第三百十二話 姉御狼の弱点
一匹の豆狸を巡りギルド内では、一匹の狼が、
恋敵であるエルゼを求めて暴れようとする。
するとそこへ、
シールの捜索をしていたエルゼが、
騒ぎを聞きつけ、慌てて姿を現す。
ヴィーレは、エルゼを見るなり、
ギールとジェルドを強引に振りほどき、
エルゼの前に駆け寄ると、物々しい圧を放ちながらエルゼを見下ろす。
陰と陽、白と黒と言った、
色々と真逆な二匹が、遂に対面する
ヴィーレ「‥じーー。」
エルゼ「わふっ!?あ、あの‥わ、私に何か‥。」
初対面で恨みを買った心当たりがないエルゼは、訳も分からず怯えながら無言の"圧"に答える。
ギール「ヴィーレ!エルゼに手を出すな!?」
ジェルド「に、逃げろ!?エルゼ!」
かなり危険な状況に、
二匹のお兄ちゃんは、エルゼに近寄ろうとする。
がしかし‥。
ヴィーレ「ギロッ!」
二人の話に、水を差すなと言わんばかりの殺気の籠った睨みに、助けようとした二匹はもちろん、後方にいるギルドの仲間たちまでも震え上がった。
目の前にいるヴィーレは、
一端の黒狼族‥、いや、全狼族のレベルを軽く越えていた。
そんな場違いレベルの狼を前にして、
一匹だけ目を輝かせながら、立派なヴィーレを見つめる子がいた。そう、"いとこ"のシールであった。
ヴィーレ「ふっ、これで邪魔する奴はいな‥ん?」
エルゼ「わふぅ~。」
水を差す輩を黙らせて、エルゼに視線を戻すと、さっきまで怯えていたエルゼが、目を輝かせながら見つめていた。
先程見せた、実に理想的で狼らしい風格に、
エルゼは憧れを持ち始め、恐怖心はありながらも、じっと見つめていた。
ヴィーレ「お、お前‥、あ、あたしが怖くないのか?」
エルゼ「わふぅ~♪」
ヴィーレの問いが聞こえていないのか、
エルゼは犬空返事で返し、先程とは真逆の展開になった。
これに対して、ヴィーレは戸惑った。
ヴィーレの圧に、一度は怯えながらも、一瞬目を離しただけで、まるで別人の様に目を輝かせ、尻尾を振っているのだ。
不思議と感じるシールと同じ"臭い(感覚)"に、
敵意を見せていたヴィーレの心に、小さな歪みが生まれた。
ヴィーレ「うぐっ‥、お、お前が‥エルゼか?」
動揺しているせいか、
声に覇気はなく、話しづらそうにしていた。
エルゼ「わふぅん♪はい♪」
ヴィーレ「っ!?//」
立て続けとも言えるエルゼの曇りのない笑顔に、ヴィーレが掲げる敵対心に大打撃が入る。
な、なんだ‥こいつは‥。
狼の"お"の字もねぇじゃねぇか‥。
こ、これが本当に白狼族なのか‥。
これじゃあ、牙をもがれた"犬"と同じじゃねぇか!
こ、こんな雌に、豆太が惚れたのか‥。
自分とは真逆のエルゼを前にして、
いつもなら"覇気"と"重圧"をかけて、
力の差を見せつけ引かせる所。
だがしかし、愛くるしいエルゼに、
そんな事ができるわけがなかった。
例え、できたとしても、
好奇心を掻き立たせるだけで全く通じず、
逆に罪悪感が襲うことになるだろう。
こうしてヴィーレが、
動揺を隠しきれず歯を食いしばり、
赤面しながらエルゼを見下ろしていると、
エルゼが心配そうに話しかける。
エルゼ「あ、あの、顔が赤いですけど、どうしましたか?」
ヴィーレ「っ!な、なんだと!?」
エルゼの優しい心遣いに、
ヴィーレは、思わず一歩後退する。
それはなぜか、
この時のヴィーレは、今まで味わったことのない激しい動揺と混乱のせいで、聴覚から脳内変換までの機能がバグっていたのだ。
先程のエルゼの言葉を、
今のヴィーレの脳内変換をすると、
"あ、あなたの血、美味しそうですね?どんな味ですか?"
