第三百十一話 白き狼の黒い過去
いよいよ訪れた緊張の瞬間。
ジェルドの声がギルド中に響くと、
ギールは酷く動揺し、ヴィーレとシールを残して一階へ降りる。
いつも以上に慌ただしく降りて来るギールに、
明らかに様子がおかしいと思ったジェルドは、
心配そうに話しかける。
ジェルド「ど、どうしたギール?もしかして、タイミング悪かったか?」
ギール「はぁはぁ、いや‥、そ、それより、エルゼはどこだ!?」
ジェルド「お、おぉ、エルゼならシールを探しに、スタッフルームに言ったけど‥。」
ギール「そ、そうか‥。わふぅ。」
急に両肩を掴み、眼力強くエルゼついて聞くギールに、何が何だか、さっぱりわからないジェルドは、更に質問を投げ掛ける。
ジェルド「い、いきなりなんだよ?エルゼが何か悪い事でもしたのか?」
ギール「‥い、いや、その‥そう言うわけじゃないんだ。」
ジェルド「はぁ?じゃあなんで‥ん?わふっ!?」
ギール「っ!」
ギールの背後から"何か"を見たジェルドは、
尻尾と耳を直立させて震え始める。
ギールも"何"を見たのか直ぐに察すると、
震えながら振り向く。
そこには、階段の中断辺りから、
こちらを見ているヴィーレがいた。
ジェルド「な、なな、なんで‥あの人が‥ってん?オレンジ髪?‥そ、それに匂いも‥何か違う‥お、狼違いか‥。」
一瞬ジェルドは、
面影とオーラだけで認識するも、
髪の色と香水のせいで撹乱する。
ギール「ジェ、ジェルド。気持ちは分かるけど‥、目の前にいるのは、お前に取ってトラウマのヴィーレだよ。」
ジェルド「は、はわわっ!?」
ギールの余計な指摘に、
ジェルドは怯える。
ここで昔話
実はその昔ジェルドは、発情したヴィーレに童貞を奪われそうになったことがあった。
しかもその頃は、
"蒼い満月"について全く知らず、
まして、性的知識もない純粋で清らかな少年の頃であった。
当時のジェルド少年は、
親から早く帰ってくる様にと、言われていたのにも関わらず、無邪気な子供心により約束を破り、
二人の友人と三人で、日が暮れるまで遊んでいた。
そんな時であった。
気づけば一人の友人が居なくなっていたのだ。
当然、
ジェルドともう一人の友人は、
手分けして探しに出た。
しかし、十数分後、
再びジェルドが、友人と分かれた所に戻るとそこには、目に光を失い全裸で仰向けで倒れている二人の友人がいた。
すると、一人の友人から、
途切れる様な小さな声で、
"ジェルド逃げろ"と語った。
当時のジェルドにとって、
あまりにもショッキングな光景に、
淫魔の仕業かと思いながらも、
その場から動けなかった。
すると背後から、"誰か"に肩を掴まれ、
恐る恐る振り向くと、そこには息を荒げて獲物を捕まえたと言わんばかりの表情で見下ろしている、黒狼族のお姉さんこと"ヴィーレ"がいた。
そう、これでお気づきかもしれませんが、
ヴィーレは、自分より小さな子と年下の子が大好きなのだ。
まさに、ショタ喰いの鑑である。
その後、ジェルドは、
襲われる一歩手前の所で、子供たちの帰りが遅い事を心配した里の大人たちによって見つけられ、ヴィーレは諦めてその場を去り、ジェルドは無事救助されるのであった。
その後、約束を破ったジェルドたちには、
当然きついお説教が待っていた。
普通に見たら犯罪であるが、
この世界では、至って普通の事であった。
むしろ、
この行為で子孫を残したりしているため、
一概に否定はできないのだ。
その後、ジェルドは、
大切な友達を襲った犯人を調べ上げた。
犯人の容姿を覚えているジェルドは、
たまたま、犯人と似ている人を見つけては尾行し、大人から情報を聞くなどをしていると、
自分を襲った犯人が、
ヴィーレ・コローと言う名を知った。
その人は、黒狼族の中でも、
かなり手を焼く程の存在であり、自分より小さい子が大好きであると知ると、ジェルドはそれ以来、超特定注意人物として取り扱うようになった。
そして、ヴィーレとギールが、
"いとこ"同士だと言うことは、
今年の春辺りくらいに知ることになった。
そして、話を戻す。
"過去"と"今"に怯えるジェルドと、
エルゼと出きるだけ会わせたくない気持ちから、酷く動揺するギールに、ヴィーレは声をかける。
ヴィーレ「な、なんだよ?いきなり、飛び出したと思ったら、白狼族の雄と一緒に怯えやがって。」
ギール「あ、あはは、い、いや何でもないんだ♪その、実は"こいつ"、昔ヴィーレに襲われそうになった事があって‥。」
ジェルド「お、おいギール!?」
誤魔化すにしては、
