第三百七話 小さな狸探してます
豆太が、姉御系獣人美女に襲われている頃。
狩猟任務を終え、
ギルドへ戻ろうとするギールたちは、
ようやく、豆太が居ないことに気づく。
慌てふためくシャルの証言によると、
ペペを三頭くらいまで、共に狩りをしていた様だが、シャルが三頭目の運搬の帰り道に、中々良さげなペペと遭遇すると、豆太と合流する前に別行動を取ってしまった様だ。
そこから四頭目、五頭目、六頭目と夢中になって狩りをした結果。徐々に豆太の存在を忘れていったそうだ。
そしてシャルは今、
縦横無尽に豆太の名前を叫び捜索していた。
シャル「ぬわぁ~!豆太~!どこだー!」
シャルの脳裏には、
いたいけな豆太が無惨に補食される姿と、
丸飲みにされる姿が交互に浮かび上がっていた。
自分の不注意で、
大切な弟が危険な目に遭う瞬間は、
いくら魔王であっても、心がえぐられそうであった。
当然、ギールと加茂も同じ気持ちであった。
ギール「はぁはぁ、豆太ー!」
加茂「豆太お兄ちゃーん!どこですか~!」
ギール「豆太‥どこに行ったんだよ。」
加茂「も、もしかして、奥まで行ったのでしょうか!?」
ギール「その可能性はあるな‥、この辺りは危険な獣は少ないけど、いない訳じゃないからな‥。急いで見つけないと、直人に顔向けできない。」
あらゆる可能性を考え、
最悪の場合を想像するギールは、
更に焦り始め、判断力を鈍らせる。
そんな大ピンチの中で、
三十分間、森林の奥へと進み、
当てずっぽうな捜索をしていた。
ギール「豆太‥はぁはぁ、」
加茂「豆太お兄ちゃん‥。」
しかし、それでも努力は報われず、
とうとう、二人の瞳には、涙がこぼれ始める。
ギールの自慢の鼻も、周辺の薬草の胞子などの臭いのせいで全く機能していなかった。
ギール「豆太‥、うぅ、わおぉぉーん!」
ギールは、大きな遠吠えをし、
両ひざをついた。
ギール「頼む‥豆太‥‥、出てきてくれ。うぅ。」
加茂「うぅ、豆太お兄ちゃん‥ふえーん!」
とうとう、うずくまるギールに、
加茂も両ひざから崩れ落ちて鳴き始めた。
するとそこへ、
オレンジ色の長髪けもみみ美女が、
茂みから現れる。
?「ん?お前たち何泣いているんだ?もしかして、まいご~って‥ん?お前まさか‥ギールか??」
ギール「わふぅ~?」
突如茂みから現れた姉御風けもみみ美女に名前を呼ばれ、反射的に顔を上げたギールは、目を真っ赤にさせて、涙と鼻水を垂れ流していた。
?「ぷっ、あはは!何だその情けねぇ顔はよ~♪」
姉御風けもみみ美女は、失礼にも黒狼族として醜態を晒すギールの姿に大笑いをした。
これには、加茂は黙っていなかった。
加茂「あ、あの!突然現れておいて、お兄ちゃんを笑うのはやめてください!」
?「あはは、はっ?お兄ちゃん?ん~?」
加茂の一喝も何のその、
姉御風けもみみ美女は、顔を加茂に近づけ、失礼にも臭いを嗅ぎながら観察し始める。
加茂「な、何でしょうか?」
?「うーん、やっぱりお前さん、黒狼族じゃねぇな?ギールの事をお兄ちゃんって言ったが、どういう事だ?」
突如目付きが、
凛々しい狼の眼差しへと変わると、
興味深い"お兄ちゃん"発言を問い正す。
加茂「え、えっと‥それは‥。」
どういう事って言われても、
大雑把に言えば義理の兄妹と言えば、
"はい、おしまい"ではある。
しかし、それだけで納得してくれる様な人にも見えないため、説明に苦しむ。
困り果てる加茂に対してギールは、
姉御風けもみみ美女の肩に掴みかかる。
ギール「加茂にそれ以上近寄らないでくれ!」
?「‥へぇ~♪あの"泣き虫な仔犬"が言うようになったじゃねぇか?」
ギール「っ!泣き虫な仔犬‥、ま、まさか‥お、お前は‥、」
聞き覚えのあるセリフと声に、
ギールは肩を掴んだ手を離し、後ろへと後退する。
?「おいおい、どうした"ギール"?その様子だとあたしの事をすっかり忘れていたみてぇだな?」
