第二百六十四話 危機と幻想
上杉校長の放送から間もなくして、
学園生徒たちは、急ピッチに納涼祭の後片付けを終わらせ、一斉に闘技場へと駆け込んだ。
しかし、ライブ開場の前列は春桜の変に出ていた者たちが優先にされていたため、昨夜からずっと観ていた者たちは中段から後方へと押し入れられた。
また、闘技場の入り口には昨日と同じく風紀委員と生徒会が配置され、闘技場内には入場を仕分けするためのバリアまで張られ、前列への不正入場を阻止していた。
そして、
時刻は十時二十五分。
闘技場には学園生徒の八割が集まった。
一方、
運良くステージ近くの前列と中列の間に入り込んだ両津直人は、最高の位置を取れたことに一安心していた。
直人「よ、よし‥作戦は成功だ。こんだけ人が入れば、下手に転送魔法は使えまい。」
エルン「な、なるほど‥確かにこの位置なら、下手に転送魔法は使えないし、特定もされにくいな。」
リール「うんうん、それに端っこやステージに近いと、発見のリスクもあるからね。さすが直人~♪」
直人「ふっふっ、それと両サイドには二人もいるし完璧な作戦だ。」
果たして狙われているのか、
それ事態わからない事であるが、昨日の一件を考えるなら備えるのにこしたことはない。
直人は、これ以上ないほどの完璧な備えに安心するのであった。
しかし‥、これが裏目に出るとは‥、
まだ知るよしもないことであった。
そして、視点は変わり。
とある美術室前にて。
退魔士ラグラ・ノーヴァを匿い、
別棟の美術室に立て籠る、
藤井尚真、茂野天、坪谷勇二郎の元に、
エニカ率いる微食会が到着した。
手紙とルイの話によれば捕虜を尋問している様な内容であったが、あれから三時間弱‥どうなったのか気になるところである。
エニカ「尚真、天、勇二郎?そろそろ出てきなさい?」
早速ドアをノックして呼び掛けるが、
三人の反応はなく沈黙していた。
まあ、ここまで往生際が悪く逃げ続け、終いにはエニカが乗り込んでくれば流石に居留守を使うであろうと、七人の男たちは思った。
エニカ「むぅ、こら~、反応くらいしなさいよ~。昨日の件ならもう怒っってないから~。」
怒ってない割には、力強く扉を連打する姿に、
全く説得力がない。
一方、近藤にべっとりくっついている金髪ツインテドリルの吸血鬼こと"ラシュリーナ"は、何が起きているのか全くわからず、近藤の袖を"クイクイ"と引っ張るや、耳を貸させた。
ラシュリーナ「尚弥、エニカは何をしているの?」
近藤「そ、そうだな‥、簡単に言えば引き籠った仲間をシバきに来たって言えば良いのかな。」
エニカに話を聞かれないように、
ラシュリーナの耳元で囁いた。
ラシュリーナ「そ、そのまんまね‥。でも、昨夜のエニカからは、暴力的には見えなかったけど。」
近藤「そ、そう見えたのなら、そのまま自分の思うエニカで見ると良いよ。」
ラシュリーナは、七人の男たちが朝まで吊るされていたことを知らない。
昨夜は気を失い闘技場へ運ばれ、気づいた時にはエニカの背中の上におぶさり、ルイを含めた三人で寄宿舎へと向かう途中であった。
そのため、
その夜にエニカの黒い部分を見ることはなかった。
エニカ「むぅ、強情ね。ルイ?中には三人はまだいるかしら?」
ルイ「うん‥気配は感じる‥でも、何か変‥。」
エニカ「えっ?変ってどんな??」
ルイ「‥うーん、気配が薄くてよく分からない。でも、誰か一人寝ているみたい。」
何ともしっくり来ない返答に、
高野が最悪の事態を予想した。
高野「まさか、捕虜に隙を突かれたとか!?」
本間「そ、それなら早く開けないと!?」
慌てた本間は、エニカの前に割り込みドアノブを掴み押し込もうとする。
しかし、
何かが塞いでいるのか、全くびくともしない。
エニカ「な、何してるのよ?」
近藤「変われ俺がやる。ラシュリーナ、少し離れててくれ。」
ラシュリーナ「う、うん。」
本間「おう、頼むよ。」
近藤「ふっ!ぐぐぐっ!」
微食会で一番の力を持つ近藤が、渾身の力でドアを押し込んだ。
すると、ピキッと何かが割れる音共に少しだけ隙間が開くと、真冬並の冷気が漏れ出す。
近藤「んっ、すず‥さむっ!?」
熱が籠る別棟の廊下に、一瞬良い感じの涼しさが来たと思いきや、凍り付くような寒さが襲った。
近藤は直ぐに扉から離れて後ろに下がった。
エニカ「ど、どうしたのいきなり!?」
本間「おいおい、何してるんだ?」
高野「今はそう言うの求めてないぞ?」
大西「すげぇ、反応だな?」
冗談並みのオーバーリアクションに、
まわりから疑いの目が向けられる中、
近藤は震えながら答えた。
近藤「うぅ、ばか!本当に寒かったんだって‥うう、今がちょうど良く感じるよ。」
渡邉「そんなに寒いのか‥‥まさか、坪谷くん氷の塊でも書いたのかな。」
星野「可能性はあるな‥、微量だけど魔力も感じるしな。」
番場「あはは、どれ、俺が試してみようか。」
本間「なら、俺もやるよ~♪」
番場の好奇心に釣られ、本間も扉の前に立つと、
すぐに近藤と同様に熱い廊下に下がった。
番場「さむっ!?や、やばいやばい本当だ!?」
本間「一分でもきつい‥。冷房のレベルじゃないよ!?蒼喜の言う通り、坪谷くんが氷の塊を作ったかも‥。」
近藤に続いて二人も凍える姿に、
疑いの目をしていた者たちは、自然と信じ始めた。
近藤「と、取りあえず、たぶん扉を押さえてるのは重くて硬い氷の塊の可能性がある。この際、扉を壊して入った方がいい。」
ルイ「それならルイがやる‥。」
近藤のやむ終えない判断にルイが手を上げた。
ルイは"四方華戟"を握りしめ、二本のアホ毛を揺らした。
エニカ「そうね、今はルイが適任かもね。」
星野「よし、それならルイには体温を維持する保護魔法をかけておこうか。」
星野が杖をカツンと叩くと、
ルイのまわりに魔方陣が浮き上がり、
保護魔法がかかる
ルイ「ありがとう‥仁‥。それじゃあ‥早速‥せーのっ、」
無気力な掛け声と共に、
四方華戟を渾身の力で振り下ろし、
深紅の衝撃波と共に扉を破壊した。
すると、凄まじい冷気が廊下へと流れ出した。
エニカ「っ!?」
渡邉「さむっ!?」
星野「っ、やばっ!」
予想以上の寒さに星野は、
慌てて保護魔法を全員にかけた。
渡邉「うぅ、ナイス仁くん、一瞬だけどあれはやばい。」
星野「あぁ、この寒さだと凍傷の危険性がある。急いで三人を見つけて処置しないとな。」
真冬並の寒さに、危機感を感じた星野は先行して美術室の入り口へと迫る。
一方ルイは、
扉を壊してからじっと美術室の中を見ていた。
星野「ルイ?美術室の中はどうなって‥なっ!?」
星野の目に飛び込んで来たのは、
一面氷漬けにされ、幻想的な一間が広がっていた。
美術的な光景に言葉を失くすなか、
次々とメンバーたちもその光景を見るや、
多くの者が言葉を忘れて驚愕するのであった。