身内を売る様な発言に、
ジェルドは思わずツッコむ。
ヴィーレ「ふーん?にしても、こんなでけぇ雄を犯した覚えはねぇな?」
ジェルドの顔を見ながら階段を降りるヴィーレは、身に覚えのない事に素直に答える。
するとジェルドは思わず、ヴィーレが覚えているか分からない過去の話を漏らした。
ジェルド「っ!じゅ、十年くらい昔の話だよ!?」
ヴィーレ「十年前?ふーん‥。」
すると、何かを思い出したのか、
目の色を変えて、ジェルドに近寄る。
ギール「ヴィ、ヴィーレ?」
ジェルド「な、何だよ?」
ヴィーレ「ふっ。なるほどな‥。」
ヴィーレは、ジェルドの背後に回ると、
怯える両肩に手を置いた。
ジェルド「わふっ!?」
これにより、
十年くらい前に起きた事が再現された。
ヴィーレ「なるほどな~、お前は、あの時喰い損ねた、白狼族の子供か‥?」
ジェルド「よ、ようやく、思い出したか‥。お、お前の事は色々と調べがついている。ギールの"いとこ"だと言うこと、素行が悪いこと、自分より小さな子を好んで襲う、ギールに引けを取らない程の淫犬だと言うことをな!」
ギール「なっ!?お、俺は関係ないだろ!?て、てか、ヴィーレにそんな事を‥ひっ!?」
一応、ジェルドと比べて、
五センチから十センチほど背が高いヴィーレは、あの時みたいに、獲物を捕まえたと言わんばかりの表情で見下ろす。
ヴィーレ「へぇ~、言うじゃねぇか?もし、あの時お前を犯していたら‥、"豆太"よりも先に、お前を夫として誘拐していたかもな。」
ジェルド「っ、ま、豆太‥だって?な、何を言って‥。」
突然引き出された豆太の名前に、
ジェルドは疑問に思いながらも、
身の危険を感じるのであった。
すると、慌てたギールが、
強引にヴィーレをジェルドから引き剥がす。
ギール「そ、そこまでだよヴィーレ!?」
ヴィーレ「っ、な、なんだよギール?邪魔するなよ?」
ギール「ま、豆太を夫にするなら、う、浮気と他の男と盛るのは認めないからな!」
ヴィーレ「っ!ギール‥てめぇ。」
ギールからの厳しい条件提示に、
ヴィーレは逆らうことができず、
殺意に満ちた目で睨む。
ジェルド「‥豆太を夫?お、おいギール、何言ってるんだ。豆太にはエルゼがいるだろ?」
ヴィーレ「ん?(エルゼ‥?)」
ギール「‥わ、わかってる‥。だけど‥うぅ、どう話せば良いか‥。さっきやったクエストで、はぐれた豆太をヴィーレが襲いったら‥、何故か、返り討ちに合ったみたいなんだよ。」
ジェルド「な、なに!?ま、豆太が‥、ヴィーレを返り討ちに‥。」
ギール「あぁ、信じられないがな。それで、豆太を夫にと‥。」
信じられない話だが、
だと言って、"はい、そうですね"と言って、
納得するほど、ジェルドはバカではなかった。
当然ジェルドは、
小声でギールに問い詰める。
ジェルド「‥だ、だめだ決まってるだろ!それでは、あのストーカーに狙われてしまうじゃねぇか!?」
ギール「わ、わかっている。だから俺は、ヴィーレに、豆太を諦めてもらうか、一夫多妻を受け入れるかを問い詰める。」
ジェルド「い、一夫多妻もだめだ!?エルゼがひどい目に合うかもしれないだろ!?」
ギール「うぐっ‥、そう言うと思ったよ‥。」
ジェルドの気持ちもよく分かるギールは、
これ以上どう話せば良いのか、分からなかった。
すると、
小声でもしっかり聞いていたヴィーレが動く。
ヴィーレ「へぇ~、エルゼってのは、お前の妹か何かか?」
ギール「っ、しまっ‥。」
ジェルド「っ!だ、だから、何だってんだ?」
ヴィーレ「ふっ、会わせてもらおうじゃねぇの?」
ジェルド「‥嫌と‥言ったら?」
ヴィーレ「ふっ、"ブチノメス"までだな。」
笑みを浮かべながら、指の間接を鳴らす。
しかし、そこへ、
二階から様子を見ていたシールが、
慌てて階段を駆け降り、ヴィーレに抱きつく。
シール「ヴィーレお姉ちゃん!?喧嘩はダメだよ!?」
ヴィーレ「し、シール‥くっ。離してくれ。」
シール「だ、だめです~!」
シールの決死の説得にも見える光景に、
ギルドの仲間たちも止めに入ろうとする。
ギルド内が騒がしくなるにつれて、
スタッフルームから慌てた様子で、
エルゼが飛び出して来た。
エルゼ「お、お兄ちゃん!?どうしたのですか!?」
ジェルド「っ!え、エルゼ出てきちゃだめだ!?」
ギール「っ!や、やばい!?」
ヴィーレ「‥‥へぇ~、君が‥エルゼか。」
唖然とするエルゼに対して、
笑みを浮かべるヴィーレ‥。
まさに、陰と陽、
あるいは、白と黒の様な真逆の二匹。
壮絶な恋路の行方は如何に。