第三百三十四話 冥界士相譚その1
経理部に訪れた一人の女性"ユメ"。
平沼の亡き婚約者であり、かつて幽霊の身で怨霊に接触したために悪霊化。平沼の事を忘れ襲うも、その場にいた退魔士によって祓われ強制成仏したはずであった。
しかし、何の因果か。
平沼の目の前に、
この世に居るはずがない女性が立っていた。
平沼「‥ほ、本当に、ゆ、ユメ‥なのか?」
未だに信じられない平沼は、
もう一度目の前にいる女性に問う。
すると、ユメと名乗る女性は、
少し笑みを浮かべながら答える。
ユメ「はい、ユメですよ♪でも、今は見ての通り幽霊ですけどね‥。」
平沼「あ、あぁ、それは分かるけど、ど、どうしてこの世に残っているんだ‥あの時、俺の目の前で祓われたはずだろ?」
ユメ「えっ‥。」
平沼の言っている事が分からないのか、
それとも、ユメと名乗る女性が、思い描いた再開とは、全く異なっていたのかは分からないが、
二人の間は完全に硬直した。
すると、見かねた昴と平塚が仲介に入る。
昴「あ、あはは、も、申し訳ない。ちょっと、突然の再会に取り乱してる見たいで‥。おい、平沼、何つんけんしてるんだ!?」
平塚「そうだぞ?それに今は盆も近い。幽霊が冥界から帰る時期でもあるだろ?」
平沼「っ、そ、そうだったな‥。そうか‥盆か。」
昴「‥まさか、盆の概念すら忘れてたりしてないか?」
平沼「‥あ、あぁ。」
まさかの恥ずかしい"うっかり"ミスに、
平沼は視線を逸らして動揺する。
平塚「取り敢えず、謝った方が良いよ。」
平沼「わ、わかってる‥。え、えっと‥ユメ‥。ごめん。俺‥お前を失ってから毎日が平凡で‥、特別な日すら忘れていたんだ。」
普段の平沼なら一言で終わる謝罪だが、
今回は珍しく謝罪を述べる姿に、
平塚を始め、椅子に干されている"三平"たちも驚いた。
ユメ「‥平沼様‥私も申し訳ありません。結婚をお約束したのに‥、先立つ真似をしてしまいました。」
平沼「‥ユメが、謝ることじゃない‥。俺もあの時、妖怪としての力を維持していれば‥、あんなことには。」
感動的な再開に、
千夜に絡まれている晴斗は、
変な違和感を感じながらも見つめていた。
晴斗「盆‥か。(冥界に居る幽霊って、盆の日じゃなくても、前倒しで来れるのか‥。)」
冥界の事情や情報は、
冥界に昇った幽霊、死神、上級妖怪、冥界の住人にしか知らない物である。
晴斗にとって、少々興味深い光景に、
変な好奇心を掻き立たせた。
晴斗「‥父さんかかあさんに、ちょっと聞いて見るか。」
千夜「にゃう?どうしましたか?」
晴斗「っ、こほん、な、なんてもないよ♪それ、わしわし♪」
千夜「にゃうぅ~♪」
つい独り言が漏れ、近くで甘える千夜に聞かれた晴斗は、誤魔化すために千夜の背中を撫でまくった。
その後、
平沼とユメの再会イベントが行われるのだが、
平沼を除く"四平"たちが、気だるげな感じで茶化すのであった。
これに、少し気まずく感じた晴斗は、
千夜と共に、かなり早いが大広間へと向かった。
敬愛する晴斗に抱かれ、
二人きりの一時に酔いしれる千夜であったが、
大広間の入り口前には、千夜に取ってお呼びでない、掃除を終えた直人と白備が居た。
白備「そ、そう言えば兄さん?昨日は食事を取られましたか?」
直人「あっ、そう言えば‥、昼から何も食べてないな。」
白備「っ!そ、そんなにもですか!?うぅ、弟として気づけなかった‥。申し訳ありません兄さん!直ぐに、朝食を用意させますから!」
直人「ま、待て白備!?そこまでしなくても良いよ。正直、昨夜の一件のお陰で、普通なくらいだよ。」
白備「し、しかし、妖気と精気の大量消費、さすがに、温泉の妖気だけでは、賄えないと思うのですが‥。」
直人「白備は心配性だな?実際、二人に襲われた後は、不思議と食欲がないんだよ。」
白備「‥そ、それって、かなり良くない気がしますけど。」
かなり身体的に問題がありそうな話を平然と語る兄に対して、少し引き気味になる白備は、兄の日常生活を心配するのであった。
※ちなみに、
普段の直人の日常は、
普通の人間なら普通に死ぬレベルである。
そんな日常会話をしていると、
晴斗が声をかける。
晴斗「おはよう二人とも。」
白備「ん?あ、おはようございます。」
