第三百十話 姉御、妹にも勝てず
身内が知らぬ間に、
身内に手を出すと言う、
何とも言えない展開から数十分後。
ギールたちフォルト家は、
落ち着きを取り戻したヴィーレと共に、
一足先にギルドへ帰還する。
道中で、魔王の力を使いすぎたシャルが、
いつもの小さな姿に戻るも、ギールは嫌な顔せず、シャルをおんぶして上げた。
こうして、
ギールたちがギルドへ着くと、
いち早く出迎えたのは、
可愛いメイド服を着たシールであった。
シール「わふぅ~♪お兄ちゃ~ん♪」
ギール「おっとと、ただいまシール♪良い子でシシリーの手伝いをしていたか?」
シール「わふぅ~♪」
シールに取って、世界で一番落ち着く兄の体に抱きつき、ご機嫌に二本の尻尾を揺らす。
シシリー「お帰りなさい皆さん♪もう狩猟は終えたのですか?」
ギール「ま、まあな、シャルが頑張ってくれたお陰だよ。」
シシリー「クスッ♪そうでしたか♪それでは、クエスト完了の手続きを‥あら?そちらの方は?」
クエスト完了手続きのため、
シシリーが外に出ようとすると、
出入り口付近で、ギルド内を見渡しているヴィーレに気づく。
ギール「あ、あぁ、俺の"いとこ"のヴィーレだ。狩猟中に偶然出会ってな。せっかくだから、久々にシールと会わせ様と思って連れてきたんだ。」
シシリー「なるほど♪それは何よりですね♪えっと、ヴィーレさんちょっと小さなギルドですけど、ゆっくりしていってください♪」
ヴィーレ「ん?あ、あぁ、そうさせてもらうよ。」
シシリー「はうっ!」
ヴィーレのクールで姉御風の適当な返事に、
シシリーは思わず胸を打たれる。
本能的に可愛がられたいと思うほどの、
ヴィーレのカリスマ性に、シシリーの心が蕩けそうになる。
と言うより、
既に体を"もじもじ"させ始めていた。
ヴィーレ「おい、ギール?この女大丈夫なのか?」
シシリー「くはぁっん!こ、この‥女‥。」
ギール「いや、普通に大丈夫じゃないな。、そうだ加茂?悪いけどシシリーと外に出てクエスト完了の手続きをしていてくれないか?」
加茂「は、はひっ!わ、分かりました!」
シシリーの見てはいけない光景に、少し引き気味の加茂であったが、ギールの頼みにより、やむ無くシシリーの手を掴み外へ出た。
ギール「ふぅ、よし、なあシール?"いとこ"のヴィーレを覚えてるか?」
シール「わふぅ?」
あのやり取りの中でも、
ずっとギールに抱きついていたシールは、
ギールを盾にしながら、ようやくオレンジ髪のヴィーレに視線を向ける。
ヴィーレ「っ!」
すると、ヴィーレは、
"ゴーストリッチー"となり、
少し印象が変わったシールを見るや驚いた。
左目を前髪で隠し、そして二本の"もふもふ"の尻尾は、ヴィーレの記憶にあるシールと、若干異なっていた。
しかし、
目の前にいる子は間違いなくシールだと確信していた。それは、一族だからこそ分かる"匂い"が証明してくれたからだ。
対してシールも同じであった。
生前まで知るヴィーレは立派な黒髪で、
こんな風にもチャラくは無かった。
恐らく、"異世界"の文化の影響だろうか。
髪を染め、香水までもかけていた。
しかし、
それでも変わっていないと言えば、
その性格であった。
気高い黒狼族として、
理想的な一匹狼であり、かっこいい気品は、
今でも変わっていない。
シールは"匂い"よりも"本能"で、目の前にいる狼がヴィーレであると認識していた。
シール「ヴィーレ‥お姉ちゃん?」
ヴィーレ「っ!あ、あぁ‥そうだ。シール‥ヴィーレ姉ちゃんだぞ‥。うぅ。」
実の妹の様にシールを可愛がっていたヴィーレは、夢の様な光景に声を震わせた。
孤高の狼は、涙を流しながらシールに近寄り、
頭を優しく撫でた。
シール「わふぅ~、ヴィーレお姉ちゃん♪」
ヴィーレ「っ!シール‥うぅ。」
シールは愛らしくもヴィーレに抱きつくと、
ヴィーレは、優しく抱きしめ久しぶりのシールの温もりを感じるのであった。
しかし、この光景にギールは、
些か扱いが不公平だと感じるが、
今は大人の対応と称して、滅多に見ることがないヴィーレの弱いシーンをその目に焼き付けるのであった。
その後、
ギールたちは、ギルドの二階にて、
ヴィーレに事の経緯を詳しく説明する。
シールが命を落とした時から、
ギールの守護霊としてずっと側に居たこと。
納涼祭で、
"国民的アイドル"の弥彦稔様によって、霊体としてこの世に具現化させてくれたこと。
そして、シャルのおかげで、ゴーストリッチーとして、生命を与えてくれたことを話した。
全てを知ったヴィーレは、
クールな姉御風の表情を崩して、
安堵した様な表情になる。
ヴィーレ「そうか‥まさか、あのシャルって子が、大昔の魔王とはな‥。そりゃあ、あたしでも手も足もでないわけだ‥。」
ギール「さすがのヴィーレも、敵わない相手がいるんだな?」
ヴィーレ「う、うるせぇ、あと"姉"をつけろ!生意気な‥。」
ギール「はいはい、照れ隠しのカモフラはいいよ。」
ヴィーレ「ぐっ‥。あ、あたしだって、何でも勝てるわけじゃねぇよ‥。ただ、誇り高い黒狼族として、喧嘩してるだけだ。」
屈辱にも"弟"にマウントを取られっぱなしの状況に、ヴィーレは動揺していた。
さすがのギールも、
楽しくて仕方がなかった。
しかし、その優越感もそう長くは続かない。
なんせここには、ストッパーがいる。
シール「二人とも喧嘩はダメだよ?」
ギール「っ、べ、別に喧嘩はしてないぞ?」
シール「マウントを取るのも禁止だよ?」
ギール「わふっ、わ、わかった。」
妹には逆らえないギールは、
シールに言われるがまま、マウントを取るのを止めた。
ヴィーレ「‥ふぅ、あたしは、もう一度、シャルに謝りついでに礼を言わなければならない様だな。」
ギール「えっ?ヴィ、ヴィーレにも、そういう心があったのか‥えっと、ここに来るまで、何か変なのでも食ったか?。」
ヴィーレ「お前な‥ふっ!」
ギール「へぶっ!?」
意外すぎるヴィーレの発言に、
ギールが余計な水を差しをすると、
ヴィーレに頭を掴まれテーブル叩きつけられた。
これには、ギールにも非があると感じたシールは、複雑な眼差しで見ていた。
シール「わ、わふぅ‥、ヴィ、ヴィーレお姉ちゃん?気持ちは分かるけど、直ぐに手を出すのはダメだよ?」
ヴィーレ「っ、わ、わりぃ‥。ついな。」
さすがのヴィーレも、妹には敵わなかった。
そんなやり取りをしていると、
白狼族の兄妹がギルドへ帰還する。
ジェルド「おーい、ギール?外でシャルと豆太が寝てたけど放置していていいのか~?」
ギール「ぅぅ‥ん?この声‥まさかジェルド!?」
ジェルドの声が響くと、
ギールは、激しく動揺する。
果たして、
この緊張感が走る恋の行く末は如何に‥。