完全に聞き間違えたと言うレベルではない。
もはや妄想の域であった。
しかも、こんな愛くるしい顔をしたエルゼが、
平然とこんな事を言えば誰でも怖いだろう。
ヴィーレは、たったの一日で、
二人も怖いと感じるのであった。
動揺中のヴィーレは、
誤解したまま、ありもしない話を回避しようとする。
ヴィーレ「お、おい、エルゼ?あ、あたしは食ってもあまり旨くないと思うぜ?」
エルゼ「わふぅ?食っても?旨くない??うぅん??」
当然、何を言っているのか分からないエルゼは、小首を傾げる。
そしてヴィーレは再び、
妄想並みの脳内変換をかけた。
"ふーん、食べても?美味しくない?ジュルリ"
もはや、
会話が出来る程のコンディションではなかった。
目の前にいる、愛くるしいエルゼは、
ヴィーレの事を食べようとしている狼。
一件弱々しいと思ったが、
この子もまた、豆太と同様に恐ろしい本能を持ち合わせていると見事勘違いした。
一部始終聞いているギールとジェルドは、
何となくヴィーレが、誤解している事に気づく。
ジェルド「な、なあ、ギール?ヴィーレの様子何かおかしくないか?」
ギール「‥あぁ、たぶん動揺し過ぎて勘違いしてるかもな。昔から男勝りな性格で、エルゼ見たいな女の子と遊んでる所は、シールを除いて見たことないからな。」
ジェルド「動揺からの勘違いか‥って、今のやり取りの何処に勘違いしてるんだ!?」
ギール「‥わ、分からないな。俺もあんなに動揺しているヴィーレを見たのは初めてだから‥。も
、もしかしたら可愛い系の耐性がなくて、どう仕掛けてやれば良いか分からず混乱してるだけかも‥。」
ジェルド「そ、それって、ある意味危険じゃねぇか?」
ギール「‥捉え方一つだな。今のところ、良い感じで進んでる見たいだけど‥、ここからどうなるか‥。」
ジェルド「そ、そうなると、俺たちも下手に動けないな。うぅ、エルゼに任せるしかないか。」
不安しかない光景に、二匹は黙って見守っていると、目の前にメイド服を着たシールが、ヴィーレの背後に接近していた。
ギール「えっ?ん?わふっ!?し、シール!?」
ジェルド「っ!い、いい、いつの間に!?」
さっきまで、大人しく二匹の間にいたシールが、危険地帯に大接近していた。
ちなみに、この時シールは、
ゴーストリッチーの固有スキルである、
"気配消し"を使い忍び寄っていたのだ。
ヴィーレの動揺と連動して、左右に揺れる立派な尻尾に、シールは犬座りをして、自分の尻尾を振りながら見ていた。
これには後ろで見守るギールとジェルドたちは、口元を手で隠し"トキメイ"ていた。
そして、
話が噛み合わないエルゼとヴィーレに、
ようやくまともな動きが見え始める。
勝手に誤解しながら押されているヴィーレが、
思いきって本題を切り出したのだ。
ヴィーレ「え、エルゼよ?お、お前は、豆太と言う"たぬき"の事が好きなのか?」
エルゼ「わふっ!?え、えへへ~♪そうですよ♪」
ヴィーレ「そ、そうか‥。」
一途だと言わんばかりの反応に、
ヴィーレの心に罪悪感が襲う。
普段、罪悪感などは感じた事はないが、
不思議と今は、後悔の様な物を感じていた。
すると、
ヴィーレの口から意外な一言が放たれる。
ヴィーレ「‥すまん‥。」
エルゼ「わふっ?どうして謝るのですか?」
ヴィーレ「‥あたしは‥、エルゼの恋人‥豆太を襲って体を重ねたんだ。そして豆太を‥あたしの夫に迎え入れようとした。」
エルゼ「わふっ!?え、えぇっ!!?」
シール「わふっん!?お、おお、お兄ちゃんと!?」
衝撃的なの告白に、
愛くるしい二匹が声をあげた。
エルゼ「お、お姉さん見たいな人が、ま、豆太を‥ぷしゅ~。」
シール「はわわ!?エルゼちゃーん!?」
ヴィーレ「っ、お、おい!?し、しっかりしろ!?って、シール!?いつの間に後ろにいた!?」
憧れを抱いた狼お姉さんが、
豆太と交配した事を知ったエルゼは、
究極の"おねしょた"展開を想像してしまい、
オーバーヒートを起こしてしまった。
その後、ギールの立ち会いの元、
ヴィーレは、ジェルドとエルゼ、シールに事の経緯を話した。それからヴィーレは、罪悪感から自ら手を引こうとするのだが、エルゼの寛大な引き留めにより、豆太は二匹の狼に挟まれる事になった。
しかし実際は、豆太とヴィーレのおねしょた展開を見たいがゆえの事だとは、エルゼ本人にしか知らない事であった。