第三百九話 孤高の狼
豆太の権利を巡って、
ヴィーレがシャルに対して喧嘩を売り込むと、
シャルは激昂し魔王の力を解き放つ。
すると、
先程まで余裕を見せていたヴィーレに、
瞬時に"死"の感覚が襲う。
ヴィーレ「っ!へ、へぇ~。おもしれぇじゃねぇか。」
これには、
冗談ではないと悟ったギールと加茂が、
慌ててシャルに声をかける。
ギール「っ!しゃ、シャル!?頼む!ヴィーレを殺さないでくれ!?」
加茂「そ、そうです!?一応、豆太くんを保護してくれてた人なんですよ!?」
しかし、
二人の言葉はシャルには届かず、
シャルは膨大な魔力を使い、
圧倒されその場から動けないヴィーレのプライドを、徐々に"ズタズタ"にする。
ヴィーレ「くっ、(くそっ!なんで足が動かねえんだ!これじゃあ、さっき見せた威厳が丸潰れじゃねえか!)」
初めて味わう"死"と"屈辱"の感覚‥、
いや、認識していなかったと言えば良いか。
幼い頃から負けず嫌いで、
喧嘩は日常茶飯事、無謀とも言える相手にでも、喧嘩を売ることは少なくはなかった。
そのため、闘争心が常に恐怖心を勝り、
一部の感覚麻痺が起きていたのだ。
しかし今は違う、
肌で感じる死の感覚。
そして、
喧嘩を仕掛けてはならい相手に、
喧嘩を仕掛けてしまったのだと、
本能から後悔するのであった。
シャル「お主ヴィーレと言ったな‥。豆太を襲ったとは言え、保護してくれた事は感謝する。それゆえ、ここで命乞いをすれば助けてやるぞ。」
ヴィーレ「っ!ふ、ふざけんな!だ、誰が命乞いをするか!」
シャル「ほう‥なら残念だ。」
シャルが右手を上げると、
ヴィーレを中心に黒い円が浮かび上がり、
そこから黒い剣の様な物が、四方八方に現れた。
黒い剣の刃は、
ヴィーレに向けられ完全に殺す陣形になった。
ヴィーレ「っ!」
ギール「ヴィーレ姉!シャルに謝ってくれ!」
ヴィーレ「だ、誰が謝るか!」
ギール「こんな状況で、なに意地張ってるんだよ!?」
加茂「そ、そうです!今ならまだ許してもらえます!も、もし、豆太お兄ちゃんが好きなら、どうか気持ちを曲げてください!」
ヴィーレ「っ!くっ‥‥。」
二人からの最後とも言える救いの手に、
孤高な狼の心が揺れる。
ヴィーレ「‥くっ、くそ‥、す、すまない‥。」
ヴィーレが負けを認めて謝ると、
四方八方に刃を向けた黒い剣は消滅した。
これにはギールと加茂も安堵するや、
膝の力が抜け崩れ落ちた。
死の感覚に駆られ、情けない敗北を味合わされたヴィーレは、その場から動けないでいた。
初めて"恐怖"に負けた。
悔しさよりも、安堵よりも
更に複雑な"もの"が心に襲いかかる。
そんな思いの中、
シャルが歩み寄ってくる。
シャル「ヴィーレとやら‥。よく心を曲げてくれた。礼を言うぞ。」
ヴィーレ「‥どうして、直ぐに殺さなかった。」
シャル「それについては‥そうだな。理由は四つある。一つ目は、豆太を保護したこと。二つ目は、豆太を好いていること。三つ目は、豆太の気持ちを聞かずに手は出せないこと。四つ目は、余に謝ったことだ。」
ヴィーレ「そ、そんな事で‥、あたしは、純粋な豆太を襲ったんだぞ?しかも、交尾で負けて豆太を夫にしようとして、豆太の好きな人を無理矢理忘れさせようとした‥。最低な雌だ。」
シャル「確かに、ヴィーレが言うのも最もだ。向こうの世界では、間違いなく犯罪行為だ。しかし、この世界ではそうはいかない。弱き者が強き者に喰われる世界。それに今回の件には、余も非がある。全てヴィーレの責任にはできん。」
ヴィーレ「‥。」
シャルの言葉に、
ヴィーレは黙って聞くしかなかった。
すると、シャルは、
ここで誤解を解く話をする。
シャル「それと一人になった豆太と出会った者が、ヴィーレでよかった。お主ならきっと"エルゼ"ともやっていけるだろう。」
ヴィーレ「エルゼ‥?あ、あんたが豆太の好きな人ではないのか!?」
シャル「豆太は余の義理の弟だ。」
ヴィーレ「‥っ!じゃあ‥あんたもギールの義理の兄妹なのか!?」
シャル「っ!?」
ヴィーレの驚きながらの問いに、
シャルは大きく反応する。
実際、今のギールとの関係は、兄妹で収まるほど物ではない。建前は、確かに兄妹だが、最近の二人の関係は恋人レベルである。
しかし、素直に恋人とは言えないため、
シャルは茶を濁すように話す。
シャル「ま、まあそうなるな。」
ヴィーレ「そ、そうか‥、ギールに、こんなすげぇ、義理の妹がいるとはな‥。向こうの世界はすげぇな。」
実際シャルは、この世界の魔王なんだけど。
と言いたいところだが、話すと面倒なのでそう言うのとにした。
すると、立て続けに、
今度はギールに話しかける。
ヴィーレ「‥‥な、なあ、ギール。」
ギール「な、なんだよ?」
ヴィーレ「その‥エルゼって子も、義理の兄弟なのか?」
ギール「まさか、その子が豆太の本命だよ。しかも、白狼族の子だ。」
ヴィーレ「っ!白狼族だと‥。くっ‥よりによって、白狼族とは‥。わ、わかった。」
ギール「な、何が、わかったんだよ?まさか、また会いたいとか言うんじゃないよな?」
ヴィーレ「と、当然だ!相手が白狼族となれば、話は別だ!」
ギール「ダメに決まってるだろ!?エルゼはシールの親友でもあるんだ!シャルみたいなニノ前はさせんぞ!」
ようやく、ここで流れが変わったのか、
ギールは、堂々と全力でヴィーレを止めようとする。
すると、ヴィーレは、
驚いた様な顔で、ギールに問いかける。
ヴィーレ「ぎ、ギール‥今シールと言ったか?」
ギール「ん?あぁ、言ったけど‥あっ、そうか、"ゴーストリッチー"になって生き返ったこと、知らないよな?」
ヴィーレ「っ!!!し、シールが生き返ったのか!?」
シールの名を聞いたヴィーレは、すぐに目の色を変え、ギールの胸ぐらを掴み激しく揺すった。
ギール「うぐっ!?い、生き返っているから、胸ぐらを掴むな~!」
その後、
たまたま襲って惚れさせられた狸が、
実は身内の義理の兄弟で、誤解に次ぐ誤解で招いた波乱な展開は、一旦一幕を下ろした。
ギールたちはヴィーレと共に、
狩猟したペペを馬車へ積み込み、
ギルドへ戻るのであった。