な形相で答えた。
滅多に怒らない直人の怒りの圧の前に、
白備は背筋を凍らせた。
このまま姉のシナリオ通りに進めば、
確かに桃馬さんは解放される。
だがしかし、その後の、
桃馬さん自身の身体的安全は、
全く保証されていない。
解放されて弱った桃馬さんを、
恐らく兄さんが容赦なくシバきに入るだろう。
しかも、その日だけならまだしも、
これからずっと敵対心を燃やし続けるとなると、
それこそ、一族離別の可能性が高まる。
正直これは考えすぎかもしれないが、
少なからずあり得る話だ。
二つに一つと言う結論に、
取りあえず白備は、総合的に考えて姉さんの案を穏便に進めようとする。
白備「で、でも兄さん‥。僕は気にしてませんよ?」
直人「白備が気にしてなくてもだめだ‥。白備は知らないからそう言うけど、実際桃馬は、ギールとジェルドの甘えには厳しいくせに、自分が仕掛ける分には本気で落としに掛かる変態なんだぞ?」
白備「っ、な、なるほど、だからあのお三方は仲が良いのですね。」
直人「‥仲が良いと言うよりは手懐けだな。まあ、とにかく、稲荷姉には悪いけど二日ばかし桃馬を妖気製造機にして良いと言ってやれ。桜華たちには伝えておくから。」
桃馬にとって、一応希望の光でもある、
直人からの救援が完全に断たれてしまう。
しかし桃馬は、普通の人間。
稲荷の容赦のない精気搾取について行けるか、
それすらも分からない。
白備が目にした時点では、
一日も持たないと推察する程であった。
白備「そ、そんな、桃馬さんは普通の人間ですよ?さっき見てきた時も、たった数分の間でかなり消耗してました。」
直人「稲荷姉もそこまでバカじゃないさ。殺しはしないだろう。」
白備「うぅ‥兄さん‥ごめんなさい。」
直人「えっ?白備が謝ることはな‥ごふっ!?」
直人の強情な意見に、嫌な予感を感じる白備は、直人への謝罪を込めて、みぞおち辺りに一発拳をねじ込んだ。
容赦のない白備の一撃は、
直人の意識を飛ばしその場に倒れ込んだ。
後に白備は、
部屋にいるリールとエルンたちに、
事の次第を話して、直人を強制連行した。
これにより、
"ポチ"こと犬神についての情報を白備から得たエルンとリールたちは、豆太を通じてシャルたちに情報を共有。内部捜索から外部へと転進することになる。
最後に直人についての話になるが、
どのみち、稲荷の要求を放置しても、
今夜辺りにしびれを切らした稲荷が、再び誘拐しに来る事は、何となく予想がつくのであった。