ギール「ごくり‥、な、なんで、お前がここにいるんだ‥、ヴィーレ!?」
ヴィーレ「ふっ、名前は覚えていた様だな?まあ、昔と比べてあたしは髪を染めたし、香水も付けてるから分からないのも仕方ないか‥。でもな~‥。」
ヴィーレと呼ばれる姉御風けもみみ美女は、
徐々にギールに歩み寄る。
同時にギールも、本能からか後ろへ後退するも、背後にあった木に背中が当たり、あっという間に迫られた。
ヴィーレ「あたしから逃げようなんて良い度胸じゃねぇか?」
ギール「あ、いや‥その‥。」
ギールより、
五センチから十センチ程背が高いヴィーレは、
下目使いで見下ろしている。
ヴィーレ「ふっ、まあ、それはいいとして‥。」
ヴィーレはギールの両肩に手を置くと、
不敵な笑みを浮かべながら徐々に力をいれる。
ギール「ヴィ、ヴィーレ!?い、痛いんだけど‥いたたっ!?」
ヴィーレ「"いとこ"の姉に向かって‥"お前"とか、気安く"ヴィーレ"とか、生意気になったじゃねぇか?」
ギール「わふっ!?」
ヴィーレ「私に勝てない仔犬風情が、しっかり"姉さん"と呼ばねぇか!」
ギール「うわぁぁっ!?」
ヴィーレは、勢いよく巴投げをすると、
ギールは綺麗に宙を舞い地面に叩きつけられた。
すると、その拍子に、
ヴィーレの胸から小さな狸が投げ出された。
その狸は、綺麗に投げ飛ばされたギールの胸の当たりに、"ポン"と着陸した。
ギール「いってて、ん?っ!?豆太!?」
ギールは小さな狸を見ると、
直ぐに豆太であると認識する。
加茂「ふぇ!?豆太お兄ちゃん!?」
豆太「すぅすぅ~。」
ギールが投げられ"ポカン"としていた加茂も、
豆太の発見に急いで駆け寄る。
耳と尻尾の感触、
そして、細かな癖っ毛などを鑑定、
無事豆太であると判明した。
ギール「よかった‥本当に無事でよかった‥。」
加茂「ふぇーん!よがっだでずぅ~!」
感動の再会に思わず涙する二人は、
おやすみ中の豆太を抱き締めた。
ギール「ズズッ、あぁ~、それより、豆太はどこから現れたんだろう?」
加茂「そ、そう言えば‥、気づいたら居ましたよね?」
ヴィーレの胸から飛び出た瞬間を見ていなかった二人は、突如現れた豆太に疑問に思った。
すると、そこへ、
ヴィーレから冷静な口調で爆弾発言を漏らす。
ヴィーレ「おっとと、勢いをつけすぎて、あたしの夫を放り投げてしまったな。」
ギール「‥はっ?夫?」
加茂「ふぇ?」
聞き間違いかと思うほどの爆弾発言に、
二人はヴィーレに視線を向ける。
ヴィーレ「ん?なんだ二人して?あたしの顔に何か付いているのか?それより、あたしの"夫"の豆太と抱き合っているが、知り合いなのか?」
やはり間違いのない夫発言に、
ギールと加茂は唖然とする。
ギール「し、知り合いも何も‥、義理の弟だけど。」
ヴィーレ「‥へぇ~♪なるほど~。」
次第に満面な笑みを浮かべるヴィーレは、
獲物を捉えた様な眼差しで三人を見つめる。
しかし、ギールに取って謎なのが、
どうしてあのヴィーレが、豆太の様な子を夫として認めたのか疑問であった。
ギール「‥そ、それよりヴィーレ‥姉。どうして豆太を夫って呼ぶんだ?」
ヴィーレ「ふっ、あたしの事を姉と呼ぶのに抵抗があるようだが‥、まあそれはいいとして、豆太は並の黒狼族に負けず劣らずの素晴らしい"武器"を持ってあたしを返り討ちにした‥。ただ、それだけだが?」
加茂「ぶ、武器?」
ギール「何言ってるんだ?豆太は普通の"短刀"しか持ってなかっただろ?」
ヴィーレ「ふっ、見た目はな。だが、豆太はあたしを見事に屈服させた。黒狼族の雌として、強い雄に尽くすことは常だろ?」
ギール「ま、まあそうだけど‥、(あの"短刀"で、ヴィーレを屈服させたって‥、一体、豆太は何をしたんだ!?)」
話が噛み合っていそうで、
噛み合っていない会話に、ギールは多くの謎を抱えることになるのであった。