第二百八十九話 見事な花火にトラウマを添えて
正三尺玉の迫力に圧倒され、
放心状態となった"けもみみ"たち。
桃馬たちの"手"により、
我に返ることができたが、
再び、
放心状態のピンチを迎えようとしていた。
そう‥。
長生橋のナイアガラと正三尺玉の打ち上げである。
桃馬「ほら、可愛い"けもみみ"たちよ。また、例の花火が打ち上がるから、今度は魅了されてないでしっかり耳栓してとけよ?」
ジェルド「わ、わかってる。ほら、エルゼこれを耳に。」
エルゼ「わふぅ?耳栓??」
ギール「ほら、シール、豆太、あと‥"ポチ"、これを耳につけろ。」
シール「う、うん!」
犬神「耳栓?こんなのを耳につけたら聞こえないのではないか?」
豆太「た、確かに‥、でも、聴覚に敏感な僕たちには、良いかもしれないですけど‥。うーん、」
エルゼとシールは何の疑いもなく耳につけるも、犬神と豆太は、本能からか警戒していた。
見た目はどこにでも売っていそうな、
柔らかい物であった。
強いて気になるとすれば、耳栓の真ん中辺りに、硬い物が埋め込まれていたくらいだろうか。
ギール「まあ、黙って着けて見ろ。そうすれば直ぐにわかるから。」
ギールの"やればわかる"的な勧めに、
豆太と犬神は困った表情を作り、一瞬だけお互いを見るや直ぐにギールの方を向く。
豆太「えっと‥兄さん。」
犬神「直ぐにわかるなら詳細くらい教えろよ。」
至極もっともな意見に、
珍しく心が一致する二匹。
これにはギールも、
答えざるを得なかった。
ギール「うぐっ、はぁ、それを耳に付けたら人並みの聴力を得られるって話だよ。タネを明かしたら面白くないだろ?」
犬神「なんだその程度か。てっきりギールが渡す物だから、洗脳でもされるのかと思ったぞ?」
豆太「ふえっ!?洗脳!?」
犬神の予想に豆太は驚いた。
どうやら、二匹が警戒していた内容に、ズレがあった様だ。
ギール「洗脳って‥"ポチ"はオカルトテレビの見すぎだよ。それと豆太は、何考えていたんだ?」
犬神の余計な一言に反応するも、
ここは冷静に対処して豆太に視線を送った。
豆太「えっと‥シンプルに怪しいと思っただけで‥。それに、この中に硬い物が入ってる気がして。」
ギール「あぁ、それが音を抑制させるための装置らしいぞ?」
豆太「な、なんと‥、そんな機能が‥、耳栓も進化してますね。」
見た目は子供、年齢は大人‥くらいの豆太は、
進化した耳栓に興味津々であった。
そんなこともあり、
警戒していた二匹も耳栓をつけると、
ギールの言う通り、良い意味で音が抑えられていた。
更には、人並みの聴覚を知ることができ、
自分たち"けもみみ"たちが、如何に聴覚に特化しているのかを実感した。
そして、
アナウンスが流れ、打ち上げ宣言をすると、
再び、あのサイレン音が響き渡り、
同時に長生橋に花火がつき始める。
サイレンが鳴り止むと、
一発の小さな花火が打ち上がり、
会場中が視線を向ける。
次に打ち上がったのは、
さっきより少し大きめな花火。
そして次に、一尺玉。
最後は、一際大きな音と共に正三尺玉が打ち上がり、轟音と共に見事な大輪を咲かせた。
正三尺玉が打ち上がった際、
不安になる小さな"けもみみ"たちであったが、
進化した耳栓のお陰で、人並みの聴力を得ていたことから、最初の時より驚かずに見ることができた。
シール「わふぅ~♪。」
エルゼ「こ、この耳栓すごいです!」
豆太「あ、あんなに耳が響いていたのに、全然響かない‥。こ、これは革命です!」
犬神「ふ、ふん‥、や、やるじゃないか。現代文明め。」
小さな"けもみみ"たちが感激する中、
ジェルドとギールは、耳栓の効果を改めて実感していた。
ジェルド「やっぱり、この道具すごいな‥。俺たちの種族に取っては快適だな。」
ギール「あぁ、でも、こればかりに依存してしまうと、本来あるべき能力が欠けてしまいそうだな。」
ジェルド「うーん、確かに、今まで聞こえていた音が聞こえなくなるかもな~。」
便利な物が出来ることは、
大変素晴らしい事だ。
しかし中には、
気づかないところで、失ってしまう事もある。
それは、
良くも悪くも失ってから気づく物であり、
皮肉ではあるが、気づいてからでは遅い事もある。
ギール「まあ、この世界に居るのであれば、メガネの様にずっと付けていられるけど、俺たちの居た世界でこれを使うには、逆の意味で不便になるかも知れないな。」
ジェルド「確かに、耳栓を付けたまま里には帰れないな。遠いところから声をかけられても聞こえやしないからな。」
ギール「そう言うことだ。それより、この世界の文化に触れたら、今までの生活なんて古すぎて呆れてしまうけどな。」
ジェルド「あはは、それは言えるな。元の世界で十日もかかる連絡が、ここでは数秒で出来るし、場所の行き来きも何十倍も早く移動できる。こんなに天と地の差があるのに、どうして桃馬たちは、"あの世界"に憧れるんだろうな。」
ジェルドの至ってシンプルな疑問に、
ギールは率直に答えた。
ギール「そんなの簡単だよ。桃馬たちにとって、俺たちの居た世界は、見た事もない憧れの世界なんだからな。現に俺たちも、この世界に初めて来た時は、想像もつかない"異世界"で驚いたろ?」
ジェルド「‥うーん。まあ、思ったけど‥。」
意外とそうでもなさそうなジェルドの反応に、
思わずギールは、考え過ぎなのかと思うのであった。
ギール「そ、そうでもなかったか?」
ジェルド「‥いや、すごいとは思ったけど、‥うーん、あの時‥雌犬に追い回された記憶が強くて‥うぅ。」
ギール「はっ?」
まさかの、
トラウマが第一印象と言う話に、
ギールは耳を疑った。
実際、
現実世界の雌犬にもモテるジェルドだが、
それは純粋な少年時代から続くものであった。
初めてジェルドが"異世界"に訪れた頃。
その時のジェルドは、まだ駄犬ではなく純粋に可愛いショタ犬であった。
当時のジェルドは、
見たことのない建物や、四角くカラフルな鉄の塊が動く不思議な光景に目を奪われ、一人で知らない街へと足を踏み入れ、迷子になってしまったことがあった。
ショタジェルドは、
徐々に不安になる中、必至で家族を探す。
すると、たまたま休憩中のコーギーとチワワ、ハスキーの雌犬に目をつけられ、追いかけ回され犯されそうになったことがあった。
皮肉にもそのお陰で、
ショタジェルドは、家族と再開を果たした。
ジェルド「はぁ。今思い出せば、桃馬に会うまで‥ろくなことなかったな。」
雌犬に追いかけ回される日々を思い出すと、
ジェルドの表情が徐々に暗くなった。
ギールは思った。
これじゃあ、小頼見たいな変わり者や、桃馬見たいに、素晴らしいご主人じゃなとだめなのだと。
ギール「ジェルドも大変だな‥、」
次々と花火が打ち上がる中、
ギールはそっと、ジェルドの肩に手を置いたのだった。