第三百三十三話 新フラグ・オブ・ザ・エビルスピリット
経理部休憩室。
ここには、
"二又黒猫"姿になった千夜を抱きかかえ、
気持ちよさげに眠る晴斗がいた。
昨夜は、夜中まで売り上げ計算に没頭し、
普通なら三日掛かる所、たったの数時間で終わらせてしまった。
そんなダイヤの原石の様な人材に、
無駄にイケメンで、毎日気だるげな一反木綿たちは、扉越しから様子を伺っていた。
平塚「晴斗くんがここに来てくれれば、俺たちの仕事はかなり楽になるかもな。」
平賀「もぐもぐ、ごくり。確か、晴斗くんって、千夜の好きな人だよね?」
平間「うん。と言うより、今の光景が答えだよね。」
平野「あの警戒心の強い千夜が、猫の姿になって抱かれるなんて、稲荷様かアイシュ様‥、あとは、両津家の大旦那様と奥方様でしか見たことないな。」
平間「うぅ、羨ましいな‥。俺も一度でいいから千夜を撫でてみたい。」
平塚「‥たぶん、俺たちじゃ、冷めた視線を向けられ、終いには唾を吐かれるだろうな。」
平塚の至極最もな意見に、三人は同時に頷いた。
するとそこへ、色恋沙汰に全く興味を示さない平沼が、今日の競馬新聞を片手に帰還する。
平沼「ん?みんな何してるんだ?」
平塚「あぁ、沼か。いやね、千夜と晴斗くんが寝てるもんだから、ちょっと覗いてるだけだよ。」
平沼「色恋沙汰か‥。俺には興味のない話だな。」
恋路の話だと分かると、
平沼は我関せずの態度で席に付き新聞を広げた。
分かってはいたが、見事なまでの無関心と素っ気なさに、四人のイケメンたちは気まずくなる。
平塚「‥沼。」
平野「塚‥それ以上言うな。」
平塚「‥‥すまん。」
平賀「‥うーん、あれからもう五十年近くなるか。」
ここで長話。(プチ伏線)
かつて平沼には、結婚を前提に付き合っていた人間の女性がいた。しかし、その女性は結婚の一週間前に病に倒れてしまい、そのまま帰らぬ人になってしまった過去があった。
しかしそれは、
五十年以上も昔の話である。
当時、妖怪とは想像の産物として語られ、暗い夜でも、あちらこちらに光が照らされ、人々が本当の闇を恐れなくなった時代。その頃の平沼は、妖怪の姿を捨てて、人間界に溶け込んでいた妖怪の一人であった。
そのため、妖怪の感覚を半分以上忘れた平沼は、
皮肉にも霊の姿が見えなくなっており、愛する女性の亡骸の側に居ても、その女性と話す事も会う事もできなかった。
そのため平沼は、もしかしてと思い、
この機を境に何度も妖怪の里に戻っては、
再び霊の姿が見える様になるまで、半年近くも掛かった。そして、再び愛した女性の家に行くと、思った通りその女性は現世に止まっていた。
だがしかし‥、
平沼の目に映った女性は、
かつて愛した女性の様子とは、
かなりかけ離れていた。
まだ、両親への記憶はある様だが、
今は、人の魂を貪るだけの悪霊となっていた。
平沼の目には、
十数体の霊魂が無惨に喰い千切られており、
表情も呪いに縛られ、冷酷で殺気に満ちた表情をしていた。
平沼の事を完全に覚えていない彼女は、
平沼と目を合わせると躊躇なく襲いかかった。
平沼は、急いで外へと飛び出し、人混みに逃げるも、意図も簡単に背後を取られ押し倒されてしまう。
普通の人では、幽霊が見えないだけあって、一人で取っ組み合う平沼の姿に、周囲からは冷めたい視線が向けられる。
誰も助けてくれない中で、
平沼は大きな決断に出た。
それは、彼女の首辺りに腕を回して、
首をへし折ったのだ。
しかし、相手は幽霊。
物理など何かしらの力を込めない限りダメージは入らず、再びピンチを迎える。
