第二百九十話 世界一と万物一
今年の信濃花火、
最後の正三尺玉が打ち上げ終わり、
気がつけばクライマックスの一尺玉百連発に迫っていた。
振り替えれば、
ナイアガラ、不死鳥、正三尺玉の他
紹介はしてませんが、
昔からある、
カラフルながら短いワイドスターマインや
"この空の花"、"故郷はひとつ"など、
素晴らしい演目で染められていた。
※ちなみに、"この空の花 "の演目は三日の花火で、前日の二日には"天地人"と"なっている。
詳しくは、ユーチューブにて。
ディノ「うーん、次で終わりみたいですね。」
シャル「ぬわっ!?もう終わるのか!?」
桃馬「信濃花火は、後半から早く感じるからな。」
憲明「確かにな、はぁ‥これが終わると不思議と夏休みが終わった気分になる。」
シャル「そ、それは大袈裟すぎないか?夏休みは始まったばかりだぞ?」
夏休みが始まってから一週間と数日。
まだ、四週間もあると言うのに、
気が早いと思う憲明に、シャルはツッコむと、
小頼から驚きの言葉がかけられる。
小頼「クスッ♪シャルちゃんの気持ちは良く分かるわ♪でも、憲明が言っていることも満更でもないよ♪」
シャル「ど、どういう事なのだ?」
ディノ「ま、まるで、これから風の様に過ぎていく様な言い方ですね?」
小頼「そうそう♪二人にも時期に分かるわよ♪」
未だ、言葉の意味がわからないシャルとディノは、後にこの言葉の意味を理解し、長い様で短い夏休みを振り返る事になるのであった。
一方、その頃。
寂しがり屋の犬神様は、
何とかここでエルゼと仲直りをしようと、
一世一代の賭けに出ようとしていた。
犬神「わふぅ‥(このまま花火を見るだけで終わってしまうのは心許ない‥、こ、こうなったら、エルゼに男らしさを見せて印象を良くした上、爪痕を残さないと。)」
犬神は、エルゼの背後にそっと近寄ると、
あろうことか、尻尾に手を伸ばした。
シール「きゃふっ!?」
犬神「っ!?」
すると、
何故かエルゼの隣に居たシールが、
突然声を挙げた。
正直暗くて前がよくわからない犬神は、
エルゼの後ろに回れば必然的に、エルゼの尻尾があると愚かしくも考えたのだ。
しかし、実際は、
エルゼとシールの尻尾は互いに交差しており、
エルゼの後ろにはシールの尻尾が合ったのだ。
そうとも知らない犬神は、
訳もわからずシールの尻尾を掴んだまま、
固まってしまった。
エルゼ「わふっ!?シールちゃん!?どうしたの!?」
シール「わふぅ、誰かに尻尾を‥あれ、犬神様?」
当然シールは、感じる尻尾の方に視線を向けると、エルゼの背後に忍寄り、自分の尻尾を掴んで固まっている犬神がいた。
同時に、エルゼも後ろを振り向き犬神を見ると、
ゴミを見る様な冷たい眼差しで、白い"もふもふ"を逆立て始めた。
エルゼ「何してるのですか‥犬神様。」
犬神「わふっ!?あ、いやこれは‥その‥ち、違うんだ!?お、俺はただ‥エルゼと仲直りしたくて‥ひっ!?」
エルゼ「じゃあ‥もし‥私の尻尾だったら‥何するつもりだったのですか‥。」
犬神「あ、いや‥えっと‥。」
変態染みた犬神の行為に、
温厚なエルゼから異様な圧が放たれる。
それは、神ですらも恐怖させる静かな圧で、
犬神は本能から危機を感じて言葉を失った。
すると、
動揺しつつ困惑する犬神に対して、
とうとうエルゼは、
本来持ち合わせていた"本能"を目覚めさせてしまう。
エルゼ「この変態‥、あなたは神様ではなく、クズで変態な‥最低な淫獣です!」
犬神「へぶっ!?」
シール「きゃふっ!?エルゼちゃん!?」
エルゼは犬神に対して、
"犬神"としての尊敬を全て消し去り、