直人「おぉ、晴斗か?おはよう。早朝の"ドボン"以来だな?」
晴斗「っ。そ、それを言うなって。」
直人「あはは、まあ昨日は、経理部の手伝いをしてくれてたんだよな。ありがとう。」
晴斗「っ、俺が勝手にやったことだからな。礼には及ばないよ。」
直人「だとしても、身内のピンチを助けてくれたんだ。本当にありがたいよ。」
白備「そうですよ。本来なら数日掛かるところを半日で終わらせてしまうのですから。」
晴斗「‥あはは、そこまで言われると照れるな。」
二人からの称賛に晴斗が照れていると、
心地よく抱かれていた千夜が、二人に気づくと猫らしい威嚇をする。
千夜「にゃぅ~♪にゃっ?にゃぁっ!?シャーー!」
直人「うわっ!?な、なんだ!?」
白備「っ!こ、こら千夜!何しているんだ!?」
晴斗「おっと、千夜ちゃん"ドウドウ"落ち着いて!?」
突然見られたくない二人に、恥ずかしい姿を見られ激しく取り乱す千夜は、思わず晴斗の腕から逃げると、直ぐにピンク髪の猫耳娘に姿を変えた。
千夜「お、お兄ちゃんたち!な、何でここにいるのよ//」
猫としての本能が表に出まくる千夜は、
二人の兄に対して人差し指を向け、赤面しながら尋ねる。
直人「な、何でって言われても‥。なぁ?」
白備「え、えぇ、ただ朝食の時間になるまで兄さん話してただけだけど?」
千夜「あぅ‥。うぅ~///」
シンプルで揺るぎのない返答に、
千夜は更に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めた。
晴斗「ち、千夜ちゃん?す、少し落ち着こうか?」
徐々に晴斗の視線まで気にしする様になると、
千夜の理性は、瞬く間に崩壊し始める。
千夜「ひぃうっ!?うぅ、こ、こんな私を見ないでくださ~い!」
そして、思春期真っ只中の少女は、
自ら蒔いた小さな羞恥心に負け、
その場から逃げる様に去るのであった。
晴斗「あ、千夜ちゃん!?」
白備「はぁ、全く。朝から騒がしい妹だな。すみません、晴斗さん。後で、注意しておきますから。」
晴斗「あ、いや、それは良いんだけど‥、それより、追わなくて良いのかな?」
白備「千夜なら大丈夫です。いつもの事ですから。」
晴斗「い、いつもって‥うぅーん、何となく想像できるな。」
白備「千夜は、あの通り恥ずかしがり屋なんですよ。いつもはそれを圧し殺して仕事をしていますから、一度でも緊張の糸が切れたら、自分の部屋に少し籠るんですよ。」
白備の納得いく説明だが、
晴斗は、念のため直人にも話を振る。
晴斗「‥そ、そうなのか直人?」
直人「確かにそうだな。昔は恥ずかしい思いを爆発させると、部屋に籠る癖があったな。晴斗は知らなかったか?」
晴斗「‥えっと、恥ずかしがり屋なのは何となくわかってたけど、籠り癖は知らなかったからさ。」
直人「‥‥ほぅ~。なら、千夜の部屋に行くと良いよ。きっと喜ぶよ♪」
晴斗「いやいや、逆効果を招く提案するなよ!?」
直人「うぐっ、ばれたか‥。」
晴斗「当たり前だろ?何年付き合ってると思ってるんだ。」
見え透いた"安い嘘"を看破されるも、
次に直人は、本心から再び同じ事を勧めるのであった。
直人「ま、まあ、確かに小学生からだもんな‥。でも、うまい具合に接してやればきっと千夜は喜ぶと思うぞ?まじで。」
晴斗「そ、それは否定はしないけど。下手に会うのも毒だろ?」
直人「うーん、それも一理あるな。」
白備「千夜の事ですから、動揺からの暴走で、あちらこちらに引っ掻き回しすかもしれませんね。」
三人が千夜の話題で盛り上がる中、
晴斗はここで、経理部に現れたユメの話を持ちかける。
晴斗「それより話は変わるんだけど、さっき経理部に昴が、妙な女性を連れて来たんだけど、二人とも何か知らないか?」
白備「妙な女性?それは全身真っ白な姿をしている女性でしたか?」
晴斗「そうそう、一反木綿の平沼さんの元婚約者みたいなんだよ。」
直人「へぇ~、それはすごい話だな?大抵のパターンは、感動の再会か修羅場展開が予想されるけど、どっちだったんだ?」
晴斗「今のところは、感動の再会みたいだな。でも、妙な点が一つあるんだよ。」
直人「妙な点?」
白備「な、何でしょうか?」
晴斗の疑惑に、二人が食い付くと、
晴斗は更に話を進めるのであった。