そんな時、
たまたまその場に居合わせていた、
しがない退魔士の手によって助けられ、
彼女は祓われるのであった。
その後、平沼は、
自分の正体をしがない退魔士に伝え、
愛した女性が何故豹変したのか理由を訪ねると、
しがない退魔士は、感極まって泣きながら答えた。
平沼が愛した女性の力は、
普通の悪霊のレベルを軽く越えていた。
そのため、力の元を辿る限り呪霊三女の一人、
貞美の仕業だと推測された。
しかし、
この貞美とは、神出鬼没で探すだけでも苦労のする危険な怨霊であるが、怒りと復讐に燃える平沼は、退魔士からの引き留めを無視して、全国のあちらこちらへと赴き探しに出た。
しかし、さすが神出鬼没の怨霊。
目撃情報も全くない中での捜索に、
ついには貯金が底をつき、野垂れ死になりそうなところを、たまたま妖楼郭の大旦那である"刹丸"に拾われて今に至るのであった。
平沼の事は、刹丸と稲荷と四人の一反木綿の同期だけが知るところである。そして平沼は、今もこの恨みを忘れず心の奥底に閉じ込めている。
ここで補足話。
呪霊三女とは、
妖怪の世界と冥界でも、かなり危険視している、悪霊、怨霊、呪霊に君臨する女性の霊の事で。
悪霊、
幸運を喰らい生き地獄に落とす。
古都古
怨霊、
孤独と寂しさのあまり、
身勝手な無差別の呪殺を繰り返す。
貞美
呪霊、
恨みの夫を呪い殺してもなお、
己の恨みが晴れず、千年も妖怪と人を無差別に呪い殺す。
東雲茅祢
別名、呪忌
この三名は、
冥界特定危険犯罪者達に特定されており、冥界から数十名の死神が派遣されるも、所在を掴みにくい上、運良く見つけたとしても半数近くが、返り討ちに合う程の危険な霊である。
他にも色々と危険な悪霊はいますが、
それはまたいつの日か。
ちなみに、春桜の変で現れた悪霊たちは、
この三人とは、全く関係ありません。
そして、
この三人の特徴として、
決して群れないところである。
そして話は戻し、
四人の一反木綿たちが、
平沼の重い過去に触れてしまい、重い空気になる中、突如休憩室の扉が開いた。
四人の一反木綿たちは、一瞬千夜かと思い驚くも、休憩室から出てきたのは、寝起きのせいか、半分程寝ぼけている晴斗であった。
晴斗「んんっ~。おはよ~。」
平塚「あ、お、おはようございます。」
半分と思い気や、
ガッツり寝ぼけていた晴斗は、 普通に自分の家だと言わんばかりのペースで、平塚たちに挨拶を交わし、そのまま経理部を後にした。
平間「な、なんだったんだ?普通にトイレかな?」
平野「‥う、うーん、かなり寝ぼけてるみたいだけど‥大丈夫かな?」
平塚「それなら、俺が見てくるよ。」
平賀「おぉ、そうか?それじゃあ頼むよ。」
平塚「んじゃあ、あとは、頼むよ。」
若干、意味深な一言に、
三人は少し首を傾げた。
分かりそうで分からない、
平塚の言葉に翻弄されると、
新聞を広げて勝ち馬予想する平沼が、答えを直ぐに出した。
平沼「ふぅ、千夜の事を頼むって意味だよ。」
三人「なっ、こ、この塚~。」
単純過ぎる答えに、
一杯食わされた三人は、
酷く悔しがるのであった。
その後展開、
寝ぼけた晴斗は、嫁に色々と吸われ半殺しにあった直人が、浸かる大浴場へと向かうのであった。
そして注目の千夜は、
晴斗が大浴場へ向かって十分後。
晴斗が居ないことに取り乱し、休憩室を引っ掻き回し、これに止めに入った三人の一反木綿たちを引っ掻き回したと言う。
そして、
これも何かの因果か。
今日‥旅行二日目にして、
不敵な"何か"が妖楼郭にへと迫るのであった。