大胆にも犬神と言う淫獣に、渾身のビンタを浴びせるのであった。
これも神からのイタズラなのだろうか、
ビンタと同時に、祝福とも思える様な一尺玉百連発の花火が始まった。
これには、
黙って見守っていた桃馬たちは笑い、
救い様のない犬神の姿に対して色んな感情が漏れる。
桃馬「ぶっ!またやらかしたな~♪」
桜華「あ、あはは‥、ひどい展開ですね。」
ギール「‥犬神の野郎。終わったらお仕置きしてやる。」
ジェルド「そうだな‥。俺のエルゼに痴漢をするとは‥"漢"として許せないな。ギール‥、俺も少し噛ませろよ。」
ギール「もちろんだ。シャルは‥見てないからいいか。全く、呑気なものだ。」
シャルにも判断してもらおうとしたが、
ディノと共に一尺玉の花火に夢中であった。
憲明「犬神様って‥もしかして、わざとやってるのか?」
小頼「うーん、悪意はある見たいだけど、上手く行かないようだね~♪」
最後のクライマックスだと言うのに、
犬神に気を取られつつも、轟音と共に咲き誇る花火を見上げた。
終盤には、不死鳥の演目に負けず劣らずの、
空一面に咲く花火に圧倒され、儚くも消えていった。
会場からは最後に相応しいと言わんばかりの、
大歓声が上がり、大いに盛り上がった。
そして、ここから‥。
匠の花火と言う、日本全国からの花火師による。独特で個性ある単発花火が打ち上がって終わるのだが‥。
今年に限っては、
とんでもない花火を打ち上がろうとしていた。
実際には、
二日の日にも打ち上げられたそうだが、
この時の桃馬たちは、知る由もなかった。
今年の匠の花火は魔法等を取り入れたことから、安全面がかなり確保されたため、禁断の花火に力を注いでいた。
そう、
"世界一"大きな花火とされる正四尺玉を始め、
"史上初"にして"万物一"となるであろう。
"正五尺玉"が打ち上げである。
普通こんな河川敷で正四尺玉を上げる時点で、
かなり危険行為であり、夢の様な事である。
しかし、今の時代は、一工夫を施せば、それすらも凌駕する時代である。
そして桃馬たちは、
そんな大きな花火が打ち上がるとは知らずに、
個性豊かな匠の花火を見ていると、アナウンスから耳を疑うような話が舞い込んできた。
アナウンス「それではここからは、信濃川大花火財団より、特別なサプライズ花火をお届けしたいと思います。」
会場にいる人たちは、
待っていたかのように大歓声をあげた。
桃馬「な、なんだ?終わりじゃないのか?」
憲明「何か、まわりの人たちが凄く歓声あげてるけど何やるんだ?」
小頼「サプライズって言ってたけど、何かのスターマインかな?」
いつもの通例を知っている三人だが、
見たことないまわりの歓声に疑問を持っていた。
シャル「なんじゃ?まだ、あるのか??」
ディノ「みたい‥ですね?」
シャル「まあ、何かやるのなら楽しみなのだ!」
ディノ「はい♪そうですね♪」
終わりを受け入れていたシャルとディノも、
何かが始まると思うと、わくわくしていた。
アナウンス「今年起きた、草津事件、帝都事件などの悲しき争いによって、数多くの命を落とされた方々への慰霊を込め。この共存、共栄の素晴らしき世界の永遠の平和を願い。世界一の正四尺玉、そして、史上初にして万物一と謳われる正五尺玉の打ち上げを行いたいと思います!」
アナウンスからの宣言に、
会場からは更なる大歓声が木霊した
桃馬「な、ななっ、なんだと‥。」
憲明「こ、こんなところで、そんな花火を打ち上げるのか!?」
小頼「こ、これはすごいことになりそう!」
予想を超える。
慰霊ながらも異例的な展開に、
三人は思わず背筋を震わせたのであった。