第三百二十四話 背後に老婆
夕食の会場でもある、
妖楼郭一階大広間にて、直人、晴斗を除く桃馬たち一行が揃うと、エルンとリールからの勧めもあり、一行は指定された部屋へと向かった。
大広間の空間は、
宿泊している人たちで大いに賑わっており、
少々騒がしいくらいであった。
そして、二十人近くいる桃馬たち一行は、
指定された部屋へと進むと、見ただけで広いと思う程の大きな襖が、目の前に現れた。
桃馬「‥ここか、えっと、番号は‥合っているな。」
ジェルド「わふぅ、入り口から特別感があるな。」
ギール「う、うん、な、何だか、直人がいない分‥、ごくり、逆に緊張するな。」
予想以上の部屋に、
桃馬は何度も手持ちの紙と部屋の番号を確認する一方で、恥じらいを捨てショタ化したギールとジェルドは、桃馬の両肩にしがみついていた。
桜華「ほへぇ~♪入り口だけでも、中は広いってわかりますね♪」
リフィル「ふへぇ~♪広いお部屋~♪広い部屋~♪」
小頼「ふへぇ~♪これはラッキースケベや‥シャッターチャンスがあるかも‥ぐへへ。」
温泉から溢れる微量の妖気にやられ、
未だに酔いから覚めない二人は、まるで子供の様に興奮していた。
その一方、
小頼に至っては全く酔ってはいなかった。
その代わり、穢れた本性に酔いしれていた。
シャル「むっ?みんなは、なぜ入らぬのだ?部屋を間違えたのか?」
ディノ「あ、いえ、シャル様、お部屋はあっていますよ?」
シャル「では、なぜ入らないのだ?」
ディノ「恐らく、予想以上のお部屋に戸惑っているのかと‥。」
シャル「ほぅ~、なるほどなのだ。なら、余が先陣を切れば‥。」
ヴィーレ「おぉ~?結構中は広いじゃねぇか?」
シャル「なっ!!?」
全員が部屋に入るのを躊躇している中、シャルが思いきって先陣を切ろうとすると、痺れを切らした姉御属性全快のヴィーレが、先陣を切ってしまった。
エルゼ「ふぁ~、広い~♪」
シール「す、すごいすごい♪」
エルゼとシールは、ヴィーレにしがみつき、
目を輝かせながら、団体客専用の部屋を見ていた。
そして、ぬいぐるみの様に、
ヴィーレに抱きしめられている豆太も同様に、
目を輝かせながら楽しみにしていた。
そして、そうこうしていると、
先陣を取られたシャルが、ヴィーレに対して文句を言い放つ。
シャル「こ、こらヴィーレ!?よ、余が先陣を切ろうとしたのに、どうして横取りするのだ!?」
ヴィーレ「ん?なんだ?シャルが先陣を切りたかったのか?わりぃ、直ぐに閉めるよ。」
まるで、子供がやりたい事を、
誤って親がやってしまった様な展開に、
ヴィーレは、素直に謝り襖を閉めた。
シャル「あう、うぅ、い、今更いいのだ~!?」
魔王様が、姉御に振り回されている光景は、
とてもほのぼのしく、桃馬たちは思わず微笑んだ。
意外と天然な一面があるヴィーレは、
悪意はないが、やることなすこと、
シャルの威厳を破壊し、そしてペースを乱し、
ただの妹に接する光景は、とても素晴らしいものであった。
特にギールは、
調子に乗ったシャルの対処方が見つかり、
かなり爽快感を感じていた。
それから、シャルは、
恥ずかしがりながらも改めて襖を開けるのだった。
その後、シャルを先頭に、
お膳が並べられている席に適当に座ると、
早速シャルの背後から変な気配を感じた。
シャル「ん?っ!?ぬわぁぁっ!?」
シャルは不思議な思いで振り向くと、そこには、白髪で少々猫背、茶色い着物を着込んだ老婆が、座っていた。
さすがのシャルも腰を抜かし、
お膳をひっくり返しながら驚いた。
幸い、料理がまだ置いていなかったため、
台無しは避けられた。
シャルの"ガチ"の悲鳴に、周りも当然注目し、
老婆の姿を見たとたん一部では驚いた。
ディノ「シャル様!?ど、どうしたのですか!?ん?あ、あなたは‥。」
小頼「ひっ!?ひぃぃ~っ!?お、おお、お化け!?ふにゅ~。」
リール「きゅ~。ブクブク。」
エルン「お、おいリール!?しっかりしろ!?」
突然のお化けの様な老婆の登場に驚き、
小頼とリールが気絶する。
桃馬たちも、一瞬驚いたが、
五月の際に、食事の件でお世話になった仲居さんだと知ると、大袈裟には取り乱さなかった。
ちなみに、神様である加茂は部屋には入ってくるところから気づいており、一方の犬神は、ずっとエルゼを見ており、老婆の気配は分かっていたが、視線はエルゼに向けられていた。
一方獣人たちは、
嗅覚で何となく分かっていたため、
驚いたのは、シャルの悲鳴とちょっとした騒ぎだけであった。
婆「おやおや、これは失礼致しました。つい、癖で気配を消したまま入ってしまいました。」
シャル「うぅ~、お、お主、た、確か‥ご飯を用意してくれるお婆さんだな?」
婆「はい、この妖楼郭の仲居でございます。いやはや、若様が居られると言うのに、お見苦しいところを見せてしまい、恥ずかしい限りです。」
シャル「わか??それは直人の事か?」
婆「はい、えーっと、おや?若様がおりませんね?」
この場に直人がいないと知ると、
キョロキョロとあちらこちらを見渡す。
すると、気絶したリールを良い具合に寝かせたエルンが、何となくの話に入る。
エルン「あ、そ、それなんだが、多分稲荷さんと一緒に居ると思うのだが、仲居さんは何か知らないですか?」
婆「おや、エルン様。いえ、私共の耳には、何も聞いてませんね?それより、稲荷様の件は白備様たちが注意していると聞いてますが?」
エルン「そ、そうなのですか。じゃあ、直人はどこに‥、(いや、きっと、稲荷さんのところに違いない。これを食べ終わったら探さないとな‥。)」
ついでに、直人に関する情報を求めるも、
決定的な情報が得られず。
エルンは、少し危険な個人調査を考えた。
すると、直人の代理でもある桃馬は、
仲居さんに対して頭を下げる。
桃馬「えっと、中居さん、気絶している小頼とリール、一部の無礼をお詫びします。申し訳ありません。」
婆「おや、これは大若様。そ、そんな、お詫びだなんてよしてください。もとあとを申せば、私が、原因でございますから。」
桃馬「‥し、しかし、直人ならきっと、こう言うと思います。」
桃馬の予測に、
直人をよく知る者たちは頷いた。
桃馬「そ、それより、この話はもう終わりにして、ご飯を食べさせてくださいよ♪」
婆「そ、そうでございますね。それでは、早速ご用意させていただきます。」
とんだお化け展開も、
落ち着いて見れば、とんだ茶番劇である。
その後は、
続々と料理が運ばれ、
豪華な色合いに桃馬たちは驚くのだった。