第三百十七話 いらっしゃい
両津稲荷の不審な企みは、
随時、弟の白備を通じて届いていた。
一時は、中止を考えたが、
延期をお願いした上、中止などは、
さすがに、桃馬たちに悪い気がした。
それより、このまま中止にして稲荷姉に会わなかったら、きっと強行手段を使って家に来ては、精魂どころか、魂まで吸い付くされ、命の危機に晒されるだろう。
あるいは‥、
いや、これは考えすぎかもしれないが、
共に夏休みを過ごすと言うかもしれない。
そうなれば、夏休みが終わるまで、
ずっと、稲荷、リール、エルンの三人に襲われる日々‥。しかも、朝昼晩、深夜と、親が帰って来るまで、種馬兼おもちゃとして、飼われることになるだろう。
そのため、
妖楼郭に向かう直人の足取りは、
本来嬉しく軽いはずなのに、とても重かった。
直人たち団体客が妖楼郭へ着くと、
大旦那の牛鬼一族"刹丸"を始め、
若旦那と若女将に続き、直人の兄弟たちが出迎えていた。
この中には、問題視していた稲荷も居たが、
話に聞いていたより、しっかりとした着物を身につけて出迎えていた。
これはこれで、逆に怖いと感じる直人は、
取り敢えず変な動揺を見せない様に、平然と挨拶を交わす。
すると、直人の妹である、
猫耳ピンク髪のツインテ少女こと、
両津 千夜が、いち早く晴斗に駆け寄った。
千夜「晴斗様~♪ささ、直ぐにお部屋へ案内しますね~♪」
晴斗「えっ、あっ、ち、千夜ちゃん!?」
千夜に取って、恋の大本命である三条晴斗。
春桜の変では、どさくさに紛れて既成事実を作ろうとするも、危険な戦場と言う事で、大人しくお留守番をさせられ、会う事すら叶わなかった。
そのため、三ヶ月ぶりの再会となり、
千夜は感動のあまり、のっけから粗相をしてしまう。
しかも、
大旦那様を始め若旦那と若女将がいる前での失態。白備は慌てながら注意を呼び掛ける。
白備「こ、こら、千夜!?大旦那様の前だぞ!何してるんだ!?」
千夜「ほえ?」
白備の一喝に、千夜はなぜ怒られたのか分からない表情をしていた。これも、恋の暴走と言うべきなのだろうか‥。稲荷と言い、本能で動く子が多い。
だが、こうなる事は、
大旦那様を始め出迎えた全員が予測していた。
普段の千夜は、
仕事面では非常に真面目な子で、
今の様に、みんなが居る前でお客様の両手を掴み、嬉しそうに尻尾を振る行為は絶対にしない。
むしろ、"ツンケン"するくらいである。
しかし、晴斗の前では話が別である。
愛する人に甘えたくて仕方がないのだ。
大旦那様の"刹丸"も理解はしているが、
ここは気を引き締めてもらおうと注意する。
刹丸「こら、千夜?お客様に失礼だぞ?甘えたい気持ちは分かるが、ここでするもんじゃない。」
千夜「にゃうっ!?//ご、ごご、ごめんなさい!」
刹丸の指摘で我に返ると、
千夜は慌てて晴斗の手を離した。
千夜「え、えっと、こほん、お、お部屋にご案内しますね♪」
直人「間違って自分の部屋を案内するなよ?ごふっ!?」
白備「に、兄さん!?」
昴「あちゃ~。」
リヴァル「うぅ、見てられない。」
千夜に取って晴斗絡みの冗談は、
決して許されないものではない。
そのため、禁句の冗談を匂わす直人の発言に、
千夜は、容赦なくみぞおちに拳をねじ込んだ。
三ヶ月前にも、
どこかで見たことある光景である。
刹丸「全く、ここでは兄妹喧嘩もしないようにお願いますよ?他のお客様も居られますからな。さて、白備たちは、早速お客様をお部屋に案内してくれ。」
白備「は、はい‥。」
