第三百三十三話 アイルビー・バック・ゴースト
八月八日の午前六時。
満天の朝日が顔を出し、
温泉街を明るく照らす頃。
一部の観光客たちは、
清々しい青天の下で、
散歩に出ていた。
特に湯畑付近では、
数十人の観光客が集まっており、
人気の少ない貴重な光景を写真に収めていた。
そんな静かな温泉街で、
行く人、すれ違う人が、風景ではなく、
一人の女性にも釘付けになっていた。
つばの長い白いハット帽で顔を隠し、
綺麗な黒髪長髪。そして白いワンピース姿。
一見モデルかと思わせる程の佇まいに、視線に入る人たちは、足を止めては振り向く程の注目を集めていた。
しかしその女性は、周囲の視線を気にすることなく、一人妖楼郭へと向かうのであった。
その頃、妖楼郭の入り口付近では、
嫁に半殺しされ、大浴場に浸かっていた直人と、弟である白備と昴が入口の清掃をしていた。
白備「に、兄さん?無理はしないでくださいよ?あれだけの妖気と精気を吸われてるのですから。」
直人「心配しなくて大丈夫だよ。それより二人こそ、一睡もしないで疲れているんじゃないか?」
昴「あはは、それなら大丈夫だよ♪俺たちも寝てない訳じゃないからな♪なんせ、温泉で兄さんと寝れたからな♪」
白備「こ、こら昴!?」
直人「‥寝たって言っても一時間もないだろ?しかも、あの時、寝惚けた晴斗の落水で起こされた事もあるだろうし。」
昴「まあ、それは~、そうなんだけど。でも、俺たちにはこう言う時のために、寝不足にならない裏技があるだよな~。」
直人「裏技?どうせ、ろくでもないことだろ?洗濯ばさみで、まぶたを閉じない様にするとか。」
昴「ちっちっ、違うんだよな~、これが~。」
余裕のアピールを見せながらも、
目の下に若干の"くま"ができている昴は、
自信満々に答えた。
しかし、見た目に反して説得力に欠けるため、
直人は、白備に確認を取った。
直人「ふーん、白備本当なのか?」
白備「え、えっと、確かにありますけど‥。私が思っているのと、昴が言う裏技が同じなら、あまり"おすすめ"はしませんね。」
直人「なるほど、何となくわかった。‥無理する系だな。」
白備「えぇ、私もやったことありますけど、その場しのぎの誤魔化しみたいなものですね。結局、体の負担は掛かりますからね。」
直人「はぁ、それなら余計二人は寝てないと‥。」
昴「だ、だから大丈夫なんだって!?眠気なんてのは、一定量の妖気を蓄えてうまくコントロールすれば、何ともないんだから。」
まるで妖気が、眠気を抑えるための、
麻酔の様な役割をしている事に、
直人と白備は、顔をしかめた。
白備「やっぱりな。それは後々疲労が一気に押し寄せて来るから、俺は"おすすめ"にしないな。」
昴「まあ、白備は真面目で不器用だからな~♪この調整はムズいだろうよ♪」
白備「うぐっ、むぅ‥ふっ!。」
昴「あ、白備!?何こっちにゴミを流してんだ!?」
白備「不器用で悪かったな‥。」
昴「むぅ。ふっ!」
白備「っ!ふっ!」
妖楼郭の入り口付近で、
小さな兄弟喧嘩をする二人のイケメン。
そんな愛らしい弟たちの光景に、
直人は微笑んだ。
するとそこへ、
全身真っ白なコーデ姿をした女性が、
直人に声をかけた。
?「あの、妖楼郭はこちらでしょうか?」
直人「ん?えぇ、そうですが?」
?「クスッ‥よかった。」
直人は、何の警戒もなく答えると、
女性は俯き、安堵した一言を述べた。
しかし、女性の身なりを見るなり、
観光地にしては軽装備な姿に、
直人は少し身構えた。
直人「‥あ、あの?観光の方でしょうか?」
?「‥はい、こちらに、"平沼"と言う方が居られますでしょうか?」
直人「ひ、平沼‥。ちょっと待ってください。おい、白備?昴?」
昴「っ!?」
白備「っ、な、何でしょうか?」
直人が振り向くと、
そこには、"ほうき"を構えて、
今にも交戦しそうな美男子がいた。
直人「‥こらこら、お客さんが来たんだよ?安い喧嘩は俺に免じて納めてくれよ。」
白備「えっ、えっと、あはは。」
昴「客?あっ。」
二人が女性に気づくと、
"ほうき"を背中に回して苦笑いをする。
直人「ふぅ、全く二人は‥。それよりお客さんは、平沼って人を訪ねて来たみたいだけど、知ってるか?」
白備「平沼ですか?確かに居ますけど‥。」
昴「ま、まさか、あの経理部の平沼か?」
白備と昴の口から平沼の名が出ると、
真っ白なコーデ女性は、二人に迫った。
?「本当ですか!?」
白備「あ、いや‥。それは、」
昴「たぶん、人違いかと思いますよ?」
二人は顔を見合わせ、困った表情になった。
なぜなら、妖楼郭に居る平沼は、一見クールではあるが、気だるげ属性が酷く強く。しかも、恋愛は皆無で、趣味は競馬と言った属性を持っているため、平沼の客と聞いては、かなり疑っていた。
?「いいえ、絶対に私の知る平沼です!お願いです!人目だけでも会わせてください!」
女性は声を大きくしながら頭を下げ、
平沼との面会を求めた。
白備「あっ、ちょっと、まだ、早朝ですよ!?その様な大声は‥。」
昴「そ、そうです。と、取り敢えず中へお越し下さい。」
?「よ、よろしいのですが?」
白備「あ、あまり期待に応えられるかわかりませんが‥、昴、頼めるか?」
昴「お、おう、任せろ。で、ではこちらへ。」
平沼を訪ねる謎の女性を昴に任せると、
白備と直人は、清掃の続きをするのであった。
その頃、経理部では、
大浴場から戻った晴斗にしがみつき、
一時間以上離れない千夜と、
千夜の暴走を止めるのに疲れ果てた、
平間、平野、平賀の三人は、一反木綿の姿で椅子に干されていた。
晴斗「えっと、千夜ちゃん?ちょっと、朝ごはんを食べに行きたいんだけど~。」
千夜「ゴロゴロ♪朝ごはんは七時からですよ~♪それに、晴斗様の分はここに運ばせますので~♪」
晴斗「あ、あはは、あ、ありがとう。(やばい、千夜ちゃん暴走してる‥。このままだと、どこにもいけないかも。)」
熱々ながらも何かが違う愛に、
晴斗はどう対応すれば良いのか困るのであった。
平塚「晴斗くんも可哀想に、あれは当分解放されないな。」
平沼「行き過ぎた愛だな。」
お熱い光景を見せられている中、
そこへ経理部の扉が開かれ昴が顔を出す。
これにより、
平沼に取って、いや、妖楼郭に取って、
大きな運命を動かす歯車が動こうとする。
昴「えーっと、平沼はいるか?」
平沼「ん?俺に何か様か?」
昴「あ、要るなら良いんだ。平沼にお客さんだよ。」
平沼「俺に‥客?」
平塚「へぇ~、こんな朝早くから?それより、沼の客だなんて初めてじゃないか?」
平沼「‥きっと、人違いだろうな。面倒だけど、人目合ったら追い出そう。」
平塚「こらこら?例え間違えでも、お客なんだから丁重にしないと。」
何ら迫力もなく気だるげに話す二人を無視して、昴は真っ白なコーデ姿の女性を入れる。
昴「まあ、判断をするのは会ってからだ。どうぞ、たぶん人違いだと思いますが、"平沼"ですよ。」
?「‥‥っ!」
平沼「っ!?」
女性が経理部の部屋に入り、平沼と目が合うと、平沼は珍しく驚いた様子で席を立つ。
完全に顔見知りと言わんばかりの反応に、
昴は思わず声を漏らす。
昴「えっ?ま、まじで、知り合い!?」
平沼「ま、まさか‥、どうして"ユメ"がここに!?あ、あの時祓われて消えたはず‥。」
ユメ「クスッ‥、ようやく見つけました。お久しぶりです平沼様♪」
こうして、
第一のイベント"神隠し"の他に、
都合良く第二のイベントが発生するのであった。