昴「あはは、やっぱり、いつもの流れだな♪」
稲荷「クスッ‥、」
結局普段の両津家流の出迎えになり、
粗相しまくりの展開だが、然程気にする事なく、白備たちは部屋の案内に務めるのであった。
部屋については、
五部屋も用意されており、
一部屋(大部屋)
ギール、シャル、ディノ、豆太、シール
加茂、犬神、ヴィーレのフォルト家
二部屋(中部屋)
桃馬、桜華、憲明、リフィル、
三部屋 (小部屋)
ジェルド、エルゼ、小頼
四部屋 (小部屋)
京骨、ルシア
五部屋(中部屋)
直人、エルン、リール、晴斗
この様にきれいに仕分けられると、
各自チェックインを済ませ、早速大移動が始まる。
草津温泉街に出る者、
化堂里屋へ向かう者、
温泉に浸かりに行く者、
各自の目的はそれぞれであった。
しかし、みんなが楽しもうと行動する中、
初日から身内の用事と称した忙しい男がいた。
リール「ふぇ~?直人は温泉街に行かないの?」
エルン「や、やはり、身内同士の話があるのだな。」
直人「わりぃ二人とも、まあ、時間はまだたくさんあるし、二人は先に楽しんできてくれよ♪」
リール「うぅ、うん、わかった。」
エルン「うむ、それならお言葉に甘えよう。」
直人は気前よく二人を送り出すと、
晴斗と二人きりになった。
晴斗「さてと、本当にいいのか?」
直人「あぁ、稲荷姉の標的にさせないためだからな。」
晴斗「ふぅ、正直稲荷さんから逃げるよりも、一日だけ体を献上して静めさせた方が良いと思うけどな?」
直人「わかってないな。もしそんな事したら、これから家に帰るまで毎夜種馬か、下手をしたら稲荷姉が身籠るまで解放されなくなるぞ。」
晴斗「身籠るまでって、何だかんだで意識してるな?」
直人「そ、そそ、そうなる可能性があるって話だよ!?」
大人しく受け入れれば姉弟を越えた、
贅沢な展開が待っていると言うのに、
なぜか拒絶する直人の反応が面白すぎて、
思わず晴斗は、からかいまくる。
晴斗「でも、稲荷さんは嫁なんだろ?嫁の願いを叶えるのも夫の役目だと思うけど?」
直人「それが命に関わらない話ならな。」
晴斗「まあ、俺の予想だと。結局逃げたとしても、稲荷さんは転移ゲートを使って直ぐに捕まえに来ると思うし、変な怒りと疑惑を買うよりは、大人しくした方が吉だと思うよ?」
直人「‥うぐっ。」
晴斗「それに、今日の稲荷さんを見る限りだと、試してる感じもあるよね~。やっぱり、ここは大人しく身を捧げた方がいいよ。うん、そうしよう。」
至極最もな意見に、直人は返す言葉がない。
確かに、晴斗の意見は最悪の展開を回避させるための重要な行為だ。
結局、
身を捧げる展開は、回避できないみたいだが、
一回で済むならこれに越したことはない。
直人「わ、わかった‥。じゃあ、早速‥あ、会いに行ってくるよ。」
晴斗「幸運を祈るよ。」
直人「あ、あぁ。」
晴斗からの応援を胸に秘め、
直人は部屋を後にする。
がしかし、目の前に広がっていたのは、
廊下ではなく、見たことのない"誰か"の部屋であった。
直人「えっ?へっ!?な、なんだここは!?」
驚くのも訳もない。
その部屋には、"俺"と思われる写真が沢山壁に貼られており、中にはリールやエルンの写真まで混ざっていた。
色々察した直人は、直ぐに部屋から出ようとするも、謎の力で扉が塞がれており、出られないでいた。
稲荷「クスッ‥ようこそ、私の愛の巣へ♪」
直人「っ!?」
背後に聞こえる稲荷の声に、恐る恐る振り向くと、そこには意外にも着物をしっかり着込んだ、稲荷が姿があった。